忍者ブログ
ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


目指せ昼メロ(いつも)。前編。 近代っぽい世界観です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「紹介するよ、ミス・ミサキ・トヨダ。新しい……友人だ。港の近くの丘の上の屋敷に住んでいて、こちらの言葉を学んでいるところなんだ」

常には過ぎるほど自信をみなぎらせて言葉を途切れさせることなど決して無い、向こう見ずな若々しさを具現化したような弟が、珍しく言葉を選ぶように口を淀ませながら視線を送る先は華奢な黒髪の少女だった。丘の上の古い屋敷が得体の知れぬ東洋の成金に買われたらしい、と耳にしてはいたが――よりによってフェルナンが、何故こんな小娘に。地域の名士たる兄として、彼女に引き合わされたマクシムが初めに抱いた感想はそれだった。

「フェルナンの兄、マクシムだ。お会いできて光栄です、レディ」

小さな手を取って口づけると、指先が戸惑うようにピクリと震えた。普段から男も女もなく、些か乱暴なスキンシップの多い青年の“友人”だというのに、おかしなこともあるものだ。思わずこぼれそうになる嘲笑を堪えて顔を上げれば、聞きなれない響きの名を持つ女は小作りの顔を赤く染めて、もごもごと唇を動かした。

「常世田海咲と申します。こちらこそお会いできて嬉しいです、ミスター・ヴァーノン。……フェルナン様には、本当にお世話になっていて」

少し気恥ずかしそうに弟をうかがう表情(かお)は、いかにも恋する乙女のそれ。熱のこもった眼差しを受け止めるフェルナンの照れるような、それでいてどこか誇らしげな様は彼の心の柔らかな部分を酷く刺激した。幼い頃から見知っている腹違いの弟のこんな姿は、実質的な後見人として彼をずっと庇護してきたマクシムとて一度も見たことが無いものだ。甘くとろけたこの場の空気も、初対面の黄色い女も、弟のふぬけたその眼差しも――ああ、全てが苛立たしい。

「いや、フェルナンは中々の問題児でね。きっと君に迷惑をかけることの方が多いだろう? ミス……ミサキ、と呼んでも?」

紳士然とした兄の問いかけにフェルナンは一瞬片眉を持ち上げたが、海咲はホッとしたように強張っていた頬をゆるめた。好意を寄せている相手の家族に、ひとまずは受け入れてもらえたようだ――純粋にそう感じている表情。

「もちろんですわ。……よろしくお願い致します、ミスター」

名を呼ばせるのは、まだ早い。ふわりと匂った花の香りに、彼女の持つ色彩でミサキを認識していたマクシムは目を見張った。よくよく聞けば耳に届いた声もまた、高く透きとおる不思議な響き。細い指には見た目からは意外なタコ――それも所謂武術をたしなむもののそれがある。おそらくは何年もかけて皮膚に染みついたものだろう。東洋の女性は屋敷の奥深くに押し込められ、ろくな運動もせずに育つ、という噂とは少し違っているようだ。一方で綺麗に切り揃えられた桜色の爪は、海咲がその手入れを怠っているわけではないことを確かに物語っていた。
……判断が付きかねる。海咲を送っていく、と言って馬車に乗り込んだ弟の背を見送り、マクシムは顎に手をかけた。わずかな時間に随分と膨れ上がってしまったものだ。それは興味か、はたまた欲か――フェルナンの? それとも自身の? 踵を返して自らの書斎に腰を下ろし、マクシムは自嘲と共に首を振った。フェルナンはあの指にどれほど触れたというのだろう? 白く滑らかな肌を好み、その下の苦しみを看過しないはずの、愛すべき甘ったれである弟は。突如、ひらめいた考えにマクシムは口端を持ち上げて立ち上がった。向かう先は電話台。彼の脳裏には先ほど別れたばかりの二人の姿が浮かんでいた。父の気に入りの愛人だった母親によく似た、鮮やかな巻き毛に彫刻のように整った造作の弟。丸い目、小さな鼻、ふっくらした唇に艶やかな黒い髪の少女。二人が見つめ合い、微笑む様は酷く可愛らしいものだ。あの細い腕はどれほどの柔らかさを秘めているのだろうか、抱きかかえるのも容易だろうあの身体はどれほど敏感に震えるのだろう、底知れぬ深い瞳の瞬きはどれほどの高揚をもたらすのだろう? 口づけ一つで身じろぎしたあの指、あの手を、自分が握ったとすれば――その時、弟は。考えれば考えるほどゾクゾクと、マクシムの背筋をおぞましさと一体の愉悦が走り抜けていく。危うい想像はどうしても止まない――止められない、欲しくなってしまったのだ。彼女が、そして己の知らない弟の姿が。

マクシムは躊躇しない男である。ビジネスや社交において、彼のその態度を潔いと褒める者もいれば、余りに惨いと非難する者もいる。一見すれば極端なまでの二面性、だが彼自身にとっては、実に合理的な判断に基づくもの――“己はそれを望むか”ただそれだけが行動基準だ。彼の次の獲物となったフェルナンと海咲の間には、未だいくつもの小さな越えられぬ溝があった。その数を数えることすらできぬから、二人は今も“友人”のまま。国の違い、人種の違い、何より彼らが異なる人間である(・・・・・・・・)という事実を、フェルナンと海咲はそれぞれ見て見ぬふりをしていた。相手に嫌われなくなかったから、遠ざかりたくなかったから。少しでも、近くに在りたかったから。見せないようにしていたのだ、そして知ろうともしていなかった。そんな二人が、どうして真実手を取り合える? マクシムはもどかしいその距離に付け入る隙を見出した。淡く幼い恋の芽を、摘み取るでもなくじわじわ枯らしてしまう術を。

フェルナンはマクシムの弟ではあるが脇腹であり、父が亡くなった今となっては当主マクシムの裁量なしには自由に身動きも取れぬ身だ。東洋人を家に入れれば商売上のリスクが大きい……育てた恩を仇で返すつもりか――いくらでも言い様はあったのだ。彼が丘の上の邸宅を訪う機会は、当主の意を汲んだ使用人たちの渋い顔もあって段々と減っていかざるを得なかった。そのことに沈み込んでいく海咲の元を、港で雇った馬車を使って密かに訪っていたのは兄のマクシムその人だ。買い付け先の物珍しい土産、あるいは季節の花や短い手紙、時に名を馳せた職人の手による菓子といった様々な心づかいを繰り返すマクシムに、海咲は心を開いていった。不慣れな環境と言葉に戸惑い、親しい友人からも距離を置かれた異国の少女を、丁寧に労わる名家の主――誰がどう見ても、完璧な構図だったのだ。

西に新たな支社を構えることを口実に、とうとうフェルナンをそちらに追いやり気兼ねなく丘の上の屋敷を訪ねるようになったマクシムは、海咲の前でいつも酷く優しげな、品の良い笑みを浮かべていた。彼女は“友人”と遠ざかった真の理由を知りはしない。大人になったフェルナンが、自分のような娘にかまけていたことを恥と気づいて去っていったのだ、と信じている。そして身内が傷つけたであろうものを哀れんで――そんなくだらない理由で、マクシムが細やかな気配りを見せるのだと。本当に愚かな女だ。愚か、故に愛しい。彼はますます笑みを深めた。素直で従順な女。馬鹿ではないがでしゃばらない、余計なことをしない女――更に言えば、誰より可愛いフェルナンの心を、恐らく初めて掴んだ女だ。それだけで付加価値は他の何倍にもはね上がる。こんなにも愛すべき存在が、果たして他にいるだろうか?

「結婚してほしい、ミサキ……あなたが好きだ」

隣に並んで花を愛でていた庭で彼が彼女に囁いた時、海咲は何かをためらうように、手の平を固く握りしめた。

「確かに私と君は、フェルナンを介して知り合った。……けれど今はもう、そんなことは関係ない。私自身が愛しているから、今までこうして」

言葉を区切ったマクシムを、じっと見上げたつぶらな瞳――束の間見開かれた後、そこからはみるみる雫が溢れ出した。すがるように背に回された手が彼のシャツをそっと掴み、細い首が頷く気配を見せた時、屋敷の中で唯一主の故郷を思わせる玉砂利がジャリ、と踏まれる音がした。手にしていた鞄を取り落として呆然と佇むフェルナンの姿に、こみ上げそうになる笑いを堪えてマクシムは身を震わせる。本能で予感してしまったのか……何て間の悪い、いや絶妙だ。何が『関係ない』? 大嘘だ。そんなこと、あるわけがない。弟が連れてこなければ興味を持つことはなかったし、彼のあんな顔を見なければきっと惹かれることもなかった。必然なのだ、彼と、彼女とあの出会いが――海咲自身は確かに欲しい、愛している――けれどこうなった今、“もし”なんて問いは成り立たない。
 
「すまない、フェルナン……」
 
口から滑り出た言葉と共に、胸の内で密やかに囁かれた本心を、彼はごくりと飲み込んだ。ありがとう――それは極上の蜜の味。






→後編:『For The Destiny

拍手[0回]

PR


追記を閉じる▲

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「紹介するよ、ミス・ミサキ・トヨダ。新しい……友人だ。港の近くの丘の上の屋敷に住んでいて、こちらの言葉を学んでいるところなんだ」

常には過ぎるほど自信をみなぎらせて言葉を途切れさせることなど決して無い、向こう見ずな若々しさを具現化したような弟が、珍しく言葉を選ぶように口を淀ませながら視線を送る先は華奢な黒髪の少女だった。丘の上の古い屋敷が得体の知れぬ東洋の成金に買われたらしい、と耳にしてはいたが――よりによってフェルナンが、何故こんな小娘に。地域の名士たる兄として、彼女に引き合わされたマクシムが初めに抱いた感想はそれだった。

「フェルナンの兄、マクシムだ。お会いできて光栄です、レディ」

小さな手を取って口づけると、指先が戸惑うようにピクリと震えた。普段から男も女もなく、些か乱暴なスキンシップの多い青年の“友人”だというのに、おかしなこともあるものだ。思わずこぼれそうになる嘲笑を堪えて顔を上げれば、聞きなれない響きの名を持つ女は小作りの顔を赤く染めて、もごもごと唇を動かした。

「常世田海咲と申します。こちらこそお会いできて嬉しいです、ミスター・ヴァーノン。……フェルナン様には、本当にお世話になっていて」

少し気恥ずかしそうに弟をうかがう表情(かお)は、いかにも恋する乙女のそれ。熱のこもった眼差しを受け止めるフェルナンの照れるような、それでいてどこか誇らしげな様は彼の心の柔らかな部分を酷く刺激した。幼い頃から見知っている腹違いの弟のこんな姿は、実質的な後見人として彼をずっと庇護してきたマクシムとて一度も見たことが無いものだ。甘くとろけたこの場の空気も、初対面の黄色い女も、弟のふぬけたその眼差しも――ああ、全てが苛立たしい。

「いや、フェルナンは中々の問題児でね。きっと君に迷惑をかけることの方が多いだろう? ミス……ミサキ、と呼んでも?」

紳士然とした兄の問いかけにフェルナンは一瞬片眉を持ち上げたが、海咲はホッとしたように強張っていた頬をゆるめた。好意を寄せている相手の家族に、ひとまずは受け入れてもらえたようだ――純粋にそう感じている表情。

「もちろんですわ。……よろしくお願い致します、ミスター」

名を呼ばせるのは、まだ早い。ふわりと匂った花の香りに、彼女の持つ色彩でミサキを認識していたマクシムは目を見張った。よくよく聞けば耳に届いた声もまた、高く透きとおる不思議な響き。細い指には見た目からは意外なタコ――それも所謂武術をたしなむもののそれがある。おそらくは何年もかけて皮膚に染みついたものだろう。東洋の女性は屋敷の奥深くに押し込められ、ろくな運動もせずに育つ、という噂とは少し違っているようだ。一方で綺麗に切り揃えられた桜色の爪は、海咲がその手入れを怠っているわけではないことを確かに物語っていた。
……判断が付きかねる。海咲を送っていく、と言って馬車に乗り込んだ弟の背を見送り、マクシムは顎に手をかけた。わずかな時間に随分と膨れ上がってしまったものだ。それは興味か、はたまた欲か――フェルナンの? それとも自身の? 踵を返して自らの書斎に腰を下ろし、マクシムは自嘲と共に首を振った。フェルナンはあの指にどれほど触れたというのだろう? 白く滑らかな肌を好み、その下の苦しみを看過しないはずの、愛すべき甘ったれである弟は。突如、ひらめいた考えにマクシムは口端を持ち上げて立ち上がった。向かう先は電話台。彼の脳裏には先ほど別れたばかりの二人の姿が浮かんでいた。父の気に入りの愛人だった母親によく似た、鮮やかな巻き毛に彫刻のように整った造作の弟。丸い目、小さな鼻、ふっくらした唇に艶やかな黒い髪の少女。二人が見つめ合い、微笑む様は酷く可愛らしいものだ。あの細い腕はどれほどの柔らかさを秘めているのだろうか、抱きかかえるのも容易だろうあの身体はどれほど敏感に震えるのだろう、底知れぬ深い瞳の瞬きはどれほどの高揚をもたらすのだろう? 口づけ一つで身じろぎしたあの指、あの手を、自分が握ったとすれば――その時、弟は。考えれば考えるほどゾクゾクと、マクシムの背筋をおぞましさと一体の愉悦が走り抜けていく。危うい想像はどうしても止まない――止められない、欲しくなってしまったのだ。彼女が、そして己の知らない弟の姿が。

マクシムは躊躇しない男である。ビジネスや社交において、彼のその態度を潔いと褒める者もいれば、余りに惨いと非難する者もいる。一見すれば極端なまでの二面性、だが彼自身にとっては、実に合理的な判断に基づくもの――“己はそれを望むか”ただそれだけが行動基準だ。彼の次の獲物となったフェルナンと海咲の間には、未だいくつもの小さな越えられぬ溝があった。その数を数えることすらできぬから、二人は今も“友人”のまま。国の違い、人種の違い、何より彼らが異なる人間である(・・・・・・・・)という事実を、フェルナンと海咲はそれぞれ見て見ぬふりをしていた。相手に嫌われなくなかったから、遠ざかりたくなかったから。少しでも、近くに在りたかったから。見せないようにしていたのだ、そして知ろうともしていなかった。そんな二人が、どうして真実手を取り合える? マクシムはもどかしいその距離に付け入る隙を見出した。淡く幼い恋の芽を、摘み取るでもなくじわじわ枯らしてしまう術を。

フェルナンはマクシムの弟ではあるが脇腹であり、父が亡くなった今となっては当主マクシムの裁量なしには自由に身動きも取れぬ身だ。東洋人を家に入れれば商売上のリスクが大きい……育てた恩を仇で返すつもりか――いくらでも言い様はあったのだ。彼が丘の上の邸宅を訪う機会は、当主の意を汲んだ使用人たちの渋い顔もあって段々と減っていかざるを得なかった。そのことに沈み込んでいく海咲の元を、港で雇った馬車を使って密かに訪っていたのは兄のマクシムその人だ。買い付け先の物珍しい土産、あるいは季節の花や短い手紙、時に名を馳せた職人の手による菓子といった様々な心づかいを繰り返すマクシムに、海咲は心を開いていった。不慣れな環境と言葉に戸惑い、親しい友人からも距離を置かれた異国の少女を、丁寧に労わる名家の主――誰がどう見ても、完璧な構図だったのだ。

西に新たな支社を構えることを口実に、とうとうフェルナンをそちらに追いやり気兼ねなく丘の上の屋敷を訪ねるようになったマクシムは、海咲の前でいつも酷く優しげな、品の良い笑みを浮かべていた。彼女は“友人”と遠ざかった真の理由を知りはしない。大人になったフェルナンが、自分のような娘にかまけていたことを恥と気づいて去っていったのだ、と信じている。そして身内が傷つけたであろうものを哀れんで――そんなくだらない理由で、マクシムが細やかな気配りを見せるのだと。本当に愚かな女だ。愚か、故に愛しい。彼はますます笑みを深めた。素直で従順な女。馬鹿ではないがでしゃばらない、余計なことをしない女――更に言えば、誰より可愛いフェルナンの心を、恐らく初めて掴んだ女だ。それだけで付加価値は他の何倍にもはね上がる。こんなにも愛すべき存在が、果たして他にいるだろうか?

「結婚してほしい、ミサキ……あなたが好きだ」

隣に並んで花を愛でていた庭で彼が彼女に囁いた時、海咲は何かをためらうように、手の平を固く握りしめた。

「確かに私と君は、フェルナンを介して知り合った。……けれど今はもう、そんなことは関係ない。私自身が愛しているから、今までこうして」

言葉を区切ったマクシムを、じっと見上げたつぶらな瞳――束の間見開かれた後、そこからはみるみる雫が溢れ出した。すがるように背に回された手が彼のシャツをそっと掴み、細い首が頷く気配を見せた時、屋敷の中で唯一主の故郷を思わせる玉砂利がジャリ、と踏まれる音がした。手にしていた鞄を取り落として呆然と佇むフェルナンの姿に、こみ上げそうになる笑いを堪えてマクシムは身を震わせる。本能で予感してしまったのか……何て間の悪い、いや絶妙だ。何が『関係ない』? 大嘘だ。そんなこと、あるわけがない。弟が連れてこなければ興味を持つことはなかったし、彼のあんな顔を見なければきっと惹かれることもなかった。必然なのだ、彼と、彼女とあの出会いが――海咲自身は確かに欲しい、愛している――けれどこうなった今、“もし”なんて問いは成り立たない。
 
「すまない、フェルナン……」
 
口から滑り出た言葉と共に、胸の内で密やかに囁かれた本心を、彼はごくりと飲み込んだ。ありがとう――それは極上の蜜の味。






→後編:『For The Destiny

拍手[0回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック