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ゲオルクとリリアーヌの結婚。
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「皇后陛下……リリアーヌ様、今度(こたび)のこと、まこと本意では無かったと心中お察し申し上げますが、私はあなた様の選ばれた道は正しきものであったと思っています。ゲオルク陛下は冷酷非道の王として知られておりますが、反面有能な者は身分に関わらず取り立て、側近たちや民衆の支持は厚いと聞き及びます。ですからきっと皇后陛下におかれましても……」
わたくしにとってもゲオルクにとっても二度目となる婚儀が終わり、いよいよ“初夜”を迎えようかというその日の夕べ、わたくしの元を訪ねてきたのは乳姉弟にあたるリュカだった。記憶にあるよりずっと立派な服を着て、私の部屋の扉を叩いたリュカの発言に、わたくしは思わず激昂して怒鳴った。
「わたくしにとっても、何だと言うのです!? この二月、ゲオルクに懐柔された臣たちの幾人かから同じような説教を滔々と聞かされました。皆、あの男によってそれまでの地位より上の位を与えられた、下級貴族出身の者たちです。確かにセドリック様が、先帝陛下が彼らに地位を与えられなかったのは、生まれを重んじる我が国の古びた慣習のためです。それでも、例え彼らが“くだらない”と言うその慣習のために望む地位に、相応しい役目につけず歯痒い思いをしていたとしても、それが果たしてあの方をお恨みし、その命を奪ったあの男を、この国を乗っ取った敵国の王を讃える理由になるのでしょうか!? セドリック様が、あの方が、彼らにそんなにも惨い仕打ちをしたとでも言うのでしょうか!?」
「リリアーヌ様……出過ぎたことを申しました。どうか、落ち着かれてください」
そっと背中に触れようとする手の先をわたくしはパシリと振り払う。
「落ち着けだなんて……他ならぬリュカ、おまえにそんなことを言われて、わたくしが落ち着いていられると思いますか!? おまえはわたくしと、実の姉弟のように過ごしましたね……。当然、どんな時でもわたくしたちを暖かく見守り、様々なことを教え、助けて下さったセドリック様のお姿をよく覚えているはずです。そのおまえが、どうして……」
呆然と佇むリュカの前でこぼれ落ちる涙を拭おうとしたとき、おずおずといった様子で女官のカミーユが入ってきた。
「あの、皇后さま。ゲオルク……いいえ、皇帝陛下が既に参られておいでです。何やら込み入ったお話し中のご様子でしたので、御本人の希望通り控えの間でお待ちいただいているのですが」
ああ、そうだ、今日はあの男との初夜! 何てことだろう、乳姉弟の裏切りに、わたくしはすっかり己が果たすべき最悪の役目を忘れてしまっていた。よりにもよってこんな日に、どうしてリュカは……! 泣きたくなるような思いで振り返った乳姉弟は私の視線に少し俯き、別れの挨拶を告げた。
「では、私はこれにて失礼致します……リリアーヌ様、先帝陛下のご恩は確かに決して忘れられるものではございませんが、私は本当に心からあなたに幸せになってほしいと思っている、ただそれだけなのです」
「そう……それで、ゲオルクを愛せとでも言うおつもり? セドリック様の仇であるあの男を!」
憎々しげに叫んだわたくしを哀しそうに見つめて、リュカは去っていった。そしてリュカと入れ違いに部屋に入ってきたゲオルクの顔に、わたくしは苛立ち、次に凍りついた。
「さっきまでは勇猛に敵に立ち向かう手負いの獅子のようであったのに、今はまるで蛇に睨まれた蛙のような顔をしているのだね、リリアーヌ」
「わたくしが蛙? 今この場で本当にそうなれたら、どんなにかよろしいでしょうね」
ゲオルクの冗談に大きな溜息を吐き、寝台に腰掛けたわたくしの隣に、ゲオルクも腰を下ろす。
「先ほどここにいたのはリュカ・オービニエですね。あなたの乳母子の。きょうだい同然とはいえ、こんな夜中に皇后ともあろう者の部屋に一臣下が出入りするのは余り感心しないな」
少しもそうは思っていない調子で小言を告げるゲオルクに、若干呆れながら問いかける。
「リュカに一体どんな地位を与えたのです? そうやって下の者から順に、この国の者を従えていくおつもりですか!?」
思わず険のある声音を出してしまった私に、ゲオルクはやれやれといった様子で肩をすくめ、わたくしの目をじっと見つめた。
「……セドリック皇帝を殺した私が、それほどまでに許せませんか? 憎いですか?」
おそらくは、リュカとわたくしの会話を全て盗み聞いていたのだろう。相変わらず、何て品の無い男であることか! わたくしは腹をくくり、ふつふつと煮えたぎる感情を彼に向けて顕わにぶつけた。
「当たり前です! 本当ならば、今夜にでも寝首を掻かせていただきたいくらいですわ!」
そう叫んだわたくしに、ゲオルクはクスリと嘲りの笑みを浮かべた。
「……残念ながらそれが出来ないことくらい、聡明なあなたなら分かっておいでのはずだ」
「ええ、ですから従いますわ。わたくしが決めたことです。この婚姻も、何もかも全て」
投げやりに答え、彼に背を向けたわたくしの顔を、無理やりに力強い手が引き寄せる。
「ああ、あなたはそれで良い。私の傍には自分から尻尾を絡ませてくる女たちしか集まってこないのでね……。新鮮なのですよ、あなたのように全身の毛を逆立て、こちらを威嚇してくる猫が」
「無礼者っ!」
余りの発言に身体が震え、再び頬を張ろうとした手を、今度は素早く掴み取られる。
「そう何度も女に殴られて頬を腫らしていては、皇帝としての沽券に関わりましょう? さぁ、おまえは今日から俺の女(もの)だ。逆らうことは許さない、許されない」
急に変わった口調に、性急な口付け。
「……っ……っ、それがおまえの本性ですか!? ゲオルク!」
寝台の上で乱れた呼吸を整えながら、そのどこまでも冷え切った氷のような瞳を見上げたわたくしに、彼は妖しく笑って頷いた。
「いかようにも、好きにお考えなされればよい、『皇后陛下』。おまえとはこれから長い長い夜を、幾度も重ねることになるのだろうからな……」
それから先のことは覚えていない。否、正確には決して思い出したくもない、忌むべき記憶となり果てたのが真実である。
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「皇后陛下……リリアーヌ様、今度(こたび)のこと、まこと本意では無かったと心中お察し申し上げますが、私はあなた様の選ばれた道は正しきものであったと思っています。ゲオルク陛下は冷酷非道の王として知られておりますが、反面有能な者は身分に関わらず取り立て、側近たちや民衆の支持は厚いと聞き及びます。ですからきっと皇后陛下におかれましても……」
わたくしにとってもゲオルクにとっても二度目となる婚儀が終わり、いよいよ“初夜”を迎えようかというその日の夕べ、わたくしの元を訪ねてきたのは乳姉弟にあたるリュカだった。記憶にあるよりずっと立派な服を着て、私の部屋の扉を叩いたリュカの発言に、わたくしは思わず激昂して怒鳴った。
「わたくしにとっても、何だと言うのです!? この二月、ゲオルクに懐柔された臣たちの幾人かから同じような説教を滔々と聞かされました。皆、あの男によってそれまでの地位より上の位を与えられた、下級貴族出身の者たちです。確かにセドリック様が、先帝陛下が彼らに地位を与えられなかったのは、生まれを重んじる我が国の古びた慣習のためです。それでも、例え彼らが“くだらない”と言うその慣習のために望む地位に、相応しい役目につけず歯痒い思いをしていたとしても、それが果たしてあの方をお恨みし、その命を奪ったあの男を、この国を乗っ取った敵国の王を讃える理由になるのでしょうか!? セドリック様が、あの方が、彼らにそんなにも惨い仕打ちをしたとでも言うのでしょうか!?」
「リリアーヌ様……出過ぎたことを申しました。どうか、落ち着かれてください」
そっと背中に触れようとする手の先をわたくしはパシリと振り払う。
「落ち着けだなんて……他ならぬリュカ、おまえにそんなことを言われて、わたくしが落ち着いていられると思いますか!? おまえはわたくしと、実の姉弟のように過ごしましたね……。当然、どんな時でもわたくしたちを暖かく見守り、様々なことを教え、助けて下さったセドリック様のお姿をよく覚えているはずです。そのおまえが、どうして……」
呆然と佇むリュカの前でこぼれ落ちる涙を拭おうとしたとき、おずおずといった様子で女官のカミーユが入ってきた。
「あの、皇后さま。ゲオルク……いいえ、皇帝陛下が既に参られておいでです。何やら込み入ったお話し中のご様子でしたので、御本人の希望通り控えの間でお待ちいただいているのですが」
ああ、そうだ、今日はあの男との初夜! 何てことだろう、乳姉弟の裏切りに、わたくしはすっかり己が果たすべき最悪の役目を忘れてしまっていた。よりにもよってこんな日に、どうしてリュカは……! 泣きたくなるような思いで振り返った乳姉弟は私の視線に少し俯き、別れの挨拶を告げた。
「では、私はこれにて失礼致します……リリアーヌ様、先帝陛下のご恩は確かに決して忘れられるものではございませんが、私は本当に心からあなたに幸せになってほしいと思っている、ただそれだけなのです」
「そう……それで、ゲオルクを愛せとでも言うおつもり? セドリック様の仇であるあの男を!」
憎々しげに叫んだわたくしを哀しそうに見つめて、リュカは去っていった。そしてリュカと入れ違いに部屋に入ってきたゲオルクの顔に、わたくしは苛立ち、次に凍りついた。
「さっきまでは勇猛に敵に立ち向かう手負いの獅子のようであったのに、今はまるで蛇に睨まれた蛙のような顔をしているのだね、リリアーヌ」
「わたくしが蛙? 今この場で本当にそうなれたら、どんなにかよろしいでしょうね」
ゲオルクの冗談に大きな溜息を吐き、寝台に腰掛けたわたくしの隣に、ゲオルクも腰を下ろす。
「先ほどここにいたのはリュカ・オービニエですね。あなたの乳母子の。きょうだい同然とはいえ、こんな夜中に皇后ともあろう者の部屋に一臣下が出入りするのは余り感心しないな」
少しもそうは思っていない調子で小言を告げるゲオルクに、若干呆れながら問いかける。
「リュカに一体どんな地位を与えたのです? そうやって下の者から順に、この国の者を従えていくおつもりですか!?」
思わず険のある声音を出してしまった私に、ゲオルクはやれやれといった様子で肩をすくめ、わたくしの目をじっと見つめた。
「……セドリック皇帝を殺した私が、それほどまでに許せませんか? 憎いですか?」
おそらくは、リュカとわたくしの会話を全て盗み聞いていたのだろう。相変わらず、何て品の無い男であることか! わたくしは腹をくくり、ふつふつと煮えたぎる感情を彼に向けて顕わにぶつけた。
「当たり前です! 本当ならば、今夜にでも寝首を掻かせていただきたいくらいですわ!」
そう叫んだわたくしに、ゲオルクはクスリと嘲りの笑みを浮かべた。
「……残念ながらそれが出来ないことくらい、聡明なあなたなら分かっておいでのはずだ」
「ええ、ですから従いますわ。わたくしが決めたことです。この婚姻も、何もかも全て」
投げやりに答え、彼に背を向けたわたくしの顔を、無理やりに力強い手が引き寄せる。
「ああ、あなたはそれで良い。私の傍には自分から尻尾を絡ませてくる女たちしか集まってこないのでね……。新鮮なのですよ、あなたのように全身の毛を逆立て、こちらを威嚇してくる猫が」
「無礼者っ!」
余りの発言に身体が震え、再び頬を張ろうとした手を、今度は素早く掴み取られる。
「そう何度も女に殴られて頬を腫らしていては、皇帝としての沽券に関わりましょう? さぁ、おまえは今日から俺の女(もの)だ。逆らうことは許さない、許されない」
急に変わった口調に、性急な口付け。
「……っ……っ、それがおまえの本性ですか!? ゲオルク!」
寝台の上で乱れた呼吸を整えながら、そのどこまでも冷え切った氷のような瞳を見上げたわたくしに、彼は妖しく笑って頷いた。
「いかようにも、好きにお考えなされればよい、『皇后陛下』。おまえとはこれから長い長い夜を、幾度も重ねることになるのだろうからな……」
それから先のことは覚えていない。否、正確には決して思い出したくもない、忌むべき記憶となり果てたのが真実である。
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