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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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月下美人の咲く夜に』番外編。グロリアの弟・ロバート視点。拍手ログ。

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母が死んだ。第五王子の妃となった姉の葬儀を終えた翌朝のことだった。窓辺で首を吊り、ユラリユラリと揺れている母の亡骸を私は見つけた。
何も母娘(おやこ)揃って、こんなに外聞の悪い死に方をせずとも良いものを――
そう思いながら母の首にかかる縄を切り、傍にあったソファに横たえて声を上げた。
 
「誰か、父上をお呼びしろ! 母上が急に倒れられた!」
 
そうして慌てて父を呼びに女中が駆けてゆく間に、私は母の机の上に一通の手紙を見つけた。どうやら遺書のようだ。おそらくは父に宛てたものだろうが、残されたたった一人の息子である自分が読んでも特に差支えはないだろう、と考えた末、私はその封を開けた。


~~~
 
 
母の死は、姉と同じように“事故死”を装われ、密やかに葬儀が営まれた。国王とその実質的な後継者であると見なされていた王子の暗殺、そして暗殺の下手人と思われる“人質”の逃亡により、宮中は混乱していた。一貴族に過ぎない女の死など、誰も気に留めなかった。
 
「おまえ、あの手紙を読んだのか?」
 
葬儀を終え、数少ない弔問客を皆帰してしまってから、父が己に問いかけてきた言葉。
 
「ええ、読みました。全て」
 
静かに頷いた自分に、父は深い深い溜息を吐き出してみせた。
 
“王の寵臣”とも言われていた父が姉の無理やりな婚姻の際、一度も国王に意見を述べに行かなかったこと。自分を見つめる母の瞳がいつも、自分を通してどこか遠くを見つめていたこと。『ロバート』と名を呼ぶ声に交じる、今にも他の誰かの名前を叫んでしまいそうな切ない響き。父と母の間にいつも生じていた、微妙な距離感。ルパート王子と姉の関係を知った夜、取り乱す母を必死でなだめていた父の姿。
 
『大丈夫だ、きっと陛下が何とかして下さる。全て陛下の御心のままに、お任せしよう……』
 
『駄目です、それでは、あの子たちの心が壊されてしまいます! 陛下はそれをお望みなのです。陛下は、自らの手で育てた、何のしがらみも無いあの子を、己が後継者に仕立て上げようとなさっているのです……!』
 
『アメリア、それは妄想が過ぎる。陛下に対しても殿下に対しても無礼だ。大丈夫だ、きっとなるようになる』
 
『ではあなたは、このままあの二人の交際を黙って見守れとおっしゃるの!? 一瞬で散っていくことが解っていて、己の娘が傷ついても良いのですか!?』
 
『黙れ、アメリア!我々が今の地位にあるのはどなたのおかげと心得る!? おまえを娶ってやったのも、そもそもは陛下の……』
 
余りにも聞き苦しい二人の口論に嫌気が差して、私はその場を後にした。別に姉の恋が上手くいってもいかなくても、私は傷ついたりなんかしない。ただ、次期国王の有力候補である王子殿下との繋がりが薄れるのは残念に思うが……。
 
しかし、母の指す『あの子』とは一体誰のことか。まさか自分のはずがあるまい。一介の貴族が、国王の次期後継者などと! 母は妄想に取りつかれてしまったのだろうか? 恋の熱に浮かされる姉同様、己が身内に恥を感じ、同時に嘲笑した。
 
そして今ようやく、私は全ての真実を知った。
 
 
~~~
 
 
姉は、ルパート殿下への想いを忘れられないが故に、恋のためだけに死んだのだと思っていた。そして母は、娘を失った悲しみ故に、ただそれだけの理由で逝ったのだ、と。どちらも無責任で愚かな死に様。しかし、もっと愚かだったのは……己の傍で母の形見の十字架に取り縋り、嘆き続ける父の姿をじっと見つめる。
 
「アメリア、アメリア、君の言った通りだった。陛下も、グロリアも、おまえも、私は全てを失ってしまった。なぁアメリア、どうすればいい? 私は……」
 
陛下の“お手付き”となり、王子を生んだ女官を下賜されることを唯々諾々と受け入れた父。心の奥底でその美しい女を愛しながら、権力におもねり、素直になれず、子を生した後も己が妻として心から彼女と――母と触れ合うことのできなかった、哀れな男。最後まで亡き国王の言うことをひたすら聞くだけの人形と化し、娘を利用されていることを知っていて異父兄との交際を黙認し、更にその恋を踏みにじることすら是とした。
 
庭に咲く月下美人の花をじっと見つめる。月下美人は一夜しか咲かない。そこで実を結ばなければ、永遠に実が生ることなく散っていくのみ。姉も、母も、この花のように美しく、儚かった。そして己の異父兄にあたるのだという、姉が心から愛していたあの王子もまた……。どうして己一人のみが、父親に似た容貌に生まれついてしまったものか。見下ろした父は、既に憎む価値もない脱け殻と化していた。白き花弁に消えない傷を残して、踏みにじった男。
 
「父上、私はリチャード殿下の元へ参ります。きっともう二度と、ここへ戻ってくることはないでしょう。……いえ、リチャード殿下がこの国を征された際は、どうなるか分かりませんが」
 
そう告げた己を呆然と見上げる、空虚な瞳。
 
「いかん、いかん、ロバート。私が、このウィルクス家をこの地位まで上げるために、どれだけの犠牲を払ってきたと思っておるのだ!? おまえはこの家の嫡男だ。駄目だ、おまえはこれから王太子殿下の元に……!」
 
「それは父上の勝手な望み。私は私の道を参ります。大体、あの愚鈍な王太子に、“身分低き”第六王子などに次期国王の座を奪われていたも同然の王子に、何ができます? 早晩この国は滅びるでしょう。父上も他国に亡命なさるなり、早く策を練っておいた方が良いかと」
 
そう言って微笑んだ己に、父の顔が幽霊でも見たように一気に青ざめていった。もしかしたら、滔々と言葉を紡ぐ私の姿に“誰か”を思い出してしまったのかもしれない――苦笑しながら庭に出、そこに咲く月下美人の花を一輪捥ぎ取る。
 
リチャード殿下は、月下美人がお好きだと聞いたな……。
 
彼の逃げ帰った故国に、この花は果たして咲いているのだろうか。一瞬、手土産に持ち行こうと考えたが、すぐにその愚かしさに気づいて止めた。どうせこの花は、明日の朝には散ってしまう。それに主に媚びて歓心を得ようとする父のような手法は、正直言って余り好みではない。行き場を無くした手の中の花をじっと見つめる。摘まれてしまったこの花は、どうせもう実を結ばない。ならば美しく咲き誇るこの姿のまま、葬ってやるべきではないのか? そう考えながらも、気がつけば私は無心に白き花弁をむしっていた。
 
いつもいつも、己一人が蚊帳の外。姉も、母も、父も、誰も己をまともに見てくれたことは無かった。思えば、あのルパート王子が、何の濁りもない真っ直ぐな眼差しを私に向けてくれた最初の人であった。
 
 
~~~
 
 
『ウィルクス伯爵のご嫡男か……。大層、優秀だと聞くが』
 
『畏れ多いことにございます、殿下。私などまだまだ若輩者で……』
 
『良い目をしている。宮中に出仕する日が楽しみだな。その日が来たら、是非とも私の傍で補佐の仕事をしてもらいたいものだ』
 
そのとき、微笑んだ王子の顔が余りにも綺麗だったので、思わず赤面してしまったことを覚えている。
 
『おっ、それはずるいぞ、ルパート! 彼は軍に属すことを希望しているかもしれないじゃないか。ちょうど私の副官の席も開いているから、君がこんな書類仕事に嫌気が差す類の人間だったら、是非とも私の元に来てもらいたい』

そうしてルパート王子の傍らに寄り添う影のように現れた、リチャード王子の姿。彼もまた、曇りのない笑顔を浮かべ、私に声をかけてくれた。あの頃、既にルパート王子は姉と恋仲にあった。彼は、“恋人の弟”という立場にある自分を、もっと利用しても良かったのではないか。会話の中で彼は一度も姉のことには触れず、ただ己に励ましの言葉をかけたのみであった。“姉の弟”としてではなく、一人の人間としての自分を認めてくれたのだ、と感じた。ルパート王子も、そしてまたリチャード王子も。
 
だから私は、リチャード王子を信じてみようと思う。ルパート王子へ注がれていたあの深く優しい眼差しを、姉へ向けられていたあの切なく暖かい眼差しを、そしてあの日私の心を射抜いた、あの真っ直ぐで力強い瞳を。
 
もうすぐ、夜が明ける。花弁を全て失った月下美人の茎を投げ捨て、私は馬に跨った。次に帰るときは、私がこの国を踏みにじるとき。私の母を、姉を、兄を踏みにじったこの国を、跡形もなく蹂躙するとき。そう己に言い聞かせながら、私は月下美人の散りゆく故国を後にした。





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母が死んだ。第五王子の妃となった姉の葬儀を終えた翌朝のことだった。窓辺で首を吊り、ユラリユラリと揺れている母の亡骸を私は見つけた。
何も母娘(おやこ)揃って、こんなに外聞の悪い死に方をせずとも良いものを――
そう思いながら母の首にかかる縄を切り、傍にあったソファに横たえて声を上げた。
 
「誰か、父上をお呼びしろ! 母上が急に倒れられた!」
 
そうして慌てて父を呼びに女中が駆けてゆく間に、私は母の机の上に一通の手紙を見つけた。どうやら遺書のようだ。おそらくは父に宛てたものだろうが、残されたたった一人の息子である自分が読んでも特に差支えはないだろう、と考えた末、私はその封を開けた。


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母の死は、姉と同じように“事故死”を装われ、密やかに葬儀が営まれた。国王とその実質的な後継者であると見なされていた王子の暗殺、そして暗殺の下手人と思われる“人質”の逃亡により、宮中は混乱していた。一貴族に過ぎない女の死など、誰も気に留めなかった。
 
「おまえ、あの手紙を読んだのか?」
 
葬儀を終え、数少ない弔問客を皆帰してしまってから、父が己に問いかけてきた言葉。
 
「ええ、読みました。全て」
 
静かに頷いた自分に、父は深い深い溜息を吐き出してみせた。
 
“王の寵臣”とも言われていた父が姉の無理やりな婚姻の際、一度も国王に意見を述べに行かなかったこと。自分を見つめる母の瞳がいつも、自分を通してどこか遠くを見つめていたこと。『ロバート』と名を呼ぶ声に交じる、今にも他の誰かの名前を叫んでしまいそうな切ない響き。父と母の間にいつも生じていた、微妙な距離感。ルパート王子と姉の関係を知った夜、取り乱す母を必死でなだめていた父の姿。
 
『大丈夫だ、きっと陛下が何とかして下さる。全て陛下の御心のままに、お任せしよう……』
 
『駄目です、それでは、あの子たちの心が壊されてしまいます! 陛下はそれをお望みなのです。陛下は、自らの手で育てた、何のしがらみも無いあの子を、己が後継者に仕立て上げようとなさっているのです……!』
 
『アメリア、それは妄想が過ぎる。陛下に対しても殿下に対しても無礼だ。大丈夫だ、きっとなるようになる』
 
『ではあなたは、このままあの二人の交際を黙って見守れとおっしゃるの!? 一瞬で散っていくことが解っていて、己の娘が傷ついても良いのですか!?』
 
『黙れ、アメリア!我々が今の地位にあるのはどなたのおかげと心得る!? おまえを娶ってやったのも、そもそもは陛下の……』
 
余りにも聞き苦しい二人の口論に嫌気が差して、私はその場を後にした。別に姉の恋が上手くいってもいかなくても、私は傷ついたりなんかしない。ただ、次期国王の有力候補である王子殿下との繋がりが薄れるのは残念に思うが……。
 
しかし、母の指す『あの子』とは一体誰のことか。まさか自分のはずがあるまい。一介の貴族が、国王の次期後継者などと! 母は妄想に取りつかれてしまったのだろうか? 恋の熱に浮かされる姉同様、己が身内に恥を感じ、同時に嘲笑した。
 
そして今ようやく、私は全ての真実を知った。
 
 
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姉は、ルパート殿下への想いを忘れられないが故に、恋のためだけに死んだのだと思っていた。そして母は、娘を失った悲しみ故に、ただそれだけの理由で逝ったのだ、と。どちらも無責任で愚かな死に様。しかし、もっと愚かだったのは……己の傍で母の形見の十字架に取り縋り、嘆き続ける父の姿をじっと見つめる。
 
「アメリア、アメリア、君の言った通りだった。陛下も、グロリアも、おまえも、私は全てを失ってしまった。なぁアメリア、どうすればいい? 私は……」
 
陛下の“お手付き”となり、王子を生んだ女官を下賜されることを唯々諾々と受け入れた父。心の奥底でその美しい女を愛しながら、権力におもねり、素直になれず、子を生した後も己が妻として心から彼女と――母と触れ合うことのできなかった、哀れな男。最後まで亡き国王の言うことをひたすら聞くだけの人形と化し、娘を利用されていることを知っていて異父兄との交際を黙認し、更にその恋を踏みにじることすら是とした。
 
庭に咲く月下美人の花をじっと見つめる。月下美人は一夜しか咲かない。そこで実を結ばなければ、永遠に実が生ることなく散っていくのみ。姉も、母も、この花のように美しく、儚かった。そして己の異父兄にあたるのだという、姉が心から愛していたあの王子もまた……。どうして己一人のみが、父親に似た容貌に生まれついてしまったものか。見下ろした父は、既に憎む価値もない脱け殻と化していた。白き花弁に消えない傷を残して、踏みにじった男。
 
「父上、私はリチャード殿下の元へ参ります。きっともう二度と、ここへ戻ってくることはないでしょう。……いえ、リチャード殿下がこの国を征された際は、どうなるか分かりませんが」
 
そう告げた己を呆然と見上げる、空虚な瞳。
 
「いかん、いかん、ロバート。私が、このウィルクス家をこの地位まで上げるために、どれだけの犠牲を払ってきたと思っておるのだ!? おまえはこの家の嫡男だ。駄目だ、おまえはこれから王太子殿下の元に……!」
 
「それは父上の勝手な望み。私は私の道を参ります。大体、あの愚鈍な王太子に、“身分低き”第六王子などに次期国王の座を奪われていたも同然の王子に、何ができます? 早晩この国は滅びるでしょう。父上も他国に亡命なさるなり、早く策を練っておいた方が良いかと」
 
そう言って微笑んだ己に、父の顔が幽霊でも見たように一気に青ざめていった。もしかしたら、滔々と言葉を紡ぐ私の姿に“誰か”を思い出してしまったのかもしれない――苦笑しながら庭に出、そこに咲く月下美人の花を一輪捥ぎ取る。
 
リチャード殿下は、月下美人がお好きだと聞いたな……。
 
彼の逃げ帰った故国に、この花は果たして咲いているのだろうか。一瞬、手土産に持ち行こうと考えたが、すぐにその愚かしさに気づいて止めた。どうせこの花は、明日の朝には散ってしまう。それに主に媚びて歓心を得ようとする父のような手法は、正直言って余り好みではない。行き場を無くした手の中の花をじっと見つめる。摘まれてしまったこの花は、どうせもう実を結ばない。ならば美しく咲き誇るこの姿のまま、葬ってやるべきではないのか? そう考えながらも、気がつけば私は無心に白き花弁をむしっていた。
 
いつもいつも、己一人が蚊帳の外。姉も、母も、父も、誰も己をまともに見てくれたことは無かった。思えば、あのルパート王子が、何の濁りもない真っ直ぐな眼差しを私に向けてくれた最初の人であった。
 
 
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『ウィルクス伯爵のご嫡男か……。大層、優秀だと聞くが』
 
『畏れ多いことにございます、殿下。私などまだまだ若輩者で……』
 
『良い目をしている。宮中に出仕する日が楽しみだな。その日が来たら、是非とも私の傍で補佐の仕事をしてもらいたいものだ』
 
そのとき、微笑んだ王子の顔が余りにも綺麗だったので、思わず赤面してしまったことを覚えている。
 
『おっ、それはずるいぞ、ルパート! 彼は軍に属すことを希望しているかもしれないじゃないか。ちょうど私の副官の席も開いているから、君がこんな書類仕事に嫌気が差す類の人間だったら、是非とも私の元に来てもらいたい』

そうしてルパート王子の傍らに寄り添う影のように現れた、リチャード王子の姿。彼もまた、曇りのない笑顔を浮かべ、私に声をかけてくれた。あの頃、既にルパート王子は姉と恋仲にあった。彼は、“恋人の弟”という立場にある自分を、もっと利用しても良かったのではないか。会話の中で彼は一度も姉のことには触れず、ただ己に励ましの言葉をかけたのみであった。“姉の弟”としてではなく、一人の人間としての自分を認めてくれたのだ、と感じた。ルパート王子も、そしてまたリチャード王子も。
 
だから私は、リチャード王子を信じてみようと思う。ルパート王子へ注がれていたあの深く優しい眼差しを、姉へ向けられていたあの切なく暖かい眼差しを、そしてあの日私の心を射抜いた、あの真っ直ぐで力強い瞳を。
 
もうすぐ、夜が明ける。花弁を全て失った月下美人の茎を投げ捨て、私は馬に跨った。次に帰るときは、私がこの国を踏みにじるとき。私の母を、姉を、兄を踏みにじったこの国を、跡形もなく蹂躙するとき。そう己に言い聞かせながら、私は月下美人の散りゆく故国を後にした。





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