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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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ユーリヤの正体。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……また、いらしたんですか」

「ここは四季族の本拠だ。私が何処をうろつこうと勝手だろう?」

「…………」

俺の言葉に一瞬目を瞬かせ、溜息を吐きだす横顔は
相変わらず白く、人形めいている。
初めての出会いで拒絶の意を示されてから、
二度、三度と日を置かず此処へ足を運んでしまうのは何故なのだろう。
瑠璃族。子連れの女。族長……父に匿われている。
そして自分には一切知らされていない存在……。
近づくな。危険だ。
本能が発する警報を無視しても、会いたい。声を聞きたい。その、全てを――
そこまで思い至って、訝しげにこちらを見つめる瑠璃色の瞳に気づき、
ハッとする。

「どうか、なさったんですか? ……とても疲れた顔をして」

白い手がこちらへ伸ばされかけて、
何かに押しとどめられたようにすぐに引かれた。
その白い手で、優しく頬に触れてほしい。髪を撫でてほしい。
ふつふつと湧き起こった願望を振り払うように、彼女に向かって嗤ってみせる。

「どうかしたか、だと? それは勿論疲れているに決まっている。
瑠璃族が我が四季族に宣戦を布告したばかりなのだから。」

「……っ!」

瑠璃族である彼女の心を抉る言葉。
細い指先はカタカタと震え、かたちの良い桃色の唇が青ざめていく。

「まぁ先に奇襲を仕掛けたのはこちらだがな。
当分は此処が戦場になることはまず無いだろうが、私は族長の息子だ。
しばらくは寝る間もなく軍議に追われることになるだろうな」

「……春輝様も、戦われるのですか?」

苛々しながら漏れ出た俺の言葉に、我らが敵・瑠璃族の人間であるはずの
彼女から帰ってきたのは、いささか見当外れな問いかけだった。

「いや、私は……それは、すぐにでも戦いたいが……。
本拠が襲われるまでは此処にいて守りに徹しろとの父の命だ。
長の家の跡取りも生さねばなるまいし……」

自嘲気味に吐き出した言葉に、彼女は一瞬何かを堪えるように身を震わせた後、
ホッとしたように息を吐いた。

「……そうですか。
もうじき奥方様を迎えられるご予定でいらっしゃいますものね……」

寂しそうに笑う顔は、すでに見慣れたものだ。
何故彼女はこんなふうに笑うのだろう?
何故いつも哀しそうに、寂しそうに、
それなのに俺を見る目はどこまでも優しく……何故だか酷く、苛立つ。

「ユーリヤ。そなたは今、いくつになった?」

ほら、また。白い面が強張り、瑠璃色の眼差しが揺れる。
ユーリヤは俺が彼女について何か質問する度に、
微かに動揺し、そしてそれを隠そうとする。

「わたくし、ですか? わたくしは……今年、二十二になります」

「そうか、ならば私より三歳若年なのだな。
それではナツミは……あの子供は、いつ頃に生んだ?」

「……っ、あの子は……二十歳(はたち)の、時に」

「ならばナツミは今二歳というところだな。道理で、可愛い盛りの訳だ」

ユーリヤの足元に纏わりつく幼子に笑顔で手を差し出せば、
彼は声を上げてその小さな手をこちらへと伸ばしてくる。
決して俺にその手を伸ばしてはくれない母親とは違い、
数度の逢瀬でナツミは大分自分に懐いてくれた。
ユーリヤはその様子を、いつもどこか怯えたような、苦しそうな顔で眺めている。

「ナツミの瞳はおまえ譲りの見事な瑠璃色だな。
そしてナツミの髪は我が四季族の中でも滅多に見られぬほどの見事な黒髪だ」

「…………」

ユーリヤは固く手を握ったまま黙っている。

「ユーリヤ、私は己が持っているものの中で、好きなものはたった一つしかない。
それは一体何だと思う?」

ピクリと強張った彼女の様子をチラリと窺い、腕の中の幼子をじっと覗き込む。

「分からぬか? それでは教えてやろう。それは私の髪だ。
角度によってはこの深い森と同じ緑にも、そなたの瞳と同じ瑠璃にも変化する
母譲りの真っ直ぐに伸びた黒髪……。瑠璃族のそなたにはわからぬかもしれぬが、
四季族の我々には誰が誰の血を引いているか、髪を見れば一目で区別がつく。
一つ聞く。何故私と同じ色の髪を、この幼子が持っている?」

「……それはっ……!」

顔を上げたユーリヤの瞳は潤んでいた。

「父が冬彦、私が春輝、そしてこの子が“ナツミ”。気づかないとでも思ったか?
四季族の嫡男は代々四季の名を一文字冠することになっている。
春夏秋冬の順番通りに。おそらくナツミの“ナツ”は“夏”の文字を……」

「違う、違う、その子はっ……!」

俺の言葉を遮り、必死に頭を振るユーリヤを冷めた目で見つめ、更に追い詰める。

「俺の記憶は二十歳の時より止まっている。父も、一族の者も皆
五年の間に俺自身に大きな変化はなかったと言っていたが……。
俺は族長の嫡男だ。成人したらすぐにでも結婚の話が出たはずだ。
それを今の今まで……二十五の年になるまで、結婚どころか
正式な婚約の話すら出なかったとは不自然だ。そうは思わないか?ユーリヤ」

「……っ……っ!」

「それに、今度(こたび)の瑠璃族との戦の経緯にしても……
あの血も涙もない瑠璃族が、ギリギリまで開戦を避ける交渉を望んだ。
結局こちらから奇襲を仕掛けて無理やりに戦へと持ち込んだものの……
それはこちら側に“人質”がいるからではないのか?
……俺の妻として送られてきたおまえが!」

「やめて、やめて春輝……わたしは、もう……!」

「ユーリヤ、おまえは誰だ? そしてナツミは誰の子なんだ?
おまえは何故ここにいる? おまえと、俺は……!?」

「……わたしの名は、ユーリヤ・ラズトキン。瑠璃族族長の三番目の娘で……
確かに、半年前まで、四季春輝の……あなたの、妻だった」

震えた声で紡がれた事実に目を見開く。
ユーリヤは泣き笑いのような表情で俺を見つめ、そっと頬に触れた。
焦がれた温もりに、泣きたくなるような安堵感が俺を襲う。

「あなたの記憶は五年前で止まっていると言いましたね?
わたしがこの国に嫁いできたのは四年前。
そしてナツミが生まれたのは話した通り。
この子が生まれてから、瑠璃族と四季族の関係は悪化の一途を辿り、
四季族の有力者たちは幾度もあなたにわたしを離縁するように迫った。
わたしは、二つの民族の架け橋になれなかった……役立たずの女だから」

ユーリヤは自嘲気味に目を伏せた。

「でも、それでもあなたは……わたしを庇ってくれた。
此処にいても良いと、言ってくれた。ナツミと、あなたと、一緒に……!」

ポロポロと涙をこぼす女の姿は、今にも消えそうに儚い。

「俺が記憶を失ったのは、一族との間でそのやりとりがあった直後か」

「…………」

答えないユーリヤに、真実を知り、込み上げてきたのは激しい怒りだった。

「気に入らないな。父も、一族の連中も、そしておまえも」

怒気を含んだ声に気づいたのか、ユーリヤがビクリと身体を震わせてこちらを見る。

「この俺の……四季族族長の後継ぎの正妻と嫡男を無断で追い出し、
勝手に後妻を与えて……。それを黙って受け入れるとはどういうことだ?
おまえはそれでも俺の妻か!?」

「仕方ないでしょう! わたしはいつ殺されてもおかしくない瑠璃族族長の娘。
わたしの一番上の姉は、瑠璃族が攻め入った嫁ぎ先から送り返されて
一月も経たぬうちにまた別の民族の元へ嫁がされた……。姉の連れて来た子供は、
滅ぼした一族の血を引いているというだけで祖父である父に殺された。
わたしの二番目の姉は、嫁ぎ先の一族と瑠璃族との戦が起こった際、
自らの夫の手にかかり殺された。
父は娘(わたし)たちのことなど都合の良い道具としか思っていやしない。
わたしには、もうナツミを連れて帰れる場所などない。
ナツミを守るためにも……少しでも生き永らえるためにも、こうするしか……」
 
我が子を抱きかかえて崩れ落ちる女の姿に、これまで胸の中にあった
言いようのない苛立ちとわだかまりが急速に静まっていくのが分かる。

「どうせもうあなたは何も覚えていない……。
わたしが、わたしとこの子がどうなろうが、もう二度と関係のないことでしょう」
 
ゆらりと立ち上がり、庵へと戻りゆくユーリヤの華奢な背中を、
その時の俺はただ黙って見送ることしか出来なかった。






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「……また、いらしたんですか」

「ここは四季族の本拠だ。私が何処をうろつこうと勝手だろう?」

「…………」

俺の言葉に一瞬目を瞬かせ、溜息を吐きだす横顔は
相変わらず白く、人形めいている。
初めての出会いで拒絶の意を示されてから、
二度、三度と日を置かず此処へ足を運んでしまうのは何故なのだろう。
瑠璃族。子連れの女。族長……父に匿われている。
そして自分には一切知らされていない存在……。
近づくな。危険だ。
本能が発する警報を無視しても、会いたい。声を聞きたい。その、全てを――
そこまで思い至って、訝しげにこちらを見つめる瑠璃色の瞳に気づき、
ハッとする。

「どうか、なさったんですか? ……とても疲れた顔をして」

白い手がこちらへ伸ばされかけて、
何かに押しとどめられたようにすぐに引かれた。
その白い手で、優しく頬に触れてほしい。髪を撫でてほしい。
ふつふつと湧き起こった願望を振り払うように、彼女に向かって嗤ってみせる。

「どうかしたか、だと? それは勿論疲れているに決まっている。
瑠璃族が我が四季族に宣戦を布告したばかりなのだから。」

「……っ!」

瑠璃族である彼女の心を抉る言葉。
細い指先はカタカタと震え、かたちの良い桃色の唇が青ざめていく。

「まぁ先に奇襲を仕掛けたのはこちらだがな。
当分は此処が戦場になることはまず無いだろうが、私は族長の息子だ。
しばらくは寝る間もなく軍議に追われることになるだろうな」

「……春輝様も、戦われるのですか?」

苛々しながら漏れ出た俺の言葉に、我らが敵・瑠璃族の人間であるはずの
彼女から帰ってきたのは、いささか見当外れな問いかけだった。

「いや、私は……それは、すぐにでも戦いたいが……。
本拠が襲われるまでは此処にいて守りに徹しろとの父の命だ。
長の家の跡取りも生さねばなるまいし……」

自嘲気味に吐き出した言葉に、彼女は一瞬何かを堪えるように身を震わせた後、
ホッとしたように息を吐いた。

「……そうですか。
もうじき奥方様を迎えられるご予定でいらっしゃいますものね……」

寂しそうに笑う顔は、すでに見慣れたものだ。
何故彼女はこんなふうに笑うのだろう?
何故いつも哀しそうに、寂しそうに、
それなのに俺を見る目はどこまでも優しく……何故だか酷く、苛立つ。

「ユーリヤ。そなたは今、いくつになった?」

ほら、また。白い面が強張り、瑠璃色の眼差しが揺れる。
ユーリヤは俺が彼女について何か質問する度に、
微かに動揺し、そしてそれを隠そうとする。

「わたくし、ですか? わたくしは……今年、二十二になります」

「そうか、ならば私より三歳若年なのだな。
それではナツミは……あの子供は、いつ頃に生んだ?」

「……っ、あの子は……二十歳(はたち)の、時に」

「ならばナツミは今二歳というところだな。道理で、可愛い盛りの訳だ」

ユーリヤの足元に纏わりつく幼子に笑顔で手を差し出せば、
彼は声を上げてその小さな手をこちらへと伸ばしてくる。
決して俺にその手を伸ばしてはくれない母親とは違い、
数度の逢瀬でナツミは大分自分に懐いてくれた。
ユーリヤはその様子を、いつもどこか怯えたような、苦しそうな顔で眺めている。

「ナツミの瞳はおまえ譲りの見事な瑠璃色だな。
そしてナツミの髪は我が四季族の中でも滅多に見られぬほどの見事な黒髪だ」

「…………」

ユーリヤは固く手を握ったまま黙っている。

「ユーリヤ、私は己が持っているものの中で、好きなものはたった一つしかない。
それは一体何だと思う?」

ピクリと強張った彼女の様子をチラリと窺い、腕の中の幼子をじっと覗き込む。

「分からぬか? それでは教えてやろう。それは私の髪だ。
角度によってはこの深い森と同じ緑にも、そなたの瞳と同じ瑠璃にも変化する
母譲りの真っ直ぐに伸びた黒髪……。瑠璃族のそなたにはわからぬかもしれぬが、
四季族の我々には誰が誰の血を引いているか、髪を見れば一目で区別がつく。
一つ聞く。何故私と同じ色の髪を、この幼子が持っている?」

「……それはっ……!」

顔を上げたユーリヤの瞳は潤んでいた。

「父が冬彦、私が春輝、そしてこの子が“ナツミ”。気づかないとでも思ったか?
四季族の嫡男は代々四季の名を一文字冠することになっている。
春夏秋冬の順番通りに。おそらくナツミの“ナツ”は“夏”の文字を……」

「違う、違う、その子はっ……!」

俺の言葉を遮り、必死に頭を振るユーリヤを冷めた目で見つめ、更に追い詰める。

「俺の記憶は二十歳の時より止まっている。父も、一族の者も皆
五年の間に俺自身に大きな変化はなかったと言っていたが……。
俺は族長の嫡男だ。成人したらすぐにでも結婚の話が出たはずだ。
それを今の今まで……二十五の年になるまで、結婚どころか
正式な婚約の話すら出なかったとは不自然だ。そうは思わないか?ユーリヤ」

「……っ……っ!」

「それに、今度(こたび)の瑠璃族との戦の経緯にしても……
あの血も涙もない瑠璃族が、ギリギリまで開戦を避ける交渉を望んだ。
結局こちらから奇襲を仕掛けて無理やりに戦へと持ち込んだものの……
それはこちら側に“人質”がいるからではないのか?
……俺の妻として送られてきたおまえが!」

「やめて、やめて春輝……わたしは、もう……!」

「ユーリヤ、おまえは誰だ? そしてナツミは誰の子なんだ?
おまえは何故ここにいる? おまえと、俺は……!?」

「……わたしの名は、ユーリヤ・ラズトキン。瑠璃族族長の三番目の娘で……
確かに、半年前まで、四季春輝の……あなたの、妻だった」

震えた声で紡がれた事実に目を見開く。
ユーリヤは泣き笑いのような表情で俺を見つめ、そっと頬に触れた。
焦がれた温もりに、泣きたくなるような安堵感が俺を襲う。

「あなたの記憶は五年前で止まっていると言いましたね?
わたしがこの国に嫁いできたのは四年前。
そしてナツミが生まれたのは話した通り。
この子が生まれてから、瑠璃族と四季族の関係は悪化の一途を辿り、
四季族の有力者たちは幾度もあなたにわたしを離縁するように迫った。
わたしは、二つの民族の架け橋になれなかった……役立たずの女だから」

ユーリヤは自嘲気味に目を伏せた。

「でも、それでもあなたは……わたしを庇ってくれた。
此処にいても良いと、言ってくれた。ナツミと、あなたと、一緒に……!」

ポロポロと涙をこぼす女の姿は、今にも消えそうに儚い。

「俺が記憶を失ったのは、一族との間でそのやりとりがあった直後か」

「…………」

答えないユーリヤに、真実を知り、込み上げてきたのは激しい怒りだった。

「気に入らないな。父も、一族の連中も、そしておまえも」

怒気を含んだ声に気づいたのか、ユーリヤがビクリと身体を震わせてこちらを見る。

「この俺の……四季族族長の後継ぎの正妻と嫡男を無断で追い出し、
勝手に後妻を与えて……。それを黙って受け入れるとはどういうことだ?
おまえはそれでも俺の妻か!?」

「仕方ないでしょう! わたしはいつ殺されてもおかしくない瑠璃族族長の娘。
わたしの一番上の姉は、瑠璃族が攻め入った嫁ぎ先から送り返されて
一月も経たぬうちにまた別の民族の元へ嫁がされた……。姉の連れて来た子供は、
滅ぼした一族の血を引いているというだけで祖父である父に殺された。
わたしの二番目の姉は、嫁ぎ先の一族と瑠璃族との戦が起こった際、
自らの夫の手にかかり殺された。
父は娘(わたし)たちのことなど都合の良い道具としか思っていやしない。
わたしには、もうナツミを連れて帰れる場所などない。
ナツミを守るためにも……少しでも生き永らえるためにも、こうするしか……」
 
我が子を抱きかかえて崩れ落ちる女の姿に、これまで胸の中にあった
言いようのない苛立ちとわだかまりが急速に静まっていくのが分かる。

「どうせもうあなたは何も覚えていない……。
わたしが、わたしとこの子がどうなろうが、もう二度と関係のないことでしょう」
 
ゆらりと立ち上がり、庵へと戻りゆくユーリヤの華奢な背中を、
その時の俺はただ黙って見送ることしか出来なかった。






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