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最終話。リリアーヌの真実と愛の行方。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それは長い長い沈黙だった。いいや、他の者にとっては一瞬に過ぎない時間だったのかもしれない。しかし俺にとってはとても長い……そして重い懺悔の時間だった。
「ええ、存じておりますわ、ゲオルク陛下」
その沈黙を打ち破ったのは、どこまでも静かに透き通るリリアーヌの声。余りの衝撃に目を見開いて彼女を見れば、リリアーヌは切なげに微笑みながら“真実”を告げた。
「あなたはわたくしの仇。侵略者。掠奪者。そして今のわたくしのただ一人の夫。ただ憎み続けることが、一体何になるというのです? わたくしはあなたの后となる道を、自ら選んだのです。わたくしは母から“皇后”たる者の務めを再三教え込まれました。ですからあのとき、この身に最初に子を宿したことを知った瞬間、思い出したのです。『皇后とは皇帝と並び、支え、尽くし、愛する者』だと」
「だから……俺を許したのか? 感情を理性で割り切って、己が心を偽って、“皇后”として皇帝(おれ)に仕えることを自らに課したと言うのか? 前皇帝の“まぼろし”を見ているという“仮面”を被って」
己の声が少しずつ震え出していることに気づく。例えセドリックという“まぼろし”の“仮面”を付けた俺と、“まぼろし”を求め続けたリリアーヌの間に生まれた偽りの時間であったとしても、心から愛されていると信じたあの時間は、確かにこの女を手に入れたと感じたあの瞬間は!
「わたくしがあなたにセドリック様の“まぼろし”を見ていると思い込んだのはあなたの方ではありませんか。わたくしは確かに“仮面”を被っておりました。けれどもそれは、皇帝を愛する“皇后”としての“仮面”です。わたくしは今でも、あなたのことを少しも許してなどおりません。ただの“リリアーヌ”としてのわたくしの中には、今この時も決して消えることの無い、あなたに対する憎悪の炎が燻っております。けれどまた、ただの“リリアーヌ”の中に、こんなにも長い時を共に過ごし、七人の子をわたくしに与えてくださったあなたへの愛情が生まれていない訳がございましょうか。わたくしを、そうまで情に薄い女だとお思いになって?」
ようやくむき出しにされた、リリアーヌの中でせめぎ合う矛盾した感情。涙をこぼしながらうっすらと微笑む女の頬にそっと手を伸ばす。この女に、これほどまでに矛盾した想いを植え付けたのは俺だ。俺こそが、この女の中に“まぼろし”を見続け、“仮面”を被らせ続けてきたのだ! 度重なる出産のせいだけではない、長い長い間葛藤を繰り返し疲れ果てた心が、今の彼女をこんな姿に変えてしまった。そして今まさにその“まぼろし”は、“仮面”は、彼女自身の命をも奪おうとしている! そんな俺の心の叫びを読み取ったかのように、リリアーヌは嗤った。
「ですからこれは復讐なのです。陛下……いいえ、ゲオルク。わたくしに“まぼろし”を見続けた、わたくしに“仮面”を被らせ続けたわたくしの憎き仇、わたくしの愛する夫! あなたの心に深く深く牙を、爪を突き立てて無様に死に絶えていくことこそが、このわたくし、ヴィラール帝国皇女にして皇后、そしてただの女であったリリアーヌの、たった一つの復讐にして、最後の愛の……あ……か、し……」
急に起き上がり俺に向かって叫んでみせたリリアーヌは、最後にふっと糸が切れるかのごとく寝台に沈み、その瞳を閉じた。
「リリアーヌ? リリアーヌ? リリアーヌ!」
そうしてそのまま、二度と目を開くことのなかった后の亡骸を、一晩中揺さぶり続けた俺が正気に返ったのは明くる日の朝だった。既に冷たく変わり果てたリリアーヌの身体を抱いて寝室から出てきた俺に女官たちは驚き、側近たちは慌てて葬儀の手配へと走り去っていった。
~~~
「ヴィラールの皇帝は皇后しか愛さない……、か」
リリアーヌの葬儀が全て終わり、その棺が壮麗な霊廟へと納められてから一年。後宮は既に閉じられたも同然の状態となり、俺は己の野望も、何もかもを見失いかけていた。
愛していたのだ、彼女のことを。愛するということがどういうことか、教えてくれた初めての女、リリアーヌ。皇帝(おれ)のたった一人の皇后。
先ほど、俺は皇太子アウグストに位を譲ることを決めた。
「皇太子殿下は皇帝となるにはまだお若過ぎます!」
「陛下とて、まだまだ引退なさるには早すぎるお年であられるのに……!」
「うるさい! この私が、皇帝ゲオルクが決めたのだ! 逆らう者はどうなるか、分かっているであろうな!?」
騒ぎ立てる臣たちと、戸惑う息子を前に一方的に宣言し、会議の場を後にしてそのままこの霊廟へとやって来た。確かに、アウグストは未だ十六の若年。しかし、あのリリアーヌとこの俺の息子だ。初めは傀儡であっても、おそらく末は立派な皇帝となるだろう。
「リリアーヌ、おまえは酷い女だ。こうなることすら全て分かっていて、俺に対して笑顔を振りまき、俺の子供を七人も生んでみせたのか?」
大きな霊廟の中に木霊する声。望む女からの答(いら)えはもちろん無い。
「リリアーヌ、リリアーヌ、どうやらおまえが罹ったのと全く同じ病に、俺も侵されてしまったらしい。心を病むとは苦しいものだな、リリアーヌ。おまえはその病を悟られぬよう、“仮面”を被り続けていたのか? いや、それとも俺に見えていたおまえの“仮面”こそが“まぼろし”に過ぎなかったのか? どちらなのだ? リリアーヌ、リリアーヌ……」
ヴィラール帝国皇帝ゲオルクがその皇后リリアーヌの眠る霊廟で倒れ伏しているところを見つかったのは、それから数時間後のことであった。侍医ヘルマンによる手厚い治療と看護が即刻施されたものの、時既に遅く、ゲオルクは翌朝早くに事切れた。自ら毒を含んだ自殺であったとも、反皇帝一派による暗殺であったとも噂される、余りにも突然で、不可解な死に様であった。
→後書き
番外編『まぼろしの夢』(アデーレ視点)
『まぼろしの恋』(イヴェット視点)
→後書き
番外編『まぼろしの夢』(アデーレ視点)
『まぼろしの恋』(イヴェット視点)
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それは長い長い沈黙だった。いいや、他の者にとっては一瞬に過ぎない時間だったのかもしれない。しかし俺にとってはとても長い……そして重い懺悔の時間だった。
「ええ、存じておりますわ、ゲオルク陛下」
その沈黙を打ち破ったのは、どこまでも静かに透き通るリリアーヌの声。余りの衝撃に目を見開いて彼女を見れば、リリアーヌは切なげに微笑みながら“真実”を告げた。
「あなたはわたくしの仇。侵略者。掠奪者。そして今のわたくしのただ一人の夫。ただ憎み続けることが、一体何になるというのです? わたくしはあなたの后となる道を、自ら選んだのです。わたくしは母から“皇后”たる者の務めを再三教え込まれました。ですからあのとき、この身に最初に子を宿したことを知った瞬間、思い出したのです。『皇后とは皇帝と並び、支え、尽くし、愛する者』だと」
「だから……俺を許したのか? 感情を理性で割り切って、己が心を偽って、“皇后”として皇帝(おれ)に仕えることを自らに課したと言うのか? 前皇帝の“まぼろし”を見ているという“仮面”を被って」
己の声が少しずつ震え出していることに気づく。例えセドリックという“まぼろし”の“仮面”を付けた俺と、“まぼろし”を求め続けたリリアーヌの間に生まれた偽りの時間であったとしても、心から愛されていると信じたあの時間は、確かにこの女を手に入れたと感じたあの瞬間は!
「わたくしがあなたにセドリック様の“まぼろし”を見ていると思い込んだのはあなたの方ではありませんか。わたくしは確かに“仮面”を被っておりました。けれどもそれは、皇帝を愛する“皇后”としての“仮面”です。わたくしは今でも、あなたのことを少しも許してなどおりません。ただの“リリアーヌ”としてのわたくしの中には、今この時も決して消えることの無い、あなたに対する憎悪の炎が燻っております。けれどまた、ただの“リリアーヌ”の中に、こんなにも長い時を共に過ごし、七人の子をわたくしに与えてくださったあなたへの愛情が生まれていない訳がございましょうか。わたくしを、そうまで情に薄い女だとお思いになって?」
ようやくむき出しにされた、リリアーヌの中でせめぎ合う矛盾した感情。涙をこぼしながらうっすらと微笑む女の頬にそっと手を伸ばす。この女に、これほどまでに矛盾した想いを植え付けたのは俺だ。俺こそが、この女の中に“まぼろし”を見続け、“仮面”を被らせ続けてきたのだ! 度重なる出産のせいだけではない、長い長い間葛藤を繰り返し疲れ果てた心が、今の彼女をこんな姿に変えてしまった。そして今まさにその“まぼろし”は、“仮面”は、彼女自身の命をも奪おうとしている! そんな俺の心の叫びを読み取ったかのように、リリアーヌは嗤った。
「ですからこれは復讐なのです。陛下……いいえ、ゲオルク。わたくしに“まぼろし”を見続けた、わたくしに“仮面”を被らせ続けたわたくしの憎き仇、わたくしの愛する夫! あなたの心に深く深く牙を、爪を突き立てて無様に死に絶えていくことこそが、このわたくし、ヴィラール帝国皇女にして皇后、そしてただの女であったリリアーヌの、たった一つの復讐にして、最後の愛の……あ……か、し……」
急に起き上がり俺に向かって叫んでみせたリリアーヌは、最後にふっと糸が切れるかのごとく寝台に沈み、その瞳を閉じた。
「リリアーヌ? リリアーヌ? リリアーヌ!」
そうしてそのまま、二度と目を開くことのなかった后の亡骸を、一晩中揺さぶり続けた俺が正気に返ったのは明くる日の朝だった。既に冷たく変わり果てたリリアーヌの身体を抱いて寝室から出てきた俺に女官たちは驚き、側近たちは慌てて葬儀の手配へと走り去っていった。
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「ヴィラールの皇帝は皇后しか愛さない……、か」
リリアーヌの葬儀が全て終わり、その棺が壮麗な霊廟へと納められてから一年。後宮は既に閉じられたも同然の状態となり、俺は己の野望も、何もかもを見失いかけていた。
愛していたのだ、彼女のことを。愛するということがどういうことか、教えてくれた初めての女、リリアーヌ。皇帝(おれ)のたった一人の皇后。
先ほど、俺は皇太子アウグストに位を譲ることを決めた。
「皇太子殿下は皇帝となるにはまだお若過ぎます!」
「陛下とて、まだまだ引退なさるには早すぎるお年であられるのに……!」
「うるさい! この私が、皇帝ゲオルクが決めたのだ! 逆らう者はどうなるか、分かっているであろうな!?」
騒ぎ立てる臣たちと、戸惑う息子を前に一方的に宣言し、会議の場を後にしてそのままこの霊廟へとやって来た。確かに、アウグストは未だ十六の若年。しかし、あのリリアーヌとこの俺の息子だ。初めは傀儡であっても、おそらく末は立派な皇帝となるだろう。
「リリアーヌ、おまえは酷い女だ。こうなることすら全て分かっていて、俺に対して笑顔を振りまき、俺の子供を七人も生んでみせたのか?」
大きな霊廟の中に木霊する声。望む女からの答(いら)えはもちろん無い。
「リリアーヌ、リリアーヌ、どうやらおまえが罹ったのと全く同じ病に、俺も侵されてしまったらしい。心を病むとは苦しいものだな、リリアーヌ。おまえはその病を悟られぬよう、“仮面”を被り続けていたのか? いや、それとも俺に見えていたおまえの“仮面”こそが“まぼろし”に過ぎなかったのか? どちらなのだ? リリアーヌ、リリアーヌ……」
ヴィラール帝国皇帝ゲオルクがその皇后リリアーヌの眠る霊廟で倒れ伏しているところを見つかったのは、それから数時間後のことであった。侍医ヘルマンによる手厚い治療と看護が即刻施されたものの、時既に遅く、ゲオルクは翌朝早くに事切れた。自ら毒を含んだ自殺であったとも、反皇帝一派による暗殺であったとも噂される、余りにも突然で、不可解な死に様であった。
→後書き
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