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秘密を知った女の結末。
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“その日”が来たのは突然だった。王家からの使い。ルパートはグロリアが十六の年を迎えたなら、
是非自らの妃に迎えたい、と再三話してくれていた。そしてその時が来れば、必ず事前に自ら彼女に伝えに来る、とも。
是非自らの妃に迎えたい、と再三話してくれていた。そしてその時が来れば、必ず事前に自ら彼女に伝えに来る、とも。
お気が変わられて、わたくしを驚かそうとなさっているのかしら……?
呑気に構えていたグロリアに使者が伝えたのは、思ってもみない王の命であった。
『第五王子・リチャードとウィルクス伯爵令嬢・グロリアとの婚約を決定する』
と。リチャード王子はルパートが誰よりも信頼する異母兄。聞けばその使いは、これはリチャードが直々に国王陛下に願い出たことなのだと言う。
「それは……何かの間違いではございませんか?」
女のような美貌を備えたルパートとは違い、軍人として鍛え上げられたたくましい身体に、男らしく精悍な顔立ちをしたリチャードのことは、決して嫌いではなかった。
けれど、ルパートと自分のことをいつも暖かく見守っていてくれたはずの彼が、自分自身も兄のように慕っていた彼が、何故突然、このような!
けれど、ルパートと自分のことをいつも暖かく見守っていてくれたはずの彼が、自分自身も兄のように慕っていた彼が、何故突然、このような!
「いいえ、間違いではございません。……ルパート殿下はリチャード殿下よりお立場の低い第六王子。そして一介の貴族に、王からの勅命である婚姻の決定を覆す権利などおありでないことは、御承知のはずですね?」
淡々とした使者の声音が告げる、残酷な事実。
それから婚姻までの間、ルパートは何度か見張りの目をかいくぐり、グロリアの元に会いに来てくれた。
「大丈夫だ、兄上ならきっと解ってくださる。私がもう一度、必ず父上と兄上を説得してみせる……!」
必死の形相でそう告げたルパートの言葉を、初めはグロリアも信じていた。
「駄目だ、兄上とはもう何もお話しすることはない……。父上など、お会いになっても下さらない」
けれど、日に日に憔悴し、やつれていくルパートの姿に、グロリアは己の希望が絶望に変わりつつある予感を確かに感じた。
「グロリア、グロリア……私はおまえを愛している。例え誰のものになってしまっても、絶対におまえを取り戻す。待っていてくれ。すまない、グロリア……」
結婚式の前夜、出会いの時と同じように月下美人の咲く庭で、ルパートは告げた。重ねられた唇はあの夜とは違い、すっかり乾いて痩せた感触になってしまっていた。
そしてそれは、きっと自分も同じなのだろう……。
去っていくルパートの後ろ姿を見つめながら、グロリアは静かに泣いた。
~~~
リチャードは、何故か妃となったグロリアに一度も手を触れなかった。仲の良かった弟の恋人を奪ってしまったことに罪悪感を抱いているのか、今もルパートを想い続けているであろうグロリアの気持ちが落ち着くのを待っているのか……。正妃として丁重な扱いを受け、ルパートの――“弟の恋人”として自分に接してくれていた時と同じように優しく、穏やかな眼差しを向けてくれる彼に、グロリアは正直戸惑っていた。あの時使者の告げたように、伯爵家には王家に逆らえる権利などない。そうしてリチャードの妃となった以上は、きちんとしたかたちで彼の誠意に応えるべきではないのか。彼を受け入れ、子を生すという妃の役目を、早々に果たすべきではないのか。そんな物思いに囚われていた時だった、グロリアがその手紙を見つけてしまったのは。
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リチャードは、何故か妃となったグロリアに一度も手を触れなかった。仲の良かった弟の恋人を奪ってしまったことに罪悪感を抱いているのか、今もルパートを想い続けているであろうグロリアの気持ちが落ち着くのを待っているのか……。正妃として丁重な扱いを受け、ルパートの――“弟の恋人”として自分に接してくれていた時と同じように優しく、穏やかな眼差しを向けてくれる彼に、グロリアは正直戸惑っていた。あの時使者の告げたように、伯爵家には王家に逆らえる権利などない。そうしてリチャードの妃となった以上は、きちんとしたかたちで彼の誠意に応えるべきではないのか。彼を受け入れ、子を生すという妃の役目を、早々に果たすべきではないのか。そんな物思いに囚われていた時だった、グロリアがその手紙を見つけてしまったのは。
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母の持つ緩やかな金の髪、薄い水色の瞳。今にも消えてしまいそうな、儚げな美貌。一体誰が信じようか、己の母が、王が手を付けた王宮に仕える下働きの女官だったとは! 世間体を慮った王は、身ごもった女官が六番目の王子となるルパートを生んだ後、口の堅い側近にその女官を下賜した。それがグロリアの父、ウィルクス伯爵! そうして彼と彼の妻となった女官との間に生まれた、最初の娘がグロリアだった。つまりは、ルパートとグロリアは父を違えた兄妹であったのだ!
リチャードが彼女との結婚を王に願い出た理由も、王が無理やりにそれを受け入れさせた理由も、全てはそこにあったのだ。弟思いのリチャードのことだ。例え愛する弟に恨まれても、自分に一生子供ができずとも良いと考えたのだろう。それなのに、自分は。何も知らないあの方は!
「グロリア……!」
手紙を手にカタカタと身を震わせる彼女の背後から、驚愕の声が掛けられる。それはリチャードの声だった。おそらくは机の引き出しに鍵を掛け忘れたことを思い出し、王宮から引き返してきたのだろう。グロリアはそんな“夫”に向かい、微笑んでみせた。
「憎かったでしょう? あの方を、弟君を惑わせたわたくしが。あなたとルパート様の、親しかったご兄弟の仲を引き裂くことになってしまった、あなたの正妃の座すら奪ってしまったわたくしが! ……そのわたくしに、これまでよくぞご親切にして下さいました。とても、感謝致しております……」
「止めろ、グロリア! 何をする気だ!?」
グロリアは書斎の窓を開け放ち、窓枠に手をかけて身を乗り出す。
ここは三階。運が良ければ、真っ直ぐにあの世まで行けるだろうか。
ここは三階。運が良ければ、真っ直ぐにあの世まで行けるだろうか。
「さようなら……わたくしは地獄に参ります。だって真実を知った今でもまだ、わたくしはあの方を……」
地面に向けて舞い降りた己の身体に纏わりつく髪が、母と同じように緩やかに波打つ。グロリアはそれを初めて、心から憎らしいと思った。それが彼女の、最期の記憶で、感情だった。
→後編
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“その日”が来たのは突然だった。王家からの使い。ルパートはグロリアが十六の年を迎えたなら、
是非自らの妃に迎えたい、と再三話してくれていた。そしてその時が来れば、必ず事前に自ら彼女に伝えに来る、とも。
是非自らの妃に迎えたい、と再三話してくれていた。そしてその時が来れば、必ず事前に自ら彼女に伝えに来る、とも。
お気が変わられて、わたくしを驚かそうとなさっているのかしら……?
呑気に構えていたグロリアに使者が伝えたのは、思ってもみない王の命であった。
『第五王子・リチャードとウィルクス伯爵令嬢・グロリアとの婚約を決定する』
と。リチャード王子はルパートが誰よりも信頼する異母兄。聞けばその使いは、これはリチャードが直々に国王陛下に願い出たことなのだと言う。
「それは……何かの間違いではございませんか?」
女のような美貌を備えたルパートとは違い、軍人として鍛え上げられたたくましい身体に、男らしく精悍な顔立ちをしたリチャードのことは、決して嫌いではなかった。
けれど、ルパートと自分のことをいつも暖かく見守っていてくれたはずの彼が、自分自身も兄のように慕っていた彼が、何故突然、このような!
けれど、ルパートと自分のことをいつも暖かく見守っていてくれたはずの彼が、自分自身も兄のように慕っていた彼が、何故突然、このような!
「いいえ、間違いではございません。……ルパート殿下はリチャード殿下よりお立場の低い第六王子。そして一介の貴族に、王からの勅命である婚姻の決定を覆す権利などおありでないことは、御承知のはずですね?」
淡々とした使者の声音が告げる、残酷な事実。
それから婚姻までの間、ルパートは何度か見張りの目をかいくぐり、グロリアの元に会いに来てくれた。
「大丈夫だ、兄上ならきっと解ってくださる。私がもう一度、必ず父上と兄上を説得してみせる……!」
必死の形相でそう告げたルパートの言葉を、初めはグロリアも信じていた。
「駄目だ、兄上とはもう何もお話しすることはない……。父上など、お会いになっても下さらない」
けれど、日に日に憔悴し、やつれていくルパートの姿に、グロリアは己の希望が絶望に変わりつつある予感を確かに感じた。
「グロリア、グロリア……私はおまえを愛している。例え誰のものになってしまっても、絶対におまえを取り戻す。待っていてくれ。すまない、グロリア……」
結婚式の前夜、出会いの時と同じように月下美人の咲く庭で、ルパートは告げた。重ねられた唇はあの夜とは違い、すっかり乾いて痩せた感触になってしまっていた。
そしてそれは、きっと自分も同じなのだろう……。
去っていくルパートの後ろ姿を見つめながら、グロリアは静かに泣いた。
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リチャードは、何故か妃となったグロリアに一度も手を触れなかった。仲の良かった弟の恋人を奪ってしまったことに罪悪感を抱いているのか、今もルパートを想い続けているであろうグロリアの気持ちが落ち着くのを待っているのか……。正妃として丁重な扱いを受け、ルパートの――“弟の恋人”として自分に接してくれていた時と同じように優しく、穏やかな眼差しを向けてくれる彼に、グロリアは正直戸惑っていた。あの時使者の告げたように、伯爵家には王家に逆らえる権利などない。そうしてリチャードの妃となった以上は、きちんとしたかたちで彼の誠意に応えるべきではないのか。彼を受け入れ、子を生すという妃の役目を、早々に果たすべきではないのか。そんな物思いに囚われていた時だった、グロリアがその手紙を見つけてしまったのは。
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リチャードは、何故か妃となったグロリアに一度も手を触れなかった。仲の良かった弟の恋人を奪ってしまったことに罪悪感を抱いているのか、今もルパートを想い続けているであろうグロリアの気持ちが落ち着くのを待っているのか……。正妃として丁重な扱いを受け、ルパートの――“弟の恋人”として自分に接してくれていた時と同じように優しく、穏やかな眼差しを向けてくれる彼に、グロリアは正直戸惑っていた。あの時使者の告げたように、伯爵家には王家に逆らえる権利などない。そうしてリチャードの妃となった以上は、きちんとしたかたちで彼の誠意に応えるべきではないのか。彼を受け入れ、子を生すという妃の役目を、早々に果たすべきではないのか。そんな物思いに囚われていた時だった、グロリアがその手紙を見つけてしまったのは。
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母の持つ緩やかな金の髪、薄い水色の瞳。今にも消えてしまいそうな、儚げな美貌。一体誰が信じようか、己の母が、王が手を付けた王宮に仕える下働きの女官だったとは! 世間体を慮った王は、身ごもった女官が六番目の王子となるルパートを生んだ後、口の堅い側近にその女官を下賜した。それがグロリアの父、ウィルクス伯爵! そうして彼と彼の妻となった女官との間に生まれた、最初の娘がグロリアだった。つまりは、ルパートとグロリアは父を違えた兄妹であったのだ!
リチャードが彼女との結婚を王に願い出た理由も、王が無理やりにそれを受け入れさせた理由も、全てはそこにあったのだ。弟思いのリチャードのことだ。例え愛する弟に恨まれても、自分に一生子供ができずとも良いと考えたのだろう。それなのに、自分は。何も知らないあの方は!
「グロリア……!」
手紙を手にカタカタと身を震わせる彼女の背後から、驚愕の声が掛けられる。それはリチャードの声だった。おそらくは机の引き出しに鍵を掛け忘れたことを思い出し、王宮から引き返してきたのだろう。グロリアはそんな“夫”に向かい、微笑んでみせた。
「憎かったでしょう? あの方を、弟君を惑わせたわたくしが。あなたとルパート様の、親しかったご兄弟の仲を引き裂くことになってしまった、あなたの正妃の座すら奪ってしまったわたくしが! ……そのわたくしに、これまでよくぞご親切にして下さいました。とても、感謝致しております……」
「止めろ、グロリア! 何をする気だ!?」
グロリアは書斎の窓を開け放ち、窓枠に手をかけて身を乗り出す。
ここは三階。運が良ければ、真っ直ぐにあの世まで行けるだろうか。
ここは三階。運が良ければ、真っ直ぐにあの世まで行けるだろうか。
「さようなら……わたくしは地獄に参ります。だって真実を知った今でもまだ、わたくしはあの方を……」
地面に向けて舞い降りた己の身体に纏わりつく髪が、母と同じように緩やかに波打つ。グロリアはそれを初めて、心から憎らしいと思った。それが彼女の、最期の記憶で、感情だった。
→後編
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