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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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掌編。信長の小姓・蘭丸と正室・濃姫の邂逅。
※微妙な性的描写・同性愛要素あり。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「のう蘭丸。そなた、女子(おなご)を抱いてみたくはないかえ?」
 
小姓として仕える主・信長殿の正室……濃姫様に声をかけられたのは、私が数えで十四の年を迎える頃のことだった。縁の淵に腰掛け、何ということはなしに庭を眺めておいでのその方の前を横切るのはいささか無礼にあたる気がしたが、殿からの急ぎの呼び出しでは仕方がない。頭を下げて通り過ぎようとした私に、不意に投げかけられた言葉。
 
「御台(みだい)様……何を」
 
普段人形のように黙して佇んでいるその人の口から、唐突に発せられた余りにも不躾な言葉に戸惑いを露わにすれば、四十を過ぎたというのにどこか少女めいた愛らしい美貌がほころんだ。
 
「いえね、殿が余りにもそなたにご執心で片時もお傍を離そうとしないものだから、年頃の男子(おのこ)が学ばねばならぬ“正しい”子作りの法を経験する暇(いとま)も無いのではないかと思って」
 
声を立てて笑う美しい顔(かんばせ)に、己の顔が耳まで朱に染まっていくのが分かる。
 
「そ、それは……御台様にご心配いただくようなことではございませぬ!」
 
羞恥に堪えきれず叫んでしまってから、寂しそうに微笑む彼女の表情(かお)を見て、少しだけ胸が痛んだ。数え十五で殿の元に嫁いできた、美濃の蝮の姫君。気位が高く、嫁ぐ際に父から手渡された短刀を常に肌身離さず身に帯びている、と噂される彼女の居室に、殿の訪れは滅多に無い。殿と盟約を交わしていた御父君が亡くなられ、側室の生んだ若君が世継ぎと定められてからは、正室としての権威すら確たる所在を失い、周囲から忘れられたようにひっそりと過ごしている女性。
 
「ふふ、ごめんなさいね。からかいすぎたわ、蘭丸。もし殿から少しでもお暇をいただく機会ができたなら、またわたくしのところにも顔を出して下さると嬉しいわ」
 
濃姫様は孤独だ。近くに親族の大勢いる側室たちとは違い、他国から嫁いできた身で、子もなく、殿の寵愛もない。側室たちの誰も、家臣の誰も寄り付かない。そんな彼女に、同情してしまったのかもしれない。久方ぶりに許された余暇に、殿から下賜された異国の菓子を携えてあの庭を訪ねてしまった理由は。
 
「まぁ、蘭丸。本当に来てくれたのね、嬉しいわ」
 
にっこりと私を出迎えるその人の顔に、先日のような憂いは欠片も見当たらない。ところが土産に差し出した菓子を見た瞬間、彼女の表情は一瞬強張り、すぐにまた取り繕うような笑顔へと戻った。
 
「ありがとう、蘭丸。今日はわたくしのところにも珍しい京菓子が届いたのですよ。まずはそちらをいただいてから、こちらの菓子をいただくことに致しましょう」
 
その時の濃姫様の微妙な態度の変化に気付けなかったことを、私は後々まで後悔することになる。
濃姫様が出して下さった菓子は見目も綺麗で味も美味しく、甘いものが余り得意ではない私でもすんなりと口にすることができる上品な味だった。先日突飛もないことを言われたせいでつい構えてしまっていた彼女との会話も和やかに進み、そろそろ暇を申し出ようかとしたときだった。急に身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた私に、濃姫様が妖しい微笑を湛えながら近づいてきたのだ。
 
「どうかしたのですか? 蘭丸」
 
「いえ、何でもございまっ……」
 
必死に姿勢を正そうとする身体が、段々と熱を持っていく。この感覚には覚えがある。あれは、初めて殿のお相手を務めたときの……!
 
「思ったより効きが遅かったようですね。耐性でもあるのかしら? 憎らしいこと」
 
私の顎を持ち上げて硝子玉のように感情のこもらぬ瞳でこちらを見る濃姫様の言に、私は予想通り己が一服盛られたことを知る。
 
「ああ、綺麗な白い肌にこんなに醜い痕が……まったく、殿も趣味がお悪いこと」
 
自らの吐息だけが漏れる静かな部屋で、濃姫様は次々と私の着物を肌蹴ていく。
 
「のう蘭丸? そなたも男なら、女を抱いてみたい、と思うじゃろう? わたくしとて同じ。女なればこそ、男の肌を知ってみたいと思う。故に、これは利害の一致。殿への裏切りなどではない、復讐なのじゃ。そなたを抱き続け、わたくしを抱かぬ殿への。だから蘭丸、己を責めるでないぞ? 悪いのは全て殿。殿が、全ての因果を作り出したのだから」
 
思考がぼんやりと陰り、熱に浮かされたまま温かい体内に迎え入れられる瞬間、濃姫様は苦しそうに眉根を寄せた。そうして私は知ったのだ、濃姫様が一度も殿と褥を共にしたことがないという事実を。濃姫様が私の初めての女子となったのと同じように、私もまた、濃姫様の初めての男子となってしまったのだということを。
 
「蘭丸、女を抱きとうなったら、またいつでも来るが良い。ここなら滅多に殿には知られぬ。また殿が気付いたとしても、早々簡単に文句は言われぬ場所であろうからな」
 
ぞっとするほどの色香を纏った彼女の微笑みに、こくりと頷いたのは条件反射のようなものだった。けれどそれから二度、三度と間を置かず、私はその庭に足を運ぶようになってしまった。
 
 
~~~
 
 
「お濃! お濃はおるか!」
 
殿が突然足音を荒立てて自らの正室の居室に踏み込んできたのは、それから一月が過ぎたころのことだった。その日の私たちは情事にもつれ込むことはせず、庭を眺めながら静かに茶をいただいているところだった。
 
「蘭丸……やはりここだったか!」
 
殿が酷く鋭い眼差しで睨むので、思わず震え上がってしまった私に濃姫様はやんわりと微笑んで、殿へと呼びかけた。
 
「おやおや、わたくしに用があって参ったのではなかったのですか?」
 
「……お濃、蘭丸は連れ帰るぞ。今後二度とこの部屋に蘭丸を近づけるな」
 
殿に袖を引かれて立ち上がらされ、ビクリと怯える私とは反対に、濃姫様は鷹揚に溜め息を吐き出してみせた。
 
「あらまぁ、随分早く知られてしまったこと。大変ですわね、蘭丸。殿は嫉妬深くていらっしゃるから……」
 
悪戯に嗤う濃姫様の言葉の裏を少しも気づかぬまま、いきり立つ殿に引きずられ、いつにも増して激しい折檻のような情交を行われた翌朝。枕元には濃姫様からの薬と、以前彼女の元に持参したあの異国の菓子がひっそりと置かれていた。
 
『昨夜はわたくしのせいでご迷惑をおかけしてしまい、御苦労さまでございました。実はこの菓子、差出人は分かりませねどわたくしの元にも届けられておりましたので、蘭丸殿にお返し致します。明日にはお身体が快方に向かわれますよう、お祈り申し上げております』
 
菓子に添えられたその文(ふみ)を見た途端、痛む腰も構わずに部屋を飛び出していた。一目散に目指すのは、昨日主から出入りを禁止されたばかりの濃姫様の庭。いつもと変わらずに縁に佇む彼女が私を見つけ、やはりゆったりと微笑んだ。
 
「あの菓子は……あの菓子を私に下さったのは、」
 
途切れる息を必死に整えながら紡ごうとした言葉を、濃姫様は唇に人差し指を当てて止めた。
 
「いいのよ、蘭丸。わかっています。昔からそうなのよ、あの方は。だからわたくし、気になっているの。昨日の殿は……」
 
 
~~~
 
 
「一体どちらに嫉妬されていたのですか?」
 
夜の帳も降りた深夜、常のように己の身体を撫で回しながら一つ一つ痕を刻んでいく殿に、昼間の濃姫様の問いを投げかける。
 
「何故、御台様に触れられないのですか?」
 
真顔で問いかけた私に、殿は一瞬驚いたように手を止めた。
 
「そなた……また、お濃に会いに行ったな」
 
「行きました。私は殿をお慕い申しております。それと同じように、御台様のこともお慕い致しました。ですから正直にお答えいただきたいのです。殿は一体あの方を、どう思っておいでなのですか……?」
 
「……わからぬ、蘭丸。あれは蝮の娘。その身に毒を宿した女。一度触れてしまえば、身体も、心も全てを丸ごと喰らっていく。のう、そうではなかったか? あれの身体は……」
 
苛烈な炎を宿した殿の瞳に、私は問いの答えを知った。
 
 
~~~
 
 
「どうでしたか? 蘭丸。殿には答えていただけた?」
 
翌日も再び濃姫様の庭を訪れた私に、彼女はまたのんびりとした調子で話しかけてきた。
 
「直接質問に答えてはいただけませんでした。ですが……」
 
「答えは解ったと、そういうことね?」
 
初めから全てを知っていたかのように、濃姫様が笑う。
 
「あなたはもうこちらに来ない方が良いでしょう、お互いの命のために。あの方は本当に、独占欲の強い方だから」
 
濃姫様はそう告げて立ち上がり、庭に下りて私の傍まで寄ってきた。
 
「わたくしは殿のお傍に在ることは叶いません。殿がそう望まれたから。殿がわたくしを“わたくし”のまま、ここに閉じ込めておくことを望まれたから」
 
それが、殿の濃姫様への愛。哀しくて惨い、殿の愛し方の一つ。
 
「ですから蘭丸、そなただけはどんなことがあっても殿のお傍に侍り続け、最後の時まで殿をお守りしなさい。いいですか、これはわたくしからの命令で、約束です」
 
私の手をしっかりと握りしめ、艶然と微笑んだ彼女の言葉に力強く頷く。初めて知った白くまろやかな身体の持ち主、初めて愛した女性、そして永遠を誓った主の正室……それが、濃姫様と私の最後の邂逅であった。
 
 
~~~
 
 
それから四年が経った京の都、本能寺にて。蘭丸は濃姫との約束を守り、数え十八の若さで主と共にその命を散らすことになる。





後書き
  続編SSS『花ひとひら』(濃姫視点・本能寺の変後)
 

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「のう蘭丸。そなた、女子(おなご)を抱いてみたくはないかえ?」
 
小姓として仕える主・信長殿の正室……濃姫様に声をかけられたのは、私が数えで十四の年を迎える頃のことだった。縁の淵に腰掛け、何ということはなしに庭を眺めておいでのその方の前を横切るのはいささか無礼にあたる気がしたが、殿からの急ぎの呼び出しでは仕方がない。頭を下げて通り過ぎようとした私に、不意に投げかけられた言葉。
 
「御台(みだい)様……何を」
 
普段人形のように黙して佇んでいるその人の口から、唐突に発せられた余りにも不躾な言葉に戸惑いを露わにすれば、四十を過ぎたというのにどこか少女めいた愛らしい美貌がほころんだ。
 
「いえね、殿が余りにもそなたにご執心で片時もお傍を離そうとしないものだから、年頃の男子(おのこ)が学ばねばならぬ“正しい”子作りの法を経験する暇(いとま)も無いのではないかと思って」
 
声を立てて笑う美しい顔(かんばせ)に、己の顔が耳まで朱に染まっていくのが分かる。
 
「そ、それは……御台様にご心配いただくようなことではございませぬ!」
 
羞恥に堪えきれず叫んでしまってから、寂しそうに微笑む彼女の表情(かお)を見て、少しだけ胸が痛んだ。数え十五で殿の元に嫁いできた、美濃の蝮の姫君。気位が高く、嫁ぐ際に父から手渡された短刀を常に肌身離さず身に帯びている、と噂される彼女の居室に、殿の訪れは滅多に無い。殿と盟約を交わしていた御父君が亡くなられ、側室の生んだ若君が世継ぎと定められてからは、正室としての権威すら確たる所在を失い、周囲から忘れられたようにひっそりと過ごしている女性。
 
「ふふ、ごめんなさいね。からかいすぎたわ、蘭丸。もし殿から少しでもお暇をいただく機会ができたなら、またわたくしのところにも顔を出して下さると嬉しいわ」
 
濃姫様は孤独だ。近くに親族の大勢いる側室たちとは違い、他国から嫁いできた身で、子もなく、殿の寵愛もない。側室たちの誰も、家臣の誰も寄り付かない。そんな彼女に、同情してしまったのかもしれない。久方ぶりに許された余暇に、殿から下賜された異国の菓子を携えてあの庭を訪ねてしまった理由は。
 
「まぁ、蘭丸。本当に来てくれたのね、嬉しいわ」
 
にっこりと私を出迎えるその人の顔に、先日のような憂いは欠片も見当たらない。ところが土産に差し出した菓子を見た瞬間、彼女の表情は一瞬強張り、すぐにまた取り繕うような笑顔へと戻った。
 
「ありがとう、蘭丸。今日はわたくしのところにも珍しい京菓子が届いたのですよ。まずはそちらをいただいてから、こちらの菓子をいただくことに致しましょう」
 
その時の濃姫様の微妙な態度の変化に気付けなかったことを、私は後々まで後悔することになる。
濃姫様が出して下さった菓子は見目も綺麗で味も美味しく、甘いものが余り得意ではない私でもすんなりと口にすることができる上品な味だった。先日突飛もないことを言われたせいでつい構えてしまっていた彼女との会話も和やかに進み、そろそろ暇を申し出ようかとしたときだった。急に身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた私に、濃姫様が妖しい微笑を湛えながら近づいてきたのだ。
 
「どうかしたのですか? 蘭丸」
 
「いえ、何でもございまっ……」
 
必死に姿勢を正そうとする身体が、段々と熱を持っていく。この感覚には覚えがある。あれは、初めて殿のお相手を務めたときの……!
 
「思ったより効きが遅かったようですね。耐性でもあるのかしら? 憎らしいこと」
 
私の顎を持ち上げて硝子玉のように感情のこもらぬ瞳でこちらを見る濃姫様の言に、私は予想通り己が一服盛られたことを知る。
 
「ああ、綺麗な白い肌にこんなに醜い痕が……まったく、殿も趣味がお悪いこと」
 
自らの吐息だけが漏れる静かな部屋で、濃姫様は次々と私の着物を肌蹴ていく。
 
「のう蘭丸? そなたも男なら、女を抱いてみたい、と思うじゃろう? わたくしとて同じ。女なればこそ、男の肌を知ってみたいと思う。故に、これは利害の一致。殿への裏切りなどではない、復讐なのじゃ。そなたを抱き続け、わたくしを抱かぬ殿への。だから蘭丸、己を責めるでないぞ? 悪いのは全て殿。殿が、全ての因果を作り出したのだから」
 
思考がぼんやりと陰り、熱に浮かされたまま温かい体内に迎え入れられる瞬間、濃姫様は苦しそうに眉根を寄せた。そうして私は知ったのだ、濃姫様が一度も殿と褥を共にしたことがないという事実を。濃姫様が私の初めての女子となったのと同じように、私もまた、濃姫様の初めての男子となってしまったのだということを。
 
「蘭丸、女を抱きとうなったら、またいつでも来るが良い。ここなら滅多に殿には知られぬ。また殿が気付いたとしても、早々簡単に文句は言われぬ場所であろうからな」
 
ぞっとするほどの色香を纏った彼女の微笑みに、こくりと頷いたのは条件反射のようなものだった。けれどそれから二度、三度と間を置かず、私はその庭に足を運ぶようになってしまった。
 
 
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「お濃! お濃はおるか!」
 
殿が突然足音を荒立てて自らの正室の居室に踏み込んできたのは、それから一月が過ぎたころのことだった。その日の私たちは情事にもつれ込むことはせず、庭を眺めながら静かに茶をいただいているところだった。
 
「蘭丸……やはりここだったか!」
 
殿が酷く鋭い眼差しで睨むので、思わず震え上がってしまった私に濃姫様はやんわりと微笑んで、殿へと呼びかけた。
 
「おやおや、わたくしに用があって参ったのではなかったのですか?」
 
「……お濃、蘭丸は連れ帰るぞ。今後二度とこの部屋に蘭丸を近づけるな」
 
殿に袖を引かれて立ち上がらされ、ビクリと怯える私とは反対に、濃姫様は鷹揚に溜め息を吐き出してみせた。
 
「あらまぁ、随分早く知られてしまったこと。大変ですわね、蘭丸。殿は嫉妬深くていらっしゃるから……」
 
悪戯に嗤う濃姫様の言葉の裏を少しも気づかぬまま、いきり立つ殿に引きずられ、いつにも増して激しい折檻のような情交を行われた翌朝。枕元には濃姫様からの薬と、以前彼女の元に持参したあの異国の菓子がひっそりと置かれていた。
 
『昨夜はわたくしのせいでご迷惑をおかけしてしまい、御苦労さまでございました。実はこの菓子、差出人は分かりませねどわたくしの元にも届けられておりましたので、蘭丸殿にお返し致します。明日にはお身体が快方に向かわれますよう、お祈り申し上げております』
 
菓子に添えられたその文(ふみ)を見た途端、痛む腰も構わずに部屋を飛び出していた。一目散に目指すのは、昨日主から出入りを禁止されたばかりの濃姫様の庭。いつもと変わらずに縁に佇む彼女が私を見つけ、やはりゆったりと微笑んだ。
 
「あの菓子は……あの菓子を私に下さったのは、」
 
途切れる息を必死に整えながら紡ごうとした言葉を、濃姫様は唇に人差し指を当てて止めた。
 
「いいのよ、蘭丸。わかっています。昔からそうなのよ、あの方は。だからわたくし、気になっているの。昨日の殿は……」
 
 
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「一体どちらに嫉妬されていたのですか?」
 
夜の帳も降りた深夜、常のように己の身体を撫で回しながら一つ一つ痕を刻んでいく殿に、昼間の濃姫様の問いを投げかける。
 
「何故、御台様に触れられないのですか?」
 
真顔で問いかけた私に、殿は一瞬驚いたように手を止めた。
 
「そなた……また、お濃に会いに行ったな」
 
「行きました。私は殿をお慕い申しております。それと同じように、御台様のこともお慕い致しました。ですから正直にお答えいただきたいのです。殿は一体あの方を、どう思っておいでなのですか……?」
 
「……わからぬ、蘭丸。あれは蝮の娘。その身に毒を宿した女。一度触れてしまえば、身体も、心も全てを丸ごと喰らっていく。のう、そうではなかったか? あれの身体は……」
 
苛烈な炎を宿した殿の瞳に、私は問いの答えを知った。
 
 
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「どうでしたか? 蘭丸。殿には答えていただけた?」
 
翌日も再び濃姫様の庭を訪れた私に、彼女はまたのんびりとした調子で話しかけてきた。
 
「直接質問に答えてはいただけませんでした。ですが……」
 
「答えは解ったと、そういうことね?」
 
初めから全てを知っていたかのように、濃姫様が笑う。
 
「あなたはもうこちらに来ない方が良いでしょう、お互いの命のために。あの方は本当に、独占欲の強い方だから」
 
濃姫様はそう告げて立ち上がり、庭に下りて私の傍まで寄ってきた。
 
「わたくしは殿のお傍に在ることは叶いません。殿がそう望まれたから。殿がわたくしを“わたくし”のまま、ここに閉じ込めておくことを望まれたから」
 
それが、殿の濃姫様への愛。哀しくて惨い、殿の愛し方の一つ。
 
「ですから蘭丸、そなただけはどんなことがあっても殿のお傍に侍り続け、最後の時まで殿をお守りしなさい。いいですか、これはわたくしからの命令で、約束です」
 
私の手をしっかりと握りしめ、艶然と微笑んだ彼女の言葉に力強く頷く。初めて知った白くまろやかな身体の持ち主、初めて愛した女性、そして永遠を誓った主の正室……それが、濃姫様と私の最後の邂逅であった。
 
 
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それから四年が経った京の都、本能寺にて。蘭丸は濃姫との約束を守り、数え十八の若さで主と共にその命を散らすことになる。





後書き
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