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マリー・アントワネットとフェルセンモチーフ掌編。
個人的に今月末宝塚を退団される某娘役さんに捧ぐ(^^;
個人的に今月末宝塚を退団される某娘役さんに捧ぐ(^^;
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ハンス様、こちらが本日届いたお手紙にございます」
「ああ、そうか。そこへ置いておいてくれ」
「今宵の晩餐のメインディッシュはいつもの通り料理長に任せてしまってよろしゅうございますか?」
「ああ」
「そうそう、言い忘れておりました。昨日、フランスのコンコルド広場においてカペー未亡人が処刑されたそうでございます」
「……そうか」
「間違えて足を踏んでしまった死刑執行人に告げた謝罪が、最期の言葉であったようですよ」
常の通り淡々と用事を済ませ、去って行った家令の消えた扉を見やる。昨年の初め、長らく己に目をかけてくれていた先王陛下が亡くなり、このスウェーデンの国主が代替わりしてからは、政治や社交界の表舞台からすっかり遠ざかり隠居も同然の生活をしていた。
『ごめんなさい。わざと踏んでしまったわけではないのです。お靴は汚れていらっしゃらないかしら……?』
そんな私の凍りついた心の奥に、鼓膜をくすぐる白い羽根のように柔らかな声音が蘇る。簡単に想像がつく、今際の際の彼女の言葉。最後まで、本当に馬鹿な女だった。
「ふふっ……あはははは!」
数か月ぶりに、声を伴う笑いが漏れる。同時に頬を伝う雫には、気づかないふりをして瞼を覆う。季節は既に少し肌寒く、山々の木々が暮れの色に染まりゆく秋。カペー未亡人、元フランス国王妃マリー・アントワネット。彼女と最後に会ったのは何時のことだったか。私の恋が、愛が、夢が永遠の眠りについてしまったのは。
~~~
彼女と初めて出会ったのは、もう二十年近く前の冬のことだった。外気の寒さが嘘のように熱気に溢れた仮面舞踏会の会場で、誰よりも華やかな輝きを放っていた瑞々しい少女。その正体はすぐに知れた。彼女は、私の目の前でその仮面を外してしまったから。その場にいた誰もが気付いていた少女の真の名は、マリー・アントワネット。私が、国王陛下より「籠絡し意のままにせよ」との命を受けたフランス王太子妃、その人だった。ところが私は、情けないことに国王陛下より賜った任務を果たすことが出来ない、とその瞬間に悟ってしまった。彼女を誘惑する前に、虜にする前に、私自身が一目で恋に落ちてしまったから。
スウェーデンの名門貴族の家に生まれ、欧州各地を旅し、沢山の女性に持て囃されてきた私が初めて知ったその想いは、余りにも激しく、苦いものだった。マリー・アントワネットは熱しやすく冷めやすい、そして優しく残酷な女性だった。フランスの宮廷中に醜聞が立つほどに私を求めたかと思えば、時にはそれを恐れ、時には側近たちに唆されて私を遠ざけた。また、私自身も彼女に溺れることを怖れ、彼女を傷つけてしまうことを畏れ、何度も、何度も傍を離れようとした。けれど、私たちは結局いつも、互いの元へ戻ってきてしまう。恋しくて、苦しくて、あの広い宮殿の隅で彼女がたった独り、涙をこぼしているような気がして。彼女は、馬鹿な女だったから。
オーストリア女帝の末娘として、誰からも可愛がられて育った純粋で天真爛漫な皇女。故に疑うことを知らず、耐えることを知らず、そして欺くことを知らなかった。王妃という立場にある彼女を利用するために集まってきた人々を、単純な寂しさゆえに受け入れた。我欲に塗れた彼らの勧めるまま、次々と豪奢なドレスをあつらえ、高価な宝石を集め、危険な賭けごとに興じた。宮廷の喧騒に疲れ果てた彼女が造った小さな隠れ家に、莫大な国家費用が投じられたことを少しも知らぬまま、そこに籠りきってはふざけた芝居を演じ、のどかな歌を歌い続けた。
聞くに堪えない尾ひれのついた噂を立てられても、臣に諌められても、愛人(わたし)との関係を決して断ち切ろうとはしなかった。
革命が起きていることを知っていて、己が一番憎まれていることを知っていて、暴徒の前に姿を現し深々と礼をした。革命の波が押し寄せるにつれ、次々と去っていく側近たちの一人一人に心から名残を惜しみ、恨み言の一つも言わなかった。最初に彼女を助けようとした、ヴァレンヌの時も。確実に逃がすために綿密に計画を練り、国王一家を別々に乗せるための小さな古びた馬車を数台用意したにも関わらず、「夫や子供と一緒でなければ意味がないのだ」と大きな目立つ馬車に乗り換え、結果全員が見つかり、再び捕えられてしまった。最後の手段として幽閉されていた宮殿に忍び込んだ時も、愛するもののために、守りたいもののためにここに残るのだ、と私を拒絶した。
最後まで、欲しいものをくれなかった。欲しがっているものに手を伸ばしてはくれなかった。
彼女は、私を好いてくれた。彼女は、私に恋をしていた。それだけは確かな事実だった。否、ただ“それだけ”が。
だが、私は違った。私が欲しかったものは違うのだ。私は彼女を愛していた。私は、彼女に愛されたかった! そして彼女も、それを望んでくれていたはずなのに――
初めて出会ったあの時、私は確かに恋をした。いつも、いつでも彼女を奪ってしまいたかった。王太子から、フランスから、彼女自身から。彼女を手に入れたくて、手に入れたくて堪らなかった。
出会いから時を経て、彼女が国王と真に結ばれ、待ち望まれた王の子を生み。妻として夫を労り、母親として子供たちを慈しみ、日に日に質素な装いへと移ろっていく彼女の姿を、私は見つめ続けてきた。彼女が国王を、王子たちを、そしてフランスという国を愛していく様を目の当たりにしてきた。そうしていつの間にか私は、彼女の愛するものごと彼女を愛したい、と願うようになっていた。
愛は果てがない。どこまでも一方的で、優しく、そして哀しい。彼女は愛することを知り、愛されることを望んでいた。だから私はそんな彼女の想いに応えようと思った。我儘で身勝手な想いを、馬鹿な女の願いを、叶えてやりたかった。愚かだった。「王妃を操り、革命を利用しろ」との陛下の言を無視し、自国の国益など考えもせず、ただフランスの革命を止めることに必死だった。陛下に見捨てられ、スウェーデンの貴族社会で浮いた存在となっても少しも構わないとすら、真剣に思っていた。
彼女が大声で私に助けを求めてくれたなら、彼女が泣きながら私に愛してほしいと縋ってくれたなら、彼女が今愛している全てのものを投げ捨てて私を、私だけを愛してくれたなら! 例えこの身が民衆に殴打されようと、捕えられてギロチンの餌食となろうと、醜い肉塊と変わり果ててでも彼女の元に駆けつけただろう。それなのに、彼女は最後まで私に、「愛している」とは告げてくれなかった。
『あなたはわたくしの誰よりも大切なお友達よ。ありがとう、フェルセン伯爵』
最後のキスは唇ではなく、薔薇の香りと共にそっと頬を掠めただけ。痛ましげに微笑む彼女の夫が、傍らで見守っていた。そうして私の時間(とき)は止まった。二度と見ることの出来ない、長く儚い夢だった。
スウェーデンに戻ったとき、陛下の傍には既に別の男が侍り、やがては陛下自身も薨去され、私はこの屋敷に籠ったまま、季節の移ろいを感じ取ることもなく人形のように過ごしてきた。一切の感情を排し、美しい夢の形見だけを抱いて死んでいけると、そう信じていたのに。家令の告げたたった一言、貴女の死が、貴女の思い出が、貴女の声が、私を現(うつつ)へと引き戻す。
ああ、憎い。貴女に愛された国王が、王子たちが、フランスが!
ああ、こんなものはちっとも愛ではない。愛ではないではないか、私は少しも貴女を愛せてはいなかった。何故なら私はこんなにも、貴女を……革命から、あの血に飢えたギロチンから、全てから奪いたかった! 守りたかった! 愛したかった! 愛して、愛し続けていたかった! ……最後まで美しく、馬鹿な貴女を。
「本当に愚かだな……この世に、綺麗なだけの愛が存在すると信じていたなんて」
止まらない自嘲に不審を感じた家令が駆け付けるまで、私は独り泣きながら嗤い続けた。愚かな男の、最後の想いの発露だった。
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「ハンス様、こちらが本日届いたお手紙にございます」
「ああ、そうか。そこへ置いておいてくれ」
「今宵の晩餐のメインディッシュはいつもの通り料理長に任せてしまってよろしゅうございますか?」
「ああ」
「そうそう、言い忘れておりました。昨日、フランスのコンコルド広場においてカペー未亡人が処刑されたそうでございます」
「……そうか」
「間違えて足を踏んでしまった死刑執行人に告げた謝罪が、最期の言葉であったようですよ」
常の通り淡々と用事を済ませ、去って行った家令の消えた扉を見やる。昨年の初め、長らく己に目をかけてくれていた先王陛下が亡くなり、このスウェーデンの国主が代替わりしてからは、政治や社交界の表舞台からすっかり遠ざかり隠居も同然の生活をしていた。
『ごめんなさい。わざと踏んでしまったわけではないのです。お靴は汚れていらっしゃらないかしら……?』
そんな私の凍りついた心の奥に、鼓膜をくすぐる白い羽根のように柔らかな声音が蘇る。簡単に想像がつく、今際の際の彼女の言葉。最後まで、本当に馬鹿な女だった。
「ふふっ……あはははは!」
数か月ぶりに、声を伴う笑いが漏れる。同時に頬を伝う雫には、気づかないふりをして瞼を覆う。季節は既に少し肌寒く、山々の木々が暮れの色に染まりゆく秋。カペー未亡人、元フランス国王妃マリー・アントワネット。彼女と最後に会ったのは何時のことだったか。私の恋が、愛が、夢が永遠の眠りについてしまったのは。
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彼女と初めて出会ったのは、もう二十年近く前の冬のことだった。外気の寒さが嘘のように熱気に溢れた仮面舞踏会の会場で、誰よりも華やかな輝きを放っていた瑞々しい少女。その正体はすぐに知れた。彼女は、私の目の前でその仮面を外してしまったから。その場にいた誰もが気付いていた少女の真の名は、マリー・アントワネット。私が、国王陛下より「籠絡し意のままにせよ」との命を受けたフランス王太子妃、その人だった。ところが私は、情けないことに国王陛下より賜った任務を果たすことが出来ない、とその瞬間に悟ってしまった。彼女を誘惑する前に、虜にする前に、私自身が一目で恋に落ちてしまったから。
スウェーデンの名門貴族の家に生まれ、欧州各地を旅し、沢山の女性に持て囃されてきた私が初めて知ったその想いは、余りにも激しく、苦いものだった。マリー・アントワネットは熱しやすく冷めやすい、そして優しく残酷な女性だった。フランスの宮廷中に醜聞が立つほどに私を求めたかと思えば、時にはそれを恐れ、時には側近たちに唆されて私を遠ざけた。また、私自身も彼女に溺れることを怖れ、彼女を傷つけてしまうことを畏れ、何度も、何度も傍を離れようとした。けれど、私たちは結局いつも、互いの元へ戻ってきてしまう。恋しくて、苦しくて、あの広い宮殿の隅で彼女がたった独り、涙をこぼしているような気がして。彼女は、馬鹿な女だったから。
オーストリア女帝の末娘として、誰からも可愛がられて育った純粋で天真爛漫な皇女。故に疑うことを知らず、耐えることを知らず、そして欺くことを知らなかった。王妃という立場にある彼女を利用するために集まってきた人々を、単純な寂しさゆえに受け入れた。我欲に塗れた彼らの勧めるまま、次々と豪奢なドレスをあつらえ、高価な宝石を集め、危険な賭けごとに興じた。宮廷の喧騒に疲れ果てた彼女が造った小さな隠れ家に、莫大な国家費用が投じられたことを少しも知らぬまま、そこに籠りきってはふざけた芝居を演じ、のどかな歌を歌い続けた。
聞くに堪えない尾ひれのついた噂を立てられても、臣に諌められても、愛人(わたし)との関係を決して断ち切ろうとはしなかった。
革命が起きていることを知っていて、己が一番憎まれていることを知っていて、暴徒の前に姿を現し深々と礼をした。革命の波が押し寄せるにつれ、次々と去っていく側近たちの一人一人に心から名残を惜しみ、恨み言の一つも言わなかった。最初に彼女を助けようとした、ヴァレンヌの時も。確実に逃がすために綿密に計画を練り、国王一家を別々に乗せるための小さな古びた馬車を数台用意したにも関わらず、「夫や子供と一緒でなければ意味がないのだ」と大きな目立つ馬車に乗り換え、結果全員が見つかり、再び捕えられてしまった。最後の手段として幽閉されていた宮殿に忍び込んだ時も、愛するもののために、守りたいもののためにここに残るのだ、と私を拒絶した。
最後まで、欲しいものをくれなかった。欲しがっているものに手を伸ばしてはくれなかった。
彼女は、私を好いてくれた。彼女は、私に恋をしていた。それだけは確かな事実だった。否、ただ“それだけ”が。
だが、私は違った。私が欲しかったものは違うのだ。私は彼女を愛していた。私は、彼女に愛されたかった! そして彼女も、それを望んでくれていたはずなのに――
初めて出会ったあの時、私は確かに恋をした。いつも、いつでも彼女を奪ってしまいたかった。王太子から、フランスから、彼女自身から。彼女を手に入れたくて、手に入れたくて堪らなかった。
出会いから時を経て、彼女が国王と真に結ばれ、待ち望まれた王の子を生み。妻として夫を労り、母親として子供たちを慈しみ、日に日に質素な装いへと移ろっていく彼女の姿を、私は見つめ続けてきた。彼女が国王を、王子たちを、そしてフランスという国を愛していく様を目の当たりにしてきた。そうしていつの間にか私は、彼女の愛するものごと彼女を愛したい、と願うようになっていた。
愛は果てがない。どこまでも一方的で、優しく、そして哀しい。彼女は愛することを知り、愛されることを望んでいた。だから私はそんな彼女の想いに応えようと思った。我儘で身勝手な想いを、馬鹿な女の願いを、叶えてやりたかった。愚かだった。「王妃を操り、革命を利用しろ」との陛下の言を無視し、自国の国益など考えもせず、ただフランスの革命を止めることに必死だった。陛下に見捨てられ、スウェーデンの貴族社会で浮いた存在となっても少しも構わないとすら、真剣に思っていた。
彼女が大声で私に助けを求めてくれたなら、彼女が泣きながら私に愛してほしいと縋ってくれたなら、彼女が今愛している全てのものを投げ捨てて私を、私だけを愛してくれたなら! 例えこの身が民衆に殴打されようと、捕えられてギロチンの餌食となろうと、醜い肉塊と変わり果ててでも彼女の元に駆けつけただろう。それなのに、彼女は最後まで私に、「愛している」とは告げてくれなかった。
『あなたはわたくしの誰よりも大切なお友達よ。ありがとう、フェルセン伯爵』
最後のキスは唇ではなく、薔薇の香りと共にそっと頬を掠めただけ。痛ましげに微笑む彼女の夫が、傍らで見守っていた。そうして私の時間(とき)は止まった。二度と見ることの出来ない、長く儚い夢だった。
スウェーデンに戻ったとき、陛下の傍には既に別の男が侍り、やがては陛下自身も薨去され、私はこの屋敷に籠ったまま、季節の移ろいを感じ取ることもなく人形のように過ごしてきた。一切の感情を排し、美しい夢の形見だけを抱いて死んでいけると、そう信じていたのに。家令の告げたたった一言、貴女の死が、貴女の思い出が、貴女の声が、私を現(うつつ)へと引き戻す。
ああ、憎い。貴女に愛された国王が、王子たちが、フランスが!
ああ、こんなものはちっとも愛ではない。愛ではないではないか、私は少しも貴女を愛せてはいなかった。何故なら私はこんなにも、貴女を……革命から、あの血に飢えたギロチンから、全てから奪いたかった! 守りたかった! 愛したかった! 愛して、愛し続けていたかった! ……最後まで美しく、馬鹿な貴女を。
「本当に愚かだな……この世に、綺麗なだけの愛が存在すると信じていたなんて」
止まらない自嘲に不審を感じた家令が駆け付けるまで、私は独り泣きながら嗤い続けた。愚かな男の、最後の想いの発露だった。
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