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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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真実


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私は女を探していた。
毎夜私の夢を訪れる、消え入りそうに儚い、その美しい女を……。
 
邸に帰った私を、暗い表情で出迎えたのは長年慣れ親しんだ女房の柚だった。
 
「どうした? 何があった?」
 
異変に気づき問うた私に、柚は強張った顔のままこう告げた。
 
「昼間に母宮様がおいでになり……北の方様と、お会いになられました」
 
“お告げ”のためとは言え、最後まで女を妻に迎えることに難色を示していた母だ、
女にとって余り良い邂逅とは言えなかったであろう。
 
「……」
 
無言で北の対に向かおうとする私に、柚から更に声がかかった。
 
「母宮様が、告げてしまわれました。北の方様に……殿の、夢占の話を。
宮様が帰られた後、北の方様は塗籠に籠もられて……」
 
柚の言葉を最後まで聞かぬまま、寝殿へ走った。
こみ上げてきたのは先帝の娘として生まれた誇りのみで生きる母への憤りと
哀れみ。決して己の前で笑わぬ女の顔が頭を過ぎり、胸が軋んだ。
 
 
 
「今戻った。……母上に、何を言われた?」
 
慌てて寝所に駆け込み、閉ざした塗籠の内に向かって呼びかける。
女は答えない。初めこそ抵抗したものの、その後は気味が悪いくらい
大人しくこちらの成すがままに従っていた女の、初めての拒絶。
いや、初めてではない。彼女はずっと私を拒んでいた。
私の前で笑うことも、私の名を呼ぶことも、一度として無かったのだから。
巫女として神に仕える穏やかな暮らしを、私が一方的に奪った。
都の喧騒も、自由の無い貴族の生活も、無理矢理に夫となった私自身も……
全ては女にとって、忌むべきものだったのではないだろうか。
 
「そなたが望むなら……あの島に、帰しても良い。
あの島が嫌なら、心静かに暮らせる場を探そう。
どこで生きようとも、そなたと子のこれからは私が保証する。だから……」
 
姿まで、閉ざしてしまわないでほしい。
彼女に出会ったその瞬間から、彼女が夢に現われることは無くなった。
会いたくて、恋しくて。
心を手にすることは出来なくても、姿だけでも、目にしていたくて。
契りを結んだのなら正式な婚姻を披露する必要は無い、
と言う両親を説得して、攫うように都に迎えた。
 
「お命が助かったのなら……無事に厄の年を越えられたのなら、
私はもう必要ないのですか?」
 
突然、塗籠の内から響いた小さな声。
 
「何を、言っている?」
 
「本来ふさわしいご身分の……新しい北の方様をお迎えになるから、
私はもういらぬのでございましょう?」
 
女の声は震えていた。私は堪えきれず、塗籠の扉を開く。
 
「おやめくださいまし! ……来ないで!」
 
手のひらで顔を覆う女の頬には、確かに涙が伝っていた。
 
「あなたが私をお連れになったのは……
ご自分の命を守るためだということは分かっています。あなたが、
私のような女を決して愛したりはなさらないことなど……初めから……!」
 
ポロポロと涙をこぼす女の顔を、美しいと思った。
今、この女は、私のために泣いている。
 
「あなたは一度も私の前で微笑んでは下さらなかったし……
私の名を呼んでは下さらなかった……!」
 
ああ、同じだったのだ。この人もまた、己と同じ……。
 
「名を呼ばなかったのは……そなた自身の口から名を聞いたことが無かったからだ。
笑わなかったのは……そなたを不快にさせたくなかったからだ」
 
名を教えることは、相手に心を許す、ということである。
自ら名を教えた相手ではない相手に、勝手に名を呼ばれるのは
余り気持ちの良いものでは無い。だから私は、女の名を呼ばなかった。
 
「なぜ……殿が笑うと私が不快になるのですか?」
 
「そなたは私を好いていないのに……
私の傍にあるのはそれだけで不幸せなことであるだろうに、
私一人が幸せそうに笑んでいたら、不快な気持ちが増すであろう?」
 
女はキョトンとした表情で、私を見つめる。
 
「私は……己の命のために巫女を探していたのではない。
ただ逢いたかったのだ……毎夜毎夜、私の夢を訪れる美しい女に」
 
女の細い肢体を抱き寄せれば、耳元で囁く声が響いた。
 
「殿……呼んでください、私の名を。夢の中では、何度もお呼びくださったでしょう?」
 
驚いて身体を離せば、悪戯に微笑む瞳とかち合った。






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私は女を探していた。
毎夜私の夢を訪れる、消え入りそうに儚い、その美しい女を……。
 
邸に帰った私を、暗い表情で出迎えたのは長年慣れ親しんだ女房の柚だった。
 
「どうした? 何があった?」
 
異変に気づき問うた私に、柚は強張った顔のままこう告げた。
 
「昼間に母宮様がおいでになり……北の方様と、お会いになられました」
 
“お告げ”のためとは言え、最後まで女を妻に迎えることに難色を示していた母だ、
女にとって余り良い邂逅とは言えなかったであろう。
 
「……」
 
無言で北の対に向かおうとする私に、柚から更に声がかかった。
 
「母宮様が、告げてしまわれました。北の方様に……殿の、夢占の話を。
宮様が帰られた後、北の方様は塗籠に籠もられて……」
 
柚の言葉を最後まで聞かぬまま、寝殿へ走った。
こみ上げてきたのは先帝の娘として生まれた誇りのみで生きる母への憤りと
哀れみ。決して己の前で笑わぬ女の顔が頭を過ぎり、胸が軋んだ。
 
 
 
「今戻った。……母上に、何を言われた?」
 
慌てて寝所に駆け込み、閉ざした塗籠の内に向かって呼びかける。
女は答えない。初めこそ抵抗したものの、その後は気味が悪いくらい
大人しくこちらの成すがままに従っていた女の、初めての拒絶。
いや、初めてではない。彼女はずっと私を拒んでいた。
私の前で笑うことも、私の名を呼ぶことも、一度として無かったのだから。
巫女として神に仕える穏やかな暮らしを、私が一方的に奪った。
都の喧騒も、自由の無い貴族の生活も、無理矢理に夫となった私自身も……
全ては女にとって、忌むべきものだったのではないだろうか。
 
「そなたが望むなら……あの島に、帰しても良い。
あの島が嫌なら、心静かに暮らせる場を探そう。
どこで生きようとも、そなたと子のこれからは私が保証する。だから……」
 
姿まで、閉ざしてしまわないでほしい。
彼女に出会ったその瞬間から、彼女が夢に現われることは無くなった。
会いたくて、恋しくて。
心を手にすることは出来なくても、姿だけでも、目にしていたくて。
契りを結んだのなら正式な婚姻を披露する必要は無い、
と言う両親を説得して、攫うように都に迎えた。
 
「お命が助かったのなら……無事に厄の年を越えられたのなら、
私はもう必要ないのですか?」
 
突然、塗籠の内から響いた小さな声。
 
「何を、言っている?」
 
「本来ふさわしいご身分の……新しい北の方様をお迎えになるから、
私はもういらぬのでございましょう?」
 
女の声は震えていた。私は堪えきれず、塗籠の扉を開く。
 
「おやめくださいまし! ……来ないで!」
 
手のひらで顔を覆う女の頬には、確かに涙が伝っていた。
 
「あなたが私をお連れになったのは……
ご自分の命を守るためだということは分かっています。あなたが、
私のような女を決して愛したりはなさらないことなど……初めから……!」
 
ポロポロと涙をこぼす女の顔を、美しいと思った。
今、この女は、私のために泣いている。
 
「あなたは一度も私の前で微笑んでは下さらなかったし……
私の名を呼んでは下さらなかった……!」
 
ああ、同じだったのだ。この人もまた、己と同じ……。
 
「名を呼ばなかったのは……そなた自身の口から名を聞いたことが無かったからだ。
笑わなかったのは……そなたを不快にさせたくなかったからだ」
 
名を教えることは、相手に心を許す、ということである。
自ら名を教えた相手ではない相手に、勝手に名を呼ばれるのは
余り気持ちの良いものでは無い。だから私は、女の名を呼ばなかった。
 
「なぜ……殿が笑うと私が不快になるのですか?」
 
「そなたは私を好いていないのに……
私の傍にあるのはそれだけで不幸せなことであるだろうに、
私一人が幸せそうに笑んでいたら、不快な気持ちが増すであろう?」
 
女はキョトンとした表情で、私を見つめる。
 
「私は……己の命のために巫女を探していたのではない。
ただ逢いたかったのだ……毎夜毎夜、私の夢を訪れる美しい女に」
 
女の細い肢体を抱き寄せれば、耳元で囁く声が響いた。
 
「殿……呼んでください、私の名を。夢の中では、何度もお呼びくださったでしょう?」
 
驚いて身体を離せば、悪戯に微笑む瞳とかち合った。






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