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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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七万打記念。SFっぽい。成人を控えた少年と義妹の少女。
 
※災害・事故を想起させる描写がありますのでご注意願います。

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「星を700個数えたら、幸せになれるんだって」
 
首が痛くなるほどまっすぐに真上を見上げながら少女―― チーが呟く。長い髪が地面の砂に塗れるのを少しも気にする様子はなく、無邪気に顔を仰向ける彼女の隣に腰を降ろして同じ態勢を取れば、視界の先には満天の星々――無数に、無限に散りばめられた光に背筋がゾクリと泡立つ。自分は何て小さいんだろう。世界は何て広いんだろう。そんな得体のしれない“もの”に飲み込まれそうになるから、星空は嫌いだ。チーはどうして昔から、こんな“もの”が好きなんだろう? 
 
「うさんくさい話だなぁ。大体何でそんな中途半端な数なんだ?」
 
チラリと傍らの彼女を見やりながら返事を返すと、チーは嬉しそうに微笑んでこう告げた。
 
「北斗七星は7個でしょ? その倍数なんだから全然おかしくないじゃない」
 
無茶苦茶な理屈に唇を尖らせる彼女。チーが故郷での慣習をポツポツと話してくれるようになったのは、つい最近のことだ。あの日から時が経って、ようやく少しずつチーの中で思い出の整理が行われつつあるらしい。もう7年―― 彼女がここへやって来て、僕と出会ってから。
 
「7つの星で成り立つ星座って他にあるわけ? 1ダース12個じゃあるまいし」
 
年下の女の子に自分の知らない話を持ち出されるのが何となく悔しくて、僕がポソリとケチをつければ、
 
「もう、ワンは黙ってて!」
 
チーは怒ったように唇を尖らせそっぽを向いてしまった。
 
「……それで、チーはどこまで数えたの?」
 
このまま放っておくと厄介なことになる――自らの失態を取りつくろうべく話を逸らした僕に、彼女は一瞬考え込むようにうつむいた後、
 
「今は777個よ。道のりはまだまだ」
 
と肩をすくめてみせた。
 
「えっ、もう700を超えてるじゃないか!」
 
目を丸くした僕の言葉に、チーの顔には不思議な、大人の女の人のような寂しい色が浮かび上がり、一本、一本折り出した細い指がその表情(かお)に更に深い影を添えた。
 
「父さんの分。母さんの分。兄さんの分。姉さんの分。弟の分。妹の分。友達の分。友達の父さんの分。友達の母さんの分……」
 
僕が初めて目の当たりにしたその表情と声音が、あんまり綺麗で切なくて――幼い頃から知っているはずの小さな少女に置いてけぼりにされているような、吹き抜ける淋しさに堪え切れず声を上げた。
 
「分かった、もういい!」
 
僕の制止に、チーは寂しそうに微笑んでもう一度宙(そら)を見上げた。
 
「私の里には、100人の人が暮らしていたの。だから100人分数えるの、あの星にいるみんなの分まで。……他にできることがないから」
 
遠く、かすかに見える青い光――北斗七星が、本に描かれた星座がクッキリと見えるのだというあの星の土を彼女が踏むことは、恐らくもう二度と無いのかもしれない。僕にとってはおとぎ話のように遠い昔、祖先が暮らしていたという伝説の星。チーにとっては幼いころを過ごした故郷、愛する家族の残るはずの星。何が起きたのか誰も分からぬまま、突然飛んできた沢山のロケットと、それから一瞬銀河を駆けた眩い光と猛烈な轟音に、あの星からの声は途絶えた。
僕の村の近くに流れ着いた一台の白いロケットから、人の波に押されて転がり落ちるように出てきた女の子……それがチーだった。本当の名前は何と言うのか、僕も家族も分からない。ただ、一言も口を利かない彼女が、年齢(とし)を聞かれて指し示した数字――右手の五本の指をいっぱいに広げて、その上に鋏のような形を作った左手を重ねる――それが、“七(チー)”を意味しているものだと分かったから。唯一意思の通じたその数字が、なしくずしに少女を押しつけられた僕らが彼女を呼ぶ名となった。そうして長い月日が経ち、可愛らしい声を耳にすることが叶ってからも、とうとう本当の名が口に上ることは無く。彼女の名前は“チー”として、いつの間にか定着してしまったのだ。
チー。可哀想な、独りぼっちの女の子。長寿を願って付けられた僕の名前、万(ワン)よりずっと少ない数の名を持つ、たった一人の僕の“義妹(いもうと)”。
 
「ワンはもうすぐ、お嫁さんをもらうんでしょ? パーパとマーマがどこの村からもらうのが良いか話をしてた」
 
悪戯な眼差しをこちらに向ける彼女に、近ごろ何かと頬を上気させては親戚の間を忙しそうに走り回る両親の姿を思い出し、げんなりと溜息が漏れる。
 
「もうすぐ十八になるからね。仕方ないさ」
 
十八――この村の成人の年齢(とし)。一人息子である僕には、一刻も早く妻を娶って跡取りを作り、両親を安堵させる義務がある。今、父親は四十を過ぎたばかりだが、この村の寿命はチーの故郷のものより幾らか短いそうだ。五十を迎える前に、大半の村人が病や過労に斃れてしまう。だから僕は、早く父母に孫の顔を見せてやらなければならない……自分に言い聞かせるように、ギュッと手の平を握りしめた僕の顔を、チーは心配そうに覗きこんだ。
 
「お嫁さん、もらいたくないの?」
 
彼女のくりくりとしたつぶらな瞳が、小さな星のように可愛らしく瞬いて僕を映す。
 
「……だってうちには、チーがいるじゃないか」
 
すねたような呟きに、チーは一瞬目を見開いて、しょんぼりと眉尻を下げた。
 
「あたしのせい?」
 
「そうじゃなくて、チーがいればいいや、って思うんだよ。本当に」
 
投げやりのつもりで吐き出した言葉の意味に、彼女は果たして気づいただろうか。口に出して初めて分かる、嘘偽りの無い己の本心。彼方の宙へ視線を彷徨わせていた彼女が、しんみりと小さな声で呟いた。
 
「ねぇ、ワン……私が、ワンのお嫁さんになれたら良かったね」
 
その瞬間、僕はチーの方を見ることができなかった。彼女は、“ロケットから出てきた子”だから。この村の人間と結婚することは許されていない。だから僕らは、“きょうだい”になるしかなかった。こうして夜、明るい星空の下で――くだらなくも清らかな語り合いをすることだけが、僕たちに許された精いっぱいのこと。僕もチーもよく分かっている。だから、今まで決して口にしなかった。
 
「チー、僕はお嫁さんをもらうけど……チーがずっとこの村にいられるように、故郷に帰ることができなくてもここにいられるように、ずっと守るよ」
 
残酷だと思いつつも止められぬ口の動きに任せて告げた言葉。チーは不意に僕の身体に抱きついてきた。小刻みに震える柔らかな温もりと、すぐ傍から香る瑞々しい匂いに僕は目を見張った。
 
「守らなくていいから……傍にいてよ、ワン」
 
天真爛漫で気丈な彼女の口から漏れた掠れ声が、どうしようもなく僕の胸を締め付ける。
 
「……ちゃんと、いるよ」
 
やっとの思いでそれだけを答えて、華奢な身体を受け止めた僕を真っ直ぐに見上げ、チーは
 
「うそつき」
 
と言った。両目いっぱいに涙を溜めて、その雫が星のように綺麗で、怖かったから――僕は何も言えなくなった。うつむいて泣き出した彼女の代わりに、今度は僕が宙を見上げる。遠く、遠く隔たろうとしている僕らの頭上に広がる、途方も無い満天の星空。
もし、本当にチーが7万の星を数え終える時が来れば、彼女も、彼女の故郷の人々も願いが叶って、幸せになれるのだろうか? もしチーの願いが故郷への帰還だったとしたら、僕は果たしてそれを受け入れることができるだろうか? 
埒も無いことを考えながら見上げた星の輝きは、やはり僕には眩し過ぎる。すぐ傍にいる彼女の中に決して分かち合うことの叶わぬ孤独を感じる今、取り巻く闇が哀しみで、星の光が涙であるかのような錯覚が込み上げ、心臓をかきむしられるような衝動に襲われてしまうのだ。
ああ、僕がもう少し早く大人になっていたら、そうでなければあと少し長く、子どもでいることができたなら。大切なものを傷つけることも、自分自身が傷つくことも、この宙を恐れることも無かったのかもしれない。





後書き

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「星を700個数えたら、幸せになれるんだって」
 
首が痛くなるほどまっすぐに真上を見上げながら少女―― チーが呟く。長い髪が地面の砂に塗れるのを少しも気にする様子はなく、無邪気に顔を仰向ける彼女の隣に腰を降ろして同じ態勢を取れば、視界の先には満天の星々――無数に、無限に散りばめられた光に背筋がゾクリと泡立つ。自分は何て小さいんだろう。世界は何て広いんだろう。そんな得体のしれない“もの”に飲み込まれそうになるから、星空は嫌いだ。チーはどうして昔から、こんな“もの”が好きなんだろう? 
 
「うさんくさい話だなぁ。大体何でそんな中途半端な数なんだ?」
 
チラリと傍らの彼女を見やりながら返事を返すと、チーは嬉しそうに微笑んでこう告げた。
 
「北斗七星は7個でしょ? その倍数なんだから全然おかしくないじゃない」
 
無茶苦茶な理屈に唇を尖らせる彼女。チーが故郷での慣習をポツポツと話してくれるようになったのは、つい最近のことだ。あの日から時が経って、ようやく少しずつチーの中で思い出の整理が行われつつあるらしい。もう7年―― 彼女がここへやって来て、僕と出会ってから。
 
「7つの星で成り立つ星座って他にあるわけ? 1ダース12個じゃあるまいし」
 
年下の女の子に自分の知らない話を持ち出されるのが何となく悔しくて、僕がポソリとケチをつければ、
 
「もう、ワンは黙ってて!」
 
チーは怒ったように唇を尖らせそっぽを向いてしまった。
 
「……それで、チーはどこまで数えたの?」
 
このまま放っておくと厄介なことになる――自らの失態を取りつくろうべく話を逸らした僕に、彼女は一瞬考え込むようにうつむいた後、
 
「今は777個よ。道のりはまだまだ」
 
と肩をすくめてみせた。
 
「えっ、もう700を超えてるじゃないか!」
 
目を丸くした僕の言葉に、チーの顔には不思議な、大人の女の人のような寂しい色が浮かび上がり、一本、一本折り出した細い指がその表情(かお)に更に深い影を添えた。
 
「父さんの分。母さんの分。兄さんの分。姉さんの分。弟の分。妹の分。友達の分。友達の父さんの分。友達の母さんの分……」
 
僕が初めて目の当たりにしたその表情と声音が、あんまり綺麗で切なくて――幼い頃から知っているはずの小さな少女に置いてけぼりにされているような、吹き抜ける淋しさに堪え切れず声を上げた。
 
「分かった、もういい!」
 
僕の制止に、チーは寂しそうに微笑んでもう一度宙(そら)を見上げた。
 
「私の里には、100人の人が暮らしていたの。だから100人分数えるの、あの星にいるみんなの分まで。……他にできることがないから」
 
遠く、かすかに見える青い光――北斗七星が、本に描かれた星座がクッキリと見えるのだというあの星の土を彼女が踏むことは、恐らくもう二度と無いのかもしれない。僕にとってはおとぎ話のように遠い昔、祖先が暮らしていたという伝説の星。チーにとっては幼いころを過ごした故郷、愛する家族の残るはずの星。何が起きたのか誰も分からぬまま、突然飛んできた沢山のロケットと、それから一瞬銀河を駆けた眩い光と猛烈な轟音に、あの星からの声は途絶えた。
僕の村の近くに流れ着いた一台の白いロケットから、人の波に押されて転がり落ちるように出てきた女の子……それがチーだった。本当の名前は何と言うのか、僕も家族も分からない。ただ、一言も口を利かない彼女が、年齢(とし)を聞かれて指し示した数字――右手の五本の指をいっぱいに広げて、その上に鋏のような形を作った左手を重ねる――それが、“七(チー)”を意味しているものだと分かったから。唯一意思の通じたその数字が、なしくずしに少女を押しつけられた僕らが彼女を呼ぶ名となった。そうして長い月日が経ち、可愛らしい声を耳にすることが叶ってからも、とうとう本当の名が口に上ることは無く。彼女の名前は“チー”として、いつの間にか定着してしまったのだ。
チー。可哀想な、独りぼっちの女の子。長寿を願って付けられた僕の名前、万(ワン)よりずっと少ない数の名を持つ、たった一人の僕の“義妹(いもうと)”。
 
「ワンはもうすぐ、お嫁さんをもらうんでしょ? パーパとマーマがどこの村からもらうのが良いか話をしてた」
 
悪戯な眼差しをこちらに向ける彼女に、近ごろ何かと頬を上気させては親戚の間を忙しそうに走り回る両親の姿を思い出し、げんなりと溜息が漏れる。
 
「もうすぐ十八になるからね。仕方ないさ」
 
十八――この村の成人の年齢(とし)。一人息子である僕には、一刻も早く妻を娶って跡取りを作り、両親を安堵させる義務がある。今、父親は四十を過ぎたばかりだが、この村の寿命はチーの故郷のものより幾らか短いそうだ。五十を迎える前に、大半の村人が病や過労に斃れてしまう。だから僕は、早く父母に孫の顔を見せてやらなければならない……自分に言い聞かせるように、ギュッと手の平を握りしめた僕の顔を、チーは心配そうに覗きこんだ。
 
「お嫁さん、もらいたくないの?」
 
彼女のくりくりとしたつぶらな瞳が、小さな星のように可愛らしく瞬いて僕を映す。
 
「……だってうちには、チーがいるじゃないか」
 
すねたような呟きに、チーは一瞬目を見開いて、しょんぼりと眉尻を下げた。
 
「あたしのせい?」
 
「そうじゃなくて、チーがいればいいや、って思うんだよ。本当に」
 
投げやりのつもりで吐き出した言葉の意味に、彼女は果たして気づいただろうか。口に出して初めて分かる、嘘偽りの無い己の本心。彼方の宙へ視線を彷徨わせていた彼女が、しんみりと小さな声で呟いた。
 
「ねぇ、ワン……私が、ワンのお嫁さんになれたら良かったね」
 
その瞬間、僕はチーの方を見ることができなかった。彼女は、“ロケットから出てきた子”だから。この村の人間と結婚することは許されていない。だから僕らは、“きょうだい”になるしかなかった。こうして夜、明るい星空の下で――くだらなくも清らかな語り合いをすることだけが、僕たちに許された精いっぱいのこと。僕もチーもよく分かっている。だから、今まで決して口にしなかった。
 
「チー、僕はお嫁さんをもらうけど……チーがずっとこの村にいられるように、故郷に帰ることができなくてもここにいられるように、ずっと守るよ」
 
残酷だと思いつつも止められぬ口の動きに任せて告げた言葉。チーは不意に僕の身体に抱きついてきた。小刻みに震える柔らかな温もりと、すぐ傍から香る瑞々しい匂いに僕は目を見張った。
 
「守らなくていいから……傍にいてよ、ワン」
 
天真爛漫で気丈な彼女の口から漏れた掠れ声が、どうしようもなく僕の胸を締め付ける。
 
「……ちゃんと、いるよ」
 
やっとの思いでそれだけを答えて、華奢な身体を受け止めた僕を真っ直ぐに見上げ、チーは
 
「うそつき」
 
と言った。両目いっぱいに涙を溜めて、その雫が星のように綺麗で、怖かったから――僕は何も言えなくなった。うつむいて泣き出した彼女の代わりに、今度は僕が宙を見上げる。遠く、遠く隔たろうとしている僕らの頭上に広がる、途方も無い満天の星空。
もし、本当にチーが7万の星を数え終える時が来れば、彼女も、彼女の故郷の人々も願いが叶って、幸せになれるのだろうか? もしチーの願いが故郷への帰還だったとしたら、僕は果たしてそれを受け入れることができるだろうか? 
埒も無いことを考えながら見上げた星の輝きは、やはり僕には眩し過ぎる。すぐ傍にいる彼女の中に決して分かち合うことの叶わぬ孤独を感じる今、取り巻く闇が哀しみで、星の光が涙であるかのような錯覚が込み上げ、心臓をかきむしられるような衝動に襲われてしまうのだ。
ああ、僕がもう少し早く大人になっていたら、そうでなければあと少し長く、子どもでいることができたなら。大切なものを傷つけることも、自分自身が傷つくことも、この宙を恐れることも無かったのかもしれない。





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