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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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辿りついた答え。

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「サオ様の御帰還じゃ、サオ様があの野麻田を討伐してお戻りあそばした!」
 
大声で触れまわる臣たちの声を、ヒミコは暗い岩屋の内で聞いていた。一月ばかり前、生み落とした男児は侍女の手により抱く間もなく連れ出されてしまった。一人岩屋に籠り、何かを振り払うように禊に没頭する彼女の心の平安を打ち破る唯一の存在、サオ。彼が彼女の実の弟にして罪の子の父であることを、知っている人間は誰もいない。否、失われてしまったのだ。己を救おうとしてくれた大切な世話役の命を奪った弟のことを許してはならぬと思う一方で、彼の帰還を喜ぶ思いが沸き起こり、女王の心を嵐が襲った。サオはヤサカを殺した。ヒミコを騙して、子どもを生ませた。たった一人の身内、実の姉と弟でありながら。憎い、悔しい、恥ずかしい、恨めしい、そして、恋しい――会わぬと決めたはずの弟への思いが溢れ、ヒミコは思わず己の身体を抱きしめる。
 
「……何でも、サオ様は野麻田を退治して助けられた姫君を妻となされたとか。この中村にご到着の暁には、勝利の宴と共に盛大な婚姻の儀式も執り行うつもりであられるそうだ」
 
「そうなると当然、姉君にも祝福を願いたいところでしょうが……女王様は未だに岩屋にお籠りでいらっしゃる。どうなさるのでございましょうな?」
 
扉の外から洩れ聞こえる会話に、くず折れていたヒミコは小さく肩を揺らした。顔から血の気の引く己に気づいて、心の臓が凍りついてしまったかのように息が苦しくなる。
 
「……サオが、結婚」
 
かすかな呟きに、女王の瞳からは一筋涙がしたたった。ヒミコは驚きと共に自らの頬に触れ、雫を掬う。
 
「何故……?」
 
口に出した問いの答えを、既に彼女は知っていた。厚い岩戸の向こうで人の足音が響く。ヒミコはハッとして光の洩れる隙間に目を移した。
 
「……姉上、姉上、サオです。ただいま帰りました」
 
聞こえてきた声は今まさに彼女の脳裏を支配する弟のもの。すぐにでも扉に駆け出しそうな己の腕を押さえ、ヒミコは黙したまま瞳を閉じた。答えの返らぬ岩戸の向こうに、サオは俯いたまま静かに告げる。
 
「姉上にはまことに申し訳ないことをしたと反省致しました。もうご迷惑はかけません。……私は、西の地より連れ参った娘と婚儀を上げるつもりです。もしお許し願えるならば、姉上にも祝福をいただきたく存じます。……図々しい申し出をできる道理もないことは承知。せめてこの岩屋の前で披露の宴を催すことのみ、どうか……」
 
途切れた言葉に、無情の静寂が破れ岩屋の内からかすかに身じろぐ気配が洩れた。サオは口端を上げる。彼とシイナの婚儀は、目前に迫っていた。
 
 
~~~
 
 
盛大な婚礼の儀式は、花婿の宣言通りヒミコの籠る岩屋の前で行われた。いつまでも姿を見せぬ女王に焦れた民たちが女王の唯一の血縁の祝いに一縷の望みをかけたせいでもあり、当の弟の邪な期待の所為でもあった。華やかな楽曲が辺りに響き、踊り女たちは舞い歌い、笑い声がにぎやかに岩屋の周囲を取り囲む。暗いその内で身を固くさせながら、ヒミコは幾度も扉を振り向く。彼女は気づいていた。一度扉を開けたら――弟と顔を合わせれば、己の決意も、ヤサカの死も、弟の婚儀も全てが無に帰してしまうことを。首を振って女王は俯き、耳を塞ぐ。陽気な楽の音が、人々の寿ぎの声が扉の前からかき消えてしまうまで。
 
「……姉上、何故です? 何故このようなめでたき日にまで、頑なに扉を閉ざされておいでなのです?」
 
全てが終わり闇を静寂が支配する深夜、それを破ったのは岩屋の前に木霊す哀しげな声音だった。その声の持ち主は、今宵花嫁と初夜を過ごしているはずなのに――ヒミコは岩屋の内で喉を押さえる。
 
「……分かっています、全て己が身から出た錆であると。そのために私は野麻田の地までさすらい、オロチを滅ぼした……この国の、あなたのために」
 
オギャアアアアッ!
 
その時、一筋の高らかな泣き声が闇を裂いた。ヒミコは息を止めて扉を見やる。サオは腕に抱いた泣き声の主を高く掲げ、岩屋の内に呼びかけた。
 
「聞こえますか、姉上? この泣き声は姉上の生んだ赤子の……我らが息子の泣き声です。大らかに、たくましく……母を求めて泣いています」
 
震える弟の声に、ヒミコはきつく目を瞑り、平らかな腹に手を当てた。その腹に宿していた我が子の姿を脳裏に思い描こうとし、叶わぬことに気づく。彼女は赤子を抱いていない。見てもいない。ずっと、考えぬようにして来た。罪の証、在り得るはずもなかった存在、愛すべからざるもの――では我が子を、その父をそう断じる母に罪は無いというのだろうか。何が“過ち”で何が“正しい”ことなのか、最早彼女には分からない――決めるのは“何”?
 
「私は……私はもう神に仕えることも叶わぬ身となりました。……女王にもふさわしくありませぬ」
 
かすかに響いたすすり泣く声に、サオは顔を上げて岩屋を見た。姉の目に映らぬ場所で時初めて、不遜な面持ちが苦渋に歪む。
 
「……姉上、姉上にそのようなことを言わせた罪は私にあります。姉上は私にとって初めから巫女でも女王でもなかった。この世で唯一つ、敬い焦がれるべき光でした。だから私は、それを手に入れようと……あなたを、天から地へと引きずり降ろした」
 
ピクリとも動かぬ扉に向かい、サオは赤子を抱いたまま淡々と続けた。
 
「けれど姉上、あなたは地に落ちてなお輝きを失わず、眩い日であり続けました。その光が私の真実を照らした時――余りの醜さにあなたは堪え切れず、私の前から姿を消した」
 
「サオ……サオ、それは違う」
 
泣きながらかすれた声を漏らすヒミコに、サオは畳みかけるように続けた。
 
「何が違うと言うのです? 姉上、私はあなたを騙し“罪”に落とした。巫女としての禁忌、女王としての矜持、そして人としての倫……全てを破る罪を、あなたに犯させたのです」
 
目を細めて息を吐く弟の表情(かお)が苦しげに歪み、この場にそぐわぬ懐かしい影が――弟を案じる姉の気持ちが顔を覗かせ、ヒミコは振り払うかのように己が手を握りしめて前を向いた。
 
「何故……どうして?」
 
「罪は神が決めるもの、そして神とは人に創られるもの……欲しいものは人であっては手に入らぬものだと、あの日……あなたを奪われた日に、私は知りました」
 
弟の答えに、ヒミコは目を見開いた。
 
「おまえ……まさか本気で」
 
「神にしか許されぬことならば、神を創るのではなく神になってしまえば良い……そうではありませんか? 姉上」
 
ホギャア、オギャア!
 
月明かりの下に赤子の声が一層高く響き渡った瞬間、固く閉ざされていた岩屋の扉が開いた。漆黒に浮かび上がる白い影――純白の衣を翻すヒミコは、サオの目にどんな女よりも眩く清らかに、この日迎えたばかりの花嫁よりも遥かに美しく映り込んだ。
 
「私が神になれば、弟のおまえもまた神となる。神ならば“これ”は……“罪”では、ないのね?」
 
滑らかに歩み寄った白い手の平が、赤子の頬をそっと撫ぜる。サオは目を閉じ、頷いた。
 
「そうです……その通りです、姉上」
 
「私はおまえを……この子を愛しても良いの? この地に……天を築けば」
 
己が手を掴み取った弟の腕を拒むことなく、ヒミコは自ら唇を寄せた。潤んだ眼差しが、焼けるような衝動と共にサオの心を射抜く。
 
「……築きましょう、この地に。我らが、天を」
 
姉の身体を抱きしめながら、万感の思いを込めてサオは空を見上げた。陶然と紡がれた彼の言葉にヒミコは笑う。女王の威厳も、巫女の清廉も、姉の慈愛すら失った、哀しい神の微笑みだった。





後書き
 

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「サオ様の御帰還じゃ、サオ様があの野麻田を討伐してお戻りあそばした!」
 
大声で触れまわる臣たちの声を、ヒミコは暗い岩屋の内で聞いていた。一月ばかり前、生み落とした男児は侍女の手により抱く間もなく連れ出されてしまった。一人岩屋に籠り、何かを振り払うように禊に没頭する彼女の心の平安を打ち破る唯一の存在、サオ。彼が彼女の実の弟にして罪の子の父であることを、知っている人間は誰もいない。否、失われてしまったのだ。己を救おうとしてくれた大切な世話役の命を奪った弟のことを許してはならぬと思う一方で、彼の帰還を喜ぶ思いが沸き起こり、女王の心を嵐が襲った。サオはヤサカを殺した。ヒミコを騙して、子どもを生ませた。たった一人の身内、実の姉と弟でありながら。憎い、悔しい、恥ずかしい、恨めしい、そして、恋しい――会わぬと決めたはずの弟への思いが溢れ、ヒミコは思わず己の身体を抱きしめる。
 
「……何でも、サオ様は野麻田を退治して助けられた姫君を妻となされたとか。この中村にご到着の暁には、勝利の宴と共に盛大な婚姻の儀式も執り行うつもりであられるそうだ」
 
「そうなると当然、姉君にも祝福を願いたいところでしょうが……女王様は未だに岩屋にお籠りでいらっしゃる。どうなさるのでございましょうな?」
 
扉の外から洩れ聞こえる会話に、くず折れていたヒミコは小さく肩を揺らした。顔から血の気の引く己に気づいて、心の臓が凍りついてしまったかのように息が苦しくなる。
 
「……サオが、結婚」
 
かすかな呟きに、女王の瞳からは一筋涙がしたたった。ヒミコは驚きと共に自らの頬に触れ、雫を掬う。
 
「何故……?」
 
口に出した問いの答えを、既に彼女は知っていた。厚い岩戸の向こうで人の足音が響く。ヒミコはハッとして光の洩れる隙間に目を移した。
 
「……姉上、姉上、サオです。ただいま帰りました」
 
聞こえてきた声は今まさに彼女の脳裏を支配する弟のもの。すぐにでも扉に駆け出しそうな己の腕を押さえ、ヒミコは黙したまま瞳を閉じた。答えの返らぬ岩戸の向こうに、サオは俯いたまま静かに告げる。
 
「姉上にはまことに申し訳ないことをしたと反省致しました。もうご迷惑はかけません。……私は、西の地より連れ参った娘と婚儀を上げるつもりです。もしお許し願えるならば、姉上にも祝福をいただきたく存じます。……図々しい申し出をできる道理もないことは承知。せめてこの岩屋の前で披露の宴を催すことのみ、どうか……」
 
途切れた言葉に、無情の静寂が破れ岩屋の内からかすかに身じろぐ気配が洩れた。サオは口端を上げる。彼とシイナの婚儀は、目前に迫っていた。
 
 
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盛大な婚礼の儀式は、花婿の宣言通りヒミコの籠る岩屋の前で行われた。いつまでも姿を見せぬ女王に焦れた民たちが女王の唯一の血縁の祝いに一縷の望みをかけたせいでもあり、当の弟の邪な期待の所為でもあった。華やかな楽曲が辺りに響き、踊り女たちは舞い歌い、笑い声がにぎやかに岩屋の周囲を取り囲む。暗いその内で身を固くさせながら、ヒミコは幾度も扉を振り向く。彼女は気づいていた。一度扉を開けたら――弟と顔を合わせれば、己の決意も、ヤサカの死も、弟の婚儀も全てが無に帰してしまうことを。首を振って女王は俯き、耳を塞ぐ。陽気な楽の音が、人々の寿ぎの声が扉の前からかき消えてしまうまで。
 
「……姉上、何故です? 何故このようなめでたき日にまで、頑なに扉を閉ざされておいでなのです?」
 
全てが終わり闇を静寂が支配する深夜、それを破ったのは岩屋の前に木霊す哀しげな声音だった。その声の持ち主は、今宵花嫁と初夜を過ごしているはずなのに――ヒミコは岩屋の内で喉を押さえる。
 
「……分かっています、全て己が身から出た錆であると。そのために私は野麻田の地までさすらい、オロチを滅ぼした……この国の、あなたのために」
 
オギャアアアアッ!
 
その時、一筋の高らかな泣き声が闇を裂いた。ヒミコは息を止めて扉を見やる。サオは腕に抱いた泣き声の主を高く掲げ、岩屋の内に呼びかけた。
 
「聞こえますか、姉上? この泣き声は姉上の生んだ赤子の……我らが息子の泣き声です。大らかに、たくましく……母を求めて泣いています」
 
震える弟の声に、ヒミコはきつく目を瞑り、平らかな腹に手を当てた。その腹に宿していた我が子の姿を脳裏に思い描こうとし、叶わぬことに気づく。彼女は赤子を抱いていない。見てもいない。ずっと、考えぬようにして来た。罪の証、在り得るはずもなかった存在、愛すべからざるもの――では我が子を、その父をそう断じる母に罪は無いというのだろうか。何が“過ち”で何が“正しい”ことなのか、最早彼女には分からない――決めるのは“何”?
 
「私は……私はもう神に仕えることも叶わぬ身となりました。……女王にもふさわしくありませぬ」
 
かすかに響いたすすり泣く声に、サオは顔を上げて岩屋を見た。姉の目に映らぬ場所で時初めて、不遜な面持ちが苦渋に歪む。
 
「……姉上、姉上にそのようなことを言わせた罪は私にあります。姉上は私にとって初めから巫女でも女王でもなかった。この世で唯一つ、敬い焦がれるべき光でした。だから私は、それを手に入れようと……あなたを、天から地へと引きずり降ろした」
 
ピクリとも動かぬ扉に向かい、サオは赤子を抱いたまま淡々と続けた。
 
「けれど姉上、あなたは地に落ちてなお輝きを失わず、眩い日であり続けました。その光が私の真実を照らした時――余りの醜さにあなたは堪え切れず、私の前から姿を消した」
 
「サオ……サオ、それは違う」
 
泣きながらかすれた声を漏らすヒミコに、サオは畳みかけるように続けた。
 
「何が違うと言うのです? 姉上、私はあなたを騙し“罪”に落とした。巫女としての禁忌、女王としての矜持、そして人としての倫……全てを破る罪を、あなたに犯させたのです」
 
目を細めて息を吐く弟の表情(かお)が苦しげに歪み、この場にそぐわぬ懐かしい影が――弟を案じる姉の気持ちが顔を覗かせ、ヒミコは振り払うかのように己が手を握りしめて前を向いた。
 
「何故……どうして?」
 
「罪は神が決めるもの、そして神とは人に創られるもの……欲しいものは人であっては手に入らぬものだと、あの日……あなたを奪われた日に、私は知りました」
 
弟の答えに、ヒミコは目を見開いた。
 
「おまえ……まさか本気で」
 
「神にしか許されぬことならば、神を創るのではなく神になってしまえば良い……そうではありませんか? 姉上」
 
ホギャア、オギャア!
 
月明かりの下に赤子の声が一層高く響き渡った瞬間、固く閉ざされていた岩屋の扉が開いた。漆黒に浮かび上がる白い影――純白の衣を翻すヒミコは、サオの目にどんな女よりも眩く清らかに、この日迎えたばかりの花嫁よりも遥かに美しく映り込んだ。
 
「私が神になれば、弟のおまえもまた神となる。神ならば“これ”は……“罪”では、ないのね?」
 
滑らかに歩み寄った白い手の平が、赤子の頬をそっと撫ぜる。サオは目を閉じ、頷いた。
 
「そうです……その通りです、姉上」
 
「私はおまえを……この子を愛しても良いの? この地に……天を築けば」
 
己が手を掴み取った弟の腕を拒むことなく、ヒミコは自ら唇を寄せた。潤んだ眼差しが、焼けるような衝動と共にサオの心を射抜く。
 
「……築きましょう、この地に。我らが、天を」
 
姉の身体を抱きしめながら、万感の思いを込めてサオは空を見上げた。陶然と紡がれた彼の言葉にヒミコは笑う。女王の威厳も、巫女の清廉も、姉の慈愛すら失った、哀しい神の微笑みだった。





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