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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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全く声が出ない\(^o^)/ 体の節々が痛いよ!週明け遅番じゃなくて良かった。
以下感想続き。
フェルナンダおまえ・・・!(;´д`) マコンドの人間じゃないからしょうがないのかな? メメとマウリシオ、その子供が可哀想で仕方ない。アウレリャノ、アマランタ兄妹それぞれの種類の違う孤独と最期も(´;ω;`)ブワッ 何より1人取り残されたウルスラが、それでもなお必死に盲目となったことを隠し続け、何とかどこか、誰かに生き甲斐を見出だそうとする姿勢が・・・亡き夫の亡霊にすがりながら!もしレメディオスが生きていたら、アウレリャノはいつか「愛すること」を知れたんだろうか。あるいはピラル・テルネラの他者へ向ける深い愛情と思いやりに気づけていたら? アマランタの激しい情の深さと生真面目さが哀しくてしょうがない。もっと適当に生きられる女性だったら、ピエトロもヘルネルドも、それからレベーカもどれほど救われていたことだろう。でも、だからこそ、こういう女性だったからこそ身を滅ぼし生涯を捧げるほどに他人は惹かれてしまったのか、とかその情念が呪いのようにまとわりついて一生を破滅に追いやられてしまったのか、とか色々考えてしまいますね。いやしかし甥っ子だけじゃなくて更に孫くらいの少年にもイタズラしてたんか、ラテンこえぇ!@トラウマ持ち((( ; ゜Д゜)))gkbr あと何か信仰ってやっぱりめんどくせぇな、と正直思った。(おーい半クリスチャン育ちー!?)お祈り?告解?どーでも良いだろうがそこにはそこのルールがあんだよ!無理やり決めて押し付けてんじゃねぇ!てか物心ついた大人なら本人の意思で選択させろっつの^^#ビッキビキビキ まぁウルスラの迷信信仰もかなり面倒だし、メルキアデスと初代のホセ・アルカディオ・ブエンティアの気違いじみた錬金術込みの哲学()的やりとりも大概わけ分かんないけどね。家の中にガチの亡霊と生きた亡霊の両方がウヨウヨしてるのは嫌だなぁ。そう考えると存在感薄いけどサンタ・ ソフィア・デ・ラ・ピエダとフェルナンダはよく留まってられる、とも考えられる((-_-)ウンウン だからと言って夫や子供のこと縛りまくったり家の習慣メチャクチャに変えて良いってことにはならないのはもちろんだけど。二人とも他に行くアテがないのはしょうがないし・・・やっぱり可哀想なのかな(´・c_・`) アマランタが最も愛していたのは誰のことも愛せない兄だった、というくだりに何だか胸打たれた。互いにとって、子供たちのことで悩み続けてきたウルスラにとっても最後の救いと言えるんじゃなかろうか。例えその気持ちが誰に伝わることがなくても、そういう事実があるだけで、彼らが愛に無縁の生涯を送ったわけではない、孤独であったかもしれないが真実1人ぼっちではなかったんだ、って私はそう考えるんですけど・・・。長年アマランタを苦しめ続けてきたレベーカへの憎しみから、死神が彼女を解き放ってくれたのも良かった(´∀`;)=3 姉妹のように育ち、兄嫁になった相手を生涯許せずに死んでいくとしたらそれほど苦しく哀しいことはないですから。・・・終盤、タイトルが『百年 』というくらいだからやはり主人公は百歳超えのウルスラということになるんだろうか。全ての子供たち・数多の孫たちを失ってしまった彼女に、これ以上の悲劇を与えないであげてほしいなぁ。

追記
町内会の地震訓練終わって、夕方マジしんどくてウトウトしてたらエリアメール鳴り出してガタガタ来た件。爆笑せざるを得ない(ノ∀`) しかし震度3とか4で一々鳴らさんでくれ、気持ち良い昼寝タイムっつーかマジで明日の出勤のために少しでも休んどこうと必死なんだよこっちは! 震度5以上で家具と津波の心配ある時だけ教えてくれる? これじゃ宮城県民全員狼少年の村人になっちゃうっつの。

再追記
残りたぶん一章。孤独とは何か、人それぞれの孤独のあり方について色々考えさせられた。私が復学上手くいかなかったのも、子作りできないって自覚してそうだ死のう、となったのもそれを恐れていたからなのかな、って。今はむしろ、死ぬ時は孤独の極にありたいし親が先立つまでは何とかして他人に迷惑かけないように一人で食えるようにならなければ、という気持ちだけがあるけれど、そうやってドツボ陥ってからの方が返って意外と人って孤独になりきろうと思ってもなりきれないもんかも、って気づいたり。だって結局誰かは頼ることになるじゃん? ハロワの人だったりお医者さんだったり会社の人だったり友達だったり。一人で食い扶持見っけて一人で仕事して、ってできないよ。自営だろうが職人だろうが、買ってくれる客がいないと無理。材料卸してくれる業者がいないと無理。店開くなら不動産屋にも仲介してもらうことになるし、引きこもりだって基本的に生活の援助してくれる親がいるからできることだよね? 1人じゃないんだよ、どういう環境でも。家族もなしに年金生活? お金払ってる国と銀行には世話になってるよね。買い物に行かないと食料も買えないし、物買うってことはメーカーから物流業者さんからレジのおばちゃん皆と関わり持ってるってこと。電気や水道に役所、現代人は完全に他者から切り離れた生活はできない仕組みになってんだよ!と「1人っきりだ・・・orz」グチってる連中に言ってやりたい。友達いないって? 助けてくれる団体山ほどあるから、もしくは趣味のサークルにでも参加しろ。年寄りなら町内会参加でも可。こんな虫けらと関わり持ってくれてありがとう人間様(´人`)という感謝の念だけはずっと忘れずにいたいです。自分を孤独だと自分で決めつけるほど傲慢なことはない。あ、インフラ無しのガチ無人島に1人移り住んで自給自足オンリー(道具も全部手作り)の人を除いてね(笑)

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フェルナンダおまえ・・・!(;´д`) マコンドの人間じゃないからしょうがないのかな? メメとマウリシオ、その子供が可哀想で仕方ない。アウレリャノ、アマランタ兄妹それぞれの種類の違う孤独と最期も(´;ω;`)ブワッ 何より1人取り残されたウルスラが、それでもなお必死に盲目となったことを隠し続け、何とかどこか、誰かに生き甲斐を見出だそうとする姿勢が・・・亡き夫の亡霊にすがりながら!もしレメディオスが生きていたら、アウレリャノはいつか「愛すること」を知れたんだろうか。あるいはピラル・テルネラの他者へ向ける深い愛情と思いやりに気づけていたら? アマランタの激しい情の深さと生真面目さが哀しくてしょうがない。もっと適当に生きられる女性だったら、ピエトロもヘルネルドも、それからレベーカもどれほど救われていたことだろう。でも、だからこそ、こういう女性だったからこそ身を滅ぼし生涯を捧げるほどに他人は惹かれてしまったのか、とかその情念が呪いのようにまとわりついて一生を破滅に追いやられてしまったのか、とか色々考えてしまいますね。いやしかし甥っ子だけじゃなくて更に孫くらいの少年にもイタズラしてたんか、ラテンこえぇ!@トラウマ持ち((( ; ゜Д゜)))gkbr あと何か信仰ってやっぱりめんどくせぇな、と正直思った。(おーい半クリスチャン育ちー!?)お祈り?告解?どーでも良いだろうがそこにはそこのルールがあんだよ!無理やり決めて押し付けてんじゃねぇ!てか物心ついた大人なら本人の意思で選択させろっつの^^#ビッキビキビキ まぁウルスラの迷信信仰もかなり面倒だし、メルキアデスと初代のホセ・アルカディオ・ブエンティアの気違いじみた錬金術込みの哲学()的やりとりも大概わけ分かんないけどね。家の中にガチの亡霊と生きた亡霊の両方がウヨウヨしてるのは嫌だなぁ。そう考えると存在感薄いけどサンタ・ ソフィア・デ・ラ・ピエダとフェルナンダはよく留まってられる、とも考えられる((-_-)ウンウン だからと言って夫や子供のこと縛りまくったり家の習慣メチャクチャに変えて良いってことにはならないのはもちろんだけど。二人とも他に行くアテがないのはしょうがないし・・・やっぱり可哀想なのかな(´・c_・`) アマランタが最も愛していたのは誰のことも愛せない兄だった、というくだりに何だか胸打たれた。互いにとって、子供たちのことで悩み続けてきたウルスラにとっても最後の救いと言えるんじゃなかろうか。例えその気持ちが誰に伝わることがなくても、そういう事実があるだけで、彼らが愛に無縁の生涯を送ったわけではない、孤独であったかもしれないが真実1人ぼっちではなかったんだ、って私はそう考えるんですけど・・・。長年アマランタを苦しめ続けてきたレベーカへの憎しみから、死神が彼女を解き放ってくれたのも良かった(´∀`;)=3 姉妹のように育ち、兄嫁になった相手を生涯許せずに死んでいくとしたらそれほど苦しく哀しいことはないですから。・・・終盤、タイトルが『百年 』というくらいだからやはり主人公は百歳超えのウルスラということになるんだろうか。全ての子供たち・数多の孫たちを失ってしまった彼女に、これ以上の悲劇を与えないであげてほしいなぁ。

追記
町内会の地震訓練終わって、夕方マジしんどくてウトウトしてたらエリアメール鳴り出してガタガタ来た件。爆笑せざるを得ない(ノ∀`) しかし震度3とか4で一々鳴らさんでくれ、気持ち良い昼寝タイムっつーかマジで明日の出勤のために少しでも休んどこうと必死なんだよこっちは! 震度5以上で家具と津波の心配ある時だけ教えてくれる? これじゃ宮城県民全員狼少年の村人になっちゃうっつの。

再追記
残りたぶん一章。孤独とは何か、人それぞれの孤独のあり方について色々考えさせられた。私が復学上手くいかなかったのも、子作りできないって自覚してそうだ死のう、となったのもそれを恐れていたからなのかな、って。今はむしろ、死ぬ時は孤独の極にありたいし親が先立つまでは何とかして他人に迷惑かけないように一人で食えるようにならなければ、という気持ちだけがあるけれど、そうやってドツボ陥ってからの方が返って意外と人って孤独になりきろうと思ってもなりきれないもんかも、って気づいたり。だって結局誰かは頼ることになるじゃん? ハロワの人だったりお医者さんだったり会社の人だったり友達だったり。一人で食い扶持見っけて一人で仕事して、ってできないよ。自営だろうが職人だろうが、買ってくれる客がいないと無理。材料卸してくれる業者がいないと無理。店開くなら不動産屋にも仲介してもらうことになるし、引きこもりだって基本的に生活の援助してくれる親がいるからできることだよね? 1人じゃないんだよ、どういう環境でも。家族もなしに年金生活? お金払ってる国と銀行には世話になってるよね。買い物に行かないと食料も買えないし、物買うってことはメーカーから物流業者さんからレジのおばちゃん皆と関わり持ってるってこと。電気や水道に役所、現代人は完全に他者から切り離れた生活はできない仕組みになってんだよ!と「1人っきりだ・・・orz」グチってる連中に言ってやりたい。友達いないって? 助けてくれる団体山ほどあるから、もしくは趣味のサークルにでも参加しろ。年寄りなら町内会参加でも可。こんな虫けらと関わり持ってくれてありがとう人間様(´人`)という感謝の念だけはずっと忘れずにいたいです。自分を孤独だと自分で決めつけるほど傲慢なことはない。あ、インフラ無しのガチ無人島に1人移り住んで自給自足オンリー(道具も全部手作り)の人を除いてね(笑)

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