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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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八万打記念。震災絡み、亡くした者とフネの話。
一部の方を不快にさせるような表現がありますのでご注意願います。

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大きな大きな鉄の塊は、日に日に茶色く錆びていく。かつてフネと呼ばれたもの、形は分かるしまだ読み取れる字も残されている。近づくことは許されないが、遠目に見ても俺の身体よりずっと大きい――恐らくは以前住まっていた家よりも、何倍も大きいのだろう。初めてアスファルトの車道の上に乗り上げたそれを見た時の衝撃も、今ではよく思い出せない。いつの間にか溶け込んでしまった。乾いたヘドロの粉塵と共に鼻をつく潮の臭いにも、寄せられただけの瓦礫の山にも。月日は過ぎて、青々とした雑草が家の跡地にも茂っているのだ。ある意味で最近話題のエコロジー、緑地化が進んだじゃないか。コンクリートに固められていた家々が流されて、また自然が本来の姿を取り戻そうと、それであれが起きたのかもしれない。厭世的な気持ちで海を眺める視線の先には、“フネ”の早期撤去を訴える垂れ幕と“遺構”に認定されたことを報せる行政の看板とが並んで掲げられていた。学校でも、皆の意見は割れている。誰もが誰かを、何かを失って。初めての経験、初めての傷、若い俺らに正しいことはわからない。
幼なじみのいのりは毎日、あのフネに花を捧げに行き、時々メディアのインタビューにも答えているようだ。色を脱いていた髪を戻して、きっちり二つに縛ったりして。制服もちゃんと着て毎日学校にやって来る。両親のいない彼女をたった一人で育ててくれたばあちゃんは、今も行方が分からない。反対に優等生だった万起也は、授業をサボりがちになった。垂れ幕と一緒に役場回りと署名集めに忙しいと噂されているのを聞いた。あのフネに潰されたかもしれない伯父さんのことを考えるといても立ってもいられないんだ、って。じゃあ、俺は――? と聞かれても、何とも思わないことは答えられない、どっちでも良いと言うしかない。俺の大事な人はあそこで死んだわけじゃないし、あれがあってもなくても、元あったものが失われたことは、戻ってこないことは同じだから。そんな俺は、冷たすぎるって言うのかな? 未来へのビジョンが無い、って批判されてしまうのかな?
忘れたいという気持ちは忘れられないからこそ生まれ、忘れたくないという気持ちは忘れかけているからこそ強まってしまうと聞いたけれど。じゃあいのりは忘れかけているのかな? 何も残っていないから、怖くて、申し訳なくて残したいと望むんだろうか? 万起也は逆に、忘れられなくて苦しんでいるのだろうか? あの日の雪も、火も、煙も、寒さも、静寂も、底知れぬ恐怖も――何も意味が無いじゃないか、あっても無くても、俺たちは傷ついて、そこに確かに痕は残る。忘れることは癒しではなく、進むことは救いなんかになり得ない。
 
「今度はBKAが来るんだって、八太知ってた?」
 
不自然にはしゃぎながら告げてくるいのりの、すっかり化粧っけのなくなった横顔を見ながら俺はため息を吐いた。
 
「何だ、次の週末もイベントかよ……ホント仮設って休みねぇな」
 
「ちょっと、ちゃんと顔出しなよ? 若い子少なくて自治会長さん困ってるんだから」
 
次々行われる復興支援のイベントは、俺らの心を摩耗させる。大体高齢化の良いだけ進んだ地域だって、ちゃんと分かって来るんだろうか? 小さい子供のいる家族は、それぞれどこか便利なところに適当なアパートを見つけているし。初めは有名人に会えることが嬉しかったりもしたけれど、『頑張って』のオンパレードは正直つらい。そんなことより船と加工場直してもらった方が、することなくてバタバタ寝込んじまってるじいちゃんたちもよっぽど持ち直すと思うんだけどな。復興特需っつっても外の人間が来るだけで、地元のやつらにできることは凄く限られてるんだよなぁ……。
 
「ヤマちゃん、BKA好きだったじゃない? だから八太が代わりにサインもらってくれたら、きっと喜ぶとおも……」
 
「うるせぇ」
 
不機嫌に呟いて俺は薄っぺらな引き戸を開け、ピシャリと閉じた。どうでも良いんじゃない、覚えている、こんなにも――忘れていない。最後に交わした会話、次のシングルを予約した話、今年の総選挙は誰に入れるだとか、街中の店に新しいカードが入ったらしいだとか。あいつホント馬鹿だ、直前まで、当たり前みたいにその先の春も夏も秋も来ると思ってた。“次”の時間が無いなんて、考えもしてなかった。一緒に、逃げろって言ったのに。携帯電話は揺れの直後、ちゃんと繋がったはずなのに。あいつ、裏手の神社に逃げたからって。学校来てたら助かったのに、遅刻してきたいのりみたいに、半狂乱になってばあちゃん助けに行くって叫んで、先生たちに羽交い絞めにされてたいのりみたいに。何であの日に限って腹なんか下すんだよ、だりぃなんて、どうせサボりだったんだろ、なぁ?
 
倉庫みたいな、体育館の空気はいつにも増して冷たくて、乾燥している冬のはずなのにどこか湿ってクサかった。あちこちからすすり泣きが漏れて、そこら辺にいる警察官の姿がドラマみたいで。特に親しくもなかったはずの女子が顔を見れないと泣いていた。じゃあ何で来たんだよ、とイライラしながら覗き込んだ顔は、思ったほど酷くなくて拍子抜け。余り時間が立っていなかったせいか? 寒いから? 長い時間、水に浸からずに済んだから――?
 
『この子ね、すぐに弔ってあげられないの』
 
おばさんが目をハンカチで押さえながら呟いた。
 
『火葬場がいっぱいだからね、一回土に埋めて、後でまた荼毘に付さないといけないのよ。だから……せめて、申し訳なくてっ』
 
わっと泣き伏したおばさんに、俺は気の利いた挨拶の一つもできず、何も言えないまま今日まで来た。あれから、近くの親類の家に移ったと聞くあいつの仏壇を、一度も拝むことができずにいる。親友だった、一番の。一生の。あいつ以上の友達なんてできないだろう――死んだからそうなった。死ななければわからなかった。どっちにしろ無かったことにはできないのだ、あの日、あの出来事、あれから先の時間は今の俺の心にとって。それなら受け止めて、一緒にもがいて苦しんで、抱きかかえて歩いていくしかないだろう? その覚悟はまだ、十分あるとは言えないけれど。“モノ”はあるも無いも同じ。“伝えること”の意味はわからず、ただひたすら、もうこんな思いはしたくない――だから言いたくなくて、でも知ってほしくて、だから捨てたくて、でも棄てたくなくて。
ゴウンゴウン、瓦礫の音、工事の音、壊す音、生まれる音。強い風は磯の香りではなく臭いを運び、それでも冬の日は美しい。凍える海の中顔を出す太陽も、朱に染まる平らな街の骸も――始まり。終わり。あの夕暮れ、帰りがけの会話。繰り返し思い出す、覚えている、こんなにも。消えない、いつか消える日が来たとしても、存在を忘れることはきっと無い。起こったことはなかったことにはできないから。
 
「ごめん!」
 
と外から叫ぶいのりに
 
「いいよ」
 
と言って戸を開けた。
 
「誰が来んの? あいつの推しメン、去年脱けたと思ったけど」
 
何てことない会話に泣きそうになる彼女に向けて苦笑すると、
 
「ワガママだよ、二人とも」
 
とこちらも小さな笑いがこぼれた。小さなことを積み重ねて、俺らは大人になり、確かに“進んで”しまうのだろう。やがてあの日から、この場所から、遠ざかる日がやって来る。それでもきっと――生きている限り、まっすぐに伸びた時間の中に彼は、彼らは、あの日は確かに刻まれて。続いていくのだ、あの日の上に、この先の日々が。
もうすぐ、三年目の春が来る。




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大きな大きな鉄の塊は、日に日に茶色く錆びていく。かつてフネと呼ばれたもの、形は分かるしまだ読み取れる字も残されている。近づくことは許されないが、遠目に見ても俺の身体よりずっと大きい――恐らくは以前住まっていた家よりも、何倍も大きいのだろう。初めてアスファルトの車道の上に乗り上げたそれを見た時の衝撃も、今ではよく思い出せない。いつの間にか溶け込んでしまった。乾いたヘドロの粉塵と共に鼻をつく潮の臭いにも、寄せられただけの瓦礫の山にも。月日は過ぎて、青々とした雑草が家の跡地にも茂っているのだ。ある意味で最近話題のエコロジー、緑地化が進んだじゃないか。コンクリートに固められていた家々が流されて、また自然が本来の姿を取り戻そうと、それであれが起きたのかもしれない。厭世的な気持ちで海を眺める視線の先には、“フネ”の早期撤去を訴える垂れ幕と“遺構”に認定されたことを報せる行政の看板とが並んで掲げられていた。学校でも、皆の意見は割れている。誰もが誰かを、何かを失って。初めての経験、初めての傷、若い俺らに正しいことはわからない。
幼なじみのいのりは毎日、あのフネに花を捧げに行き、時々メディアのインタビューにも答えているようだ。色を脱いていた髪を戻して、きっちり二つに縛ったりして。制服もちゃんと着て毎日学校にやって来る。両親のいない彼女をたった一人で育ててくれたばあちゃんは、今も行方が分からない。反対に優等生だった万起也は、授業をサボりがちになった。垂れ幕と一緒に役場回りと署名集めに忙しいと噂されているのを聞いた。あのフネに潰されたかもしれない伯父さんのことを考えるといても立ってもいられないんだ、って。じゃあ、俺は――? と聞かれても、何とも思わないことは答えられない、どっちでも良いと言うしかない。俺の大事な人はあそこで死んだわけじゃないし、あれがあってもなくても、元あったものが失われたことは、戻ってこないことは同じだから。そんな俺は、冷たすぎるって言うのかな? 未来へのビジョンが無い、って批判されてしまうのかな?
忘れたいという気持ちは忘れられないからこそ生まれ、忘れたくないという気持ちは忘れかけているからこそ強まってしまうと聞いたけれど。じゃあいのりは忘れかけているのかな? 何も残っていないから、怖くて、申し訳なくて残したいと望むんだろうか? 万起也は逆に、忘れられなくて苦しんでいるのだろうか? あの日の雪も、火も、煙も、寒さも、静寂も、底知れぬ恐怖も――何も意味が無いじゃないか、あっても無くても、俺たちは傷ついて、そこに確かに痕は残る。忘れることは癒しではなく、進むことは救いなんかになり得ない。
 
「今度はBKAが来るんだって、八太知ってた?」
 
不自然にはしゃぎながら告げてくるいのりの、すっかり化粧っけのなくなった横顔を見ながら俺はため息を吐いた。
 
「何だ、次の週末もイベントかよ……ホント仮設って休みねぇな」
 
「ちょっと、ちゃんと顔出しなよ? 若い子少なくて自治会長さん困ってるんだから」
 
次々行われる復興支援のイベントは、俺らの心を摩耗させる。大体高齢化の良いだけ進んだ地域だって、ちゃんと分かって来るんだろうか? 小さい子供のいる家族は、それぞれどこか便利なところに適当なアパートを見つけているし。初めは有名人に会えることが嬉しかったりもしたけれど、『頑張って』のオンパレードは正直つらい。そんなことより船と加工場直してもらった方が、することなくてバタバタ寝込んじまってるじいちゃんたちもよっぽど持ち直すと思うんだけどな。復興特需っつっても外の人間が来るだけで、地元のやつらにできることは凄く限られてるんだよなぁ……。
 
「ヤマちゃん、BKA好きだったじゃない? だから八太が代わりにサインもらってくれたら、きっと喜ぶとおも……」
 
「うるせぇ」
 
不機嫌に呟いて俺は薄っぺらな引き戸を開け、ピシャリと閉じた。どうでも良いんじゃない、覚えている、こんなにも――忘れていない。最後に交わした会話、次のシングルを予約した話、今年の総選挙は誰に入れるだとか、街中の店に新しいカードが入ったらしいだとか。あいつホント馬鹿だ、直前まで、当たり前みたいにその先の春も夏も秋も来ると思ってた。“次”の時間が無いなんて、考えもしてなかった。一緒に、逃げろって言ったのに。携帯電話は揺れの直後、ちゃんと繋がったはずなのに。あいつ、裏手の神社に逃げたからって。学校来てたら助かったのに、遅刻してきたいのりみたいに、半狂乱になってばあちゃん助けに行くって叫んで、先生たちに羽交い絞めにされてたいのりみたいに。何であの日に限って腹なんか下すんだよ、だりぃなんて、どうせサボりだったんだろ、なぁ?
 
倉庫みたいな、体育館の空気はいつにも増して冷たくて、乾燥している冬のはずなのにどこか湿ってクサかった。あちこちからすすり泣きが漏れて、そこら辺にいる警察官の姿がドラマみたいで。特に親しくもなかったはずの女子が顔を見れないと泣いていた。じゃあ何で来たんだよ、とイライラしながら覗き込んだ顔は、思ったほど酷くなくて拍子抜け。余り時間が立っていなかったせいか? 寒いから? 長い時間、水に浸からずに済んだから――?
 
『この子ね、すぐに弔ってあげられないの』
 
おばさんが目をハンカチで押さえながら呟いた。
 
『火葬場がいっぱいだからね、一回土に埋めて、後でまた荼毘に付さないといけないのよ。だから……せめて、申し訳なくてっ』
 
わっと泣き伏したおばさんに、俺は気の利いた挨拶の一つもできず、何も言えないまま今日まで来た。あれから、近くの親類の家に移ったと聞くあいつの仏壇を、一度も拝むことができずにいる。親友だった、一番の。一生の。あいつ以上の友達なんてできないだろう――死んだからそうなった。死ななければわからなかった。どっちにしろ無かったことにはできないのだ、あの日、あの出来事、あれから先の時間は今の俺の心にとって。それなら受け止めて、一緒にもがいて苦しんで、抱きかかえて歩いていくしかないだろう? その覚悟はまだ、十分あるとは言えないけれど。“モノ”はあるも無いも同じ。“伝えること”の意味はわからず、ただひたすら、もうこんな思いはしたくない――だから言いたくなくて、でも知ってほしくて、だから捨てたくて、でも棄てたくなくて。
ゴウンゴウン、瓦礫の音、工事の音、壊す音、生まれる音。強い風は磯の香りではなく臭いを運び、それでも冬の日は美しい。凍える海の中顔を出す太陽も、朱に染まる平らな街の骸も――始まり。終わり。あの夕暮れ、帰りがけの会話。繰り返し思い出す、覚えている、こんなにも。消えない、いつか消える日が来たとしても、存在を忘れることはきっと無い。起こったことはなかったことにはできないから。
 
「ごめん!」
 
と外から叫ぶいのりに
 
「いいよ」
 
と言って戸を開けた。
 
「誰が来んの? あいつの推しメン、去年脱けたと思ったけど」
 
何てことない会話に泣きそうになる彼女に向けて苦笑すると、
 
「ワガママだよ、二人とも」
 
とこちらも小さな笑いがこぼれた。小さなことを積み重ねて、俺らは大人になり、確かに“進んで”しまうのだろう。やがてあの日から、この場所から、遠ざかる日がやって来る。それでもきっと――生きている限り、まっすぐに伸びた時間の中に彼は、彼らは、あの日は確かに刻まれて。続いていくのだ、あの日の上に、この先の日々が。
もうすぐ、三年目の春が来る。




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