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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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アレクサンドロス三世と側近・ヘファイスティオン。(同性愛要素あり)
会話文がメインという形式の掌編です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「王子殿下がお転びあそばされたぞ! アレクサンドロス様が転ばれた!」
 
それは二人が六つか七つの年を迎えるころのことであったように思う。街路に転がる小石に躓いて転んでしまったマケドニア王・フィリッポスの嫡子アレクサンドロスは、涙一つこぼさず、呻き声一つ上げず、すっくと立ち上がって声を上げた少年を睨みつけた。
 
「さ、さすがは王子殿下。お転びになられても少しもお泣きにならない」
 
睨まれた少年の兄が慌ててその態度を褒めたたえ、釣られるようにして一部始終を見ていた少年たちもアレクサンドロスを讃え出した。
 
「膝小僧があんなにすりむけて、血を流してらっしゃるというのに
あの落ち着いたお顔はどうだ!」
 
「僕ならきっと泣き出してお母様の膝に縋りついてしまうよ」
 
だがアレクサンドロスはそのような少年たちのざわめきを一切気にすることなく静かにその場を立ち去った。王子の権威を振りかざして最初に囃し立てた少年を罰することもなく、皆に褒められて偉ぶることもしないその態度が、少年たちにまた大きな感銘を与えた。
 
「僕、大きくなったら絶対にアレクサンドロス様にお仕えする!」
 
「いいや、俺だ! どんな場所にも付き従うぞ!」
 
わあわあ、と騒がしくなった街路から、たった一人そっと姿を消した少年がいた。少年の名はヘファイスティオン。マケドニア貴族・アミュンタスの息子であった。
 


「あの……王子殿下、お怪我の具合は大丈夫ですか?」
 
誰にも知られぬ神殿の影にそっと腰を降ろしたアレクサンドロスの元に、一人の少年が近付いてきた。どうせあそこにいた一味の仲間。少しでも次期国王である自分に近づき、将来に有利な関係を築くよう、親に命じられた貴族の子弟の一人。アレクサンドロスは少年に向かって怒鳴った。
 
「大丈夫だからあちらへ行け! 何故ついてくる!?」
 
「だって、その、お怪我が……とても、痛そうにお見受けしたので」
 
そう言って手巾を差し出した少年の言葉に、アレクサンドロスは衝撃を受けた。
自分はきちんと“王”を演じきれてはいなかったのだろうか? 父から、母から教わった“王の息子”としての態度を取れてはいなかったのか?
 
「おまえ、名は何という?」
 
「はい、アミュンタスが息子、ヘファイスティオンと申します、殿下」
 
それが、アレクサンドロスとヘファイスティオン、二人の始まりのときであった。
 
 
~~~
 
 
「覚えているか? ヘファイスティオン。私が初めておまえの名を記憶に刻んだときのことを」
 
「あのとき、殿下は大層慌てておいでのご様子でしたね」
 
「それはそうだ、ヘファイスティオン。私はおまえが私の本心を見抜ける唯一であると、あの頃は知らなかった。そのような存在など、“王”たる者には邪魔なだけ。そう信じていたからな」
 
「お父君の訓示ですか? お母君の説教ですか?」
 
「どちらとも言えるし、どちらとも言えない。両親の姿は私にとって手本でもあり、反面教師ともなり得る。マケドニア王とエペイロス王女の面倒な誇りと誇りのせめぎ合いは、もう見あきた」
 
「そんなことをおっしゃって。高名な哲学者アリストテレス先生を招き、このミエザの学園を開いて下さったのは他ならぬそのお父君であられるのに」
 
「そうだな。彼との出会いをもたらしてくれたことが、父が私に与えてくれた最大にして最後の贈り物となるように感じるよ」
 
「……そのような不吉なことをおっしゃいますな」
 
そのころ、十代も半ばの少年たちは未だ青き春の中にいた。アレクサンドロスとヘファイスティオンは既に誰よりも親しき友であり、またそうではなかった。
 
アレクサンドロスは気づいていた。ヘファイスティオンが己の影となり、安らぎをもたらすことの出来る唯一の存在であることを。また、ヘファイスティオンは知っていた。己の視界に入れるべき唯一のもの、信じるべき神にも等しいたった一人の主、それがアレクサンドロスであることを。二人の間には何人(なんびと)も入れない。このミエザの学園に集められた優秀な若者たちの誰も、アレクサンドロスの友人となれても、部下となれても、決して“唯一”になれはしない。

「吉と出るか、凶と出るか……」
 
寄り添う少年たちを見つめ、その師は呟く。比翼の鳥は、片方を失っては飛び立てない。連理の枝は、片方が折れてしまっては伸びていけない。死んでしまう。枯れてしまう。彼らは、余りに早く出会いすぎてしまったのではないだろうか? 現にヘファイスティオンの目には、既にアレクサンドロスしか映っていない。王子との過度の親密ぶりに、周囲の少年たちから反感や嫉みを買っているのを気づいていながら黙殺している。高名な哲学者は祈る。二人の今後が、少しでも長く、光に満ちたものであることを――
 
 
~~~
 
 
「ヘファイスティオン、あなた、女(わたくし)たちが羨ましくなることはなくって?」
 
「どうしてですか? 義姉(あね)上」
 
「だって女ならばあの方の子供が生めるわ。妃の座にだって堂々と座れる。羨ましくはならないの?」
 
「いいえ、義姉上。男なればこそ、私はどこまでもあの方の傍に在れるのです。この腕を振るい敵将を討ち、あの方をお守りし勝利に貢献する。私にとってこれほどの喜びが、他にありましょうか?」
 
「そう。ならあなたは、今を幸せに感じているわけね」
 
「義姉上……スタテイラ妃殿下、私は逆にあなたにお聞きしたい。私が羨ましくはありませんか? 幼きころより慕い続けた主に仕え、今の今までその傍で望む役目を与えられてきた……。あなたのように祖国を失ったことも、父を殺されたことも、妹ともども仇を伴侶として与えられたこともございません」
 
「ヘファイスティオン、それは難しい質問ね。……わたくしは何かを望んだことが無いのよ。正確に言うと“望むこと”を許されたことがない。だから何がわたくしの願いで、自分がどうすれば幸せと感じるのか、少しも分からないの」
 
「義姉上……」
 
「今度、ロクサネ様の妹君も娶られるそうね。あなた方はどこまで、お互いを重い鎖で縛りつけようとするのでしょう! わたくしには滑稽に思えてならないわ。あのとき、わたくしがアレクサンドロス陛下の妃となり、妹のドリュペティスがあなたの妻となった、あの合同結婚式! あれはまるであなた方お二人の結婚式のようだったわよ。花嫁であるはずのわたくしと妹は置いてけぼりをくって、あなたと陛下だけがいつまでも見つめ合っていた。あのときわたくしは気づいたのよ。わたくしも妹も、あなた方を繋ぐ道具に過ぎない。二人の絆をより強く固めるための鎖の一つに過ぎないのだ、とね」
 
「義姉上、私はあなたを哀れに思います。そして申し訳ないとも……」
 
「いいえヘファイスティオン、わたくしを哀れむことはありません。わたくしはただ愛を知らないだけ。何かを望むということを知らないだけなのだから、何も感じることはない。ですからわたくしと妹のことはお気になさらないで。ただ少しだけ、知りたいのです……あなた方をそこまで互いに執着させるものの正体が、わたくしには少しも理解できない、愛というものが。そうした意味では、わたくしはあなたを羨んでいるのかもしれません」
 
儚く微笑む元ペルシア王女にしてアレクサンドロス大王妃スタテイラは、その後アレクサンドロスのもう一人の妃であるロクサネにより、ヘファイスティオンの妻であった妹・ドリュペティスともども暗殺されることとなる。
 
 
~~~
 
 
「陛下……どうかもう、ここをお離れください。陛下に病をうつしたとあっては、このヘファイスティオン、死んでも死にきれませぬ」
 
「なら死ななければ良い! 嫌じゃ、いやじゃ、ヘファイスティオン。何故よりによっておまえが、この私を置いていく!? 私をただ一人の主と、王と、神にも等しい存在と定めたのではなかったか!? おまえはいつの間にその主を冥府の神ハデスなどにすり替えたのだ!?」
 
「陛下……おそらく神は、冥府がより陛下にとって治め易き場所になるよう、先に私をあちらに遣わすことをお決めになられたのでございましょう。何せあなたはたった一人の偉大なる王・アレクサンドロス陛下! ご案じめさるな。この魂どこにあろうとも、あなたが私のただ一人の主、ただ一人愛するお方! 死してなお、私があなたを想わぬときがございましょうか! ……っ、どうか陛下、それだけはお信じ下さい……アレク、サンドロス、さま……」
 
「ヘファイスティオン、死んではならぬ! ヘファイスティオン、目を覚ませ! 奴を診ていた医師を呼べ、すぐさまこの場で処刑してやる! エジプトに早馬を飛ばせ! 祀らなければ、讃えなければ、このアレクサンドロスの唯一、冥府にて私のためにハデスを討ち滅ぼしているであろう、彼の魂を!」
 
アレクサンドロスは狂っていた。
唯一の心の拠り所、唯一の安らぎ、唯一の愛の在り処!
全てを失った片翼の鳥、死を待つだけの折れた枝、それがヘファイスティオン亡き後のアレクサンドロスの姿であった。
 
 
~~~
 
 
「陛下……アレクサンドロス様、私の顔が見えますか?」
 
「……ああ、そこにいるのか、ヘファイスティオン……冥府の様子はどうだ? 今度こそ、私は世界を手にできそうか?」
 
「陛下、私はヘファイスティオンではございません! 彼はもう一年も前に亡くなりました。どうか、お気を確かに……!」
 
「今、そちらに行くところだ……なに? ハデスは中々手強いと?大丈夫だ。我ら二人がいれば。父上が倒せなかったあのペルシアのダレイオスも、私とおまえでいとも簡単に追い詰めてみせたではないか……。ああ、やっと傍に行ける……ヘファイ、スティオン……」
 
熱病に侵された偉大なる王、アレクサンドロスが最期の瞬間、空に伸ばした手を掴んだのは果たして誰であったのか。それを知る者は誰もいない。


 
かくして二人は旅立った。新たな国、新たな世界を求め続けて。
黄泉の国、死の世界で、比翼の鳥は飛び続け、連理の枝は伸び続ける。
冥府の神ハデスですら永遠に引き裂くことのできない、固い絆に結ばれて。





後書き
 

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「王子殿下がお転びあそばされたぞ! アレクサンドロス様が転ばれた!」
 
それは二人が六つか七つの年を迎えるころのことであったように思う。街路に転がる小石に躓いて転んでしまったマケドニア王・フィリッポスの嫡子アレクサンドロスは、涙一つこぼさず、呻き声一つ上げず、すっくと立ち上がって声を上げた少年を睨みつけた。
 
「さ、さすがは王子殿下。お転びになられても少しもお泣きにならない」
 
睨まれた少年の兄が慌ててその態度を褒めたたえ、釣られるようにして一部始終を見ていた少年たちもアレクサンドロスを讃え出した。
 
「膝小僧があんなにすりむけて、血を流してらっしゃるというのに
あの落ち着いたお顔はどうだ!」
 
「僕ならきっと泣き出してお母様の膝に縋りついてしまうよ」
 
だがアレクサンドロスはそのような少年たちのざわめきを一切気にすることなく静かにその場を立ち去った。王子の権威を振りかざして最初に囃し立てた少年を罰することもなく、皆に褒められて偉ぶることもしないその態度が、少年たちにまた大きな感銘を与えた。
 
「僕、大きくなったら絶対にアレクサンドロス様にお仕えする!」
 
「いいや、俺だ! どんな場所にも付き従うぞ!」
 
わあわあ、と騒がしくなった街路から、たった一人そっと姿を消した少年がいた。少年の名はヘファイスティオン。マケドニア貴族・アミュンタスの息子であった。
 


「あの……王子殿下、お怪我の具合は大丈夫ですか?」
 
誰にも知られぬ神殿の影にそっと腰を降ろしたアレクサンドロスの元に、一人の少年が近付いてきた。どうせあそこにいた一味の仲間。少しでも次期国王である自分に近づき、将来に有利な関係を築くよう、親に命じられた貴族の子弟の一人。アレクサンドロスは少年に向かって怒鳴った。
 
「大丈夫だからあちらへ行け! 何故ついてくる!?」
 
「だって、その、お怪我が……とても、痛そうにお見受けしたので」
 
そう言って手巾を差し出した少年の言葉に、アレクサンドロスは衝撃を受けた。
自分はきちんと“王”を演じきれてはいなかったのだろうか? 父から、母から教わった“王の息子”としての態度を取れてはいなかったのか?
 
「おまえ、名は何という?」
 
「はい、アミュンタスが息子、ヘファイスティオンと申します、殿下」
 
それが、アレクサンドロスとヘファイスティオン、二人の始まりのときであった。
 
 
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「覚えているか? ヘファイスティオン。私が初めておまえの名を記憶に刻んだときのことを」
 
「あのとき、殿下は大層慌てておいでのご様子でしたね」
 
「それはそうだ、ヘファイスティオン。私はおまえが私の本心を見抜ける唯一であると、あの頃は知らなかった。そのような存在など、“王”たる者には邪魔なだけ。そう信じていたからな」
 
「お父君の訓示ですか? お母君の説教ですか?」
 
「どちらとも言えるし、どちらとも言えない。両親の姿は私にとって手本でもあり、反面教師ともなり得る。マケドニア王とエペイロス王女の面倒な誇りと誇りのせめぎ合いは、もう見あきた」
 
「そんなことをおっしゃって。高名な哲学者アリストテレス先生を招き、このミエザの学園を開いて下さったのは他ならぬそのお父君であられるのに」
 
「そうだな。彼との出会いをもたらしてくれたことが、父が私に与えてくれた最大にして最後の贈り物となるように感じるよ」
 
「……そのような不吉なことをおっしゃいますな」
 
そのころ、十代も半ばの少年たちは未だ青き春の中にいた。アレクサンドロスとヘファイスティオンは既に誰よりも親しき友であり、またそうではなかった。
 
アレクサンドロスは気づいていた。ヘファイスティオンが己の影となり、安らぎをもたらすことの出来る唯一の存在であることを。また、ヘファイスティオンは知っていた。己の視界に入れるべき唯一のもの、信じるべき神にも等しいたった一人の主、それがアレクサンドロスであることを。二人の間には何人(なんびと)も入れない。このミエザの学園に集められた優秀な若者たちの誰も、アレクサンドロスの友人となれても、部下となれても、決して“唯一”になれはしない。

「吉と出るか、凶と出るか……」
 
寄り添う少年たちを見つめ、その師は呟く。比翼の鳥は、片方を失っては飛び立てない。連理の枝は、片方が折れてしまっては伸びていけない。死んでしまう。枯れてしまう。彼らは、余りに早く出会いすぎてしまったのではないだろうか? 現にヘファイスティオンの目には、既にアレクサンドロスしか映っていない。王子との過度の親密ぶりに、周囲の少年たちから反感や嫉みを買っているのを気づいていながら黙殺している。高名な哲学者は祈る。二人の今後が、少しでも長く、光に満ちたものであることを――
 
 
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「ヘファイスティオン、あなた、女(わたくし)たちが羨ましくなることはなくって?」
 
「どうしてですか? 義姉(あね)上」
 
「だって女ならばあの方の子供が生めるわ。妃の座にだって堂々と座れる。羨ましくはならないの?」
 
「いいえ、義姉上。男なればこそ、私はどこまでもあの方の傍に在れるのです。この腕を振るい敵将を討ち、あの方をお守りし勝利に貢献する。私にとってこれほどの喜びが、他にありましょうか?」
 
「そう。ならあなたは、今を幸せに感じているわけね」
 
「義姉上……スタテイラ妃殿下、私は逆にあなたにお聞きしたい。私が羨ましくはありませんか? 幼きころより慕い続けた主に仕え、今の今までその傍で望む役目を与えられてきた……。あなたのように祖国を失ったことも、父を殺されたことも、妹ともども仇を伴侶として与えられたこともございません」
 
「ヘファイスティオン、それは難しい質問ね。……わたくしは何かを望んだことが無いのよ。正確に言うと“望むこと”を許されたことがない。だから何がわたくしの願いで、自分がどうすれば幸せと感じるのか、少しも分からないの」
 
「義姉上……」
 
「今度、ロクサネ様の妹君も娶られるそうね。あなた方はどこまで、お互いを重い鎖で縛りつけようとするのでしょう! わたくしには滑稽に思えてならないわ。あのとき、わたくしがアレクサンドロス陛下の妃となり、妹のドリュペティスがあなたの妻となった、あの合同結婚式! あれはまるであなた方お二人の結婚式のようだったわよ。花嫁であるはずのわたくしと妹は置いてけぼりをくって、あなたと陛下だけがいつまでも見つめ合っていた。あのときわたくしは気づいたのよ。わたくしも妹も、あなた方を繋ぐ道具に過ぎない。二人の絆をより強く固めるための鎖の一つに過ぎないのだ、とね」
 
「義姉上、私はあなたを哀れに思います。そして申し訳ないとも……」
 
「いいえヘファイスティオン、わたくしを哀れむことはありません。わたくしはただ愛を知らないだけ。何かを望むということを知らないだけなのだから、何も感じることはない。ですからわたくしと妹のことはお気になさらないで。ただ少しだけ、知りたいのです……あなた方をそこまで互いに執着させるものの正体が、わたくしには少しも理解できない、愛というものが。そうした意味では、わたくしはあなたを羨んでいるのかもしれません」
 
儚く微笑む元ペルシア王女にしてアレクサンドロス大王妃スタテイラは、その後アレクサンドロスのもう一人の妃であるロクサネにより、ヘファイスティオンの妻であった妹・ドリュペティスともども暗殺されることとなる。
 
 
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「陛下……どうかもう、ここをお離れください。陛下に病をうつしたとあっては、このヘファイスティオン、死んでも死にきれませぬ」
 
「なら死ななければ良い! 嫌じゃ、いやじゃ、ヘファイスティオン。何故よりによっておまえが、この私を置いていく!? 私をただ一人の主と、王と、神にも等しい存在と定めたのではなかったか!? おまえはいつの間にその主を冥府の神ハデスなどにすり替えたのだ!?」
 
「陛下……おそらく神は、冥府がより陛下にとって治め易き場所になるよう、先に私をあちらに遣わすことをお決めになられたのでございましょう。何せあなたはたった一人の偉大なる王・アレクサンドロス陛下! ご案じめさるな。この魂どこにあろうとも、あなたが私のただ一人の主、ただ一人愛するお方! 死してなお、私があなたを想わぬときがございましょうか! ……っ、どうか陛下、それだけはお信じ下さい……アレク、サンドロス、さま……」
 
「ヘファイスティオン、死んではならぬ! ヘファイスティオン、目を覚ませ! 奴を診ていた医師を呼べ、すぐさまこの場で処刑してやる! エジプトに早馬を飛ばせ! 祀らなければ、讃えなければ、このアレクサンドロスの唯一、冥府にて私のためにハデスを討ち滅ぼしているであろう、彼の魂を!」
 
アレクサンドロスは狂っていた。
唯一の心の拠り所、唯一の安らぎ、唯一の愛の在り処!
全てを失った片翼の鳥、死を待つだけの折れた枝、それがヘファイスティオン亡き後のアレクサンドロスの姿であった。
 
 
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「陛下……アレクサンドロス様、私の顔が見えますか?」
 
「……ああ、そこにいるのか、ヘファイスティオン……冥府の様子はどうだ? 今度こそ、私は世界を手にできそうか?」
 
「陛下、私はヘファイスティオンではございません! 彼はもう一年も前に亡くなりました。どうか、お気を確かに……!」
 
「今、そちらに行くところだ……なに? ハデスは中々手強いと?大丈夫だ。我ら二人がいれば。父上が倒せなかったあのペルシアのダレイオスも、私とおまえでいとも簡単に追い詰めてみせたではないか……。ああ、やっと傍に行ける……ヘファイ、スティオン……」
 
熱病に侵された偉大なる王、アレクサンドロスが最期の瞬間、空に伸ばした手を掴んだのは果たして誰であったのか。それを知る者は誰もいない。


 
かくして二人は旅立った。新たな国、新たな世界を求め続けて。
黄泉の国、死の世界で、比翼の鳥は飛び続け、連理の枝は伸び続ける。
冥府の神ハデスですら永遠に引き裂くことのできない、固い絆に結ばれて。





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