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第五話。青斗視点。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
兄の進学先が決まった。
遠方にある有名な体育大学の特待生を推薦で勝ち取った兄は、
遠方にある有名な体育大学の特待生を推薦で勝ち取った兄は、
直前までの迷いが嘘のように誇らしげに笑っていた。
月子と、何かあったのだろうか?
長年の幼なじみでもある兄の恋人のことを思い、
込み上げてくるのは心配だけでは括れぬ苛立ちと焦り。
オレがずっと、見てみぬふりをしてきたもの。
心の奥深く、鍵を掛けて閉じ込めて――
そんな気持ちを誤魔化すかのように、オレは思わず携帯を握りしめ、
見慣れた番号の発信ボタンを押していた。
『わっ、先輩! どうしたんですか? 電話なんて珍しい』
「ちょっと“大切な彼女の声が聞きたくなった”の。どう? 今度は合格?」
『バッチリです! もうワタシ今顔ゆでダコですよぉ』
受話器の向こうから聞こえてくる明るい声の持ち主は、一つ年下の雪美。
オレの“彼女”で、幼なじみの二人の従姉妹。
口元と輪郭が少しだけ、月子に似ている――
そこまで考えて、オレはハッとして現実に戻った。
「ははっ、それは見てみたかったな。ゆでダコの雪美」
どうにか上滑りな言葉を吐き出した俺に、彼女は不自然な間には
少しも触れることなく、いつものように朗らかな返事を返してくる。
『もう、冗談言わないでくださいよぉ~!』
オレは、彼女を利用している。何のためにかは分からない。
いいや、本当は解っていて、気づきたくない。
彼女の好意を欺いて、尊敬する兄を欺いて、そして幼なじみを――
耐えきれなくなって、オレはとうとう告げた。
「なぁ、雪美。大事な話が、あるんだ……」
~~~
~~~
雪美との通話を終え、カラカラに喉を乾かしたオレがキッチンに向かうと、
そこには今まさにシャワーを浴びてきたばかり、といった風体の兄が
ゴクゴクとペットボトルの炭酸飲料に口を付ける姿があった。
「あー、もうまた……。オレも飲みたかったのに、それ」
「先に手を付けない方が悪い」
俺の小言に常の如く傍若無人な理論を展開する兄に、
溜息を吐きながら仕方なく冷蔵庫の中のミネラルウォーターを取り出す。
透明な水をコップに注ぎながら、俺の口からは兄への問いがポツリとこぼれた。
「なぁ紅登、大学決まったのはめでたいけど、おまえ月子のことはどうすんの?
月子、まだ志望校決めてないみたいだけど……
少なくとも一年は、遠恋になるわけじゃん」
少なくとも一年は、遠恋になるわけじゃん」
「……おまえは、どうすればいいと思う?
俺が月子に、付いてきてくれ、って言えばいいと思う?
それとも俺が……いっそ月子と、別れればいいと思う?」
炭酸飲料を飲み干し、ボトルを投げ捨てた兄の鋭い眼差しが己を射た瞬間。
俺はこれ以上抑えようのない自分の想いを知った。
兄がその想いに気づいていることを知った。
「オレには……分かんないよ。二人が話し合って決めることだから」
それなのに、口にできたのはまた偽りの言葉。自分自身すらも欺く言葉。
「そうか。なら俺は月子に言うよ。傍にいてくれ、って」
少し俯いたオレに向かい、挑発的にぶつけられた返事。
月子が、いなくなってしまう? 紅登と一緒に、オレを置いて。
いつも傍にいた。例え彼女の瞳が俺に向けられることはなくとも、
隣にいたのはいつも俺のはずだった。ところが一年前、紅登が彼女に
告白してからは、その隣すらもオレのものではなくなりつつある。
隣にいたのはいつも俺のはずだった。ところが一年前、紅登が彼女に
告白してからは、その隣すらもオレのものではなくなりつつある。
彼女の眼差しを、心を独り占めにして、その上隣まで奪っていった兄が、
今度は完全に俺の目の前から彼女を連れ去ってしまおうとしている。
俺は初めて、実の兄に憎しみを抱いた。そんな自分の、醜い感情に気づいた。
思わず顔を上げ、睨みつけたオレを嘲笑うかのように兄が呟く。
「……こえー顔」
オレは家を飛び出した。
目指すのは馴染み深い隣家、ようやくその存在に気づいた想い人の元。
変えてやる。残らず洗い落としてやる。
例え二度と同じ色が作れなくても、オレは後悔なんかしない。
穏やかな幼なじみの関係も、見ているだけだった自分自身も、それから全て――
もう戻れない。解っていて、オレはパレットの上を空にすることに決めたのだ。
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兄の進学先が決まった。
遠方にある有名な体育大学の特待生を推薦で勝ち取った兄は、
遠方にある有名な体育大学の特待生を推薦で勝ち取った兄は、
直前までの迷いが嘘のように誇らしげに笑っていた。
月子と、何かあったのだろうか?
長年の幼なじみでもある兄の恋人のことを思い、
込み上げてくるのは心配だけでは括れぬ苛立ちと焦り。
オレがずっと、見てみぬふりをしてきたもの。
心の奥深く、鍵を掛けて閉じ込めて――
そんな気持ちを誤魔化すかのように、オレは思わず携帯を握りしめ、
見慣れた番号の発信ボタンを押していた。
『わっ、先輩! どうしたんですか? 電話なんて珍しい』
「ちょっと“大切な彼女の声が聞きたくなった”の。どう? 今度は合格?」
『バッチリです! もうワタシ今顔ゆでダコですよぉ』
受話器の向こうから聞こえてくる明るい声の持ち主は、一つ年下の雪美。
オレの“彼女”で、幼なじみの二人の従姉妹。
口元と輪郭が少しだけ、月子に似ている――
そこまで考えて、オレはハッとして現実に戻った。
「ははっ、それは見てみたかったな。ゆでダコの雪美」
どうにか上滑りな言葉を吐き出した俺に、彼女は不自然な間には
少しも触れることなく、いつものように朗らかな返事を返してくる。
『もう、冗談言わないでくださいよぉ~!』
オレは、彼女を利用している。何のためにかは分からない。
いいや、本当は解っていて、気づきたくない。
彼女の好意を欺いて、尊敬する兄を欺いて、そして幼なじみを――
耐えきれなくなって、オレはとうとう告げた。
「なぁ、雪美。大事な話が、あるんだ……」
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雪美との通話を終え、カラカラに喉を乾かしたオレがキッチンに向かうと、
そこには今まさにシャワーを浴びてきたばかり、といった風体の兄が
ゴクゴクとペットボトルの炭酸飲料に口を付ける姿があった。
「あー、もうまた……。オレも飲みたかったのに、それ」
「先に手を付けない方が悪い」
俺の小言に常の如く傍若無人な理論を展開する兄に、
溜息を吐きながら仕方なく冷蔵庫の中のミネラルウォーターを取り出す。
透明な水をコップに注ぎながら、俺の口からは兄への問いがポツリとこぼれた。
「なぁ紅登、大学決まったのはめでたいけど、おまえ月子のことはどうすんの?
月子、まだ志望校決めてないみたいだけど……
少なくとも一年は、遠恋になるわけじゃん」
少なくとも一年は、遠恋になるわけじゃん」
「……おまえは、どうすればいいと思う?
俺が月子に、付いてきてくれ、って言えばいいと思う?
それとも俺が……いっそ月子と、別れればいいと思う?」
炭酸飲料を飲み干し、ボトルを投げ捨てた兄の鋭い眼差しが己を射た瞬間。
俺はこれ以上抑えようのない自分の想いを知った。
兄がその想いに気づいていることを知った。
「オレには……分かんないよ。二人が話し合って決めることだから」
それなのに、口にできたのはまた偽りの言葉。自分自身すらも欺く言葉。
「そうか。なら俺は月子に言うよ。傍にいてくれ、って」
少し俯いたオレに向かい、挑発的にぶつけられた返事。
月子が、いなくなってしまう? 紅登と一緒に、オレを置いて。
いつも傍にいた。例え彼女の瞳が俺に向けられることはなくとも、
隣にいたのはいつも俺のはずだった。ところが一年前、紅登が彼女に
告白してからは、その隣すらもオレのものではなくなりつつある。
隣にいたのはいつも俺のはずだった。ところが一年前、紅登が彼女に
告白してからは、その隣すらもオレのものではなくなりつつある。
彼女の眼差しを、心を独り占めにして、その上隣まで奪っていった兄が、
今度は完全に俺の目の前から彼女を連れ去ってしまおうとしている。
俺は初めて、実の兄に憎しみを抱いた。そんな自分の、醜い感情に気づいた。
思わず顔を上げ、睨みつけたオレを嘲笑うかのように兄が呟く。
「……こえー顔」
オレは家を飛び出した。
目指すのは馴染み深い隣家、ようやくその存在に気づいた想い人の元。
変えてやる。残らず洗い落としてやる。
例え二度と同じ色が作れなくても、オレは後悔なんかしない。
穏やかな幼なじみの関係も、見ているだけだった自分自身も、それから全て――
もう戻れない。解っていて、オレはパレットの上を空にすることに決めたのだ。
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