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悲劇の始まり。
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グロリアがその手紙を見つけてしまったのは偶然だった。
『今度(こたび)のこと、そなたにはまことに苦労をかけた。そなたがあの娘を娶る決意を固めてくれたおかげで、朕は我が子を人の世の倫(のり)を超える行いから救うことが出来た。ルパートとあの娘が母を同じくする兄妹である、という事実はこれからも決して外に漏らさぬよう、気を付けてもらいたい』
夫の書斎の机の、いつもなら必ず鍵の掛けられているはずの引き出しがほんの少し開いているのを、グロリアは見つけた。きちんと閉めるつもりで近づいたその場所を、気がつけば魔法にでもかけられたように開けてしまっていた。そうしてそこに、一通の手紙を見つけた。王家の紋章が入った、おそらくは国王陛下直々に手渡されたであろうその手紙に、彼女は興味を引かれた。一年前、彼女と恋人との仲を引き裂き、その異母兄と無理やりに婚姻を結ばせた国王陛下からの書簡に。
グロリアはウィルクス伯爵家の長女だった。彼女がかつての恋人であったその人と初めて出会ったのは、
社交界にデビューしたばかりの十四のとき。そう、あれは月下美人の咲き誇る、少し蒸し暑い夏の夜のことだった。
国王の六番目の息子であるルパート王子は、金髪に碧眼という典型的な王族の容姿に女と見間違うばかりの美貌と多彩な学識を備え、若い貴族の娘たち皆の憧れの的であった。王子を生んですぐに亡くなったという母妃、そしてその実家である後ろ盾の貴族こそいなかったものの、逆にその恩恵ともいえるかたちでルパートは
父である国王自らの手で育てられ、同じように母を亡くし父の傍にあった一つ年上の異母兄リチャードとは同母の兄弟以上の固い絆で結ばれていた。
父である国王自らの手で育てられ、同じように母を亡くし父の傍にあった一つ年上の異母兄リチャードとは同母の兄弟以上の固い絆で結ばれていた。
武勇に優れ、自ら軍に属して馬を駆っては敵兵を打ち取り、『王国最強の兵』と讃えられるリチャードと、聡明な頭脳を持ち、リチャードと共に戦場に赴いては指揮官として緻密な戦略を練り、王国に勝利をもたらしてきたルパートの二人を、国王は子供たちの中でも殊の外気に入っている、との噂は宮廷中の評判であった。それでなくとも二人は国王自らの傍で育てた、たった二人の息子である。五番目と六番目の王子であり、現在の王位継承権こそ低いものの、国王陛下は内心この二人のどちらかを自らの後継者に選びたいのではないか、と王太子や第二王子、またその周辺の勢力は戦々恐々としていた。そんな状況の中、十四歳のグロリアと十七歳のルパートは運命的な出会いを果たした。
~~~
「あなたも、もうパーティーに飽きられてしまったのですか?」
夜会会場の熱気に中てられて、早々に庭へと逃げ出したグロリアの背中にかけられた艶やかな声音に、彼女は驚いて背後を振り向いた。
「……元々、人の多い場所が余り得意ではないのです。わたくし、このようにまだまだ物知らずな鄙(ひな)の娘でございますから」
まさか、誰もが憧れ、夜会に姿を現わせばその周囲から黄色い歓声の嵐が途切れることのないルパート王子が、自分に声をかけて下さるなんて!
グロリアは緊張し、己の声が少し震えているのが分かった。
「ご謙遜を。ウィルクス伯爵のご令嬢のお話は、あなたが社交界にお出ましになる前から随分と評判になっておりましたよ。この私も、あなたのお姿を一目見るのをとても楽しみにしていたうちの一人です」
今この庭には、自分と彼の二人きり。グロリアは思わず頬が紅く染まっていくのを感じた。
「ご冗談を……殿下」
「殿下、などと堅苦しい呼び方をするのはやめていただきたい。あなたのような方に、ルパート、と名を呼んでいただければこれほど幸せなことはありません」
そっと頬に触れてくるルパートの手を、グロリアは何故か振り払えなかった。ルパートは美しかった。不思議な光彩を放つ碧の瞳は確かな熱情を宿し、じっとグロリアを見据えていた。
「ルパート、さま……」
グロリアの唇が自ずからその響きを口にすると、ルパートの口元が本当に嬉しそうにほころんだ。
滅多に感情を顔に出さず、“社交辞令”の笑みしか浮かべない、と時に揶揄されるあのルパート殿下が、わたくしごときに微笑んで下さった!
グロリアの想いは高揚した。
「グロリア、とお呼びしても……?」
頷くと同時に振ってきた口付けに、グロリアは己があっという間に支配されてしまったことを知った。“恋”という名の、甘く苦しい初めての感情に。
それから先の日々は、まるで矢のように過ぎて行った。ルパートとグロリアは毎月、毎週、やがては毎日のように逢瀬を重ねるようになり、会えない日は必ず書簡を遣り取りし、夜会で顔を合わせればどちらからともなく身を寄せ合い、共に踊った。
ルパートは、彼女の薄い水色の瞳が何よりも好きなのだ、とよく口にしていた。彼の母の瞳もまた、薄い水色をしていたのだと、かつて一度だけ父が教えてくれたことがあったから、と。偶然にもグロリアの瞳の水色も、母譲りの色であった。ルパートとの共通点を一つ見つけたようで喜んでいたあの日の自分を、手紙を読んだグロリアは呪ってしまいたくなった。
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グロリアがその手紙を見つけてしまったのは偶然だった。
『今度(こたび)のこと、そなたにはまことに苦労をかけた。そなたがあの娘を娶る決意を固めてくれたおかげで、朕は我が子を人の世の倫(のり)を超える行いから救うことが出来た。ルパートとあの娘が母を同じくする兄妹である、という事実はこれからも決して外に漏らさぬよう、気を付けてもらいたい』
夫の書斎の机の、いつもなら必ず鍵の掛けられているはずの引き出しがほんの少し開いているのを、グロリアは見つけた。きちんと閉めるつもりで近づいたその場所を、気がつけば魔法にでもかけられたように開けてしまっていた。そうしてそこに、一通の手紙を見つけた。王家の紋章が入った、おそらくは国王陛下直々に手渡されたであろうその手紙に、彼女は興味を引かれた。一年前、彼女と恋人との仲を引き裂き、その異母兄と無理やりに婚姻を結ばせた国王陛下からの書簡に。
グロリアはウィルクス伯爵家の長女だった。彼女がかつての恋人であったその人と初めて出会ったのは、
社交界にデビューしたばかりの十四のとき。そう、あれは月下美人の咲き誇る、少し蒸し暑い夏の夜のことだった。
国王の六番目の息子であるルパート王子は、金髪に碧眼という典型的な王族の容姿に女と見間違うばかりの美貌と多彩な学識を備え、若い貴族の娘たち皆の憧れの的であった。王子を生んですぐに亡くなったという母妃、そしてその実家である後ろ盾の貴族こそいなかったものの、逆にその恩恵ともいえるかたちでルパートは
父である国王自らの手で育てられ、同じように母を亡くし父の傍にあった一つ年上の異母兄リチャードとは同母の兄弟以上の固い絆で結ばれていた。
父である国王自らの手で育てられ、同じように母を亡くし父の傍にあった一つ年上の異母兄リチャードとは同母の兄弟以上の固い絆で結ばれていた。
武勇に優れ、自ら軍に属して馬を駆っては敵兵を打ち取り、『王国最強の兵』と讃えられるリチャードと、聡明な頭脳を持ち、リチャードと共に戦場に赴いては指揮官として緻密な戦略を練り、王国に勝利をもたらしてきたルパートの二人を、国王は子供たちの中でも殊の外気に入っている、との噂は宮廷中の評判であった。それでなくとも二人は国王自らの傍で育てた、たった二人の息子である。五番目と六番目の王子であり、現在の王位継承権こそ低いものの、国王陛下は内心この二人のどちらかを自らの後継者に選びたいのではないか、と王太子や第二王子、またその周辺の勢力は戦々恐々としていた。そんな状況の中、十四歳のグロリアと十七歳のルパートは運命的な出会いを果たした。
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「あなたも、もうパーティーに飽きられてしまったのですか?」
夜会会場の熱気に中てられて、早々に庭へと逃げ出したグロリアの背中にかけられた艶やかな声音に、彼女は驚いて背後を振り向いた。
「……元々、人の多い場所が余り得意ではないのです。わたくし、このようにまだまだ物知らずな鄙(ひな)の娘でございますから」
まさか、誰もが憧れ、夜会に姿を現わせばその周囲から黄色い歓声の嵐が途切れることのないルパート王子が、自分に声をかけて下さるなんて!
グロリアは緊張し、己の声が少し震えているのが分かった。
「ご謙遜を。ウィルクス伯爵のご令嬢のお話は、あなたが社交界にお出ましになる前から随分と評判になっておりましたよ。この私も、あなたのお姿を一目見るのをとても楽しみにしていたうちの一人です」
今この庭には、自分と彼の二人きり。グロリアは思わず頬が紅く染まっていくのを感じた。
「ご冗談を……殿下」
「殿下、などと堅苦しい呼び方をするのはやめていただきたい。あなたのような方に、ルパート、と名を呼んでいただければこれほど幸せなことはありません」
そっと頬に触れてくるルパートの手を、グロリアは何故か振り払えなかった。ルパートは美しかった。不思議な光彩を放つ碧の瞳は確かな熱情を宿し、じっとグロリアを見据えていた。
「ルパート、さま……」
グロリアの唇が自ずからその響きを口にすると、ルパートの口元が本当に嬉しそうにほころんだ。
滅多に感情を顔に出さず、“社交辞令”の笑みしか浮かべない、と時に揶揄されるあのルパート殿下が、わたくしごときに微笑んで下さった!
グロリアの想いは高揚した。
「グロリア、とお呼びしても……?」
頷くと同時に振ってきた口付けに、グロリアは己があっという間に支配されてしまったことを知った。“恋”という名の、甘く苦しい初めての感情に。
それから先の日々は、まるで矢のように過ぎて行った。ルパートとグロリアは毎月、毎週、やがては毎日のように逢瀬を重ねるようになり、会えない日は必ず書簡を遣り取りし、夜会で顔を合わせればどちらからともなく身を寄せ合い、共に踊った。
ルパートは、彼女の薄い水色の瞳が何よりも好きなのだ、とよく口にしていた。彼の母の瞳もまた、薄い水色をしていたのだと、かつて一度だけ父が教えてくれたことがあったから、と。偶然にもグロリアの瞳の水色も、母譲りの色であった。ルパートとの共通点を一つ見つけたようで喜んでいたあの日の自分を、手紙を読んだグロリアは呪ってしまいたくなった。
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