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拍手ログSSS。巴御前と木曾義仲がモチーフ。
本当に拍手は冒険の場です・・・。
本当に拍手は冒険の場です・・・。
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「巴、おまえ、もしかして俺を愛してるのか? 仕える主としてではなく、その……男として」
「あら、今頃気づいたんですか?」
間の抜けた顔で己を見詰める義仲を、凛々しき女武者は常のごとく静かな面で見返した。もしかしたら最後かもしれぬ寝物語にしては余りに無粋なこの会話も、巴にとっては馴染んだものだった。
義仲はいつでもそうだ。初めてこういう関係になった時も、子を身籠った時も、正室を迎えた時も巴を気遣うようなことは何も言わない。義仲にとって巴は、臣であり、友であり、妹であり、体の良い抱き枕。求められるのは“女”ではなくそれだけだと巴は知っていた。義仲は巴を可愛がるし、重く用いる。自分の傍から離さない。それだけで、巴にとっては十分だった。初めから愛情が芽生えたわけではない。ただ、がむしゃらに自分を求めてくる腕に、その優しさに、不器用さにほだされたというのが本当のところだろう。義仲が求めるものが、己が求めるものとは重ならないことを知っても、巴はただ静かに彼の傍に在り続けた。身体も、そして心も。
それなのに義仲は、巴に今すぐここを立ち去れと告げた。女としての望みを全て封じ込めて仕えてきた自分に、それはあんまりな命ではないか。巴は抗議した。
「何故です!? 何故私が今更殿のお傍を離れなくてはいけないのです!?」
いつも冷静で穏やかな巴の激昂する様に、義仲は少したじろいだ。
「いくら我が臣とはいえ、そなたは女子であろう? まだまだ生き抜けるものを……戦場で討ち死にすることはあるまい」
「女子? 私が女子であると……この期に及んで、しかも貴方がそれをおっしゃる?」
巴は笑い出した。義仲は奇異なものでも見るような目付きで、巴を見詰めた。
「ならば殿、これは女子としての願いでございます。最期の時を、愛しき男子と共にさせて下さいませ」
力強い眼差しが義仲の瞳を射た。
巴は大切な臣であり、良き理解者であり、可愛い妹であった。人の温もりに飢えた義仲に、初めてそれを教えてくれたのは巴の肌だった。戦場で傷つき、日に焼けたその肌の感触は滑らかとは言いがたかったが、どんなに荒んだ気分の時も、不思議とその肌に触れると安らいだ。ひびわれた唇から紡がれる言葉は辛辣で簡潔、妻たちのように甘やかで優しいものではなく、時に閨の中でいつまでも戦略について話し込むこともあったが、義仲にとっては満ち足りた時間であった。
正室や側室の代わりはいくらでもいるが、巴の代わりはどこにもいない。その感情の名を知らずしても、義仲にとって巴は必要不可欠な存在だった。だから、逃げよと告げたのだ。もしこの身が落ちぶれても、もし刃に切り裂かれても、巴が、巴さえいれば希望が見える気がしたのだ。この先の世界に、たとえ自分がいなかったとしても。
義仲はそっと巴の頬に触れ、まじまじとその顔を見つめた。巴は微動だにせぬまま、口元を引き結んで義仲を見る。切れ長の瞳、筋の通った鼻筋、形良い唇。
「普通の女子として暮らしていれば、いくらでも美しく化けたろうに……」
場違いな呟きに、巴は即座に言葉を返した。
「でも、殿のお傍には在れませぬ」
その時、義仲の胸に去来した津波のような想い。
全て、全て己が捨てさせた。女としての幸せ。美しさ。愛情。妻であること。母であること。そしてそのことに気づきもしなかった。巴がただ一つ望んだものさえ、今の今まで与えてやれなかった。
義仲は巴の身体を強く抱きしめた。
「やはりそなたは明日ここを去れ」
腕の中の身体が強張る。その耳元で、そっと囁く。
「愛しい女に生き延びてほしいと願う男の最後の頼みだ。聞き届けてはもらえないだろうか?」
愛する男の腕の中で、巴は初めて泣き崩れた。
「本当に殿は……大馬鹿者でございます」
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「巴、おまえ、もしかして俺を愛してるのか? 仕える主としてではなく、その……男として」
「あら、今頃気づいたんですか?」
間の抜けた顔で己を見詰める義仲を、凛々しき女武者は常のごとく静かな面で見返した。もしかしたら最後かもしれぬ寝物語にしては余りに無粋なこの会話も、巴にとっては馴染んだものだった。
義仲はいつでもそうだ。初めてこういう関係になった時も、子を身籠った時も、正室を迎えた時も巴を気遣うようなことは何も言わない。義仲にとって巴は、臣であり、友であり、妹であり、体の良い抱き枕。求められるのは“女”ではなくそれだけだと巴は知っていた。義仲は巴を可愛がるし、重く用いる。自分の傍から離さない。それだけで、巴にとっては十分だった。初めから愛情が芽生えたわけではない。ただ、がむしゃらに自分を求めてくる腕に、その優しさに、不器用さにほだされたというのが本当のところだろう。義仲が求めるものが、己が求めるものとは重ならないことを知っても、巴はただ静かに彼の傍に在り続けた。身体も、そして心も。
それなのに義仲は、巴に今すぐここを立ち去れと告げた。女としての望みを全て封じ込めて仕えてきた自分に、それはあんまりな命ではないか。巴は抗議した。
「何故です!? 何故私が今更殿のお傍を離れなくてはいけないのです!?」
いつも冷静で穏やかな巴の激昂する様に、義仲は少したじろいだ。
「いくら我が臣とはいえ、そなたは女子であろう? まだまだ生き抜けるものを……戦場で討ち死にすることはあるまい」
「女子? 私が女子であると……この期に及んで、しかも貴方がそれをおっしゃる?」
巴は笑い出した。義仲は奇異なものでも見るような目付きで、巴を見詰めた。
「ならば殿、これは女子としての願いでございます。最期の時を、愛しき男子と共にさせて下さいませ」
力強い眼差しが義仲の瞳を射た。
巴は大切な臣であり、良き理解者であり、可愛い妹であった。人の温もりに飢えた義仲に、初めてそれを教えてくれたのは巴の肌だった。戦場で傷つき、日に焼けたその肌の感触は滑らかとは言いがたかったが、どんなに荒んだ気分の時も、不思議とその肌に触れると安らいだ。ひびわれた唇から紡がれる言葉は辛辣で簡潔、妻たちのように甘やかで優しいものではなく、時に閨の中でいつまでも戦略について話し込むこともあったが、義仲にとっては満ち足りた時間であった。
正室や側室の代わりはいくらでもいるが、巴の代わりはどこにもいない。その感情の名を知らずしても、義仲にとって巴は必要不可欠な存在だった。だから、逃げよと告げたのだ。もしこの身が落ちぶれても、もし刃に切り裂かれても、巴が、巴さえいれば希望が見える気がしたのだ。この先の世界に、たとえ自分がいなかったとしても。
義仲はそっと巴の頬に触れ、まじまじとその顔を見つめた。巴は微動だにせぬまま、口元を引き結んで義仲を見る。切れ長の瞳、筋の通った鼻筋、形良い唇。
「普通の女子として暮らしていれば、いくらでも美しく化けたろうに……」
場違いな呟きに、巴は即座に言葉を返した。
「でも、殿のお傍には在れませぬ」
その時、義仲の胸に去来した津波のような想い。
全て、全て己が捨てさせた。女としての幸せ。美しさ。愛情。妻であること。母であること。そしてそのことに気づきもしなかった。巴がただ一つ望んだものさえ、今の今まで与えてやれなかった。
義仲は巴の身体を強く抱きしめた。
「やはりそなたは明日ここを去れ」
腕の中の身体が強張る。その耳元で、そっと囁く。
「愛しい女に生き延びてほしいと願う男の最後の頼みだ。聞き届けてはもらえないだろうか?」
愛する男の腕の中で、巴は初めて泣き崩れた。
「本当に殿は……大馬鹿者でございます」
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