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遊女と楼主の束の間の逢瀬。前後編SSS。前編遊女サイド。
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ぽつぽつ
しとしと
「あちゃ~、降ってきてもうたなぁ」
傍らの旦那はんがそう呟いて天を仰いだ。
頬に感じた冷たい感触に、そっと手のひらを空に向ければ、
一滴、二滴と柔らかな雫が降り注ぐ。
一滴、二滴と柔らかな雫が降り注ぐ。
「お楽?何しとんのや、じっとしてたら濡れてまうがな。はよ、走るで!」
そう告げるや否や、旦那はんはうちの手を掴んで、
近くのお茶屋に向かって駆け出した。
近くのお茶屋に向かって駆け出した。
瞬間、ふわりと被せられた旦那はんの羽織には、ほのかに汗と白粉の匂い。
官能的なその香りは、うちの身体を恍惚へと誘う。
固く、厚い旦那はんの手のひら。
優しいこのひとの、たくましい手のひら。
伝わる温もりは、酷く熱を持っている。
~~~
「お楽、濡れてへんか?」
自分のびしょ濡れの髪を拭きながら、旦那はんがこちらを見つめた。
「へえ、おかげさんであんまし」
うちがふわりと笑うと、旦那はんも笑って
「大事な商売道具に、風邪でも引かれたらあかんからな」
と言った。ツキン、少しだけ胸が痛む。
こんなことで感じる痛みには、とっくに感覚が麻痺したと思っていたのに。
こんなことで感じる痛みには、とっくに感覚が麻痺したと思っていたのに。
「でも、旦那はん……五筒屋さんのお座敷、どうしまひょ?
もう時間まにあわへん……」
もう時間まにあわへん……」
上目遣いで問えば、旦那はんはにこりと笑って
「さっきこっから使い出しといたし、そのうち向こうさんから
使いか迎えがくるやろ。お楽は何も心配せんでええ」
使いか迎えがくるやろ。お楽は何も心配せんでええ」
と答えて、うちの頭にポン、と手を置いた。
その腕を、そっと抱きしめる。
ここは出逢茶屋の一室。
急に雨に降られたとはいえ、彼が何も考えずにここへ駆け込んだとは思えない。
「旦那はん……」
うちらはいつも待っている。
『ソウナルノモシカタナイ』言い訳ができる時間を。
「おら……「嫌や、その名前は!」
潤んだ瞳できつく睨みつければ、
旦那はんは苦笑してやっと欲しかった言葉をくれた。
旦那はんは苦笑してやっと欲しかった言葉をくれた。
「吉江……」
たいせつな、大切なうちの本名。
今、それを知る人はこの世に二人しかいない。
~~~
~~~
「村木はーん!五筒屋さんからの使いがおいでですー!」
階下から聞こえる声に、気だるい身体を起こせば、
先に身支度を整えた旦那はんが階下へと降りていく。
先に身支度を整えた旦那はんが階下へと降りていく。
「……へぇ……へぇ……ほんまにありがたいこって……
ええもう、えろうすんまへんなぁ……」
ええもう、えろうすんまへんなぁ……」
ボソボソと聞こえる会話に耳を傾けながら、
身なりを整えた頃、部屋の襖がガラリと開いた。
身なりを整えた頃、部屋の襖がガラリと開いた。
「お楽、五筒屋さんわざわざ迎え寄越してくれはったわ。
まあ時間は過ぎとるけど、お待ち下さってるそやさかい
今から行ってくれんか?今やったら雨も小ぶりやし」
まあ時間は過ぎとるけど、お待ち下さってるそやさかい
今から行ってくれんか?今やったら雨も小ぶりやし」
「へぇ、分かりました」
旦那はんの言葉に、にこりと頷いてたり立ち上がる。
腰は少し痛むけど、あと一軒なら多分大丈夫だろう。
「今日は雨が酷うなるらしいし、何やったら
五筒屋に泊まらせていただいてもええ。しっかりな」
五筒屋に泊まらせていただいてもええ。しっかりな」
ポン、と背中を押して迎えの駕籠にうちを押し込めた手は、
さっきまでうちを抱いていた手と同じなのに。
さっきまでうちを抱いていた手と同じなのに。
「へぇ。わざわざ、おおきに」
一瞬だけ絡み合った視線は、驚くほど鋭かった。
あかんで、旦那はん。そんな顔してたら怖いわ。
こんな商売が大嫌いな怖ぁい奥様に、
うちらのことが知られてしまうかもしれへんやん。
うちらのことが知られてしまうかもしれへんやん。
うちも旦那はんも、商売やってかれへんようになってまう。
……でも、嬉しい。
揺れる駕籠に一人、微笑と泪が同時にこぼれる。
うちを抱いた腕が、うちをどこに連れ去っても。
うちに口付けた唇が、どんな言葉を吐こうとも。
二人に降り注ぐ雨が、しょっぱい泪の味しかしなかったとしても。
うちはしあわせ。
旦那はんを好きんなって、好いてもろて。
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ぽつぽつ
しとしと
「あちゃ~、降ってきてもうたなぁ」
傍らの旦那はんがそう呟いて天を仰いだ。
頬に感じた冷たい感触に、そっと手のひらを空に向ければ、
一滴、二滴と柔らかな雫が降り注ぐ。
一滴、二滴と柔らかな雫が降り注ぐ。
「お楽?何しとんのや、じっとしてたら濡れてまうがな。はよ、走るで!」
そう告げるや否や、旦那はんはうちの手を掴んで、
近くのお茶屋に向かって駆け出した。
近くのお茶屋に向かって駆け出した。
瞬間、ふわりと被せられた旦那はんの羽織には、ほのかに汗と白粉の匂い。
官能的なその香りは、うちの身体を恍惚へと誘う。
固く、厚い旦那はんの手のひら。
優しいこのひとの、たくましい手のひら。
伝わる温もりは、酷く熱を持っている。
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「お楽、濡れてへんか?」
自分のびしょ濡れの髪を拭きながら、旦那はんがこちらを見つめた。
「へえ、おかげさんであんまし」
うちがふわりと笑うと、旦那はんも笑って
「大事な商売道具に、風邪でも引かれたらあかんからな」
と言った。ツキン、少しだけ胸が痛む。
こんなことで感じる痛みには、とっくに感覚が麻痺したと思っていたのに。
こんなことで感じる痛みには、とっくに感覚が麻痺したと思っていたのに。
「でも、旦那はん……五筒屋さんのお座敷、どうしまひょ?
もう時間まにあわへん……」
もう時間まにあわへん……」
上目遣いで問えば、旦那はんはにこりと笑って
「さっきこっから使い出しといたし、そのうち向こうさんから
使いか迎えがくるやろ。お楽は何も心配せんでええ」
使いか迎えがくるやろ。お楽は何も心配せんでええ」
と答えて、うちの頭にポン、と手を置いた。
その腕を、そっと抱きしめる。
ここは出逢茶屋の一室。
急に雨に降られたとはいえ、彼が何も考えずにここへ駆け込んだとは思えない。
「旦那はん……」
うちらはいつも待っている。
『ソウナルノモシカタナイ』言い訳ができる時間を。
「おら……「嫌や、その名前は!」
潤んだ瞳できつく睨みつければ、
旦那はんは苦笑してやっと欲しかった言葉をくれた。
旦那はんは苦笑してやっと欲しかった言葉をくれた。
「吉江……」
たいせつな、大切なうちの本名。
今、それを知る人はこの世に二人しかいない。
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「村木はーん!五筒屋さんからの使いがおいでですー!」
階下から聞こえる声に、気だるい身体を起こせば、
先に身支度を整えた旦那はんが階下へと降りていく。
先に身支度を整えた旦那はんが階下へと降りていく。
「……へぇ……へぇ……ほんまにありがたいこって……
ええもう、えろうすんまへんなぁ……」
ええもう、えろうすんまへんなぁ……」
ボソボソと聞こえる会話に耳を傾けながら、
身なりを整えた頃、部屋の襖がガラリと開いた。
身なりを整えた頃、部屋の襖がガラリと開いた。
「お楽、五筒屋さんわざわざ迎え寄越してくれはったわ。
まあ時間は過ぎとるけど、お待ち下さってるそやさかい
今から行ってくれんか?今やったら雨も小ぶりやし」
まあ時間は過ぎとるけど、お待ち下さってるそやさかい
今から行ってくれんか?今やったら雨も小ぶりやし」
「へぇ、分かりました」
旦那はんの言葉に、にこりと頷いてたり立ち上がる。
腰は少し痛むけど、あと一軒なら多分大丈夫だろう。
「今日は雨が酷うなるらしいし、何やったら
五筒屋に泊まらせていただいてもええ。しっかりな」
五筒屋に泊まらせていただいてもええ。しっかりな」
ポン、と背中を押して迎えの駕籠にうちを押し込めた手は、
さっきまでうちを抱いていた手と同じなのに。
さっきまでうちを抱いていた手と同じなのに。
「へぇ。わざわざ、おおきに」
一瞬だけ絡み合った視線は、驚くほど鋭かった。
あかんで、旦那はん。そんな顔してたら怖いわ。
こんな商売が大嫌いな怖ぁい奥様に、
うちらのことが知られてしまうかもしれへんやん。
うちらのことが知られてしまうかもしれへんやん。
うちも旦那はんも、商売やってかれへんようになってまう。
……でも、嬉しい。
揺れる駕籠に一人、微笑と泪が同時にこぼれる。
うちを抱いた腕が、うちをどこに連れ去っても。
うちに口付けた唇が、どんな言葉を吐こうとも。
二人に降り注ぐ雨が、しょっぱい泪の味しかしなかったとしても。
うちはしあわせ。
旦那はんを好きんなって、好いてもろて。
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