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『灰色ノート』番外編SSS。(※単品でも読めます)
祥太郎と、障害を負った友人幸輔。
祥太郎と、障害を負った友人幸輔。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どゅ、どぅょうだど、あで」
幸輔が指差した方向には、一人乗りのブランコがあった。
「幸輔、駄目だよ。ブランコは危ない」
俺がそっと囁くと、幸輔は高い声を上げて唸った。
「キィ~あ~~~!」
車椅子の上で奇声を上げる幸輔に、
ベンチの片隅にいた女子高生が化け物を見るような眼差しを向けた。
俺は黙って車椅子を押し、その場を移動する。
何でもできた幸輔。
テストはいつも百点。二重とびだって、クラスの誰よりも長く跳んでいられた。
優しくて、みんなの人気者で。挨拶も、手伝いも進んでやって。
近所の大人や先生たちにも可愛がられていた幸輔。
それら全てを失ってしまった、可哀想な幸輔。
かわいそうな、幸輔。
幸輔の時間は、七才で止まっている。
公園の外を走る車のブレーキ音が耳に響く。
蘇る、悲惨な記憶。
~~~
『しょうたろ!危ない!』
右折の車に気づかず、点滅する信号に慌てて横断歩道に飛び出した俺。
気がついたら体を強打し、車道に寝そべっていた。
駆け寄ってきた大人に助け起こされて、最初に目に入ってきたものは、
頭から血を流して横たわる幸輔の姿だった。
『こう……ちゃ……!』
呼び掛けてもぐったりとしたまま応えない幸輔に呆然とする俺の耳に、
興奮気味に叫ぶ大人の声が響いた。
『倒れてる子が、あの子のこと庇って引かれたんです!
ええもう止める隙もない勢いで飛び出して!』
その人が指を差しているのは俺。
『あの子』は俺。
幸輔は、俺を庇って車に引かれた。
~~~
毎週、日曜の夕方。俺は幸輔と、散歩に出かける。
幸輔のお母さんは、いつも俺を見ると
哀しそうな、嬉しそうな、複雑な表情を浮かべて幸輔を連れてくる。
「じょうだど!」
命こそ助かったものの、半身に障害が残り、歩くことも、
普通に話すこともできなくなってしまった幸輔。
俺のせいでそうなったのだと、分かっていないはずはないのに。
『しょうたろ!』
と、クラスで唯一俺の長い名前を呼んでくれていた頃と同じように、
俺に向かって笑いかけてくる。
「どぅょうだど!」
少し歪んだ、けれど優しい微笑み。
『しょうたろ!あれ、乗ろ!』
公園に来るといつも、幸輔は真っ先にブランコを指差す。
幸輔は、ブランコが好きだった。
誰よりも誰よりも高く漕いで、最後は地面に向かって飛び降りる。
何でもできる幸輔は、ブランコから着地した地点への距離を競う遊びでも、
誰にも一番を譲ったことは無かった。
~~~
「風が出てきたから、そろそろ帰ろう」
意味を成さない声をあげ続ける幸輔の車椅子を押して、元来た道を辿る。
幸輔は、少し淋しそうな瞳で俺を見つめて、にっこりと笑った。
涙が、出そうになった。
幸輔を家に送り届けた後、自分の家へ帰る途中には、あの公園がある。
幸輔がブランコを漕げなくなって、もうすぐ九年。
幸輔の漕げないブランコを、俺も九年、漕いでいない。
いつもブランコを指差す幸輔。
もしかしたら、あれは自分が漕ぎたいという意味ではなく、
俺に漕いでほしいと言いたかったのかもしれない。
9年ぶりのブランコは、今の俺には少し小さい。
錆び付いた冷たい鎖、軋む座板。高く漕ぐのは少し怖い。
9年前は、思いきり高く漕ぐことができたブランコ。
高く漕いで、思いきり飛び降りることができたブランコ。
『一瞬だけ、風になってるみてーだろ?』
ブランコを飛び降りる瞬間に幸輔が叫んだ言葉が、頭をよぎる。
あの頃の俺は、“いっしゅん”の意味も知らなかった。
今、どんなにブランコを漕いでも、冷たい風は俺の身体を切り裂くだけ。
幸輔、ごめんな?
俺はもう、風になれない。
→後書き
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「どゅ、どぅょうだど、あで」
幸輔が指差した方向には、一人乗りのブランコがあった。
「幸輔、駄目だよ。ブランコは危ない」
俺がそっと囁くと、幸輔は高い声を上げて唸った。
「キィ~あ~~~!」
車椅子の上で奇声を上げる幸輔に、
ベンチの片隅にいた女子高生が化け物を見るような眼差しを向けた。
俺は黙って車椅子を押し、その場を移動する。
何でもできた幸輔。
テストはいつも百点。二重とびだって、クラスの誰よりも長く跳んでいられた。
優しくて、みんなの人気者で。挨拶も、手伝いも進んでやって。
近所の大人や先生たちにも可愛がられていた幸輔。
それら全てを失ってしまった、可哀想な幸輔。
かわいそうな、幸輔。
幸輔の時間は、七才で止まっている。
公園の外を走る車のブレーキ音が耳に響く。
蘇る、悲惨な記憶。
~~~
『しょうたろ!危ない!』
右折の車に気づかず、点滅する信号に慌てて横断歩道に飛び出した俺。
気がついたら体を強打し、車道に寝そべっていた。
駆け寄ってきた大人に助け起こされて、最初に目に入ってきたものは、
頭から血を流して横たわる幸輔の姿だった。
『こう……ちゃ……!』
呼び掛けてもぐったりとしたまま応えない幸輔に呆然とする俺の耳に、
興奮気味に叫ぶ大人の声が響いた。
『倒れてる子が、あの子のこと庇って引かれたんです!
ええもう止める隙もない勢いで飛び出して!』
その人が指を差しているのは俺。
『あの子』は俺。
幸輔は、俺を庇って車に引かれた。
~~~
毎週、日曜の夕方。俺は幸輔と、散歩に出かける。
幸輔のお母さんは、いつも俺を見ると
哀しそうな、嬉しそうな、複雑な表情を浮かべて幸輔を連れてくる。
「じょうだど!」
命こそ助かったものの、半身に障害が残り、歩くことも、
普通に話すこともできなくなってしまった幸輔。
俺のせいでそうなったのだと、分かっていないはずはないのに。
『しょうたろ!』
と、クラスで唯一俺の長い名前を呼んでくれていた頃と同じように、
俺に向かって笑いかけてくる。
「どぅょうだど!」
少し歪んだ、けれど優しい微笑み。
『しょうたろ!あれ、乗ろ!』
公園に来るといつも、幸輔は真っ先にブランコを指差す。
幸輔は、ブランコが好きだった。
誰よりも誰よりも高く漕いで、最後は地面に向かって飛び降りる。
何でもできる幸輔は、ブランコから着地した地点への距離を競う遊びでも、
誰にも一番を譲ったことは無かった。
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「風が出てきたから、そろそろ帰ろう」
意味を成さない声をあげ続ける幸輔の車椅子を押して、元来た道を辿る。
幸輔は、少し淋しそうな瞳で俺を見つめて、にっこりと笑った。
涙が、出そうになった。
幸輔を家に送り届けた後、自分の家へ帰る途中には、あの公園がある。
幸輔がブランコを漕げなくなって、もうすぐ九年。
幸輔の漕げないブランコを、俺も九年、漕いでいない。
いつもブランコを指差す幸輔。
もしかしたら、あれは自分が漕ぎたいという意味ではなく、
俺に漕いでほしいと言いたかったのかもしれない。
9年ぶりのブランコは、今の俺には少し小さい。
錆び付いた冷たい鎖、軋む座板。高く漕ぐのは少し怖い。
9年前は、思いきり高く漕ぐことができたブランコ。
高く漕いで、思いきり飛び降りることができたブランコ。
『一瞬だけ、風になってるみてーだろ?』
ブランコを飛び降りる瞬間に幸輔が叫んだ言葉が、頭をよぎる。
あの頃の俺は、“いっしゅん”の意味も知らなかった。
今、どんなにブランコを漕いでも、冷たい風は俺の身体を切り裂くだけ。
幸輔、ごめんな?
俺はもう、風になれない。
→後書き
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