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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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過去に囚われる裏切り者、欧風シリアス掌編。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



―決して手にすることができないものに憧れ続ける、
それが人間というものなのかもしれない。
だが私はそんな人間の愚かさを愛しいと思う。
そしてまた、神もきっとそうなのだろう、と。
そう信じたい。                
                             J.M
 
 
~~~

 
ガタンッ!
 
「……ジェイコブ! 嘘だろう! お前がこんな……っ!」
 
旧友の残した手紙を読むなり、椅子から立ち上がり外套に手を伸ばそうとした彼を
留めたのは、その親友の義妹(いもうと)だった。


「ニコラス様、お待ちください! お願いです……っ。
どうかお義兄(にい)さまを……あの方を、行かせて差上げて下さい!」

普段は控えめで大人しい彼女が、必死に自分に取り縋る様を、
ニコラスは呆然と見つめた。
 
「あの方は……もうとっくに限界を迎えてらっしゃったのです。
王家が滅びた時から今まで……ずっと耐えに耐えてこられました。
お願いです、どうかもう……行かせてあげて下さい」
 
ポロポロと涙をこぼす彼女に、彼は放心したまま呟く。
 
「……君はそれで良いのか?」
 
彼女が義理の兄に寄せていた淡い想いを、彼は昔から知っていた。
 
「……はい」
 
小さな答えに、彼は絶望のため息を漏らす。
 
「奴の心が……これほどまでに追い詰められていたとは。
もう後戻りのできないところまで……」
 
親友が向かった先は、吹雪の雪原。
そこはどこまでも白く、白く、果てしなく美しい世界だろう。
そう、かつての輝きに満ちていた頃の王宮のように。
 
 
~~~

 
ジェイコブ・マンニラは北の国、ルスコの中流貴族の息子だった。
三男として生まれたが、大変な秀才であったため、
十歳の時国務大臣を務める大貴族の跡継ぎとして養子に迎えられた。
ジェイコブは国務大臣の職を継ぐべく、十五になるやならずで王宮に出仕する
ようになり、国王を始めとする王族の覚えもめでたい出世頭になった。
容姿端麗で才気煥発なこの青年貴族の将来は誰が見ても明るいものであったし、
王宮の侍女のみならず、貴族の令嬢の間でも彼は熱い視線を集めていた。
 
当時王宮の主たるは、第29代国王タハヴォ・コスティ・ルスコ。
三十代半ばの精悍な国王は、思慮深く威厳溢れる人物だった。
国王を知るものは誰もが彼を尊敬し、慕った。
タハヴォ・コスティの妃は彼より三歳年下のフローラ・シルヴェン。
清楚な美しさと優しい人柄は人々に好かれ、憧れの対象となった。
むろん、年若き青年、ジェイコブも例外ではなかった。
彼がフローラと出会ったのは、王宮へ出仕して間もなくのこと。
 
初めて政務でミスを犯し、執務室を追い出された少年が
ため息を吐きながら向かったのは王宮の中庭だった。
誰もいないだろうと思って訪れた中庭には、先客がいた。
巣から落ちたらしき鳥の雛を、そっと巣に戻そうとしている女性。
そこだけ光が射しているかのように、彼女を眩い輝きが包んでいた。
まるで一幅の絵のように、美しい情景。
こちらに顔を向けた彼女の微笑みは、穢れのない、純粋で慈愛に満ちたものだった。
 
「あら、ちょうど良いところに。
この子を戻してあげたいのだけれど、少し手伝って下さらない?」
 
その、どこまでも澄み切った声。
この日、彼の心の最も深いところに、その出来事は焼き付けられた。
永遠に手の届かない、愛しきものとして。
 
それから彼と王妃は、頻繁に言葉を交わすようになった。
王も王妃と彼の親交を知ると、積極的に彼を王妃と関わる仕事に就けるようになった。
王と王妃の彼への信頼は、日増しに高まっていった。
 
彼は、王妃を見つめているだけだった。
一回りも違う、王の妃への想いを、表に出せるわけはなかった。
王妃が王を心から愛していることは明白であったし、彼自身、王を尊敬し慕っていた。
王宮の人々皆から慕われている王妃に、いくら自分が恋をしている、
と告げたところで”特別”になれるわけではないことは解っていた。
 
見ているだけで、いい。今が一番、しあわせな時――
 
まさかそれが一瞬にして崩れるなんて。
  

~~~

 
反乱の火の手は、国の西の端から上がった。
王家の評判も、政治改革の手も中々届かない辺境でそれは起こった。
民衆にあることないことを吹き込んだ略奪者たちは、わずか一年で王都まで攻め入ってきた。
もう誰も、正しき王の姿を信じようとはしない。
反乱軍の誘いを断り、王に殉じようとしたジェイコブに、王は言った。
 
「そなたは生きろ。そなたが死ねば、この国の民は放り出されてしまう。
我らがなくとも、民は滅びぬ。滅びぬ限りは、それが国だ。
どうかこの国のために、生きてほしい。我らはそれを、裏切りとは思わぬ」
 
去り際、王妃が初めに出会った時と変わらぬ微笑みを浮かべて、こう告げた。
 
「さようなら……お元気で」
 
止まらぬ涙を拭わぬまま王宮を走り去った彼が、
反乱軍の陣営に赴いたのはその翌日のことだった。
同じように寝返った親友、ニコラス・ペルヌと共に王宮を落としたのはそれから三日後。
国王夫妻は既に自害し、名だたる貴族は彼らに呪いの言葉を吐きながら斃れていった。
 

~~~

 
戦後、反乱軍が立てた新政府で、ジェイコブはかつての国務大臣と同じくらい
重要な役職に着いた。彼が反乱軍についたことで、彼の実家と国務大臣家は
処刑も財産没収も免れ、それまで通りの豊かな生活を維持できることになった。
けれども、ジェイコブの恩人たる養父母は国王と最期を共にし、
息子の寝返りに憤った実父は自害、実母は病に臥せり、
生き残った貴族や民衆には「裏切り者」と蔑まれた。
その汚名に耐えられなくなった親友、ニコラスは外交任務の名目で異国へ渡り、
国の建て直しという重い課題を一人その肩に背負った彼の側にいるのは、
義妹のミーナだけだった。
尊敬し、慕っていた人々を追い詰めた憎い“仇”と顔をつきあわせての仕事、
彼らと民衆、旧貴族との橋渡し。荒れ果てた国の現状の調査、改善方法の考案……
余りにも重く、過酷な日々を、彼はたった一人で耐えねばならなかった。
愛しい人を失った傷を抱えながら。
 
傷を癒す暇などなかった。
そればかりか、過酷な日々の中で傷は一層深まり、膿を持つようになった。
忘れられない記憶が、彼を苛んだ。愛しい人を見殺しにしてしまった過去。
自らのしあわせを、自らの手で葬り去ってしまった過去。
彼は幻想に取り付かれるようになった。
どこまでも白く美しい王宮で、懐かしい人々が自らを待ちわびているという夢に。
 

~~~

 
その年は、とくに雪の多い年だった。
邸の外に広がる、白い、白い雪景色に、彼の心は囚われた。
あそこに行けば、あの王宮に出会えるかもしれない。
慕わしい人々が、自分を待っているかもしれない。
己の心がとっくに限界を迎えていることに、彼は気づいていた。
十年の月日をかけて、国は何とか形になった。
新政府の中にも未来を担える優秀な人材が育ちつつある。
 
もう、旅立っても良いだろうか? あのひとのところへ……
 
彼は手紙をしたためた。
もうすぐ久々にここを訪れるであろう親友に宛てて。
書き終えると、壁に掛けてあった白い外套を手に取って居間に向かい、
そこにいた義妹にこう告げた。
 
「少し、出かけてくる。帰りは遅いかもしれないが、心配するな」
 
ソファに腰掛けて刺繍をしていた義妹は一瞬驚いたような顔をして、
 
「え、でも外は吹雪で……」
 
と言いかけて口を閉ざした。
義兄の真剣な眼差しの奥に潜む真意に、気づいたからだ。
彼女とて、義兄の苦悩は以前からよく知っていた。
 
「……わかりました。お気をつけて、いってらっしゃいませ。お義兄さま……」
 
涙で歪む義妹の頬を優しく撫でて、ジェイコブは微笑んだ。
あの、愛しい人の最期と同じように。
 
「……行ってくる、ミーナ」
 
彼は白銀の世界へと、馬を駆け一目散に飛び出した。
 
 
~~~

 
「……これで、良かったのだな? 奴はこれで楽に……幸せに、なれるのだな?」
 
ニコラスの呟きに、ミーナが涙で掠れた声で答える。
 
「はい、きっと。ニコラス様……」
 
一人の男の消えていった硝子越しの純白の平原を、
二人はいつまでも見つめていた。そこに確かにあるであろう、
男の心をいつまでも捉え続けた白磁の王宮を思い浮かべながら。





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―決して手にすることができないものに憧れ続ける、
それが人間というものなのかもしれない。
だが私はそんな人間の愚かさを愛しいと思う。
そしてまた、神もきっとそうなのだろう、と。
そう信じたい。                
                             J.M
 
 
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ガタンッ!
 
「……ジェイコブ! 嘘だろう! お前がこんな……っ!」
 
旧友の残した手紙を読むなり、椅子から立ち上がり外套に手を伸ばそうとした彼を
留めたのは、その親友の義妹(いもうと)だった。


「ニコラス様、お待ちください! お願いです……っ。
どうかお義兄(にい)さまを……あの方を、行かせて差上げて下さい!」

普段は控えめで大人しい彼女が、必死に自分に取り縋る様を、
ニコラスは呆然と見つめた。
 
「あの方は……もうとっくに限界を迎えてらっしゃったのです。
王家が滅びた時から今まで……ずっと耐えに耐えてこられました。
お願いです、どうかもう……行かせてあげて下さい」
 
ポロポロと涙をこぼす彼女に、彼は放心したまま呟く。
 
「……君はそれで良いのか?」
 
彼女が義理の兄に寄せていた淡い想いを、彼は昔から知っていた。
 
「……はい」
 
小さな答えに、彼は絶望のため息を漏らす。
 
「奴の心が……これほどまでに追い詰められていたとは。
もう後戻りのできないところまで……」
 
親友が向かった先は、吹雪の雪原。
そこはどこまでも白く、白く、果てしなく美しい世界だろう。
そう、かつての輝きに満ちていた頃の王宮のように。
 
 
~~~

 
ジェイコブ・マンニラは北の国、ルスコの中流貴族の息子だった。
三男として生まれたが、大変な秀才であったため、
十歳の時国務大臣を務める大貴族の跡継ぎとして養子に迎えられた。
ジェイコブは国務大臣の職を継ぐべく、十五になるやならずで王宮に出仕する
ようになり、国王を始めとする王族の覚えもめでたい出世頭になった。
容姿端麗で才気煥発なこの青年貴族の将来は誰が見ても明るいものであったし、
王宮の侍女のみならず、貴族の令嬢の間でも彼は熱い視線を集めていた。
 
当時王宮の主たるは、第29代国王タハヴォ・コスティ・ルスコ。
三十代半ばの精悍な国王は、思慮深く威厳溢れる人物だった。
国王を知るものは誰もが彼を尊敬し、慕った。
タハヴォ・コスティの妃は彼より三歳年下のフローラ・シルヴェン。
清楚な美しさと優しい人柄は人々に好かれ、憧れの対象となった。
むろん、年若き青年、ジェイコブも例外ではなかった。
彼がフローラと出会ったのは、王宮へ出仕して間もなくのこと。
 
初めて政務でミスを犯し、執務室を追い出された少年が
ため息を吐きながら向かったのは王宮の中庭だった。
誰もいないだろうと思って訪れた中庭には、先客がいた。
巣から落ちたらしき鳥の雛を、そっと巣に戻そうとしている女性。
そこだけ光が射しているかのように、彼女を眩い輝きが包んでいた。
まるで一幅の絵のように、美しい情景。
こちらに顔を向けた彼女の微笑みは、穢れのない、純粋で慈愛に満ちたものだった。
 
「あら、ちょうど良いところに。
この子を戻してあげたいのだけれど、少し手伝って下さらない?」
 
その、どこまでも澄み切った声。
この日、彼の心の最も深いところに、その出来事は焼き付けられた。
永遠に手の届かない、愛しきものとして。
 
それから彼と王妃は、頻繁に言葉を交わすようになった。
王も王妃と彼の親交を知ると、積極的に彼を王妃と関わる仕事に就けるようになった。
王と王妃の彼への信頼は、日増しに高まっていった。
 
彼は、王妃を見つめているだけだった。
一回りも違う、王の妃への想いを、表に出せるわけはなかった。
王妃が王を心から愛していることは明白であったし、彼自身、王を尊敬し慕っていた。
王宮の人々皆から慕われている王妃に、いくら自分が恋をしている、
と告げたところで”特別”になれるわけではないことは解っていた。
 
見ているだけで、いい。今が一番、しあわせな時――
 
まさかそれが一瞬にして崩れるなんて。
  

~~~

 
反乱の火の手は、国の西の端から上がった。
王家の評判も、政治改革の手も中々届かない辺境でそれは起こった。
民衆にあることないことを吹き込んだ略奪者たちは、わずか一年で王都まで攻め入ってきた。
もう誰も、正しき王の姿を信じようとはしない。
反乱軍の誘いを断り、王に殉じようとしたジェイコブに、王は言った。
 
「そなたは生きろ。そなたが死ねば、この国の民は放り出されてしまう。
我らがなくとも、民は滅びぬ。滅びぬ限りは、それが国だ。
どうかこの国のために、生きてほしい。我らはそれを、裏切りとは思わぬ」
 
去り際、王妃が初めに出会った時と変わらぬ微笑みを浮かべて、こう告げた。
 
「さようなら……お元気で」
 
止まらぬ涙を拭わぬまま王宮を走り去った彼が、
反乱軍の陣営に赴いたのはその翌日のことだった。
同じように寝返った親友、ニコラス・ペルヌと共に王宮を落としたのはそれから三日後。
国王夫妻は既に自害し、名だたる貴族は彼らに呪いの言葉を吐きながら斃れていった。
 

~~~

 
戦後、反乱軍が立てた新政府で、ジェイコブはかつての国務大臣と同じくらい
重要な役職に着いた。彼が反乱軍についたことで、彼の実家と国務大臣家は
処刑も財産没収も免れ、それまで通りの豊かな生活を維持できることになった。
けれども、ジェイコブの恩人たる養父母は国王と最期を共にし、
息子の寝返りに憤った実父は自害、実母は病に臥せり、
生き残った貴族や民衆には「裏切り者」と蔑まれた。
その汚名に耐えられなくなった親友、ニコラスは外交任務の名目で異国へ渡り、
国の建て直しという重い課題を一人その肩に背負った彼の側にいるのは、
義妹のミーナだけだった。
尊敬し、慕っていた人々を追い詰めた憎い“仇”と顔をつきあわせての仕事、
彼らと民衆、旧貴族との橋渡し。荒れ果てた国の現状の調査、改善方法の考案……
余りにも重く、過酷な日々を、彼はたった一人で耐えねばならなかった。
愛しい人を失った傷を抱えながら。
 
傷を癒す暇などなかった。
そればかりか、過酷な日々の中で傷は一層深まり、膿を持つようになった。
忘れられない記憶が、彼を苛んだ。愛しい人を見殺しにしてしまった過去。
自らのしあわせを、自らの手で葬り去ってしまった過去。
彼は幻想に取り付かれるようになった。
どこまでも白く美しい王宮で、懐かしい人々が自らを待ちわびているという夢に。
 

~~~

 
その年は、とくに雪の多い年だった。
邸の外に広がる、白い、白い雪景色に、彼の心は囚われた。
あそこに行けば、あの王宮に出会えるかもしれない。
慕わしい人々が、自分を待っているかもしれない。
己の心がとっくに限界を迎えていることに、彼は気づいていた。
十年の月日をかけて、国は何とか形になった。
新政府の中にも未来を担える優秀な人材が育ちつつある。
 
もう、旅立っても良いだろうか? あのひとのところへ……
 
彼は手紙をしたためた。
もうすぐ久々にここを訪れるであろう親友に宛てて。
書き終えると、壁に掛けてあった白い外套を手に取って居間に向かい、
そこにいた義妹にこう告げた。
 
「少し、出かけてくる。帰りは遅いかもしれないが、心配するな」
 
ソファに腰掛けて刺繍をしていた義妹は一瞬驚いたような顔をして、
 
「え、でも外は吹雪で……」
 
と言いかけて口を閉ざした。
義兄の真剣な眼差しの奥に潜む真意に、気づいたからだ。
彼女とて、義兄の苦悩は以前からよく知っていた。
 
「……わかりました。お気をつけて、いってらっしゃいませ。お義兄さま……」
 
涙で歪む義妹の頬を優しく撫でて、ジェイコブは微笑んだ。
あの、愛しい人の最期と同じように。
 
「……行ってくる、ミーナ」
 
彼は白銀の世界へと、馬を駆け一目散に飛び出した。
 
 
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「……これで、良かったのだな? 奴はこれで楽に……幸せに、なれるのだな?」
 
ニコラスの呟きに、ミーナが涙で掠れた声で答える。
 
「はい、きっと。ニコラス様……」
 
一人の男の消えていった硝子越しの純白の平原を、
二人はいつまでも見つめていた。そこに確かにあるであろう、
男の心をいつまでも捉え続けた白磁の王宮を思い浮かべながら。





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