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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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人形の恋。前編。

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「さぁ、目を開けてフランシス。私があなたのマスターよ」
 
甘い囁きに瞼をゆっくりと持ちあげれば、大きな丸い青色の瞳がこちらを見下ろしていた。柔らかなウェーブを描く金色の髪の毛先が頬をくすぐる。鈴を転がしたような声で紡がれたキーワードを認識し、僕はゆっくりと身体を起こした。ボックスから出て立ち上がると、主人となるべき人が己の肩ほどの高さにも満たぬ華奢な少女であることが分かる。僕はプログラム通り彼女の眼前に跪き、その白く柔らかな手を取った。
 
「はじめましてマスター。僕はフランシス。あなたの人形」
 
微かな温もりを宿す指先に口づけ、契約完了の儀式を終えると、少女――マスターはにっこりと微笑んで僕を見つめた。僕の世界はここから始まる。この世で一番可愛らしい、お嬢様の人形(ドール)として“生きる”世界が。
 
 
~~~
 
 
町一番のお金持ちの娘であるマスターは、僕の他にも沢山の人形を持っていた。ガーディアンドールのトラヴィス、フレンドドールのレイチェル、それからガヴァネスドールにメイドドール……強いもの、綺麗なもの、博識なもの、器用なもの……各々が何かしらの特色を持ち、それを活かしてマスターに仕える。でも僕は、特殊なプログラム等組み込まれていない“ただの”人形。手もち無沙汰にマスターの隣に佇む僕に、マスターは困ったように微笑ってこう告げた。
 
「わからないことがあればトラヴィスに聞くのよ。彼は一番長く私の傍にいて、何でも知っているのだもの。是非お手本になさい」
 
「わかりました、マスター」
 
マスターの言葉に、“生まれ立て”の僕は従順に頷いた。いつもトラヴィスの姿を目で追い、彼のすることの真似をした。短い髪に鋭い眼光を湛えたトラヴィスはマスターにお仕えするドールたちの中では確かに一番の古株で、リーダー的な存在。他のドールたちのように積極的にマスターの話し相手になることはないものの、その視線は少し離れたところからでも常にマスターから逸れることは無く、彼女をじっと見守っている。
だから僕も彼に習い、いつもマスターの傍で、マスターの一挙一動を見逃すことなく見つめるようになったのだ。拗ねた顔、怒った顔、笑った顔、泣く間際の顔……マスターは様々に表情を変える。美しい青の瞳が夏の日差しを浴びた湖面のように輝く時もあれば、嵐の前の海のように不気味な静けさを湛える時もあることを知り、僕は不思議に思った。鏡に映る自分の瞳は、いつ見ても硝子のように味気ない光を放つだけなのに――これが“人間”と人形(ドール)の違いだろうか? 僕はどうすれば人間に近づけるのだろうか? マスターのような“人”に、少しでも近い存在になりたい――
そんなことを考えるようになった矢先だった。トラヴィスが、マスターの桃色の唇にそっと口づけているところを目にしたのは。トラヴィスの口づけを受けたマスターは、頬を赤く染め、僕がそれまで見たことが無いような表情(かお)で微笑んでいた。僕もマスターの笑顔が見たい。僕の口づけでも、マスターは喜んでくれるだろうか? 決まっている、僕にトラヴィスを手本にするよう勧めたのは他ならぬマスター自身なのだから。
 
「マスター」
 
「まぁフランシス、どうかして?」
 
パタパタと扇を仰ぐ白い手を掴み、僕は無言でマスターの顔に己の顔を近づけた。きょとん、とこちらを見上げる丸い瞳が愛らしくて、作り物の心臓に、ほんの少し血のように暖かいものが流れた気がした。柔らかな唇は熱かった。僕の、赤いくせに一筋の血潮も通わない薄い唇とは違って。口づけの後、マスターは一瞬何が起きたかわからないような表情(かお)で動きを止め、次いで眉根を寄せて顔を逸らし僕の頬を打った。
 
「……人形の分際で、何をするの!」
 
金切り声で叫ばれた言葉に、今度は僕の方が驚いてしまった。目の前のマスターの瞳は悲しそうに潤み、頬は怒りのために赤く染まっている。呆然とする僕を残したまま、マスターはその場から走り去ってしまった。
 
「どうしたの……フランシス?」
 
背後から耳馴染みのある声が響いて振り向けば、そこにはフレンドドール・レイチェルがこちらを窺うような表情を浮かべて立っていた。真っ直ぐに伸びた栗色の髪に、同じ色のつぶらな瞳を持つレイチェルは、マスターのお気に入りの人形(ドール)だ。
 
「マスターに叱られた……トラヴィスと同じことをしただけなのに」
 
俯いたまま答えた僕に、レイチェルは何かを悟ったような顔をして、こちらにそっと近づいてくる。
 
「トラヴィスにキスをされて、マスターはとても幸せそうに笑っていたんだ。どうして、僕のキスは駄目なんだろう。僕もマスターの笑った顔が見たいのに……」
 
僕が呟くと、何故だかレイチェルの方が哀しそうな目をして僕に手を伸ばしてきた。
 
「フランシス、あなた……“心”を持ってしまったのね」
 
僕の手に触れたレイチェルのマスターよりも少し長い指先が、人形(ドール)には無いはずの温もりを帯びていることを、その時の僕は気づかないふりをした。プログラムには組み込まれていないはずの“感情”が胸の内で急速に育まれていくのを、僕はどうすることもできなかったのだ。
 
 
~~~
 
 
それから、マスターは僕を余りお傍に寄せなくなった。僕を見ると視線を逸らし、ドレスの裾を翻して去っていくその小さな背中を、僕は遠くから見つめ続ける。この頃マスターは、いつもトラヴィスと二人、何やらこそこそと人目につかぬ場所で会っているようだった。そうして時たまレイチェルをお茶会に招き、頬を染めて楽しそうにこちらも内緒の会話を続ける。レイチェルの少し尖った耳に寄せられるマスターの桃色の唇にあの日の熱を思い出し、無いはずの“心”が少し疼くような気がした。
僕はどうしてしまったのだろう。何故、主の秘密を覗き見たいと思うのか、マスターの心の中を知りたいという欲望が僕の中から消えないのはどうしてなんだろう? 教えてほしいレイチェル、“心”を持ったら、そう思うのは普通のこと――?
 
「トラヴィス! この不埒者め! 貴様ごときにエリザベスはやれるものか! エリザベスはさる貴族様の家に嫁ぐことが決まっているのだ、貴様はクビだ、満月の日まで閉じ籠っていろ!」
 
突然の出来事だった。屈強な男たちを従えた“旦那様”がトラヴィスを殴り、蹴り飛ばし、どこかへ引きずって行ってしまったのは。マスターは青い瞳からポロポロと涙をこぼし、悲しい声で叫び続けた。
 
「待って、お父様! トラヴィスは悪くないの、そんなことはやめて、お願いだから、彼を放して……!」
 
僕の目から決して流れることの無いその雫はどんな宝石よりも美しかったけれど、何故だか僕の“心”は痛みを覚えた。いつの間にか、“心”と共に在ることが当たり前になってしまった僕だった。


~~~

 
僕の体に備えられた赤外線サーモグラフィーで、トラヴィスの居場所はすぐに知れた。鉄の腕で見張りの脳髄を叩き割り、地下のワインセラーをこじ開けると、満身創痍のトラヴィスがぐるぐるに縛られた状態で床に転がされていた。
 
「フランシス……おまえ、何で」
 
助け起こしたトラヴィスの言葉に、僕は静かに微笑みを返す。
 
「僕は“マスター”の人形だから」
 
トラヴィスはハッとした表情で僕を見た。
 
「立てるか? トラヴィス、マスターは旦那様の部屋だ」
 
彼はすぐにいつもの鋭い眼光を取り戻すと僕に頷き、よろよろと歩き出す。そんな彼に肩を貸し、僕もゆっくりと歩き出す。“生きる”ために、僕の“心”を守るために。
 
「エリザベス!」
 
現れたトラヴィスを見て、泣きすぎて腫れてしまったマスターの青い瞳は一層潤んだ。けれどそれはもう悲しい涙ではない。僕は少し微笑って、そして叫んだ。
 
「ここは僕が食い止めます。マスター……あなたは、あなたの望みのままに」
 
僕の目を見て、僕の声を聞いて、マスターは酷く驚いたような、戸惑うような顔をした。そんな彼女の手を、トラヴィスが掴む。マスターの瞳は僕から逸らされて、彼の背中を追った。
 
「何を言う、フランシス! プログラムを違えたか。誰か、誰かエリザベスを止めろ!」
 
目の前で怒鳴り散らす“旦那様”の声が、遥か遠くに聞こえる。僕の耳には、去りゆく足音だけが響いていた。扉の前に立ちふさがると、いくつもの銃口がこちらを向いた。僕は耳を澄ます。いつも寂しい思いで聞いていた遠ざかる足音が、何故だか堪らなく愛しくて、幸せだった。






瞳を閉じて(レイチェル視点)
 

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「さぁ、目を開けてフランシス。私があなたのマスターよ」
 
甘い囁きに瞼をゆっくりと持ちあげれば、大きな丸い青色の瞳がこちらを見下ろしていた。柔らかなウェーブを描く金色の髪の毛先が頬をくすぐる。鈴を転がしたような声で紡がれたキーワードを認識し、僕はゆっくりと身体を起こした。ボックスから出て立ち上がると、主人となるべき人が己の肩ほどの高さにも満たぬ華奢な少女であることが分かる。僕はプログラム通り彼女の眼前に跪き、その白く柔らかな手を取った。
 
「はじめましてマスター。僕はフランシス。あなたの人形」
 
微かな温もりを宿す指先に口づけ、契約完了の儀式を終えると、少女――マスターはにっこりと微笑んで僕を見つめた。僕の世界はここから始まる。この世で一番可愛らしい、お嬢様の人形(ドール)として“生きる”世界が。
 
 
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町一番のお金持ちの娘であるマスターは、僕の他にも沢山の人形を持っていた。ガーディアンドールのトラヴィス、フレンドドールのレイチェル、それからガヴァネスドールにメイドドール……強いもの、綺麗なもの、博識なもの、器用なもの……各々が何かしらの特色を持ち、それを活かしてマスターに仕える。でも僕は、特殊なプログラム等組み込まれていない“ただの”人形。手もち無沙汰にマスターの隣に佇む僕に、マスターは困ったように微笑ってこう告げた。
 
「わからないことがあればトラヴィスに聞くのよ。彼は一番長く私の傍にいて、何でも知っているのだもの。是非お手本になさい」
 
「わかりました、マスター」
 
マスターの言葉に、“生まれ立て”の僕は従順に頷いた。いつもトラヴィスの姿を目で追い、彼のすることの真似をした。短い髪に鋭い眼光を湛えたトラヴィスはマスターにお仕えするドールたちの中では確かに一番の古株で、リーダー的な存在。他のドールたちのように積極的にマスターの話し相手になることはないものの、その視線は少し離れたところからでも常にマスターから逸れることは無く、彼女をじっと見守っている。
だから僕も彼に習い、いつもマスターの傍で、マスターの一挙一動を見逃すことなく見つめるようになったのだ。拗ねた顔、怒った顔、笑った顔、泣く間際の顔……マスターは様々に表情を変える。美しい青の瞳が夏の日差しを浴びた湖面のように輝く時もあれば、嵐の前の海のように不気味な静けさを湛える時もあることを知り、僕は不思議に思った。鏡に映る自分の瞳は、いつ見ても硝子のように味気ない光を放つだけなのに――これが“人間”と人形(ドール)の違いだろうか? 僕はどうすれば人間に近づけるのだろうか? マスターのような“人”に、少しでも近い存在になりたい――
そんなことを考えるようになった矢先だった。トラヴィスが、マスターの桃色の唇にそっと口づけているところを目にしたのは。トラヴィスの口づけを受けたマスターは、頬を赤く染め、僕がそれまで見たことが無いような表情(かお)で微笑んでいた。僕もマスターの笑顔が見たい。僕の口づけでも、マスターは喜んでくれるだろうか? 決まっている、僕にトラヴィスを手本にするよう勧めたのは他ならぬマスター自身なのだから。
 
「マスター」
 
「まぁフランシス、どうかして?」
 
パタパタと扇を仰ぐ白い手を掴み、僕は無言でマスターの顔に己の顔を近づけた。きょとん、とこちらを見上げる丸い瞳が愛らしくて、作り物の心臓に、ほんの少し血のように暖かいものが流れた気がした。柔らかな唇は熱かった。僕の、赤いくせに一筋の血潮も通わない薄い唇とは違って。口づけの後、マスターは一瞬何が起きたかわからないような表情(かお)で動きを止め、次いで眉根を寄せて顔を逸らし僕の頬を打った。
 
「……人形の分際で、何をするの!」
 
金切り声で叫ばれた言葉に、今度は僕の方が驚いてしまった。目の前のマスターの瞳は悲しそうに潤み、頬は怒りのために赤く染まっている。呆然とする僕を残したまま、マスターはその場から走り去ってしまった。
 
「どうしたの……フランシス?」
 
背後から耳馴染みのある声が響いて振り向けば、そこにはフレンドドール・レイチェルがこちらを窺うような表情を浮かべて立っていた。真っ直ぐに伸びた栗色の髪に、同じ色のつぶらな瞳を持つレイチェルは、マスターのお気に入りの人形(ドール)だ。
 
「マスターに叱られた……トラヴィスと同じことをしただけなのに」
 
俯いたまま答えた僕に、レイチェルは何かを悟ったような顔をして、こちらにそっと近づいてくる。
 
「トラヴィスにキスをされて、マスターはとても幸せそうに笑っていたんだ。どうして、僕のキスは駄目なんだろう。僕もマスターの笑った顔が見たいのに……」
 
僕が呟くと、何故だかレイチェルの方が哀しそうな目をして僕に手を伸ばしてきた。
 
「フランシス、あなた……“心”を持ってしまったのね」
 
僕の手に触れたレイチェルのマスターよりも少し長い指先が、人形(ドール)には無いはずの温もりを帯びていることを、その時の僕は気づかないふりをした。プログラムには組み込まれていないはずの“感情”が胸の内で急速に育まれていくのを、僕はどうすることもできなかったのだ。
 
 
~~~
 
 
それから、マスターは僕を余りお傍に寄せなくなった。僕を見ると視線を逸らし、ドレスの裾を翻して去っていくその小さな背中を、僕は遠くから見つめ続ける。この頃マスターは、いつもトラヴィスと二人、何やらこそこそと人目につかぬ場所で会っているようだった。そうして時たまレイチェルをお茶会に招き、頬を染めて楽しそうにこちらも内緒の会話を続ける。レイチェルの少し尖った耳に寄せられるマスターの桃色の唇にあの日の熱を思い出し、無いはずの“心”が少し疼くような気がした。
僕はどうしてしまったのだろう。何故、主の秘密を覗き見たいと思うのか、マスターの心の中を知りたいという欲望が僕の中から消えないのはどうしてなんだろう? 教えてほしいレイチェル、“心”を持ったら、そう思うのは普通のこと――?
 
「トラヴィス! この不埒者め! 貴様ごときにエリザベスはやれるものか! エリザベスはさる貴族様の家に嫁ぐことが決まっているのだ、貴様はクビだ、満月の日まで閉じ籠っていろ!」
 
突然の出来事だった。屈強な男たちを従えた“旦那様”がトラヴィスを殴り、蹴り飛ばし、どこかへ引きずって行ってしまったのは。マスターは青い瞳からポロポロと涙をこぼし、悲しい声で叫び続けた。
 
「待って、お父様! トラヴィスは悪くないの、そんなことはやめて、お願いだから、彼を放して……!」
 
僕の目から決して流れることの無いその雫はどんな宝石よりも美しかったけれど、何故だか僕の“心”は痛みを覚えた。いつの間にか、“心”と共に在ることが当たり前になってしまった僕だった。


~~~

 
僕の体に備えられた赤外線サーモグラフィーで、トラヴィスの居場所はすぐに知れた。鉄の腕で見張りの脳髄を叩き割り、地下のワインセラーをこじ開けると、満身創痍のトラヴィスがぐるぐるに縛られた状態で床に転がされていた。
 
「フランシス……おまえ、何で」
 
助け起こしたトラヴィスの言葉に、僕は静かに微笑みを返す。
 
「僕は“マスター”の人形だから」
 
トラヴィスはハッとした表情で僕を見た。
 
「立てるか? トラヴィス、マスターは旦那様の部屋だ」
 
彼はすぐにいつもの鋭い眼光を取り戻すと僕に頷き、よろよろと歩き出す。そんな彼に肩を貸し、僕もゆっくりと歩き出す。“生きる”ために、僕の“心”を守るために。
 
「エリザベス!」
 
現れたトラヴィスを見て、泣きすぎて腫れてしまったマスターの青い瞳は一層潤んだ。けれどそれはもう悲しい涙ではない。僕は少し微笑って、そして叫んだ。
 
「ここは僕が食い止めます。マスター……あなたは、あなたの望みのままに」
 
僕の目を見て、僕の声を聞いて、マスターは酷く驚いたような、戸惑うような顔をした。そんな彼女の手を、トラヴィスが掴む。マスターの瞳は僕から逸らされて、彼の背中を追った。
 
「何を言う、フランシス! プログラムを違えたか。誰か、誰かエリザベスを止めろ!」
 
目の前で怒鳴り散らす“旦那様”の声が、遥か遠くに聞こえる。僕の耳には、去りゆく足音だけが響いていた。扉の前に立ちふさがると、いくつもの銃口がこちらを向いた。僕は耳を澄ます。いつも寂しい思いで聞いていた遠ざかる足音が、何故だか堪らなく愛しくて、幸せだった。






瞳を閉じて(レイチェル視点)
 

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