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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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web拍手ログ。日の国シリーズ第二弾。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



東の果て、日の国。
統べるは帝、祈るは神官、守るは衛士(えじ)。
帝に仕える三貴族。
大臣(おとど)を出すのは無(なし)の家。
神通優れる然(ねん)の家。
歌い踊るは色(しき)の家。
神殿の長は大神官、よりましの要は大巫女(おおみこ)を名乗る。
神に仕え、心安く国の泰平を祈る巫女。
清らかに清らかに……心は凍りゆく。


~~~


音も無く降り積もる雪を、御簾の内から眩しい思いで雪音は見つめた。
きらきらと光る、穢れ無い雪を思わせるその人の顔が、瞼の裏に浮かび上がる。

「雪音! 雪音!」

しかして次の瞬間聞こえてきた声は、雪を通り越して
氷のように鋭い眼差しを持つ青年のものだった。

「はい、蓮水(はすみ)様」

ぼんやりともたれかかっていた脇息から身を起こして、彼女は夫の声に答えた。

「そのような格好でそんなところにいては風邪を引く。こちらに来なさい。
おまえは余り丈夫な身体ではないのだから……」

「はい……申し訳ございません」

人形のように大人しく従った雪音を、蓮水は優しく引き寄せた。
夫婦になって三月。
有能かつ誠実な夫に、雪音は未だ馴染むことが出来ずにいた。

ほんの半年前まで、雪音は巫女として神殿に暮らしていた。
代々神通の道に通じ、神官・巫女を多く輩出する然の家の大姫として育った彼女は、
神殿に入って間もなくその類稀な才を見込まれ、巫女たちの長である大巫女の位についた。
年若く美しい大巫女は人々の信望厚く、
また同じく神官たちを束ねる立場にある大神官――光とは深い絆で結ばれていた。


~~~


「雪音、何を見ているの?」

ちょうど一年前の今頃だったか。
今日のように御簾の内などという窮屈な場所ではなく、
神殿の階に佇んで雪を見ていた雪音に、光が声をかけてくれたことがあった。

「光さま……雪が、降ってきたので」

眩い白銀の衣装を纏う大神官に、雪音は静かに応えた。

「ああ、そうか。君は雪が好きだったね」

柔らかく微笑む光の瞳の奥に、どこか哀しげな色を見つけて、雪音は息を吐いた。

「……帝が、崩御されたのですね?」

彼女の問いに、彼が厳かに頷いた時……二人の時間は永遠に失われてしまった。
帝の代替わりに際し神殿は大神官と大巫女を新しい者に入れ替える。
長く続いた風習に逆らえるわけもない。
雪音と光はそれぞれ俗世に還り、二度と交わらぬ道へと戻る。
一介の衛士の家から神殿に入り、異例の出世を遂げた光。
代々皇家との繋がりも深い然の家に育った雪音。
然の家の大姫として雪音は戻れば婿を取らされるだろう。
大巫女の地位にあった、年若い娘となればなおのこと。

「光さま……、私は」

「それ以上言ってはならぬ、雪音。
ここでの我らは、神に仕えるためだけに存在しているのだから……」

雪音の涙を、光は見て見ぬふりをした。


~~~


そうして半年が経ち、先帝の葬儀と新帝の即位式が執り行われた後、
雪音はこの然の家に戻り、両親が養子として迎えていた蓮水を婿に取ったのだ。
久方ぶりに戻った生家は、雪音を優しく送り出してくれた兄を亡くし、
まるで灯が消えてしまったかのような有様だった。
そんな中に、雪音の知らない青年が一人、父母に紛れて忙しなく立ち働いていた。

「蓮水さま、これはどちらに?」

「蓮水さま、あちらの手配はよろしいでしょうか?」

屋敷の皆が彼を慕い、頼りにしている様に雪音は初め戸惑った。
彼女には、彼が何を考えているのか、どういう人物なのか知らないことが多すぎた。
何よりその切れ長の瞳に、どことなく不安が掻き立てられる。
人の心を全て見透かし、丸ごと切り取ってしまうような眼差し。
何もかもを包み込むように暖かな、光の瞳が恋しかった。

こんなことを考えていてはいけない、と雪音は夫の顔を見やる。
噂ではこの夫にもまた、色の家に許婚がいたのだと聞く。
さる高貴な方がその許婚を望まれたから、彼は身を引き、色の家を離れたのだとも……。
その女性のことは思いきれたのだろうか。
彼は、自分という妻をどう思っているのか。

「あなたにはいずれ話さねばと思っていたことなのだが……、
まだ私が色の家にいた頃、私には大切な許婚がいた」

突然夫の唇から紡がれた言葉に、雪音は驚いて顔を上げた。

「名を奏(かなで)と言う……。そなたも知っての通り、今は皇后と呼ばれている人だ」

雪音はただただ目を見開いて蓮水の顔を見る。

「奏と私は幼い頃から共に育ち、共にあるのが当たり前だと思っていた。
それまでも、それからも……今から思えば、
兄と妹のような関係から生まれた情だったのかもしれないが」

蓮水は自嘲するように嗤った。

「けれど知瀬宮(ちせのみや)さま……今上と出会ってから、何もかもが変わってしまった。
奏は真の恋を知り、私は彼女の幸せを願った……。ただ、それだけのこと。
この家に入ることを決めたのも私の意思。
あなたとの婚儀を望んだのも私の意思だ。後悔はない」

「……お辛くは、ないのですか?
わたくしは……わたくしは、全てが己の意思だと言えるだけの強さを、
未だに身に付けることができずにおります」

決死の覚悟で本心を打ち明けた雪音の頬に、蓮水はそっと触れた。

「然の家に来たばかりの頃は、確かに幾ばくかの虚しさを覚えることもあった。
だが雪音、私はおまえと出会って……ああ、これで良かったのだと、
奏を手放したことが、そうしてここへ来たことが間違いではなかったのだと
信じることが出来るようになった」

「何故……? わたくしは、とてもそのように想っていただくような、」

雪音が瞳を潤ませると、蓮水は困ったように微笑って立ち上がった。

「……春になったら、神殿に詣でないか?帝に願い出て衛士もつけよう」

雪音はハッとして夫を見た。
生家に帰った光が衛士の職に就いたと風の噂で漏れ聞いた。
彼は何もかも知っている、知っているのだ。
雪音が神殿に……光に想いを残していることを。

「有り難いお申し出なれど……ようやくこちらでの暮らしに慣れた身、
遠出の自信もございませんので、この春は遠慮させていただきたく」

俯いた雪音に、蓮水は優しく語りかけた。

「焦らずとも良い……緩やかで良いのだ。いつかここに、
私と共に生きることにあなたが喜びを見出す日を、私は待っている」

しんしんと冷える雪の夜、ただ傍らに寄り添う人の温もりだけが
雪音の心に静かに沁み渡っていった。


~~~


やがて、雪音が里に戻って初めて過ごす春が巡って来た。
既にその腹には第一子が宿り、然の家にも次第に穏やかな灯が戻りつつある。

「雪音、ほらご覧。これは宮中で鏡宮(かがみのみや)様から賜ったものだよ」

「鏡宮様というと……わたくしも神殿にいた頃、
幾度かお目にかかったことがございます。お懐かしいこと」

美しい瑠璃の小箱を取り出した蓮水に、
雪音はあどけない帝の弟宮を思い出し口元をほころばせた。
神殿にいた頃の話を他愛もなく語らえるようになって、まだ日は浅い。

「鏡宮様がお前に子が生まれると知って大層喜ばれて……
是非に、と下さった贈り物なのだよ」

「え……まぁ、わたくしに?」

驚いて箱を受け取り、そっと抱く。
鏡宮の成人の儀式で、雪音は大巫女として祈りを捧げたことがあった。
瞼を閉じれば、昨日のことのように思い出されるその情景に、
雪音は恋しさではなくただひたすらに懐かしさのみを感じている己に気づいた。

「雪音?」

自分を窺う夫の瞳の奥に、今は心からの慈しみを、真実を見出すことができる。
ああ、これで良かったのだ。
私は私の道を、あの人はあの人の道を生きていく。
雪音は顔を上げて微笑んだ。

「いいえ、何でもございませんわ。素敵な贈り物、まことに嬉しゅうございました。
どうぞ蓮水様からも宮様によろしくお伝えくださいまし」

「……あぁ、必ず」

蓮水も微笑んで妻の肩を引き寄せた。
雪はいつか溶ける。けれどそれは消えるのではない。
大地を潤し、新たな生命(いのち)の営みを紡ぐのだ。
ただきらきらと光輝く、純白の美しい思い出だけを残して――

 




→『月待ち

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東の果て、日の国。
統べるは帝、祈るは神官、守るは衛士(えじ)。
帝に仕える三貴族。
大臣(おとど)を出すのは無(なし)の家。
神通優れる然(ねん)の家。
歌い踊るは色(しき)の家。
神殿の長は大神官、よりましの要は大巫女(おおみこ)を名乗る。
神に仕え、心安く国の泰平を祈る巫女。
清らかに清らかに……心は凍りゆく。


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音も無く降り積もる雪を、御簾の内から眩しい思いで雪音は見つめた。
きらきらと光る、穢れ無い雪を思わせるその人の顔が、瞼の裏に浮かび上がる。

「雪音! 雪音!」

しかして次の瞬間聞こえてきた声は、雪を通り越して
氷のように鋭い眼差しを持つ青年のものだった。

「はい、蓮水(はすみ)様」

ぼんやりともたれかかっていた脇息から身を起こして、彼女は夫の声に答えた。

「そのような格好でそんなところにいては風邪を引く。こちらに来なさい。
おまえは余り丈夫な身体ではないのだから……」

「はい……申し訳ございません」

人形のように大人しく従った雪音を、蓮水は優しく引き寄せた。
夫婦になって三月。
有能かつ誠実な夫に、雪音は未だ馴染むことが出来ずにいた。

ほんの半年前まで、雪音は巫女として神殿に暮らしていた。
代々神通の道に通じ、神官・巫女を多く輩出する然の家の大姫として育った彼女は、
神殿に入って間もなくその類稀な才を見込まれ、巫女たちの長である大巫女の位についた。
年若く美しい大巫女は人々の信望厚く、
また同じく神官たちを束ねる立場にある大神官――光とは深い絆で結ばれていた。


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「雪音、何を見ているの?」

ちょうど一年前の今頃だったか。
今日のように御簾の内などという窮屈な場所ではなく、
神殿の階に佇んで雪を見ていた雪音に、光が声をかけてくれたことがあった。

「光さま……雪が、降ってきたので」

眩い白銀の衣装を纏う大神官に、雪音は静かに応えた。

「ああ、そうか。君は雪が好きだったね」

柔らかく微笑む光の瞳の奥に、どこか哀しげな色を見つけて、雪音は息を吐いた。

「……帝が、崩御されたのですね?」

彼女の問いに、彼が厳かに頷いた時……二人の時間は永遠に失われてしまった。
帝の代替わりに際し神殿は大神官と大巫女を新しい者に入れ替える。
長く続いた風習に逆らえるわけもない。
雪音と光はそれぞれ俗世に還り、二度と交わらぬ道へと戻る。
一介の衛士の家から神殿に入り、異例の出世を遂げた光。
代々皇家との繋がりも深い然の家に育った雪音。
然の家の大姫として雪音は戻れば婿を取らされるだろう。
大巫女の地位にあった、年若い娘となればなおのこと。

「光さま……、私は」

「それ以上言ってはならぬ、雪音。
ここでの我らは、神に仕えるためだけに存在しているのだから……」

雪音の涙を、光は見て見ぬふりをした。


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そうして半年が経ち、先帝の葬儀と新帝の即位式が執り行われた後、
雪音はこの然の家に戻り、両親が養子として迎えていた蓮水を婿に取ったのだ。
久方ぶりに戻った生家は、雪音を優しく送り出してくれた兄を亡くし、
まるで灯が消えてしまったかのような有様だった。
そんな中に、雪音の知らない青年が一人、父母に紛れて忙しなく立ち働いていた。

「蓮水さま、これはどちらに?」

「蓮水さま、あちらの手配はよろしいでしょうか?」

屋敷の皆が彼を慕い、頼りにしている様に雪音は初め戸惑った。
彼女には、彼が何を考えているのか、どういう人物なのか知らないことが多すぎた。
何よりその切れ長の瞳に、どことなく不安が掻き立てられる。
人の心を全て見透かし、丸ごと切り取ってしまうような眼差し。
何もかもを包み込むように暖かな、光の瞳が恋しかった。

こんなことを考えていてはいけない、と雪音は夫の顔を見やる。
噂ではこの夫にもまた、色の家に許婚がいたのだと聞く。
さる高貴な方がその許婚を望まれたから、彼は身を引き、色の家を離れたのだとも……。
その女性のことは思いきれたのだろうか。
彼は、自分という妻をどう思っているのか。

「あなたにはいずれ話さねばと思っていたことなのだが……、
まだ私が色の家にいた頃、私には大切な許婚がいた」

突然夫の唇から紡がれた言葉に、雪音は驚いて顔を上げた。

「名を奏(かなで)と言う……。そなたも知っての通り、今は皇后と呼ばれている人だ」

雪音はただただ目を見開いて蓮水の顔を見る。

「奏と私は幼い頃から共に育ち、共にあるのが当たり前だと思っていた。
それまでも、それからも……今から思えば、
兄と妹のような関係から生まれた情だったのかもしれないが」

蓮水は自嘲するように嗤った。

「けれど知瀬宮(ちせのみや)さま……今上と出会ってから、何もかもが変わってしまった。
奏は真の恋を知り、私は彼女の幸せを願った……。ただ、それだけのこと。
この家に入ることを決めたのも私の意思。
あなたとの婚儀を望んだのも私の意思だ。後悔はない」

「……お辛くは、ないのですか?
わたくしは……わたくしは、全てが己の意思だと言えるだけの強さを、
未だに身に付けることができずにおります」

決死の覚悟で本心を打ち明けた雪音の頬に、蓮水はそっと触れた。

「然の家に来たばかりの頃は、確かに幾ばくかの虚しさを覚えることもあった。
だが雪音、私はおまえと出会って……ああ、これで良かったのだと、
奏を手放したことが、そうしてここへ来たことが間違いではなかったのだと
信じることが出来るようになった」

「何故……? わたくしは、とてもそのように想っていただくような、」

雪音が瞳を潤ませると、蓮水は困ったように微笑って立ち上がった。

「……春になったら、神殿に詣でないか?帝に願い出て衛士もつけよう」

雪音はハッとして夫を見た。
生家に帰った光が衛士の職に就いたと風の噂で漏れ聞いた。
彼は何もかも知っている、知っているのだ。
雪音が神殿に……光に想いを残していることを。

「有り難いお申し出なれど……ようやくこちらでの暮らしに慣れた身、
遠出の自信もございませんので、この春は遠慮させていただきたく」

俯いた雪音に、蓮水は優しく語りかけた。

「焦らずとも良い……緩やかで良いのだ。いつかここに、
私と共に生きることにあなたが喜びを見出す日を、私は待っている」

しんしんと冷える雪の夜、ただ傍らに寄り添う人の温もりだけが
雪音の心に静かに沁み渡っていった。


~~~


やがて、雪音が里に戻って初めて過ごす春が巡って来た。
既にその腹には第一子が宿り、然の家にも次第に穏やかな灯が戻りつつある。

「雪音、ほらご覧。これは宮中で鏡宮(かがみのみや)様から賜ったものだよ」

「鏡宮様というと……わたくしも神殿にいた頃、
幾度かお目にかかったことがございます。お懐かしいこと」

美しい瑠璃の小箱を取り出した蓮水に、
雪音はあどけない帝の弟宮を思い出し口元をほころばせた。
神殿にいた頃の話を他愛もなく語らえるようになって、まだ日は浅い。

「鏡宮様がお前に子が生まれると知って大層喜ばれて……
是非に、と下さった贈り物なのだよ」

「え……まぁ、わたくしに?」

驚いて箱を受け取り、そっと抱く。
鏡宮の成人の儀式で、雪音は大巫女として祈りを捧げたことがあった。
瞼を閉じれば、昨日のことのように思い出されるその情景に、
雪音は恋しさではなくただひたすらに懐かしさのみを感じている己に気づいた。

「雪音?」

自分を窺う夫の瞳の奥に、今は心からの慈しみを、真実を見出すことができる。
ああ、これで良かったのだ。
私は私の道を、あの人はあの人の道を生きていく。
雪音は顔を上げて微笑んだ。

「いいえ、何でもございませんわ。素敵な贈り物、まことに嬉しゅうございました。
どうぞ蓮水様からも宮様によろしくお伝えくださいまし」

「……あぁ、必ず」

蓮水も微笑んで妻の肩を引き寄せた。
雪はいつか溶ける。けれどそれは消えるのではない。
大地を潤し、新たな生命(いのち)の営みを紡ぐのだ。
ただきらきらと光輝く、純白の美しい思い出だけを残して――

 




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