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段差付きっぱなし割れっぱなしの道路とか、ブルーシートかかったままの屋根とか、拡大したフォーマルコーナーとか、充実した香典袋のラインナップだとか、一度に数人分の死亡広告を見て地味にショックを受ける。至るところにある「がんばろう宮城!(市町村ver.含)」の文字が少し目につきすぎるようにも感じる。正直このスローガンが辛い方もいるんじゃないかな。実家のベッドだとかテーブルだとかにぶわっと3月の不安や恐怖が蘇ることもある。ずっとそこにいる方に失礼だし情けないと思うけど・・・。離れた人間には離れた人間の、留まる人間には留まる人間の、色んな驚きや悲しみがあるんだな、と思う。とりあえず現実を見て、ちゃんと考えて戻りたいです。
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昨日、震災後初めて仙台空港上空の景色を目にしました。やっぱり現実はしんどいなぁ、と。あの日、あの時もっとできることがあったんじゃないか、とずっと思っていて。こんなに近くで悲惨な状況があったのに、ガソリン無いとか自分の家のことで手いっぱいだったというのは言い訳に過ぎないんじゃないか、と改めて考えさせられました。あと自分は何も見えていなかったな、とも。うちの地区は波を被らなかったものの、5ヶ月経つ今でもブルーシートに覆われているお宅があちこちにあり、全然大丈夫じゃない、ここも確かに被災地なんだ、と急激に実感してしまって。牛の話や電力、節水の話もつらいです。時間の経過は必ずしもプラスに働くわけではないということを、今回初めて知った気がします。
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あの国はいくら潰しても次から次へとわいてくる蟻かなんかみたいに思ってんのかな国民のこと。
自分の国のこともそうだけど、為政者と民衆ってやっぱり対立軸なんかなー、というのを最近まざまざと感じる機会が多くてちょっと落ち込む。自然と人間じゃないけど、対立してきた文化もあるだろうけど何だかんだ共存していかないといけないし、互いが互いの代弁者みたいな関係になれたらいいのに。国の規模がデカくなり過ぎたのかな。あーでも自然は人間が無くても成り立つからちょっと違うか・・・(´・ω・`) 悔しかったりグルグルすることは多いですが、理屈だけじゃなくて具体的にどうするか考えていかないといけない時期に来てるんでしょうね。
自分の国のこともそうだけど、為政者と民衆ってやっぱり対立軸なんかなー、というのを最近まざまざと感じる機会が多くてちょっと落ち込む。自然と人間じゃないけど、対立してきた文化もあるだろうけど何だかんだ共存していかないといけないし、互いが互いの代弁者みたいな関係になれたらいいのに。国の規模がデカくなり過ぎたのかな。あーでも自然は人間が無くても成り立つからちょっと違うか・・・(´・ω・`) 悔しかったりグルグルすることは多いですが、理屈だけじゃなくて具体的にどうするか考えていかないといけない時期に来てるんでしょうね。
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