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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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※某歌劇団ネタ。

ずっと「ご贔屓さん」として応援してきたジェンヌさんの退団が決まって、胸にポッカリと穴が空いたような、まるで失恋したみたいな気持ちをヒシヒシと感じて改めて特殊な世界なんだなぁ、と。演じる性別が変わってしまうわけなので、何と言うか自分がずっと見て来た芸名のその人はもういなくなってしまう。先輩方(笑)から人生終わったと思うくらいのショックを受ける、と話に聞いてはいたのですが、ホントにこんなにでかいとは・・・(^^; 色々思い出して切なくなったり、泣いたり、でもそういう風に実生活とは関係ないところで感情を思いっきり発散できる場を与えてくれたという意味で、彼女と劇団の存在には本当に感謝しています。何かにハマれる体質で良かった。9年間、本当に沢山の夢を見せてもらいました。この舞台の時はあれしてたな、とかこの芝居のこの歌に励まされたとか、この振りの表情が(ryとか、その時の自分がどういう状況にあったのか思い出せたり、とにかく思春期~今にかけての特別な時間だったので、このスパンで好きでい続けられて良かったな、と。本当に幸せだったと思います。今はまだ悲しくてうまく受け止めきれてはいないですが、最後は笑って送り出せるよう、ファン道を全うしたいですね(ノ∀`゜)

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@熊野本宮
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相変わらずご本家様ごめんなさい…な地元の方巡ってます(^-^;

@村田城址
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蔵は崩れてしまいましたが、ホントに綺麗で素敵な町です(・ω・) 下ネタ好きにもオススメ(笑)

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拍手ありがとうございます。

一目千本桜を向かいの岸から眺めてきました^^  まだまだ寒いですし、放射能やら災害の爪あとはいたるところに残ってますが春の景色は美しいです。カメラ忘れて遠景撮れなかったので近くを写メったやつを・・・


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ご無沙汰しております。拍手下さった方どうもありがとうございましたm(_ _)m

おかげさまで何とか引っ越しを終え帰省したところです。思い入れのある土地でしたし、割と長く暮らしていたので去る時はやっぱり寂しくて、バスの中で泣きそうになりました(-_-; 大家さんや友人たち、沢山の素晴らしい出会いがあって、貴重な経験を色々させてもらって、外側からじゃなく内側からも、大好きな街になりました。・・・色々考えて好きでもその一部になることは難しいなぁと判断して別離(笑)を決めた訳ですが、これからもあの土地には一生恋し続けるんだと思います。「そうだK都へ行こう!」のキャッチフレーズは伊達じゃなかった(^^;
地元の方はまだまだというか時間が経つごとに新しい問題が、って状態ですかね。瓦礫と放射能orz やっぱりここにいないと見えてこないことは山ほどあるし、あの震災があったから地元と住む土地の距離を思い知り、色々堪えられなくなって帰ることを決めたので・・・。庭に生えているふきのとうを食べられなくなったこと、産直の山菜を見かけなくなったこと、川魚が売り場から消えたこと。小さなことが切なくて、おととしの春にいっぱい食べておけば良かったー!とか考えちゃいますね。ばっけ味噌とか、山や川といった自然と結びついた東北の郷土食が消えて行ってしまうんじゃないか、と心配になります。
まぁでも戻ってきた以上は何とかやっていくしかないので、腰を落ち着けて方向性は微妙に変わるかもしれませんが書く方もゆるゆる再開できたらなぁ、と思っております。本当にこの一年様々な方面にご心配とご迷惑をおかけしてしまいすみませんでした・・・(´Д`;)

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あの日からちょうど一年が経ちました。被災地出身の人間として、改めてご支援下さった全ての皆様に感謝申し上げます。本当にどうもありがとうございましたm(_ _)m

※以下はちょっとネガティヴなことも書いてます。

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今でも、今だからこそ余計に「夢だったんじゃないか」と感じることが多いです。時間が止まっているように感じることも一度や二度ではないというか、確実に動きを止めてしまった部分が自分の中にあるように思います。
本当に情けなくて申し訳ないことなのですが、正直ギリギリまでこっちにいることに決めた理由の一つに、この日を地元で迎えたくないという気持ちがありました。初めの半年は必死に嚙り付いていた報道からも、8月、12月と帰省の度に何も前進していないように見える郷里の景色がしんどくて、段々と逃げるように遠ざかってしまっている現状です。ずっとそこにおられる方から「直後よりマシになった」と聞かされても、自分が比べてしまうのはどうしても昨年3/10までの景色なんですよね。離れてしまっただけに、何でこうなったのか、何で全然良くならないのかと考えてしまい、うまく受け止めることができずにいます。
未だに家を直せない方もいらっしゃいますし、農業と漁業くらいしか産業が無い土地にも関わらず塩害と放射能汚染は止まず、物理的・精神的ショックのせいか地震の後に亡くなられた方も本当に多いです。
一東北人として、忘れないでほしい、覚えていてほしい、と思います。復興と言う言葉の持つ意味は簡単なものではないですが、せめて一かけらでも希望が見出せるような日が、被災地に早く訪れることを祈っています。


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