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「あなたが、私を助けて下さったのですか……」
酷く掠れた声が耳に届いた時、男は冷めた目でじっと女を見下ろしていた。さぁ、やっとだ。これをどう利用する――?
動けない女は従順に彼の話に耳を傾け、決して反論したりしない。かつての敵、国の仇であることは、嫌と言うほど思い知っているだろうに。
「いや、当たり前だろう? 俺が助けた、俺がここまで面倒を見てやったんだ……」
だからあれは、自分のものだ。
彼女がやっと寝台から起き上がることができるようになったその日、彼は初めてその身を犯した。何故と問う言葉も、抵抗の一つもなしに彼女はそれを受け入れた。ただ、哀しそうな瞳だけを、その傷だらけの身体に宿して。
女が動けるようになってからも、男は彼女を軟禁状態に置いた。二人の間に恋や愛などといった甘やかな情が芽生えたものとは、誰の目にも見えなかった。王族である男は名家の娘と婚約間近とされており、女は敵であった亡国の傷を負った民だ。せいぜい飼い殺されるだけの慰み者――表に出すことすらも憚られる、哀れな。時たま気まぐれに女の匿われる部屋を訪れては、嬲るように彼女を抱いて去っていく主の姿は仕える者たちにすら同情を抱かせた。それでも女は、嫌がる素振りも嘆く様子も見せなかった。何も感じないのか? 生きられればそれで良いのか? 誇りを持たぬ娼婦のような性根の持ち主なのだろうか? 女に対する嫌悪や軽蔑も、じわりと染みのように広がった。
「以前は薬草を育てていた、と……おまえにはそろそろ、役に立ってもらわねばな」
女は、賜った館の片隅で小さな畑を作り始めた。男に頼んで手配した種や苗を育て、葉を集め、調合して、それまで彼の国には無かった様々な薬を作り出した。特に秘密にする様子もなく、彼女は惜しげなくその栽培や調合の知恵を教えた。それによって救われた者、或いは弑することのできた邪魔者がどれほどの数に上るか。男は足しげく女の元へ通うようになった。
「今少し時間がかかります、お待ちください」
訪れた男にそう告げて去っていく女は、温めたミルクと素朴な味の焼き菓子を男の前にコトリと置いた。順調に王位に近づきつつある彼はこの頃、王宮で毒見後の冷めた食事ばかりを摂っていた。この離宮の中の小さな館、清らかに整えられた部屋、壁には季節の花を挿した一輪挿しが、ソファの脇には縫いかけの刺繍。女の元を訪れる時間が、新たな謀略のための道具を得るための一時が皮肉なことに彼の心を安らがせていた。
戻ってきた女の手を握り、男はその身を引き寄せる。痩せぎすだった身体は少しだけ柔らかな丸みを帯び、臭いニオイはどこにも無い。百合の花の香り、土の匂い、芳しいミルクの香り。愛しいと、遠ざかってしまった感情を、取り戻せたというのだろうか。
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→後編(女視点)
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出だしはまぁ割と中立的(教科書的な意味で)だったんですけど、後半に行くにつれてかっ飛ばしてきたねアメリカ節! ほんとカナダ大好きやなー(笑) もう最後の飛行機とカーチェイスのシーンとかめっちゃ笑えた(ノ∀`)
でも、先年のアルジェリアの事件とかWW2のこと考えると笑えないというか複雑な気分になるのも事実。経済力、情報力、ソフトパワー。アメリカほどの圧倒的な規模があるからこそできる作戦であって、まかり間違っても(例え色々制限がなかったとしても)アジアの片隅にあるほぼ同じ見た目・言語の人たちで構成されてる国は行えない作戦だよなー、と。もし、彼らの持つものの一部でも得られればあの件はもっと違った着地点を見出せていたんだろうか、とか考えてしまった。
あとイランに関しては、凄く日本と近づけて見てしまう。彼らとは人種も宗教も違い、対立した国。政情や経済のことだけじゃなく根本的な相互不信が起こりやすい相手で、ガチンコの後日本は現在のようなかたちになったけど、イランはああなっていて、でもだからこそ言い分を聞いてもらえる、考えてもらえる面もあるのかなー、と。確かに今どっちかと言えば受け入れてもらいやすいのはこっちの方かもしれないけれど、絶対言い訳はできないじゃないですか、何か一言でも。でもあちら側は争いが継続していることで「何故なんだろう」と考える人たちが、固定観念では説明できないことを知ろうとする人たちが生まれ続ける。その結果として見えてくる景色もあるんじゃないかな、とかもグルグル(-_-)まぁもちろん恩恵は大きいし平和な国に生きられるのは幸せなことですが。
全体的にテンポ良く小気味良い緊張がずっと続いていて二時間の中に上手く納まっている感じ。あとイランの子かわいい!サスペンス、スリル、アクション、あと老後の一花爺'sとよく考えればハリウッドの定番大好き要素が盛り込まれた作品で、事件のこと知らなくても、いやむしろ知らない方が普通に楽しめるかもしれないです(^^;)
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でもって、ついにヤン・シュヴァンクマイエル挿絵の『怪談』買っちゃいましたー!(>ω<)b
この前行ったモース展と言い、この時代の日本と西洋との最初の交わりみたいなのに関わった人の目線って面白いというか羨ましいというか・・・ちょっと経験してみたいですね。それこそ軽く時空や異世界トリップみたいな感じだったんだろうなー、とか思ってしまう。
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ちょっと先に書いていたものが重すぎて・・・前から定期的に萌えていたお市の方の方を。マジ信長の周辺はネタがありすぎて怖い。お市の方の怖いところ→再婚相手と時期(((´Д`;)))ガクガクブルブル 何があったのー!? いや分かるけどね・・・仲が良いって言われてて実際短期間に子供いっぱいこさえた旦那との別れはアッサリ(でもない?)受け入れたのに。その旦那の仇とも言える兄の血筋(いや自分の血筋でもあるけれど)を守るために、十云年ぶりの結婚を○十歳離れた相手と、ってすげぇわ。時代が違うって言ってもさー。
誰かのせいにする方が楽だし、神様とかに罪を背負ってもらったりすれば簡単だけど、その立場に甘んじるのも、従うことを受け入れることも、全て最後に選んだのは自分なわけで。表装を取っ払ったところで中身は変わらない、中身が変わってしまったとしたらそれは既にその人ではなく、強い感情を向ける相手の気持ちだって行き場を失ってしまう。それは一番失礼なことで、だから何やらかしても、傷ついても傷つけてもそのままの自分で全部背負って生きてくしかないんだな、と。そういう動かせない事実を受け止めることができる人が強くなれるんだろうなぁ、とか思いながら書きました(笑)
もうすぐブログ7周年です。いつから見て下さってる方がいらっしゃるか分かりませんが、お付き合い下さった皆様、どうもありがとうございますm(_ _)m 萌えって何だろう?とか、ネガティヴな方向に妄想がかっ飛ぶことも相変わらず往々にしてありますが(笑)独りよがりで大変申し訳ありませんが、ここで感じたことや考えたことと向き合える良い機会をいただいているなぁ、と改めて感じます。この先も続けていけるようにのんびり書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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<朝>
明け方の静かな木立の中を、ころりころりと転がる栗の実を追いかけて幼い少女が駆けてゆく。朝の支度で忙しい侍女たちの目を盗み、早起きをして人もまばらな館の外へ脱け出すことは、最も年若い姫の楽しみだった。
「待て、市。そのまま触れては手を痛めるぞ」
制する声にぴくりと動きを止めた彼女は、振り向いた先にいた兄の姿にホッと息を吐き出す。
「兄様!」
大うつけと呼ばれる長兄・信長は乱暴者だと恐れる向きもあるが、お転婆な市を認めてくれる理解者で、こういうことも見逃してくれる。市はこの兄が大好きだった。
パキ、カシリ。
荒っぽい仕草で草履のままイガを踏みつけると、彼は目を丸くする妹の前に綺麗な黄色の中身を差し出した。
「後で煮るか焼くかしろ、生では腹を壊すからな。……物を食うとは手間のいることじゃ。よく覚えておけ、市」
カラカラと笑う兄の足元をよく見れば、泥に塗れた草履の先にほのかに紅が滲んでいる。
「兄様、」
棘が、刺さってしまったのでは? そう聞くことが、何故かためらわれて市は口をつぐんだ。兄のその笑顔は、自分に対して張る虚勢は決して損なってはいけないもののような気がしたから。朝日が昇り切る前の静寂の時間、誰も知らぬ兄との逢瀬。それは確かな夜明けだった。始まりだった、この長い道程の。
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<昼>
いつの間にか、日が高く上ったようだ。涼しくなり始めた昨今でも、この時間帯は少し蒸す――襖を開けることは許されないから。バタバタとうるさい足音がそこここから響く中、市はそっと懐紙を取り出して額の汗を拭った。普段は上品に着物をさばく侍女たちですら、今は足を擦っている場合ではないのだろう。籠められた部屋の中から耳を澄ませるしかないことに、市は静かにため息を吐いた。
「おかあさま、たいくつよ。いまはまだあかるいじかんなのに。おそとへでたいわ」
四つになる長女の茶々が膝の上に纏わりつけば、
「はつもー!」
と一つ下の妹、初が母の袖を引いた。すぐ横に敷かれた布団の上ですやすやと寝息を立てる末娘、江の寝顔を確かめてから、なるべく気丈に見えるよう、娘たちに呼びかける。
「外はとても危ないのよ。もう少し、母様とここで待っていましょうね」
「どなたがくるの? おとうさま? それとも、」
「おじさま? おじさまでしょう、だってきっとお会いできる、っておかあさま、まえにおっしゃってたもの!」
「じゃあおじさまをおむかえするおしたくで、みんなおおいそがしなのね」
嬉しそうに笑い声を上げた初に、茶々は少し気取ってこまっしゃくれた返事をする。市はハッと息を飲んだ。子らの言葉はある意味で、限りなく本当のことだったからだ。全く、子供たちは無邪気なようで実際は誰よりも世界を隅々まで見渡せているものなのかもしれない。夫や義父と市の間の微妙な齟齬も、そんな中で生まれてきた江への憐れみも――二人は隠すことなく遊びや言葉の他愛ないやりとりに織り込んでしまう。
『おめでとうっていわないのね。わたくし、あかさまがうまれるのはたいへんおめでたいことなのだとおもっていたのですけれど』
『どうして? お茶々、お父様もおじい様も、ちゃんとお祝いして下さったでしょう?』
『でも、わらっていなかったわ。うれしそうじゃなかった。おごうがうまれてよろこんでるのは、わたしとおねえさまだけみたい……』
江の七日の祝いが済んだ日、そんな会話を交わしてからいくらも月が経っていない。未だ乳のみ子の、寝返りすら打てぬ赤子を思うと市の胸はしくしくと痛む。睨みつけるような、鋭い義父の眼差しと眉根を寄せて憂いをのせた夫の瞳。もう見ることはないかもしれない、けれど市は、その目が甘く細められ包み込むような温もりを帯びて己を見つめる恍惚を知っている。いつかあの瞳を取り戻せるかもしれない、また明るい日の下で芯から心を寄せ合う時が来るかもしれない――幻想だと分かっている。自分たちはただの男と女ではない。そうであれば出会わなかった二人なのだ。こうであるからこそ出会えた。それを拒むことはしたくない。その果てに生まれてきた子らの命を、そうして生きてきた己自身を。
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<夕>
「お市様」
外から呼びかける声に、市はピクリと身じろいだ。
「今なら……今ならお逃がしできまする。いっそのこと名を変え、髪を下ろしてしまわれればもう浅井に憎まれることも、織田に利用されることもありますまい。ただの女子として、人として生きるのです」
かすかに浮かび上がる影は恐らく織田方の間者だろう、どこか聞き覚えのあるその声の主を、市は探ろうと思わなかった。誰そ彼時――そこに彼が現れた意味を、彼女は確かに解っていた。はっきりと見えぬ方が良いことも、この世の中には沢山あるから。
「……娘たちはどうなります? それにお忘れか、我が兄は神仏の御威光など意にも介さぬ方。髪を下ろしたところで無意味です」
「信長様が疎んじておられるのは己以外の“力”です。武器を持たぬ、静かに暮らす尼寺にもしも踏み込めば臣民の信を失うこと、よく存じておられるはず」
即座に返ってきた答えに、市は思わず笑いをこぼした。
「……そうだとしても、私は名前を変えませぬ。この髪も、この衣(きぬ)も」
夕日に照らされた部屋の中でも一等紅い、その唇をきらめかせ。
「殿がその手にとって梳いて下さったこの髪です。兄様が特別に仕立てて贈って下さったこの衣です。お二人が愛して下さったこの身です。苛立ちも疑いも憎しみも、この狂おしく燃えるような心さえこの私自身でなければ受け止めることはできないのです。私は何一つ捨てたくなどありません」
強い口調で告げる市の言葉に、男は声を震わせた。
「お市様、私はあなたがお可哀想でならないのです。幼い頃から兄君の命じられるままに生きて……それは本当に、あなた自身の人生と言えるのですか?」
影の気配が遠ざかって後、結局彼女は夫の説得により三人の娘と共に城を降りることになった。信長の妹として――織田の女として。市はその名を、その生をどうしても捨てることができなかったのだ。
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<宵>
ほのかに浮かび上がる灯火に照らされた懐かしい面差しは怜悧なまま、消せない疲労を帯びた深い皺を刻んでいた。
「……市」
はっきりと、時に鋭すぎる声音で言葉を口にする兄にしては珍しく、喉の奥から絞り出すような声。
「はい」
眼前に座す妹の目を、うかがうようにチラリと見て、信長はすぐに顔を伏せる。顔を洗い、着替えをして髪を梳った妹の白い面が、送り出した日と同じように、否それにも増して美しく薄闇の中に浮かび上がる。
「おまえは、幸せだったか?」
「……少なくとも、不幸ではございません。今も、そう思っております」
これが自分の選んだ道の果てなのだから――
数年ぶりに目にする兄の姿と向き合い、市は酷く哀しく、そして愛しさで胸がいっぱいになった。瞠目する兄は、今や悪逆非道を極める魔王との異名を馳せる天下に最も近い男は恐らく、そんな訳が無い、或いはその幸せを奪ったのはおまえではないか、となじって欲しかったに違いない。誰よりも可愛がり、大切にしてきたはずの妹の夫を殺し、その骨さえも辱めて。憎しみの眼差しで刺し貫いてほしかったのだろう、他ならぬ血を分けた妹、愛する市自身に。そんな甘えは許すものか。これは市自身のものだ、選択も、経験も、決意も。痛みも、苦しみも、切なさも、悲しみも――誰にだって渡さない。背負わせたりするものか。全て己の血肉なのに。
「私は確かに、兄様のご命令により長政殿の元へ嫁ぎました。兄様のためになることが、お役に立てることが私の望みであり、喜びであったからです」
信長はコクリと息を飲む。
「そして彼を愛したのも、子供たちを生んだのも、全ては私が選んだからです。最後に決めたのは私です。あの時、兄様に小豆をお送りしたのも……今、ここに在ることも」
だから、何も恨まない――笑えるのだ、この闇の中にあってさえ。
「おまえは強いな、市」
信長は苦笑して妹に手を伸ばし、その手を宙に浮かせたまま止めた。
「わしはおまえに、甘え過ぎてしまっていたようじゃ」
腰を上げて立ち上がった兄の姿を、市は静かに座したままじっと見つめる。ずっと昔、幼い時分、市はこの人について行くと決めた。この人のために生きたいと。なりふり構わぬ振る舞いに、不器用なその言葉にただ一つ、確かな真理を見出したから。そうして成長した市は、恋を知り、愛を得た末にようやく思い知らされた――自分はそうとしか生きられないのだという事実を。だから悔やみはしない。その時その時、目の前のことと懸命に闘い、選んだ道が市という一人の女の運命を創り上げてきたのだと、確かに信じられるから。
「兄様、」
あなたがいて初めて、私はこの暗い夜の中で己をかたちどることができたのです――鏡に映した自分自身、己の影を見出した。
ありがとう、と告げるのはきっと侮辱になってしまう。そして誇り高い兄の心を、酷く傷つけてしまうだろう。市は唇を引き結び、ただ真っ直ぐに兄を見つめた。背を伸ばし、凛として艶やかに――兄が、市が求めた姿で。これから兄は、織田家はますます激動の渦に巻き込まれていくことになるだろう。それは妖しい予感であり、確かな予測でもあった。再び朝が来て、眩い光の前に幾筋もの道が開けたとすれば、市が自らの意志で道を違える時は来るだろうか。否、それでも市にはこの道しか選べまい。そう判った以上、後悔だけはすまい。小姓が差し出す蝋燭の明かりが、兄の纏う南蛮の衣の鮮やかな色を照らし出す。その背を見つめて暗い部屋に佇んだまま、市は手を固く握りしめた。
→後書き
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