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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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※7章まで読了。前半時事ネタ、後半から相変わらずかなりの病みが混じった感想に入りますm(__)m

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ト○コもイ○ドネシアも、イ○ラム教が主流の国の中では比較的世俗派・穏健派だったはず。だから観光客だって集まったし、それを貴重な資源にしてきた。それが、ネット駆使したI Sの影響一つでここまで突き崩されちゃうものなのか。この間のタ.イの事件だってそう。誰も憎んでいなかったのに、植民地支配も戦争も乗り越えて、独立して前に進もうとしていた彼らを、どうしてこんな同じ宗教を信仰する人たちを追い込もうとするのか? いやトル○の件はシ○ア難民、タ/イの件はウイグ○族という複雑な事情も、自分たちを助けてくれない他者・社会・世界を恨むに足る動機は存在したのかもしれない。でも、全世界の追いつめられたムス○ムに向かって(少なくとも現在の彼らがそうなっている状況は半分以上I Sの責任が大きいにも関わらず。残りは彼らを育てたとも言えるアメ○カな(´-`))、「戦わなければ罪」だなんて。そんな意識を、憎しみを植え付けるなんて間違っている。生まれ育った国や、自身に対して何の危害も加えていない相手を攻撃しろ、だって? 何十年も前のことについて、むしろ今の自分たちは相互に利益を互換し合う間柄だろうに謝罪や賠償や復讐を求めて叫ぶどっかの隣国みたいで吐き気がする。人間ってどうしてそんなバカなの? 理解し合えないのか? 私は歴史が好きだけど、それが現代と繋がるものであることは解っているけど、そのことを利用しようとする連中は心底軽蔑するし許せない。
今アメ○カにイラついてるのは中途半端な安保政策態度とぶっちゃけ金の問題だし、中/国を警戒するのはその不透明な金の動きと影響力の拡大ぶり、軍事的にどこまで覇権を伸ばすつもりなのか、また実質的にそれが可能なのか、ということが隣国として気になるから。半島はどっちもホントにもう困ったもんだ、でロ○アはどうせ島返す気なくて経済的にも追いつめられてるのに交渉する意味あんのかな、って感じだし(とりあえず中.国に寄り過ぎないでね、って目的なのは分かるけど彼らもうソコしか頼りどこ無いんだから無駄じゃね? まぁ米にも裏で話通した上で「ポチじゃなくて独自外交してます」パフォーマンス、定型の国○省警告までセットのプロレスなのかもしれないけどさ(-_-;))、台/湾は選挙後もバランス取って上手くやってほしい、とかそんな現代の視点しかなくて、たまに感情的になることはあるけど過去は過去であって自分がやられたわけでも無いことに表舞台に出てまで騒ぐ気持ちは欠片も忖度できない。宗教や民族主義という信仰やイデオロギー(身内見てる限りぶっちゃけ区別つかないんだけどさ。笑)ってそこまで根深く「自分に関係ない」仲間の痛みまで背負わなきゃいけない、そういう感情や義務感を養っちゃうもんなの?

電気羊読み始めたんだけど、私にはフォークト=カンプフ検査をクリアできそうにないし、マーサー教の共感ボックスも全く役に立たなそうだな、と。てか人形供養の文化やどんと祭でのお焚き上げ(私も昔何体かお世話になったぬいぐるみやオモチャを持っていきました)、ロボットのペットが売れたり、スマホと会話して遊んだり、自動掃除機に名前を付けて可愛がる人が出てきちゃう日.本人は全員「特殊者」認定で地球外惑星への移住は認められないかも(笑)と思った。残酷だと感じる基準も、許せないことも、愛情や執着の観点も余りに違いすぎる。『高い城~』で東洋ごちゃ混ぜ解釈に戸惑いつつも確かに感じられた「同じ人間なんだ」という共感が、少なくとも電気羊の序盤ではことごとく裏切られているようで泣きそうになる。
何か(特に年明けの初詣鬱トークから、尾骨打って動けなくなり、更に初めて精神科医にトラウマについてぶっちゃけるというイベントが続いたために)情緒不安定が酷くなっているからかもしれないけど。マジで初期トラウマを打ち明けた時の反応が皆同じで笑えるんだけど( ノ∀`)「えっ、保育士さんに?」とかって(笑)皆さんどれだけ子供が無垢だと思ってんの? だからこそタチ悪いんだよ、もし性的倒錯者の大人にやられてたらこんなに引きずってないよ。ソイツを憎んで責めれば済む話だもん。ただ大人の真似事をしてみたかった子供のイタズラの範疇だって分かってるから、余計に誰を恨むことも責めることもできずに感情の行き場がなくてずっと膿み続けてるんだっつの。何か大晦日のド○ツ女性が「難民」にされたことの具体例聞いたら、成長してからの諸々も含め自分のこと思い出し過ぎて吐き気してくる。大勢の、大人の男に囲まれて持ち物も奪われながら、とか考えると・・・泣けるとかそんなもんじゃなくて痛くて気持ち悪くてしょうがないんだよ、心臓とか胃とか体中と頭や心の中身が。作中に登場する名句「死は確かなもの、生は不確かなもの」、コレまさに私に当てはまるんじゃね?と感じた(^-^; 何で生きてるのか分からない、ずっと死んでるも同然の状態だと思うもん。確実に心臓が止まろうとする瞬間に、あー生きてたのか、って実感がやっと得られる気がする。(ホント病み100%でスミマセンm(__)m)
しかし電気羊と『高い城~』両方読んでると、勝者の側、そしてアメリ○でもいかに放射能・核に対する怯えが広がっていたのか、ということがうかがえて少し暗澹としてしまうような、一方で日/本人として胸がすくような複雑な気持ちになる。冷戦下ということもあっただろうけど、あれほど後世にまで害を及ぼす、非人道的な代物を開発し実際に人間が暮らす都市に落とすという行為をし出かしておいて、それをやった国の人間が何も感じないとか、それこそアンドロイド(機械)と同じ、感情を持たない無機物の狂気じゃないですか? そう考えると70年経った今に至っても、あそこまでアメ○カ人・アングロ側が日.本人の感情を刺激するほど過度に原.爆の正当化・「落としていなかったらより多くの命が失われていた」説を熱心に主張する訳も理解できる。(一日/本人としては決して認められないし、最終的に降伏という決断に結び付いたのは中立条約を結び、和平交渉を願い出ていたはずのソ.連の裏切り的な参戦が最も大きかったと考えている派ですけど)
アメ○カが戦後日/本の経済や安保面での支援を(同時に搾取や利用もありましたが、国際社会の非情さを考えればソコはお互い様の面もあるかと)行ってくれたのは、確かに大陸の共.産化と冷戦という切実な状況に迫られたという理由ももちろん大きかったのだろうけれど、もしかしたら罪悪感を払拭するための贖いの意味も込められていたのかもしれないし、自分たちがされたら決して許せない絶望的な憎しみに囚われるレベルの事柄だと自覚した上で、こちらの恨みを和らげる目的もあったのかもしれない。そう考えると、やっぱり人間は人間なのかな。当時日/本兵を同じ人間だと見なさずに(そうすることができずに)残酷なことを平気で出来た米.兵もいれば、「同じ人間」としての痛みを汲み取って政策を打ち立てた偉いさんや、後の時代に恐怖に打ち震えたアメリ○人もいた。そのことに、事実に私はやっぱり希望を見出だしたいな、と改めて考えさせられました。いつかI Sに洗脳された人々の心にも、そういう「人間としての共感の感情」がちゃんと届くと良いんだけど(´・ω・`)


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『苦役列車』同時収録のやつ。

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うおお、寛多が「書くこと」に執着しておる・・・!(゜Д゜;) というのが『苦役列車』『汚れなき酒のへど』辺りの頃から考えるとかなり大きな進歩なんじゃないか、とまずビックリした。藤澤淸造に出会い、彼を師とも父とも慕い、その足跡を追い続けた果てに始めた文筆業が、彼をその道へと誘った。文学を通して新たな欲望、つまり生き甲斐を得た訳ですよね。投げやりに日銭を稼いでた若い時や、とにかく共に暮らせる女性の存在を求めることにこだわっていた頃に比べると、より野心的で前向きな生き生きとした方向に舵を切れたことは、例え生来の僻み癖が抜けなくても、同時に惨めな自覚と共に抱えるスペシャル・スノーフレーク症候群によって他者を見下す姿勢(彼はそれが己の弱さと劣等感の裏返しだと誰よりもよく知り、傲慢な態度を取る一方で文中に赤裸々な怯えもまた綴っている)を変えられずとも、間違いなく人生の坂を登りつつある過程にようやく到達できたのではないか、と感じました。少なくとも15歳?から何とか一人で生きてきた訳だし、いくら本が好きでもそこまで特定の作家や作品といった対象を追いかける情熱は無く、彼のように書くことへの欲も思いっきり奮い起こすことが不可能だった私よりは少なくともずっとマシだわ(^^)b
今ホント尾骨痛くて寝たきり状態も作品中の彼と被って一々共感しながら読んでたんだけどさー。(しかし男性は羨ましいな!女だしアレ中だから張ってでもトイレ@ウォッシュレット付きに向かわざるを得ないもん。前と後ろで痛さ倍増だし。下な話題でスミマセンm(__)m)腰はホント何故か精神状態がダイレクトに反映されちゃう部位だよなぁ。神経が集まってるからだっけ? 表裏の関係だからか胃とも思いっきり連動するし(;´_ゝ`)
でもやっぱりニシケンさんは凄いわ。野間賞取って物書きの端っこに名を連ねたところで何も変わらない、取り囲む人間が倉庫会社の社員から編集者たちに変わっても、出世の概念が倉庫番を任されることから文芸賞の受賞に変わっても、それらに向ける欲と、同時に存在するそういう欲に対して厭世的な、全てをぶっ壊したいという衝動を抱く刹那的な態度や心情の在り様が何も変わらない。それってある意味すごいこと。欲しがってるのに欲しくない、イヤそういうフリをする。どこかで見ている「師匠」に失望されたくないから、これまで「負け犬」であり続けた自分が見下し続けてきた、当たり前の出世や名声を求める「エリート・成功者」なぞになりたくないから。一方で文芸家として憐れな顛末を辿った堀木の本に奇妙な同情と恐怖を抱き、文芸者としての己の今後を悲観し出す、というのも相変わらずの矛盾溢れる人間味で( ノ∀`)
でも、一つ安心したのは彼が堀木のようになるかもしれない、と心配している理由が「根は小説を書くことが何よりも好き」だから、という点に私は心底感動した。きっと彼は、今後どんな栄華を掴んで没落したり裏切られたり人並みになれたり、どんな道に進もうと、どんな目に遭ったとしても絶望も絶筆もしないだろう、と。いつもどこか高みから自分を見下ろして「ネタ」として客観視できる、そんな私小説をこの忙しなくモノと情報が溢れて止まらない現代社会において立ち止まって冷静に(かつすこぶる主観的な情熱も込めて。笑)描き出すことのできる貴重な作家さんだな、と改めて思った。だから、これからの作品も楽しみにできるo(^o^)o

いやー、しかし彼は中卒コンプの塊だけど、絶対その辺の文学部生より近代文学への造詣は深いんじゃないか? 堀木克三なんて正直聞いたこともなかったもん。私が否定的な近代日本文学の分類と系統、歴史についてもシッカリ把握しているし、語彙の豊富さや用い方と言い、ハルキや人気エンタメ作家(それらインテリの皆様はあえて現代読者向けに難しすぎる言葉は使わない方針を貫かれてらっしゃるだけなのかもしれないませんが^^)さんたちより、よっぽど古くて味のある日本語を使いこなしてらっしゃる。まぁぶっちゃけ遊んでても何とかなる大学生は置いといて、中学の国語教師が地名の読み間違えてたことも、高校の国語教師が古典の基本的な知識すら誤解したまま授業を進めていて呆れ返った事実も個人的に忘れられずにいるので、それらの人々に比べたらよっぽど彼の方が「先生」と呼ばれるにふさわしい(少なくとも国語・文学分野においては)教養を備えていると言えるんじゃないかな、と。しかも彼はそれらの知識を必要に迫られて詰め込んだ訳ではなく、純粋に「好きだから」自然と身に付けたというところが素晴らしくないですか? 頭の固い学者に支配され、すっかり一般社会からは隔絶されてしまった印象を覚えて久しい近代日本文学の世界でだよ?(マジでこの方面は日本の文系学問の中でも特に硬直している分野としか(以下略)私は文学専攻じゃなかったし、ソッチ系で仲良かった友達も古典分野メインにやってる子だったから、昨今の研究事情について偉そうなこと言える立場じゃないけどさー)

あと巻末の解説某元都知事でクッソ吹いた( ノ∀`) ニシケンさんがずっと憎んできた、彼とは真逆の所謂エリート層・ボンボン作家?に書かせるとか! ニシケンさんよく許したなー。てか『落ちぶれて~』読む限りS潮社担当の復讐?(笑)でもA川賞の受賞から一気に華やかな表舞台に引き上げられたことで、ニシケンさんが彼の私小説の根幹を成していた貧困から脱け出し、裕福という障害を負った以後の作品の変質に興味が湧く、という一種のイヤミとも受け取れる意地の悪い言葉にはちょっぴり共感してしまった(^-^; 上に書いたようにどんな状況でも己を客観視した末の破壊衝動が抑えきれずに100%は満たされないまま、その鬱屈を書いて発散させるタイプの方だと思うのでそう心配はしていないのですが・・・。(イヤ決してニシケンさんに幸せになってほしくない訳じゃないんだけど(-_-;))とにかく、正しく純文学的な世界で勝負できる作家さんが現代にもいること、ニシケンさんと酒見さんが同時代に健在な事実(つまり新作を読める、その作家の人生観や心情の変遷を生で追えるということ)が嬉しい。いくら出版不況だ娯楽の多様化だラノベしかない、とか言われても、日本「文学」の世界はまだ死者だけのものではないんだ、と確認できたので、安心して翻訳モノ・電気羊に戻っていけるわー(´∀`)
ホント色々ぶちぶち言ってても、外の世界を知るには相手の側で流行ったり評価された出版物や創作物を見ることが一番だと考えているので(特にフィクションにおいては登場人物の思考パターンや心情ね。全く別の文化や異なる外見をしていても結局同じ人間なんだ、ってことが理解できる最も重要なポイントだと思う)、まずはトコトン「翻訳する」という努力をしてくれた近代化の先達の皆様には本当に感謝したいですm(__)m


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株価500円に満たないけど少しは上がって良かったですね(^∀^) どれくらいかければ取り返せるのかなー? (笑)

以下、辛口気味のグチ含みながらいつものニュース感想的な。

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某諸島近辺に砲艦までうろつくようになったため海自出す、っつった途端「テメ―がそう来るなら多数の軍艦送ってやんよ!(゜Д゜#)」と言葉上とはいえ戦後最大?の緊迫したやりとりが為されている中、国営もどき放送のお昼のニュースがオッサンアイドル()グループの解散ネタとか、何て平和(ボケ)な国なんだろう、とつくづく溜息が出ました。もう嵐がいるんだし、歌も踊りも見てて可哀想だったからどうでも良いよ、と(´Д`)=3

オバ○の演説も相変わらずだったしな・・・思ってても言わない方が良いこともあるのに(どうせみんな米/国の衰えは分かってるんだから)、おたくが「警察止めます」宣言してから世界中で何が起こったか忘れてんのかな?(´・ω・`) ある意味ウチもたっぷり圧力かけられちゃったなぁ。しかも北と中.国がキーキー騒いでるこの時期に(笑)自分は辞めるんだから良いよねぇ、強硬派トラ○プ人気への牽制のつもりなのか? 彼、むしろ積極的に同盟国捨てて孤立主義に向かおうとするタイプのバカ保守の香りがする人物なのに? ホント軍隊も核持つ権利も奪った挙句、歪んだ平和主義植え付けといて逆コース取らせたり放置とかマジ勘弁してほしいっすわ。

あと台/湾皇.民派(というか一部若者?)の方・・・「祖国は中/国ではない」は諸々の背景や歴史を鑑みてOKとして、「祖国は日.本」というのはどう考えても無理があるし止めておいた方が良い主張やで!天下のアングロ様がお考えあそばした戦後秩序全否定することになってしまう(゜_゜;) どんな目に遭わされるか分かったもんやないでー。まぁそんなこと言ったらR O CからP R Cへの常任理事国すり替えやソ/連がロ○アになっても引き続きその座に居座ってたり、ってこと自体がそもそもおかしいんですけどね。ぶっちゃけU Nはあの時点で解体するか組織改革して敗/戦国条項なくすべきだったと思う。フィン○ンドなんか完全な自衛戦争しただけで何のとばっちりだよ・・・(;´д`) んでイタ○アがヘタレヘタレ言われる割に上手くやり過ぎてて怖い(笑)さすが腐ってもローマの末裔、バ○カンのお膝元! それは良いとして、露はえげつなくてもヨーロッパで出した戦死者の数とか考えて、あとウチの降伏にも私は原爆より大きなダメ押しの一手を加えたという意味で貢献したと言えるのかもしれないけど(中立条約の裏切りと降伏後も暴れ回った挙句、国際法ガン無視の民間人強姦・殺人・一部捕虜への処遇と密約による火事場泥棒の件は日.本人としてもちろん認められるものではないが)、仏・中なんかそもそも勝者ですらなく、中に関して言えば日/本軍をギリギリ食い止めてたのはぶっちゃけ国.民党側だった訳で、よく平気で拒否権だの発動して偉そうな面してられんな、と^^#ビッキビキビキ(ちょっと昨年の諸々と北の件で良い加減キテるわ、いかな大陸ファンとはいえ、一日/本人かつ地域の平和と安定()を願う者としてな!)
アングロ外交の鉄則として「バランスと牽制」が主目的であり、国民性や技術力的に暴走されたら困る独/日を抑え込む手段として彼らが選ばれた事情も推察できますよ? でも今、正直言って後悔してんじゃねーの露/中に拒否権与えちゃった件。・・・いっそもっと揉めて苦しんで組織ごと一回潰れちゃえば良いのに(´-`)としか思えなくなってる自分もいてね! まぁどうせ何だかんだでいつものようにつるんで密談からの結局ウチ(と半島ほかアジアや東欧諸国、もう中東は散々エライ目遭ってるから今更触れるまでもないかな・・・)は散々振り回された末に思いっきり梯子外されてオワリ、という結末になるのかもしれないですけどね@諦めモード全開\(^O^)/
大体そもそも何で「敵国」のウチらがあの組織維持するためにこんな金出し続けないといけないんだよ。昨今の役立たずぶりはI Sにしろクリ○アの件にしろアフ○カでの結局何も止められてない(むしろ兵士の児童買春などにより余計事態を悲惨にしている)P K O活動とか余りに際立ち過ぎている気がするけど、まだ組織としての存在価値を有していると言えるのか?教科書では「国.際連.盟の過ちを繰り返しちゃいけないから国/連の枠組みは絶対に守り通さないといけません」みたいなこと書いてあるけど、正直アホじゃね? ウチは敗.戦国日/本なんですけど・・・子供たちに本当の歴史を教える必要なんか無い、ってバカにしてるわけ? 何故「U N=ウチら(枢/軸国)の敵だった連合国です。なので負けたウチらは何があっても、基本悪者で逆らえません。多量の金や人手は言われるままに供出しないといけませんが、決して組織内で良いポジションを得られたり影響力を行使することはできません」ってハッキリ教えないんだよ!? (ノ`△´)ノ~┻━┻  慰.安婦、南/京より、ウチの国民にとってはよっぽど重要な知っておくべき事実じゃね?と考えちゃったりもしますね☆
台.湾については一回Ec○nomist様が李元総統の見解とか記事にしちゃってるし、気づかれ出したら「日/本の洗脳教育はここまで酷かったのか」云々、下手するとこっちまでまた大昔のことで叩かれ出さないとも限らないので、安保協力必須な米のご機嫌損ねないためにも自重大事・・・中途半端に関わった末に半分見棄てるような形になってしまって申し訳ない気持ちも日.本人としては確かにあるし、ありがたいなぁと感じる側面も多々あるけど、ほどほどにするのがお互いのためなのかな、という気がします。国/民党の大陸同化教育受けて育った世代との意識格差が増したり、経済的に依存している大陸側と商売している層との分裂が起きたりしたらそれこそK産党の思うツボ、第二の香.港にはなってほしくないので。(本屋さんの件、本当に怖すぎる・・・せめて命だけは無事だと良いんだけど(((>_<;)))gkbr)


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年明け一気に二千円くらい下がってんじゃないの?(ノ∀`)勘弁して下さいよ中.国さん・・・凍死投資家の皆さん、ご愁傷さまです@合掌(-人-)

あ、昨日手術のグチっぽいこと書いちゃったけど、治療を受けたこと自体は(コスパ的にこんな死にたがりに金かけさせて家族に対して申し訳ないとは思っているけど)後悔してないです。そりゃ傷は広範囲で寒いと引きつるし、説明が面倒だったりぶっちゃけ怖くて美容院変えられない状態になってたり、髪型も一々気になったりはするけど今は髪も伸びて本当に上手いことやってもらえたと思ってる。というか、視力の低下がピタッと止まったんですよ。術後「いやー開けてみたら思ったより広い範囲で視神経に癒着してて大変だった(´∀`;)」という話を先生から聞いたので、あっぶねえぇー!(((゜Д゜;)))と。まぁあんまり関係ないのかもしれないですが、微妙に悪い方の目が腫瘍があった側だったことと、PCや携帯(スマホになってからは特にいじってる時間増えたはずなのに)の使用時間や、活字読む量はほぼ変わってないのに度が進まなくなったのって摘出したおかげなのかな、と。心の病気はやっぱ心の病気でしたけどねー(^^; イヤだから皆さん、健康診断って大事ですよ!(というよく分からないオチ。笑)

以下、鴎外とは対照的でマジ安心した読感記録(´-`)b

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日.本の「知識層」みんなが厨二病だったわけじゃないんだな、ってことが分かっただけで良かったー(;∀;) 最初なんで李陵を主役にしたんだろう、と思ったけど、司馬遷や蘇武のエピソードを織り混ぜることでまさに「スペシャル・スノーフレーク」という発想自体の否定、人は誰もが他者から褒め称えられるような特別な存在ではなく、埋もれて行く者・背信する者・おもねる者・不条理に堪える者、それぞれの生き方があり、それこそが人間の個性で、例え雪の結晶のような眩い輝きを伴わずとも各々の地や意思や方法で懸命に生涯を貫いたなら、それは誰に認められずとも、記録や記憶に残らずとも堂々と人間らしい尊ぶべき「人生」ではないのか、と訴えかけている話のように感じました。モチベーション0の死にたがりにとっては特にね!(毎度いきなり病み入ってスミマセンm(__)m)
なので、作者もよっぽどネタとして活きそうな司馬遷や蘇武ではなく李陵を主人公に据え、彼によって残りの二人を引き立たせるのみならず、大方の人にとって「絶対的な真理」など存在しないこと、「立派な生き方」をしなくても、「名を成す英雄」になんかならなくても、人は生の中で苦しみもがき、それでも人として生きていく、それだけで、その選択を選べただけで偉大だということを伝えたかったからなんじゃないのかなー、と。恐らく大半の方が教科書で習われたであろう『山月記』、アレもまさにスペシャル・スノーフレーク症候群にかかってしまった人間の醜さや悲哀、それでもプライドや詩作への執着を棄てきれず、獣に姿を変えてなお生き続ける人の業への慈しみ、愛しさが込められた「やさしい」作品なんじゃないか、と私は感じたんです・・・。
だから、中島さんが李陵を主題として、彼の立場なら当然感じるであろう祖国への憤りや、胡族への親しみの一方で逃れ得ぬ郷愁、蘇武への後ろめたさと畏敬の念、そして「正しいこと」を述べたが故に「刑」に処されて後、全ての感情を打ち捨てて半ば歴史に消えていった無数の「魂」に憑かれたかのように『史記』を完成させた司馬遷の姿に共感と哀しさと、人間というものの真の在り方とは何か、という答えを見出したかったのではないか、と。だって正直、私は武帝の死に慟哭して血まで吐いた蘇武には少しも共感できなかったもん。辱しめ(あるいは更なる苦痛)を免れるために自殺する、ここまでは日/本でもよくあったことだし理解できる。でも何年も助けに来ない上に身内がどうでも良いことで殺されて、そんな王朝に愛着を抱けるなんてどうかしているとしか思えない。まだ本人の意地ゆえに単宇に下ることを良しとしなかった、って理屈の方が納得できるわ正直(@_@;)
・・・申し訳ないが私ホント日.本とその歴史・習俗・文化は愛してるけど、戦争になった時もし「生きたい」って気持ちが欠片でも湧いたらソッコー逃げ出すタイプだと思うからさー。今は別にどうなっても良い、っていうかむしろ早く(以下略)という気持ちだから、明日ミサイル降ってきても「コッチに来ても良いけど大事な人たちのとこには落ちないでねー」くらいにしか感じないけど。あ、もちろん自分以外の、特に民間人の子供とかが人為的手段で殺されるような目に遭ったら怒り狂いますよ? でもぶっちゃけ震災でどうにもならないし怒りのぶつけようがないことってあるんだな、と悟ってしまったというか・・・だって、自然は憎めないし殺せないじゃん? なので、よく考えたら戦争もそれと同じかな、相手も必死で生存のために戦っているのだと考えれば、という風にも思えてきて。だから、繰り返し災害に見舞われてきたウチらが何だかんだ言って(切実な安保や経済の事情もあるけれど)あれほどガチンコやらかしたアメリ○とも戦後なぁなぁで何とか上手くやってきて、中.韓の根深い恨みをイマイチ忖度できないのはそういう根本的な深層心理というか、思想面が異なるせいもあるのかな、と考えたりもしました(;´_ゝ`)

あとは、「礼儀の国(今のかの地から来たりし人々の評判を考えると爆笑ものだが^^)」漢から「蛮族」呼ばわりされる胡族の単宇と李陵の問答が胸を打つ。歌舞伎の『ヤマトタケル』でヘタルベが大和の人々の振る舞いに対して叫んだ嘆きに近いものがある。「上辺だけを優美に取り繕って、内実は己が益を貪り色を好み互いの足を引っ張り合う、欲望・嫉み・醜い人の姿があるだけなのに、我々と何が違うというのか?漢人は虚飾を知り、我々はそれを知らぬ、それだけのことではないのか?」みたいな。もし中島先生が現代に生きてらっしゃって、某元横綱と語り合うことができたなら・・・!まさにそれだよ、そのせいだよ彼が角界から追われたのは!(つд`)と、経緯とか呟きウォッチャーとして心から思ってしまった。最近叩かれがちなハクホーさんの素直な態度や語り口と言い、昨今の相撲ファンとしてもグッと来るものがありますな、このやりとり。
それでもまだ日/本を目指してくれる少年たちや帰化して下さる関取さんたち、あんな形で追い出されながら、それでも未だに心底角界の今後やこの国を憂えてくれている元横綱、そんな関係を元.寇やノモ○ハンや何やかんやありつつ、かの国の人々と築けていることが嬉しいしありがたいよね(´;ω;`)ブワッ んHKアナも往年の相撲ファンも「日/本人横綱ガー」ばっか言ってんじゃないよ、情けない取り口ばっか見せる自国力士の弱さが悪いんだから!ドルジさんやハクホーさんの取り組み見て興奮した挙げ句「ボクも相撲やりたい!」って競技人口やファン増える方がよっぽど大事なことだろうが!o(`△´)=3・・・また無関係な相撲トークに脱線してしまったことを心よりお詫び申し上げますm(__)m

いやーしかし光輝御大の『三.国志』読み返したくなっちゃったなー。(そっちかよ!)やっぱ大陸の歴史大好き(*´∀`) あっ、中島先生に続く現代の大陸歴史ネタ鉄板作家は酒見氏だと思ってるよ!『墨攻』大好き、いつか陋巷も揃えて読みたい!・・・と思ってたら既に中島敦記念賞(存在自体知らなかったサーセン><)もらってたんだ@wikiでググった(笑)たった一回の賞とか(゜Д゜;)ゴクリ みんなもっと大陸ネタ書こう? んー、向こうの歴オタは多くてもゲームとか萌え化の方が正直熱いし、中高年には半分ファンタジーのキャラアレンジ無茶苦茶な時代小説がウケる時代(つまり若い子のゲーム・ラノベ好きと変わらない^^)、正統派歴史小説(かつ純文系の問いや重めのテーマを含む)で勝負は出版不況の中、やっぱり難しいのかなぁ。淡々と史実に基づきつつ実在の人物の生き方や当時のその土地の在り様を描いている、という点で凄く好きな作家さん方なんですけどね。あー、やっぱ『大地』ももう一回読もう!そして魯迅を買ってこよう・・・。(何で本土の人のが最後なの?っつーか持ってないのかよ仙台生まれで、という恥ずかしい話(∩///∩))


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やっぱり読感と分けとく。※途中いつものように病み要素アリですm(__)m

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デヴィッド・ボ○イがもう69歳だったことに驚く。あの時代のロッカーで普通にベッドの上で亡くなることができたのは、ある意味幸運だったのかな・・・いやゴメンナサイやっぱり。・゜゜(ノД`)ウワアアアン! 坂本リューイチがGG賞逃したニュースと続けて見ると脳内で戦メリが流れ出しますね・・・音楽の方向性すら全く違う二人が何故か俳優として共演した映画があの名作、という大島監督の奇跡!今やすっかり原発バカ運動家の個人的にアレなイメージがついてしまったけれど、やっぱり曲は美しくあの作品は素晴らしい。何とも切ない気持ちになる一ロック・映画ファンです(涙)

あと尾骨の調子、まだポッコリ腫れの内に月一のアレが来てしまったという(^ω^) この歳になっても重めの私、ドコが一番しんどいかって、そりゃギューッと来る前方もつらいけどハンマーでガンガン叩かれてるかのような尾骨が一番キツいんですよ。いつもならお腹丸める赤子のポーズでお灸なりしてあっためてソレを和らげるわけだが、今回腫れてるから湿布貼って冷やさざるを得ないという苦行・・・!寝返りとか、座るのとか、何しても接触するし下半身の動き全ての起点になるから一々激痛が走るんだよね。もういっそくり貫いて空洞にしてくれ尾骨部分を、ってくらい辛い。痛い(´;ω;`) 何で動物がシッポいじられるの嫌がるのかよく分かったよ・・・もうイタズラしないから・・・ウッウッもうホント自分のドジさ加減がorz
あと年齢の割に重いというかしんどいのは極度の貧血のせいもあると思うんだよね。最中、寒くて仕方ないもん(((-_-;))) 何たって手術時に輸血されたくらいだからさー(笑) 「過去一度も献血OK出たこと無いんですけど自己補血しとかなくて大丈夫ですか?」ってよっぽど聞こうと思ったもんね。県外で早期入院は面倒だし、若いから大丈夫、って判断だったんだと思うんだけど・・・そしてあの時も4日目か5日目の最中だった@遠い目(´-`) 頭の皮ひっぺがして頭蓋骨削るとか二十代女子で丸坊主とか、やっぱり怖くて仕方なかった上に入院直前に父親がやらかすわで全く予定通り来なかったんだよねー。そりゃいくら頑張って鉄分摂るようにしてたって輸血する事態にもなりますわ。股関節の修復・保全と身長伸ばすために頑張ってカルシウム摂りまくった結果、手術で取り出した骨腫瘍が出来上がったように。ホントやることなすこと裏目にしか出ない><(突然の病みモード全開すみませんm(__)m)

あー、あと今後何読もうかな、って本棚見渡して「そういえば私文学部女子鉄板の谷崎(彼と張るのは大体三島な!)持ってなくね?」と思ってたら二冊出てきたー!恥ずかしー(∩///∩)キャー 卍と短編集・・・痴人の愛と刺青はメンドクサイこと言われつつも図書室で読み切ったんだよな。あ、谷崎ファンお勧めの陰影礼賛は羊羹が嫌いだという理由で読んでも買ってもいません☆
つーか基本的に甘いもの、特に豆を甘くする餡子系が絶対に口にしたくないほど苦手で、つまり和菓子全般が無理なんですよね(-_-;) イケるのは都○里の抹茶パフェと豆.政の茶団子、中○藤吉の生茶ゼリーくらいかな?和菓子カテゴリー外れるかもだけど。そういう意味で和菓子天下だと思っていた京都でパンやスイーツが充実していたのは嬉しい驚きと発見の連続でした。私でも食べられる量や甘さのスイーツを置いているカフェやケーキ屋さんがいっぱいあって(地元のケーキは大味でデカ目のチェーン店or街中の凄く高くつくようなお店しかない・・・><)、本当に良いものの良さを改めて教えてもらったというか。ウニなんかも回転寿司のウニは絶対食べられないけど、地元の漁師さんからいただいたものや直接市場で買ったものは全く味が違って美味しくいただける、この理屈がお菓子にも当てはまるんだな、と。(京都は逆に水産物激弱ですね。三陸産アワビの値段にぶったまげたり、かと思えば鮭の白子が100円以下で投げ売りされてたり。みんな食べ方知らないみたいで、フツーに塩・酒に浸けてレンチン(蒸し器なかったので)して出しただけで感動されたり(^^;)
短編集は待ち時間や寝る前だったり、隙を見て区切り良く読めるので結構好きです。特に純文は、短編だからこその余白というか余韻を楽しめたり考える余地?話や人物について噛みしめる時間を持てるのが良い。だから自分で書く時も短めにする癖がついたのかなー。削って削って、コレいらなくね?と、できるだけエピソードを最小限に、要点だけ。後は読んでくれる人に自由に想像してもらう。作者の登場人物を通じた自己との対話でもあり、読み手への問いかけでもある側面が強い気がする。一方的に自分の意思を伝えたい、この登場人物の人生を、ストーリーを語りたい、という長編を時間かけて読むのも好きですけど、何かより作者との距離が近いというか、作品や登場人物を通して自分を探す、共感や思索や問題や答えを見つけ出す、というのは純文系短編の方が優れている点なのかもしれない。もちろん長編でも一々ページに折り目つけたりして(笑)同じ行為は繰り返すけどね。我ながら厄介な読者だ・・・\(^O^)/
電気羊の後読みたい長編は『大地』かなー。高校の時くらい?に二巻半ばまで読んで放置してたけど(正妻派だったので彼女が死んだ辺りで止めたような)、ヨソから見たアジアを知りたい熱がキテるから!あと見つけちゃった以上は谷崎も行っときたいのと、そんな感じでどれ読んでどれ読み飛ばしたのか分からない短編集が結構あるので潰していきたい。(「あっ、これ未読じゃん!」ってルーレットみたいな楽しみなくなっちゃうけどね。笑)でも、まだとっておきカフカが残ってるから・・・(*´∀`)エッヘヘ 今年の抱負ポジティブ方面=積ん読減らしということで!



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