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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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ちっくしょう、予想通りドツボにハマりやがった・・・!orz

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えーえー早速『箱男』ポチりましたけど何かー?(゜Д゜) アイツにあんなこと言われなければもっと早く手ぇ出してたっつの悔しい!><(という責任転嫁。笑)解説がキーン先生とかもマジやばい、私が感想書くまでもなく線引いたセリフ残らず登場する上に的確かつ共感できる分析すぎて\(^O^)/ うおおコレ何て捉えれば良いの?何小説?ジャンルは? ホラーのようなサスペンスのような心理劇のような古典のような。何だこりゃ@今更。そしてもっといけないのは、最終的に男の気持ちも女の気持ちも双方理解できてしまうように感じるとこ・・・マーサー教の共感ボックスに接触したみたいに。当初男が教師という職業や妻との関係に感じていた鬱屈や、結果として虫や砂にのめり込むようになった心理についても納得するし(砂と時間と現実を重ね合わせ、生活というものの意義を定着と流動の関係性に見出していく、という)、その土地・生き方しか知らない女が砂に埋もれ行く家に執着し、そこでの生活にこそ全てを、彼女の仕合せも人生も何もかも見出している、という事実にも何故だか非常に同情めいた思いを抱いてしまう。

「砂のがわに立てば、形あるものは、すべて虚しい。確実なのは、ただ、一切の形を否定する砂の流動だけである。」と取りつかれたように砂丘をさまよっていた男が部落の罠にかけられ、逃げ出せぬ穴の中に落とし込まれたのだと気づいた時の絶望と憤りと驚愕の叫び。「ここはもう、砂に浸食されて、日常の約束事など通用しなくなった、特別の世界なのかもしれない」自分の静止が世界の動きも止めてしまったのだと、断ち切られ切り離された日常に拘泥し、女のことを「昨日も明日もない点のような心」の持ち主、部落の住民たちのことを「現代の一角にこれほどの野蛮が巣食っていようとは、夢にも思わなかった」と初め男は確かにそう捉えていた。
夜の方が生き生きと息づく部落の姿に、仮病作戦は失敗。男は余りポジティヴとはいえない教師生活のことを思い出す。「教師くらい妬みの虫に取りつかれた存在も珍しい……川の水のように彼らを乗りこえ、流れ去っていく生徒たちに対して、流れの底で深く埋もれた石のようにいつも取り残されていなければならない教師たち。希望は他人に語るものであっても、自分で夢見るものではなく、彼らは自分をぼろ屑のように感じ自虐趣味におちいるか、他人の無軌道を告発しつづける疑い深い有徳の士になりはてる。勝手な行動にあこがれるあまりに、勝手な行動を憎まずにいられなくなるのだ。」あっ、自分が基本的に教師嫌いな理由なんとなく解った気がします(´∀`)bグッ 言ってることと滲み出る本音が矛盾しまくってんだよねー。せめて生徒の前では隠せよ(笑)ってツッコんじゃう事例どんだけ目撃したことか。まぁ家教とかやって教えんのも大変なんやな、って学んだけど、彼ら志望して面倒な課程取りまくって試験受けて安定した公務員になったわけでしょ? 甘えんな(特に生徒に)、とブチのめしたくなっても(以下略)イヤ部活での過労死とかもあって本当若い先生は苦労なさってると思いますよ? でもな、そういう労働環境含め上の人間の意識というか教育界全体の雰囲気が変わらないといけない時期にいい加減さしかかってんじゃねーの?とトラウマそのいくつかを彼らに背負わされたと感じている人間としては思うわけですよ(´-`)=3

で、思い出から外の世界との繋がりを求め新聞を所望する男。「風景がなければ、せめて風景画でも見たいというのが、人情というものだろう。だから、風景画は自然の稀薄な地方で発達し(ん、パ/リのこと?)、新聞は、人間のつながりが薄くなった産業地帯で発達した(ロ○ドンですね分かります^^)」表に出たってすることがない、と言う女に思わず「歩けばいい!」と声を荒げる男。それに対して「歩きましたよ……本当に、さんざん……ここに来るまで……子供をかかえて、ながいこと……もうほとほと歩きくだびれてしまいました。」と応じる女に、初めて彼女の本心、ここでの生活に心からの安らぎを覚えているほど底知れぬ苦労の果てにたどり着いたのがこの家なのだ、という大事なポイントが見えた気がした。男はその答えに面喰い、なるほど確かに人類は「歩かないですむ自由」を求めて狂奔してきたが、今は果たして「歩かないですむ自由」に食傷した、と言えるのだろうか?と己自身に問いかける。「砂の限りない流動は、歩かないですむ自由にしがみついているネガ・フィルムの中の、裏返しになった自画像」という言葉が(((゜Д゜;)))思わず鳥肌立つっちゃうわ!
肝心の新聞を読みながら「欠けて困るものなど、何一つありはしない。幻の煉瓦を隙間だらけにつみあげた、幻の塔だ。もっとも、欠けて困るようなものばかりだったら、現実はうっかり手もふれられない、あぶなっかしいガラス細工になってしまう……だから誰もが、無意味を承知で、わが家にコンパスの中心をすえる」ってなんちゅう美しい真理の表現や。「……誰もがそんなことは百も承知でいながら、ただ自分を詐欺にかかった愚かものにしたくないばっかりに、灰色のキャンバスにせっせと幻の祭典のまねごとを塗りたくるのだ。……他人の太陽にたいする、いじらしいほどのあせりと妬み」ホントよくこの作者さん世間の現実そこまで見切っておきながら、若い時に絶望してとっとと自殺しなかったな。

同僚の組合員()教師との会話で「人生によりどころがあるという教育の仕方は、無いものをあるように思いこませる幻想教育」というのも心から同意だし(ソレで勘違いして突っ走って挫折した子、あるいはそのよりどころが見つけられない自分に絶望しちゃう子はどうすりゃ良いんだ?って話)、「けっきょく世界は砂みたいなものじゃないか……砂ってやつは、静止している状態じゃ、なかなかその本質はつかめない……砂が流動しているのではなく、実は流動そのものが砂なのだ」「自分自身が砂になる……砂の眼でもって物をみる……」この辺フラグ立ってますね(^ω^) 最終的に「生徒も砂のようなもの」と思っている時点で私の中では多分比較的波長の合う教師だったんだろうなー、と想像すると彼の“失踪”は非常に残念ですが(笑)
妻に対しては「情熱を失ったというよりは、むしろ情熱を理想化しすぎたあげくに、凍りつかせてしまった」という表現や性生活のくだりに、当時の夫婦観や家庭観、役割や周囲から求められるプレッシャーといったものを何となく感じられて二人が上手くいかなくなった理由も察せられるような。16章のラスト、主人公の心に響く声には作者の強烈な自己批判を含むのかな、と。「(教師として生徒に対し)自分が何者であるかに、目覚めさせてやるだけでも、立派な創造じゃありませんか?……おかげで、新しい苦痛を味わうための、新しい感覚を、むりやり身につけさせられる……希望だってあります!……その希望が本物かどうか、その先までは責任を持たずにね(オウオウそんなもん負ってなんかほしくないとも、ほっといてくれ!と一生徒の立場では毎度思ってましたけどね^^)……いずれ教師には、そんな悪徳なんぞ、許されちゃいないんだから……悪徳?作者のことですよ。作者になりたいっていうのは、要するに、人形使いになって、自分を人形どもから区別したいという、エゴイズムにすぎないんだ。・・・たしかに、作者と、書くこととは、ある程度区別すべきかもしれませんね……でしょう? だからこそ、ぼくは、作者になってみたかったんですよ。作者になれないのなら、べつに書く必要なんかありゃしないんだ!」

幾度も脱出を試みては失敗する主人公の「漂流者が飢えや渇きで倒れるのは、生理的な欠乏そのものよりも、むしろ欠乏にたいする恐怖のせいだという。負けたと思ったときから、敗北が始まるのだ。」という強い決意。現実にうんざりしながら部落の監視に対しても「仮に義務ってやつが人間のパスポートだとしても、なぜこんな連中からまで査証をうけなきゃならないんだ!……人生はそんな、ばらばらな紙切れなんかではないはずだ」って表現、上手いしヒシヒシ心情が伝わってくるなー(´;ω;`) 性欲についてのくだりで「そもそも飢えきった者にとっては、食物全般があるだけで、一応満腹することが保証されてから、はじめて個々の味覚も意味をもってくる。・・・純粋な性関係などというものは、おそらく死に向って牙をむきだす時にしか必要のないものだ」なるほどー、と思っちゃった(^^;
けど死の危険から逃れることのできた人間は季節的な発情からも自由になり、秩序というものがやって来て、自然のかわりに牙や爪や性の管理権を手に入れた結果、性関係も列車の回数券のような扱いになって、それが本物であるかどうかの確認がややこしく、性は証文のマントにすっぽり埋まってしまった、と。「男も女も相手が手を抜いているのではないかと暗い猜疑のとりこになり、潔白を示すために、むりして新しい証文を思いつく……どこに最後の一枚があるのか、誰にも分からない……証文は、けっきょく、無限にあるらしい」から。現代、っつーか戦後日.本人が草食系に陥ってしまっている理由が端的に表れている章ですね!(^∀^) 面倒くさすぎんの、ソコに辿り着くまでに捧げないといけない時間と金と労力。そして結婚というゴールに到り、互いによって吸い尽くされてしまう愛情。かつての獣の情欲、番をいたわる気持ちや生殖という本来の目的なんぞどこにも見えなくなってんだよ、最後には。
同僚に誘われて組合の集会に出た時の講演者のセリフがウケる(ノ∀`)「労働を越える道は、労働を通じて以外にはありません。労働自体に価値があるのではなく、労働によって労働を乗り越える……その自己否定のエネルギーこそ、真の労働の価値なのです。」戦後の教職員組合がガチでこんなソ/連配下としか思えない『1984』的思想を説く場と化していたとか、心から想像するだに怖ろしいな(((-_-;)))gkbr 右.翼様がギャーギャー騒ぐのも理解できる(笑)しかも主人公がソレを思い出したのが水を得るために約束させられた砂掘りをさほど苦じゃなくなってきた、と感じている時に「たしかに労働には、行先の当てなしにでも、なお逃げ去っていく時間を耐えさせる、人間のよりどころのようなものがあるようだ」と考えた末の話だなんて!

片道切符と往復切符の例えも切なくて上手い><「片道切符とは、昨日と今日が、今日と明日が、つながりをなくして、ばらばらになってしまった生活だ。そんな傷だらけの片道切符を鼻歌まじりにしたりできるのは、いずれがっちり往復切符をにぎった人間だけにきまっている。」そして二回目の逃亡実行に当たり「下を見るな、下を見てはいけない!・・・下に気を取られたときが、そのまま破滅のときなのだ。」ようやく上に出た主人公は初めてこの部落の美しさを目にする。「一体この美しさの正体は何なのだろう?……自然のもつ物理的な規律や正確さのためか、それとも逆に、あくまでも人間の理解を拒み続けようとするその無慈悲さのせいなのか? ・・・美しい風景が人間に寛容である必要など、どこにもありはしないのだ。けっきょく砂を定着の拒絶だと考えた、おれの出発点にさして狂いはなかったことになる。・・・状態がそのまま存在である世界……この美しさは、とりもなおさず、死の領土に属するものなのだ。巨大な破壊力や、廃墟の荘厳に通ずる、死の美しさなのだ。・・・切符はもともと片道だけのものと思い込んでいれば、砂にへばりついてやろうなどという無駄な試みもせずにすむ。」逃げ道を探しながら女がラジオと鏡を欲しがっていたことを思い出し、「なるほどラジオも鏡も、他人とのあいだを結ぶ通路という点では、似通った性格をもっている。あるいは人間存在の根本にかかわる欲望なのかもしれない。」という分析、何か胸に刺さるわー(´Д`;)
結局部落の人々に見つかって必死に逃げる主人公の心情「瞬間というものは、いますぐ捕まえなければ間に合わない……次の瞬間に便乗して後を追いかけるなどというわけにはいかないものだ!」ってコレもなぁ。私、何回その瞬間を逃して来たかわかんねーわ、ってな(´∀`)ハハッ で、最終的には沼にハマって身動き取れなくなった主人公が追跡者たちに「助けてくれえ!」と叫びながら「決まり文句で結構……死にぎわに個性なんぞが何んの役に立つ。型で抜いた駄菓子の生き方でいいから、とにかく生きたいんだ!」ここで完全に彼の人生のオチが決まってしまったように見えた。戻って来た男をいたわる女のみじめなやさしさに、互いに傷口を舐め合うのもいいが、永久になおらない傷を永久に舐めあっていたら、しまいに舌が磨滅してしまいはしないだろうか?と感じる男。「いずれ人生なんて納得ずくで行くものじゃないだろうが……あの生活やこの生活があって、向うの方がちょっぴりましに見えたりする……このまま暮していって、それで何うなるんだと思うのが一番たまらないんだな……どこの生活だろうと、そんなこと分りっこないに決まっているんだけどね……すこしでも気をまぎらせてくれるものの多い方が、なんとなくいいような気がしてしまうんだ……」と女に逃亡の理由を打ち明ける男の言葉に、既に折れている心の変化と奇妙な共感を同時に覚える。たぶん世の中に生きている大半の人間が、自身の人生に対して納得させようと言い聞かせている言葉、あるいはそこからの逃亡を図ろうとしている理由の全てを言い表したセリフなのかもしれない。

二度目の逃亡失敗後に新聞を欲さなくなった男「孤独とは幻を求めて満たされない渇きのこと」と悟りの境地に入って来る(ノ∀`) 「反復にささやかな充足を感じていたとしても、かならずしも自虐的とばかり言いきれず、そうした快癒のしかたがあってもべつに不思議はない」と。うーん、でもだいぶ諦めに近づいちゃってるなー、と思ったら不意に届いた漫画本に爆笑してその事実に男は気づく。「恥を知るがいい。現実との馴れ合いにも限りというものがある。それはあくまでも手段であって、目的などではなかったはずだ。」でもこの両者をたやすく入れ替えてしまう、区別がつかなくなってしまうのもまた人間の特性なんだよね(´-`) ウチの野党の野合っぷり、半島の最早ご本人が亡くなって“遺族”様とやら(そんだけ痛めつけられて普通に子供を持てたなんて、素晴らしく頑健なお身体をお持ちだったんですね。笑)に補償対象が移りつつある、70年以上前の件に関しての延々と終わらない賠償騒ぎ・・・。利用団体側にもフィクション製作陣にも誰も当時の真実を知る人はいないはずなのに、醜悪なイメージのみが一人歩きして海まで越えて行くあの狂気に、同じく当時を生きておらず彼らのことをただの“外国”の一つとしか意識できないウチらが付いていけなくなるのは当然だ、と誰か早く気づかせたって?
「百人に一人、という異常者の割合を積み重ねていけば、最終的には人間は百パーセント異常だということが統計的に証明できる」という脳内弁護人の声に「正常という規律がなけりゃ、異常だって成り立ちっこないじゃないか!」とやり返す主人公。「世間には色変りの毛虫を救う義務がないと同様、それを裁く権利もない」とこの辺のやりとり、最近自分について思い悩んできたことと被り過ぎて泣きそうになる(;_;) 主人公が考える砂掘りを日課とするよりもっとましな存在理由、「それを拒否したからこそわざわざこんな所にまでやってきて……」と言う弁護人に、あ、もうコイツ負けたな、と(笑)烏を捕まえるために仕掛けた罠を確認しに行き、獲物のなさに落胆しながら「忍耐そのものはべつに敗北ではないのだ……むしろ忍耐を敗北だと感じたときが真の敗北の始まりなのだろう。」初期に比べて随分言い訳じみてきてますもん。

部落の経済事情について女に問うた男が、塩っけのある砂をコンクリ屋に売ってるという怖ろしい話を聞き、ソレあかんやろ、とダメ出しした際に女が思いっきりぶちまける「かまいやしないじゃないですか、そんな他人のことなんか、どうだって!」キーン先生と同じく私もこのセリフに胸打たれた。女をとおしてむき出しになった部落の顔。「それまで部落は一方的に刑の執行者のはずだった。意志をもたない食肉植物であり、男はたまたまそれにひっかかった哀れな犠牲者にすぎなかったはずなのだ。しかし、部落の側から言わせれば、見捨てられているのはむしろ自分たちの方だということになるのだろう。」こんな風に行政から、秩序から放り出された小さな集落が戦後、いや近代化の流れの中でどれほどあったことだろう。イヤ5年前の件一つ取ったって、そう感じている地区や被災者がどれだけいるかしれない、と正直思う。あーダメだ、この辺ホント痛い・・・orz しかし「私たちなんかこれでずいぶんよくしてもらっている方なんですよ……本当に、不公平はありませんね」って女のセリフに漂う共.産主義の香りにガクブル(((>_<;))) ロ○アも厳しい土地だからあの方向に走ったのかなー?この女とのやりとりで「はっきり敵と味方に塗り分けられていたはずの作戦地図が、あいまいな中間色で判じ絵みたいなわけの分らないものにぼかされてしまった。」男の敗北の瞬間ですね。欲しい木の種類を問われて「逃げようとしても幹につながれて逃げられず、ひらひら身もだえている葉っぱの群」を思い浮かべているあたり。

けれど男は未だこの穴の底の状況に耐え切れず、心身に異常をきたし出す。「地上への嫉妬が内部に穴をあけ、彼をコンロの上の空鍋同様にしてしまったのかもしれない。空鍋の温度は急激に上昇する。やがてその熱に耐えられなくなり、自分で自分をほうりだしてしまわないとも限らないのだ。(青酸カリ持ってるからね(^^;)希望を云々するまえに、この瞬間をのりきれるかどうかが、まず問題だった。」で、新鮮な空気欲しさに公開エッ○しろ、と言われて嫌がる女に、彼女との意識の差異を初めて認識する男。「ここまで踏みつけにされた後で、いまさら体面などがなんの役に立つだろう?……見られることと、見ることとをそれほど区別して考える必要はない……多少のちがいはあるにしても、おれが消えるためのほんのちょっとした儀式だと考えればすむことだ……それに、代償として得られるもののことも考えてみてほしい……自由に歩きまわれる地上なのだ!……おれは、この腐った水面に顔を出して、たっぷり息がしたいのだ!」彼の最後の、地上への激しい憧れの発露ですね。結局女の強固な抵抗によって叶わず、彼女の中に融け込み、賽の瓦の小石も同然になっていく己を自覚して終わっちゃうけど(*_*;
烏捕獲用に仕掛けた「希望」の仕組みで砂から水を汲み出せるかもしれない、と気づき小躍りする主人公。「砂の変化は、同時に彼の変化でもあった。彼は、砂の中から、水といっしょにもう一人の自分をひろい出してきたのかもしれなかった。」あー、完全に現状を受け入れてしまったフラグやな(´Д`;) 女とずっと欲しがってきたラジオを手に入れ、彼女が妊娠しそれが失敗に終わり(イヤな言い方ですがm(__)m)、病院に運ばれていく女のために降ろされた縄梯子。そのままそこに残していかれたソレを使い、ようやくあれほど焦れた地上に出た彼は、以前「見てはいけない!」と必死に言い聞かせていたはずの下の様子をうかがう。そしてやっと完成しつつある溜水装置の故障に気づき、穴の中へと引き返す・・・そしてその装置のことを誰かに話したい、話すとなればここの部落のもの以上の聞き手はありえまい、と逃亡のことを一旦脇に置いてしまう(フリをする)。「いま、彼の手のなかの往復切符には、行先も戻る場所も、本人の自由に書きこめる余白になって空いている。」何という哀しい自己欺瞞の言い訳、イヤこれこそが最終的に彼が辿り着いた人生の答え、真実の居場所なのだろうか。ラストに失踪届と死亡宣告が載っているというのが、また何とも出だしからの秀逸な収斂(-m-;)パチパチパチパチ もう全力で拍手するしかないっすわ。

むしろ何でこの人ノーベ○賞獲ってないの? 川端先生より国際的な普遍性を感じるし、O江氏よりよっぽど(以下略)キーン先生は最初に選考委員会から推薦の相談を受けた時「谷崎、川端、三島を推しました」とおっしゃっていて、谷崎氏はその直後に亡くなられてしまったので日/本人最初の受賞者が川端御大になり、三島は早々に割腹してしまった、と語られていましたが・・・何故、なぜ解説でベタ褒めしながら公房さんを推薦しなかったんや!?o(´Д`;)グッ せっかく日.本人に獲らせるならトコトン日/本にしかない、日.本的な世界観やテーマを描く作家を、って意図だったのかな?(キーン先生の考えか選考委員会のリクエストかは分からんけど)二人の後はちょっと他に回さな、という面や日/本語の翻訳者に限りがあることとかもあって色々厳しかったのかな? え、でもこんな各国語に翻訳されてる云々書いてあるのに!
ハルキなんかよりよっぽど評価されてほしいよ!狐狸庵先生も含めてな!>< あんなうっすいどこにでもあるまさに「安酒」(ご自身がナショナリズムについて語ってた言葉をお借りさせていただきますよ、ちゃんと記事全文読んだ上でソレを政治的利用しまくってる隣国の本質無視して何言ってんだこいつ、ウヘァとしか感じなかったもので^^)を更に水で薄めまくった、ホント清らかでも何でもない水に近い何ものか(笑)に日.本文学の代表面してほしくないもんでね。ニシケンさんや酒見氏や、いっそ宮部や東野の方がはーるーかーに人間を、ちゃんと生きてる人間の本質を描いてると思うよ、世界的に評価される素材やレベルではないにしろね。あぁ、昔の作家ってやっぱ凄かったな。ネットもテレビもなく、発表する場や手段も限られていただけに凝縮された妄想・積もり積もった心の澱を一気に吐き出さんとするかのような情熱と緻密さと執念を感じる。日/本語ネイティヴで良かった!って思える作品に久々に出会えた。大好き!


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父@コミュニストとサ○ダースの話になって「米ボス選で社.会主義者が出てくるようになったなんて、時代も変わったよねー」と言ったら、「あんなの社/会主義者(おそらく「彼ら」の定義するところの「本物の左派」)なんかじゃない、ただの社.会民.主主義者だ」と返されたのでwikiってみました☆・・・wiki様によると社/会主義の一形態であることに間違いはないらしいんだが(ノ∀`)同じ項目に共.産主義が含まれていることに納得できない、ってことなのかしらー? wikiページで日/本における発展と過激化、また西欧のソレがソ.連系共/産主義と完全に決別した時に賛同しなかったという点からして(以下略)あっ、そういえば社.民党って政党ありましたよね^^もはや共/産党と何が違うのか分からない迷走しまくりの。そっかぁ、アレか社.会民.主主義って・・・こっわ!
ぶっちゃけ政府の介入なしにどうやって平等と社会福祉を充実させることが可能なのか、小一時間ほど具体案を問い詰めたい。あと人口一千万以下で何だかんだE UやNAT○という大きな枠組みに守られた地域の国なら実現できるかもしれないけど、一億以上の人口抱えて経済規模も巨大、つまり世界的に影響を及ぼす恐れが高い国でそういう政策を行うことが周囲にどんな余波をもたらしてしまうのか、という点についてお考えになったことは? 中/国の為替一つでここまで揺れ動く世界だぞ? 米ボス選の一喜一憂で株価どんだけ変わると思う? ウチだってまだ三位で一応外信様に政策や経済問題など何やかやケチ付けられるレベルの国ではあるみたいなので、そういう立場の国では全く不可能な絵空事としか思えないイデオロギーやな、と(´-`) ぜひ頑張ってヨーロッパの小規模先進国に移住されてから理想の実現に励まれるのが現実的かと存じます。

以下、病み要素ありの密林話m(__)m

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『白鯨』海っつーか乗り物で旅する話大好き、不便な場所で工夫して生き残る話大好き、怪物と戦うベテランネタ大好きなのにまだコレ読んだことないじゃん・・・?Σ(゜Д゜;)と気づいてしまったから。『十五少年漂流記』とか『海底二万マイル』も大好きでさー。全部そろってた子供向けのシリーズ京都行ってる間に勝手に図書室に寄付されてたから、『十五少年~』は大人向けの文庫買ったもんね!『海底二万マイル』も悔しいからリスト入りしたった!結構お高い>< あとそのシリーズでもう一冊大好きだったのが『岩くつ王』で、何と最近ヅカVer.を観てしまいましてな・・・いっちばん好きだった牢獄で道具作るシーンが削られてたでござる(^ω^)←当たり前だよヅカなんだから!イヤ豚の脂でロウソク作ったり、コツコツ壁削っていく描写がとてもお気に入りで(以下略)岩波文庫の『モンテ・クリスト伯』全7巻はさすがにキツイから青少年向けのダイジェスト全三巻はどうだろう?と今度本屋行ったら(その牢獄のシーンの描写だけは)じっくり下見するつもり。
あ、ちなみに同シリーズにあった作品で普通に女の子が読む類の『小公女』『あしながおじさん』も好き過ぎて、こちらも既に文庫ゲット済みです(´∀`)bグッ 児童文学カテゴリーの作品でも、大人になって改めてフル翻訳バージョン読むと新鮮な発見があって楽しい。『あしなが~』の二人なんか大概性格悪くてめんどくさいカップルだしな!『小公女』でお気に入りなのはパン屋のシーンとラム・ダスさんがちょっとずつ屋根裏部屋をゴージャスにしていくところ。細かくて生活感溢れる描写が好きです。『大きな森の小さな家』で燻製やバターを作る場面、ドレスやリボンの細かい描写、パーティ前に石鹸で体を洗う叔母さんたち、『大草原~』の方ではスパイダーで豚肉炒めるシーンやインディアン(ネイティヴ・アメ○カン)の落としていったビーズの描写、『スワン・レイク~』だったかな?のジョニー・ケーキの作り方やオーブンが届いて興奮するお母さんの様子などなど。
これアニメや絵本の食べ物描写やギミックの記憶とも重なりますね。ドラ○もんの秘密道具で映画にしか出てこない、特別な食べ物や動物作れるキットとか避難所や家になる帽子、突き刺すと部屋になる道具あるじゃないですか?あとロボット相手にも手当して服選んであげるしず○ちゃんとか。スモールライト羨ましくて仕方なかったですよ、ガリバーも好きだったから。(アレの小人の国のモデルがウチ説に爆笑した(ノ∀`) 確かにお隣にまで「倭人」呼ばわりされてたウチらが平均身長世界一なオラ○ダと交易して、あまつさえ彼らをせっまい出島に閉じ込めてたこと考えるとリアルかも!)パピさんと一緒になって楽しんで、ミルク風呂実行してる最中に拉致られるしず○ちゃんのくだり(笑)大魔境でわんこがソーセージ食べてる場面も何故か好き。
『ばばば○ちゃんのヨモギ団子』で覚えたヨモギの性能や、パン作る絵本で色んな形やアレンジが出てきたことを覚えていて大好きだったり。林明子さんの絵本に出てくる部屋に散らばっている家具やオモチャ、お店で売られているものを一々見つけて行く楽しみや、ジブ○映画の食事やギミック、呪文について忘れないのも同じ感覚かな?(『カリオストロ~』の手袋でルパ○の頭を冷やすクラリスや指輪をはめて龍が動き出す仕掛け、好きだったなぁ。あとラピュタでトロッコチェイスの場面と飛行船の洗濯・料理シーン。トトロの階段の扉や風呂蓋、サツキちゃんのお弁当作りとホウレン草刻む手際、猫バスのふかふかそうなシート。ホタ墓のドロップ水と穴の開いたバケツ辺りも。)銀Aやガ○ダム、エヴァ等の船や装置の仕組みに燃えるのも近いノリじゃないですかね? たぶん『シャーロック』コメンタリーで監督のこだわりが一々嬉しかったのは、ソレが小さい頃に読んだホームズの世界に通じるドアを開いてくれるものだったからなんだな、と思ったもん。もちろん当時19Cのイギ○スに関する知識なんか全く持ってなかったですけど、薄ぼんやりとイメージしていたものが3Dで蘇ってくれた!みたいな(^^;
ストーリーの大意が響く本や映画は多々あっても、意外とシッカリ記憶に焼き付いてるのって大体ソコとは一見関係ない小さなことなんだよなぁ。あの時このキャラが何食べてたか、どんな風に過ごしてたか。恩田陸の『三月は深き紅の淵を』では一章で柳川風という言葉を覚え、朝食に中華粥が食べられる主人公に嫉妬し、三章?だっけ?女二人夜行列車(コレ自体に乗ることが憧れだった。笑)でギ○ビスのアスパラガスかじりながらビール開けて、って場面が何だか強く印象に残ってるし。『上と外』の妙に充実した非常食のくだりとか。『老人と海』もカモメ?とっつかまえて胃袋から魚取り出してソレも食料にするシーンが印象深いな。先日ペンギンショーで飼育員さんが「鳥は歯がないから魚を丸のみにして胃袋で少しずつ消化していくんです」って説明してた時、このエピソードを真っ先に思い出してしまった(・∀・;) 食事直後の鳥でラッキー!みたいな主人公の反応含めてね。

あと「百年の孤独?焼酎?」って言われてムカついたからマルケスもリストに入れたったわ^^# 何と焼酎名としてこれほど名を馳せながら、日/本で文庫が出てないとは!(泣)あと前も書いたかもしれないけど『凱旋門』もハードしか無いっぽいので、よく考えたら映画観ただけの『西部戦線異状なし』もいつか買おうと追加。クレーの諸々もやっぱり気になって仕方ないし、『砂の女』面白かったら『けものたち~』と『箱男』間違いなくポチる予感しかしない・・・。あとヅカのDVDも、もう片方退団してしまったとあるコンビへの思い入れが何故か今になって出てきてしまって、(かつ大好きなハプスブルクネタである)『うたかたの恋』欲しくて仕方ないんだよね約9000円!しかも違うキャストとはいえ二十年以上前のヤツ一本持ってるにも関わらず。イヤ実は『エリザベート』も三組分のDVD+原語CD(※ちなみに原語=ド○ツ語の知識は皆無ですが、微妙にヅカと歌詞の意味や演出が異なっていたりして面白いんですわ。言葉の響きも全っ然違うし、女同士と男女で音程やハーモニーの差とかさ!@熱弁o(゜∀゜*)=3ムッハー)持ってたりするんだ・・・好物×好物の組み合わせはオタにとっちゃマジ危険やでぇ(´Д`;) 一通り欲しい本買ったとか言っといて何だこのザマは!ちっともリスト整理できてないっつーか増えてるやんけ冷や飯食いよorz
いやこの場をお借りして開き直らせてもらえれば、欲望を膨らましていくことで社会復帰への意欲も湧くかな、って。今はとりあえず来週精神科行った時に相談しよう、という心持ちでおりますm(__)m 正直それまでに勇気()がしぼまないか不安でしょうがないけど、リスト見ながら何とか少しでも前向きな感情を維持しようと考えまして・・・本当いい歳こいて情けない話ですが(-_-;) できればまた関西の友達に会いに行ったり、宝塚に『エリザベート』観に行きたいな、とか。せめてDVD(こちらも一万↑^^)くらいは普通に買えるようにならねば、とか。ある日突然やっぱり何もかもがどうでも良くなり、また底の底に陥らないとは限らないので何とも言えませんが、これが今の欲望だ、と書き出すことでソレが少なくとも今の自分が「生きたい、いやタヒにたくない/まだタヒねない」理由なんだ、って言い聞かせることはできるかな、と。本当に最低で最悪のかたちだけど、自分的には必死で頼らせてもらってる→ほしいものリスト(笑)


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レオ様、とうとうオスカーゲットおめでとう><20年近くハラハラドキドキ見守ってきたファンとしてとても嬉しいです。昨日予告編観た限り、彼の弱点とされてきた甘いマスクの童顔系ビジュアルを全力で打ち消す努力をしてるような(笑)役っぽかったしな!ケイトとの夫婦愛憎ものの演技も良かったし、元々彼が俳優業で本当に目指してきたこととイメージとのギャップに長年苦しんできたんだろーな、とは出会った頃から思ってたから、ようやくちゃんと「演技」が評価されたのだと、ファンの贔屓目全開で祝福します。わーん良かったねえぇ~!(つд`)

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で、ベイマックス観たんだけどアナ雪よりはるかに深くて定番デ○ズニー要素も含んだ秀作じゃね? 私が日/本人で、日.本要素の強い作品からそう感じてしまうのか? イヤでもむしろ「ソレはお隣っぽい文化・・・」とか「戦うロボットと混み合う電車とオタク」ってのがアメリ○におけるウチのイメージなんですか、そうですか(´-`) というツッコミの方がその件については先立ってしまうけどな! 兄を見殺しにされ、一度は我を忘れて怒り狂ったヒロ(Heroとかけてあるのが良いですね☆)が、仲間やベイマックスからの愛情や説得によって己を取り戻し、復讐を否定する、というストーリーが素晴らしいと思う。まさに頭の固い大人にはできない、その繊細さと脆さゆえにとても傷つきやすいけれども、同時に回復力と柔軟性ゆえに正しい答えを導き出せる、“少年”にしか辿り着けない選択ですよ。自分の発明品を勝手に使って生き残って道具にして、他ならぬ兄を見殺しにした相手に向かって必死に復讐の愚かさを解くヒロの姿は涙を誘った(´;ω;`) ベイマックスももちろん可愛いし、最後はパンツの子の父ちゃん帰ってきたとこも含めて(笑)あー、良かったなぁ、って大団円。正体不明の力を操る悪役と戦う、こちらも普段は至って普通の生活を送るヒーローたち、そして「優しい/救いを残す」かたちでの勧善懲悪。いかにもマーベ○なアメ○カらしさと日.本らしさ、そこにキャラクターを生き生きと輝かせるディズ○ー要素が上手くミックスされた一本と言えるのではないでしょうか?
・・・やっぱり、何と言われようとアニメーションは基本的に子供のもので、特にディズ○ーの作品は彼らを主たる対象として制作されたものであってほしい、と考えているので、アナ雪・風立ちぬ・ベイマックスの中からどれを子供たちに見てほしいか、って聞かれたら私の中ではコレ一択ですよ。どんなに辛い状況に陥っても、タダシのような優しさとヒロのような強い意志を持ち合わせた子に育ってほしいし、本当に良い友人や仲間を得ることの大切さに気がついてほしい。確かに二次元でしか表現できない世界があることは認めるし、大人向けの作品で好きなアニメーションも沢山あります。でも、このネットでちょちょいと検索すれば簡単に無料の違法動画にアクセスできてしまう時代に、いくら少子化とはいえ「子供の領域」を余り侵し過ぎないでほしいな、と。そういう意味で彼らがオスカーを獲ったことは当然だし、そうであってくれて良かった、と改めて感じてしまいました(^-^;


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拍手ありがとうございますm(__)m

美と醜は表裏一体であり、真実の美を知るのは醜なるものだけで、また醜なるものを秘めてこそ美そのものもまた輝ける真価を発揮する、まさにそういう話で素直に沁み入るように感動してしまった。

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川端康成の描く世界、文章は透明な水のように美しい。それは踊り子かじった時も感じたし、問題集や模試なんかで『雪国』『細雪』の一部あたりを覗いた時も思った。でもそれが、その余りの透明な美しさが私にはどうも物足りないというか響かなかった。“リアル”じゃない、こんなのは男性の描く幻想の世界というだけ、みたいな。(何てひねくれた女子高生だったんでしょーね、我ながら(^-^;)でもこの作品は違った。病み(闇)を抱える主人公が追いかける女性たちも同じように薄暗い感情や欲望を孕んでいて、絶妙に絡み合った人間関係のパズルのピースのハマり様に作者の美学の枠をはみ出せないむず痒さというかもどかしさみたいなものは覚えるけど、その各々のピース・登場人物の抱える醜さが、哀愁が、弱さが愛しくて堪らない。美しいのに、人間らしくて生々しい、 こんな話も書けたんだこの人、って知らなかったことに今すごく損した気分。・・・ぶっちゃけ英語記事のコメント欄で知ったんすよ。こんなにも日.本的で美しい文化的叙情すら詰め込まれた話を!o(;´皿`)キイィ悔しい~!
昭和のタクシーの窓ガラスから見える景色の色の変化が、胸が痛くなるほど切なく共感できる部分だった。そしてその全ての色が混ざり合う荒れた高山こそが、みどりの山より何よりこの世で一番美しい山なのだ、と。同意します。緑の山は癒されるけど、活きた火山の岩肌が放つ圧倒的な存在感、遠目から見たかたち、カルデラ湖の鮮やかさ、そして天の色そのままにどんな色にも染まり行くその光景こそが、何物にも代えがたく人の心を捕らえゾクリとするほど魅了してしまうものなのだ、と。そこら中に火山のある日/本に生まれ育った人間じゃないと分かんないんじゃないかな? この感覚。あと蛍の象徴するものとかさー。
幽霊に足がないのは万国共通?っぽいけど(笑)身体のどこか一部分に執着、あるいはコンプレックスを抱く主人公は純文定番ですね。彼にとってはそれが醜い父の記憶とも結び付き、ある意味心の底では愛着を持ってさえいるものなのだ、と赤ん坊の足を確認しなかったことを悔やむくだりで感じた。久子との別れも切ないね><「僕の世界なんかにおりて来ない方がいいよ。・・・僕は君とは別の世界から、一生君の思い出にあこがれて、感謝しているよ。」。・゜゜(ノД`)ウワアァン 相手を引きずり降ろして放り投げたファウストに聞かせてやりたい!これが日/本男児・・・あー、っと某鴎外さんがいたんだったわ彼の国でやらかした日.本人に(^ω^;)サーセンしたエリスちゃん! まぁ私教え子に手ぇ出す教師は教育者・職業人として最低だと思ってるし、例え責任取って結婚まで行ったとしても半々の割合で次々繰り返す病気(痴漢や万引きと同じ)みたいなタイプの人間だと考えてるクチなんで、この点は全く同情できないというか恩田さんや久子の身内側に立っちゃいますけどね。
女が怖くて嫌いなのに、母性を求めて若い女性にすがらずにはいられない有田老人と、お嬢様育ちながらその囲われ者という立場に甘んじている宮子さんの、傷の舐め合いのような共依存のような複雑な関係もグッとくる(´;ω;`) 誰もが認める幸せを掴めるはずの少女、町枝にも今後明らかに痛みを覚え、傷を知る運命が待ち構えている予兆が・・・無垢な美、疑うことのない完全な幸福に浸れる時間は本当に束の間で、長くは続かないんだよね。だからこそ少女というものは清らかで美しく、痛みを知る女性は匂い立つような色香や魔性を秘めて美しいのだ、と川端御大の理想にやっと心から納得できたというか受け入れることができたかな@何故か偉そう(笑)
解説でコレを紹介したの三島、って書いてあって超うなずいたわ^^ 彼の好むのは枠に収まるんじゃなくてひたすら迸ってしまうパッション溢れるままの美だもんね。毒も醜もそのまんま。全部ごた混ぜにしてそれでも圧倒的な美しさというか眩さというかメラメラ燃える炎みたいなもので覆い隠してしまう。確かにソレはそこにあるのに、内包してなお美しく魅せてしまうの。どんと祭のお焚き上げの踊り狂う火みたい。だから、この毒(三島のように強烈な臭いと温度を持ったものではなく、無味無臭の、チクリと針で刺されたような、あるいはザラリとヤスリのようなもので撫でられたような、心の柔らかい部分を真綿で締め付けられるようなものですが)を孕みつつも、どうしようもなく美しい作品を評価したというのは心の底から理解できます。川端が当時気鋭の新進作家として名を上げてきただろう三島に引きずられて書いた作品ではないのか、と考えてしまうくらい。イヤ美しくて(何回も繰り返してる上に陳腐極まりないが、ひたすらこの言葉使うしかない)沁み渡る小説でした。大概今更だけど、出会えて本当に良かった(-人-)


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うおおスゲーこわ面白かった!

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メアリーの中の人も言ってたけど、原作通りのヴィクトリア朝時代という設定を活かしたゴシックホラー要素ありのストーリーと演出が(((*´∀`))) 大変好みでした☆ あとカンバーバッチ氏の「(舞台が現代設定じゃないなら)髪切っていい?」の話が(笑)あのクルクル維持すんのそんな面倒なんか!ワトソンくんの髭は現代にも増して返って大変そうでしたけどねー。「もう1月にロケしないって言ったのに><」ってスゲー寒そうにモコモコダウン来てる皆さんが可愛い。マイクロフトとモリアーティお揃いだし(ノ∀`)
19C設定のホームズの部屋と二人の出で立ちを見て、何か自分が最初に小説に出会った時のことを懐かしく思い出しちゃいました。動物が好きだから、という理由で順番関係なく『バスカヴィル家の犬』→『まだらの紐』という順番で読んだんだったかな?確か。今だと通用しないトリックとかもあってとてもそのまま現代人が楽しめる映像作品にすることは中々難しいんでしょうけど、改めて推理小説の金字塔というかモリアーティの悪どさと対決も楽しくて仕方なかったな、って。だからこそシャーロックにもハマってるわけだけどね!(^^)b クリスティなんかはトリックはともかく心理劇の濃さが現代にも通用できそうだけど。何だかんだグチグチ言うけど文化的にはイギリ○大好きなんやな自分・・・タチの悪いツンデレ(※萌えない)というやつか(´д`)=3


以下、可愛いラテアート出してくれるカフェで繰り広げられた病みトーク@全力で迷惑!^^#で考えさせられたことなど。

あと今日もどうしようもない愚痴をぶちまけまくったブッダ嬢のお言葉に救われたというか目を開かされた思い(゜ロ゜) 「太るよりは痩せた方が絶対良いに決まってる」とか「自分の身体なんかどうでも良いから大事にしてない」とか「三食食べなくても人間生きていけるもん」等々。元が太めだったせいか、小さい数値にこだわり過ぎてたな、って。食も身体も細い彼女に言われて、よくよく周りを見渡してみると日.本にゃ激細でも健康そうな人はいっぱいいるし、そもそも早く終わりにしたがってる人間が身体のこと気にするとかそんな滑稽なことはないよな、と(笑)
あと他の病み友にも言われたことですが、とにかく家族と距離を置く手段を見つけるべきだ、と。そうなんだよね、一緒にいることで互いを余計に追いつめて、食事や胃や発作の件だけじゃなく色々総合的な悪循環を生み出しているから、「生きるため」じゃなくて自己処理するにしても「とりあえず離れて最終的に自立してからにすべき」であって、そのためにできるというかすべきことを考えていかないといけないなー、と。ヒキ窓口と精神科とハロワどこに問い合わせるべきかな?(-_-;) まぁとにかく少しでも負担の軽くなる考えすぎない方法を探さねば。「でも、ケイトはタヒなないと思う。一番苦しい状態でずっと耐えてるんだもん」と、ただの甘えにしか過ぎない状況をそんな風に言ってくれたのは彼女が初めてだったので(他の人に言われたら皮肉と受け取ってしまったかもしれませんが)、思わずグッと来てしまいました(;_;) 「ホントは生きたいんだよ、きっと」ってそうなのかな、とも感じてしまったし。本当の人間になれるなら、混じることが可能なら大好きなその対象と人生と、世界の変化を見続けたいのかな、って。ただ今は自分が異物で邪魔者でいない方が良い存在だとしか考えられないから、早く処分しなきゃ、って気持ちに囚われすぎているだけで。「未来や将来とか、生きようとちゃんと思って生きて働いてる人なんてほとんどいないんだから、一個一個目の前のことから難しく考え過ぎずにこなしていけば良いじゃん」と。欲しい本も一通り買ったし、ちょっとゆっくり自分に向き合って上手く今の心身の状態と家族との関係性、経済的な問題について少しでもマシな方向に持っていけるやり方を何とか見つけ出せたら、と思います。




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