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開いた扉から、相変わらずムッツリした顔のオレサマ男(オトちゃんのダンナだから
ちょっと格上げ)と、にこにこ笑うアーノルドが入ってきた。
ちょっと格上げ)と、にこにこ笑うアーノルドが入ってきた。
「シャープさん!」
「アーノルド……会議はもう終わったの?」
私の問いに、彼は笑顔のまま
「ああ……いつも以上に楽しい会談だったよ」
と答える。その視線の先には機嫌の悪そうなヤツの姿。
「シャープさん、何かあったんですか?」
心配そうに覗き込むオトちゃんに、
「……何でもない!」
と怒鳴るオレサマ男。
「……何があったの?」
こっそりアーノルドに問いかけると、
「実は父上や重臣たちにオトさんのことで散々からかわれてね……。
真っ赤になるシャープ兄さんは見ものだったよ」
と耳打ちしてくる。
「あ~、それで。私も見たかったな~」
ヒソヒソ話す私たちに、ヤツの殺気めいた眼差しが注がれる。
「オイ、そこのボケ夫婦! 全部聞こえてんだよ!」
……わぁ、地獄耳。なんて言葉は、口に出しませんでしたけどね。
そんなこんなで初めて迎えた他国の国王夫妻がお帰りになられたのは、次の日の朝。
「またいつでも遊びに来てね。何でしたらお一人でも」
にっこり微笑んでオトちゃんの手を取ると、彼女は大きい目をウルウルさせながら
「はい、ありがとうございます、ミチルさん……。
私、ミチルさんにお会いできて、ほんとに良かったです……」
と涙声で答えた。
「オトちゃん……!」
思わずひしっ、と抱き合うと、傍らで冷めた目で見ていたオレサマ男が
我慢できない、と言うように
我慢できない、と言うように
「おい! オマエ『なんならお一人でも』って、むしろ俺は来んな、ってことだろ!
オトに変なこと言うんじゃねぇ! っていうか、離れろ!」
と怒鳴ってきた。渋々彼女から離れた私を、アーノルドが苦笑しながら見つめる。
「……じゃあシャープ兄さん、お元気で」
「ああ。お前も、頑張れよ……色々」
チラッとこちらに向けられる視線に、何よそれ! と負けじと睨み返す。
「……オトちゃんを余計なことに巻き込まないように、気をつけてくださいね!」
フンッ、とそっぽを向きながら吐いた言葉に、ヤツは驚いたようにこちらを見た。
「……ああ、わかってる」
ぶっきらぼうに呟かれた言葉。オトちゃんはそんな男に、優しく微笑む。
「アーノルドさん、本当に、お世話になりました。色々と、ありがとうございました」
私たちにペコリと頭を下げた彼女は、その夫と手を取り合って、部屋を後にした。
しっかり斜め45°のお辞儀。……ちゃんと“王妃さま”してるんだなー。
ボンヤリとバルコニーから二人の馬車を見送る私の背中に、降ってきたのはアーノルドの声。
「シャープ兄さん、再婚なんだよ」
「ええぇ!?」
驚いて声を上げ、アーノルドを見返すと、彼は少し複雑な表情を浮かべて
「オトさんがこちらにやって来た時は……シャープ兄さんは、前の奥方と婚姻中だった」
と言った。
「え……ってことは」
戸惑う私に、アーノルドはこう続けた。
「それには色んな事情があって……誰が悪いわけでもない。
今は、前の奥方も再婚して幸せに暮らしてるそうだし。
でもやっぱり、オトさんとの結婚には……沢山、問題も起こって……だから」
「でも……とっても、幸せそうに見えたわ」
思わず呟いた私の言葉に、アーノルドは微笑んで
「ああ、だから僕も安心した」
と告げた。
あんなに幸せそうで、私にないもの全てを持っていて、羨ましい――
そう思っていた彼女が、何を抱えていたのか。どれだけのものを、乗り越えてきたのか。
私、そんなのちっとも分かってなかった……ごめんね、オトちゃん。
私、そんなのちっとも分かってなかった……ごめんね、オトちゃん。
私なら、乗り越えられただろうか。傍らにいるこのひとのために――
こちらを優しく見つめる蒼い眼差しを感じながら、私は己の心に
ずっと引っかかっている疑問を、再び思い返していた。
~~~
「心納めの儀?」
怪訝な表情で問い返した私に、アーノルドはにこにこしながらコクン、と頷いた。
結婚式から一ヶ月後に行われる、婚姻の儀式のオオトリ。
まだそんなものが残っていたのか……
と一ヶ月前のハードな日々を思い出し、少しゲンナリとした気分になる。
そんな私の表情に気づいたのか、アーノルドは慌てて
「ああ、そんな面倒な儀式じゃないから安心して! 魔法使うのもちょっとだけだし!」
と付け加える。ちょっとって……やっぱり使うんじゃない。
「それで? 何する儀式なの、ソレ」
ため息混じりに聞いてみると、彼はちょっと言いづらそうにモゴモゴと口ごもりながら
「あのね……花嫁が、実家から持ってきた宝物を心納めの箱に納めるんだ。
まあ箱にはちょっとだけ魔法がかかっていて……花嫁が、ホームシックにかかったり
しないように、その、実家での一番楽しかった思い出を閉じ込めるっていうか……」
と言った。
「ハァ!? 何よそれ!私に地球の思い出を捨てろって言うの!?」
思わずアルに詰め寄った私に、アーノルドはオドオドと怯えた表情のままこう続けた。
「魔法は極々弱い気休めみたいなもんだし、今までお妃で実際に思い出を忘れられた方は
いないよ。少なくともアナースの人間なら、二割もかからないくらいの魔法だ」
「でも……私は魔力の無い地球人よ。それに……地球のものなんて、今は一つも持ってないわ」
カバンも持たずに転がり落ちたんだもの。着ていた服はおばあさんが雑巾として
活用した後処分してしまったらしいし、他に身に着けていたものといったら……
活用した後処分してしまったらしいし、他に身に着けていたものといったら……
「あるじゃないか、君の耳に。その赤い石のピアス、チキュウから付けてきたんだろう?」
「えっ……」
アーノルドの言葉に、私はハッとして自分の右耳を触る。そこには確かに、
片時も肌身離さず身に付けていたガーネットのピアスが、赤い輝きを放っている。
片時も肌身離さず身に付けていたガーネットのピアスが、赤い輝きを放っている。
「でも……これは……っ」
戸惑う私に、アルは優しく微笑う。私の顔を火照らせる、あの甘くとろけそうな微笑。
「ミチルが好きに決めればいいよ、儀式を行うのか、やめるのか。
でも……もし心納めの儀を受けてくれるなら……」
真っ直ぐにこちらを見つめるサファイアのように青く光る瞳。アーノルドの顔から、微笑が消える。
「僕のことも、<本当に>受け入れて欲しい」
きっぱりと告げられた言葉、逸らせない瞳。
あのひとからもらった両耳の宝石が、ひどく熱を持っているように感じた。
あのひとからもらった両耳の宝石が、ひどく熱を持っているように感じた。
→8
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「オイ、どーしたんだよ、いきなり黙り込んで、気色悪ぃ」
突然掛けられた声に、私はハッとして調子を取り戻す。
「なんでもありません!」
プイッと顔をそらした私に苦笑しながら、アーノルドが
「シャープ兄さん、気にしないで。ミチルは時々こうなるんだ」
とフォローの言葉を入れた。
「……ご気分がお悪い、とかじゃないんですか?
さっきシャープさんがあんなこと言ったから……」
さっきシャープさんがあんなこと言ったから……」
心配そうにこちらを見る可愛い少女に、私は慌てて笑顔を取り繕った。
「ううん、本当に何でもないのよ。ところで、オトさんて私と同じように
違う世界からアナースに来たんですって? 元いた世界はどんなところだったの?」
さりげなく話題を変えつつ、核心に迫る……THE☆一石二鳥! 私ったら、あったまいー!
「あ~、えぇっと、正確に申しますと太陽系第三惑星地球の日本国A県B市……」
「ストップ!」
私の手は震えていた。
彼女の真っ黒いつやつやの髪、くりくりした漆黒の瞳を見たときから、そうじゃないかとは思っていた。
いかにも東洋人なベビーフェイスといい、自然な白さの肌の色といい……
いかにも東洋人なベビーフェイスといい、自然な白さの肌の色といい……
でも世界が多様なら人種も多様、あんまり期待しちゃいけないかしら、なんて……
でも……でも、ありがとう神様! (そんなの信じたことないけど!)
「キターーーーーーッッッ!!!」
私は思わず彼女の顔を指差して(幼稚園で一番最初にならう、
「他人様に向けてやってはいけないこと」その1)叫んでいた。
「は?」
キョトンとする彼女がもう可愛くて可愛くてたまらなかった。
「私もA県出身なの! 今は東京に住んでるけど……。
私、駅の階段から落ちて、気がついたらここに来ていたのよ!」
「ええっ!? ええっ……日本の方、ですかぁ……!?」
心底驚いて腰が抜けた様子の彼女を、ダンナが支える。
「大丈夫か、オト?」
「じゃあ、ミチルとオトさんは、やっぱり同じ世界から来ていたんだね」
ポツリと呟いたアルに視線を向けると、彼はどこか寂しそうな、けれど同時に
嬉しそうな微笑をこちらに向けてきた。その視線にチクリ、と胸が痛む。
嬉しそうな微笑をこちらに向けてきた。その視線にチクリ、と胸が痛む。
「シャープ兄さん、僕らはそろそろ会談の時間だ。
ミュージックキングダム国王の話を楽しみにしている臣下も多い。
ミチルとオトさんは故郷のことで積もる話も沢山あるだろうし、
いまのところはミチルにオトさんのお相手はまかせて、そちらに移動しないかい?」
唐突に席を立ったアーノルドに、サイテー男はこちらに睨みを効かせながらも立ち上がった。
部屋を出る直前、ヤツはどこか不安げな眼差しで、オトさんのほうを振り返った。
それに気づいたオトさんは、優しい微笑を浮かべて、ヤツを見返す。
その、キラキラした、暖かい眼差し。ヤツはそれを見ると安心したようにふっと相好を崩して、
一瞬だけ微笑んだ。アーノルドが私に向けるのと同じような、とろけるような甘い微笑み。
一瞬だけ微笑んだ。アーノルドが私に向けるのと同じような、とろけるような甘い微笑み。
あんな男でも、こんな顔できるんだ……! 驚くと同時に、少し羨ましくもある。
二人が本当に想い合っていることが、嫌でも伝わってきてしまうから。
この世界で、彼女は何を見たのだろう? そして何を、見つけたのだろう?
そんな疑問を抱きながら、私は思いもよらぬ場所で巡り合った同胞の少女をじっと見つめていた。
~~~
「え、学校の階段から落ちた?」
「はい、それで気づいたら、こっちに来てたみたいです」
「やっぱり、キーワードは階段か……」
お茶をすすりながらのんびりと説明されたのは、オトさん……ええっと、
もう「ちゃん」でいいわね、彼女がアナースにやって来た時の具体的な状況。
“それ”が起こったのは一年前……当時17歳の現役女子高生(マジ羨ましい)だったそうだ。
てことは今も18歳……見た目より大人で良かったけど、ホントならまだ高校生ってことじゃない!
あのロリコン男、犯罪よ! 犯罪!!
「あの……みちるさんは、日本に帰ろうと思ってらっしゃるんですか?」
またまた自分の世界に入り込んでいた私に、おずおずと掛けられた言葉に、
先ほど知らずに呟いた言葉を思い出し、少し慌てながら
「うっ、ううん、まさか! こっちにいれば贅沢できるし、仕事に追われることもないし。
日本なんかよりずーっと楽しい暮らしができるもの!」
と答える。しがないOLの私にしてみたら、ここでの生活はまさに夢のような日々だ。
けれど……
「オトちゃんは……何で、ここに残ろうと思ったの?」
若くて、可愛くて……純粋で。彼女なら日本でも、十分に欲しいものを
手に入れることができただろう。それなのに……
手に入れることができただろう。それなのに……
私の問いに、彼女は一瞬、沈黙した。
「……確かに、ここに来て最初の頃は、帰りたい、と思ってました。
家族や……向こうの人たちに会いたい、とは今でも思います。でも……」
パッと顔を上げて、こちらを見据えた彼女の瞳に、迷いは見えない。
「シャープさんの傍にいたいから、この世界にいるんです」
にっこり微笑んだ顔は、幼くて可愛らしい少女のそれではなく、私よりも
ずっと美しい女性の顔だった。その笑顔が、言葉が、私の胸に突き刺さる。
ずっと美しい女性の顔だった。その笑顔が、言葉が、私の胸に突き刺さる。
「あの男の……どこがいいの?」
「……シャープさんは、本当は優しいんです。私はいつも、助けてもらってばかりで……」
私の問いに、彼女は少しだけ顔を赤らめながら答えた。
「私もみちるさんみたいに綺麗で、大人だったら良かったんですけど」
寂しそうに呟かれた言葉に、彼女が置かれた<王妃>という立場の難しさが少しだけ感じ取れた。
「あのね、敵の数はいいオンナの証なのよ」
「え?」
私のせりふに目を丸くしてこちらを見つめる彼女に向かって、にこっと微笑む。
「私なんかこっちに来てまだ三ヶ月だけど、もう101人も敵がいるもの。
あ、ちなみに101人目はおたくのダンナ様だけど」
そう言うと彼女はぷっと吹き出した。うんうん、やっぱり可愛い子は笑顔でなくちゃ!
「アイツが選んだのはあなたなんだから、周囲の雑音なんか気にしないで、堂々としてればいいのよ」
「……ありがとう、ございます」
返ってきたのは年相応のあどけない微笑みだった。
「みちるさんは、どうしてアーノルドさんを好きになったんですか?」
「えっ……」
思ってもみなかった問いに、固まってしまった私に向かって、オトちゃんは無邪気な言葉を続ける。
「みちるさんも、アーノルドさんがいるからアナースに残ろうと思ったんでしょう?」
純粋すぎる言葉が、私を貫く。
「え、ええ、もちろん……」
どこまでも真っ直ぐに、人を愛することができる彼女に対して、
ハッキリと頷けない自分が惨めで堪らなかった。私は、弱い。そして、醜い……。
ハッキリと頷けない自分が惨めで堪らなかった。私は、弱い。そして、醜い……。
バンッ!
黙り込んだ私にオトちゃんの不安げなまなざしが注がれた瞬間、部屋の扉が開いた。
→7
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、どれがお前のオンナだって?」
……部屋に入ってくるなり、そう言い放った仏頂面の持ち主に、
私のこめかみにピキンと青筋が立った。
この部屋の中にいる女性の中でいっちばん豪奢なドレスを着て、アーノルドの横に
立っているのだから、一目でそれと気づいて良さそうなものでしょーよ!
「ああ、紹介するよ。シャープ兄さん。僕の妃、ミチルだ」
アーノルドは従兄弟の失礼な言にも、にこにこしながら私を紹介する。
「はじめまして。ミチルです」
私も社交辞令として笑顔を取り繕い、
どんなオトコでも一瞬で魅了するような微笑を浮かべて挨拶した。
が、返ってきたのは……
「うげ。お前、オンナの趣味悪いな」
という台詞だった。
眉を顰めたその顔は、確かにこれ以上ないくらい男らしく整って――
鮮やかな金髪碧眼と相まってアルとは違う意味で間違いなく美形、と言えるものだけれど。
性根、最悪。
私の中でヤツは、敵@異世界その101号に認定された。
え、何でそんなに敵がいるのか、って?
そこはオンナの事情、ってもんよ。
敵の数は、良いオンナの証!……って意気込んでいると。
「もう、シャープさんったら!
初対面の方の前で、いきなりそんなこと言うなんて、失礼ですよ!」
目の前のサイテー男のかなり下から、鈴を転がすような声が聞こえた。
「だって……ホントのことだろ?」
下を見ながら呟くヤツの胸を、
「もうっ!」
と少し背伸びをしながら小突いたのは、小さな女の子。
長い黒髪、大きな黒い目、ピンクの唇、つるつるの肌……
わ、若い! そして小さい!
ええっと、私が162cmだから……140cm代後半、ってとこかしら!?
「君がオトさん?」
アルが声を掛けると、彼女は慌てて
「はい! ご挨拶が遅れてすみません。この度シャープさんの……その……」
真っ赤になってしどろもどろになる彼女の肩をぐっと引き寄せて、サイテー男が
「俺の妃になったオトだ。」
と告げた。
「あ、あの、オトです。はじめまして……」
頬を染めながらも、にっこりと微笑んだ彼女は、それはそれは可愛らしかった。
「……ていうか、ロリコン?」
思わず呟くと、
「ミ、ミチルッ!」
アルが慌てて私に声を掛け、ハッ、と気づいた時には
サイテー男にものすごい顔で睨まれていた。
やっぱり、後ろめたいんだ……。
「アーノルド! お前、自分のオンナにどんな教育してんだ!?」
「ちょっと、なんで私がアーノルドに教育なんかされなくちゃいけないのよ!?」
「自分のオンナをきちんとしつけんのは男の役目だろう!?」
「何そのふっるい考え方! 私は私、もうハタチ過ぎの立派なレディなんだから、
誰かの指図を受ける覚えはないわよ!」
「ハン、どこがレディだ、ただの年増じゃねえか!」
「なんですってぇ~!?」
「あ、あの、二人とも、落ち着いて……」
いきなり口げんかを始めた私たちに、おずおずと声を掛けてきた挑戦者アーノルド。
「お前は黙ってろ!」
「あんたは黙ってて!」
同時に叫ばれた言葉に、彼の挑戦は虚しく敗れ去った……。
~~~
「あのぉ~、お二人とも、それくらいにしたらどぉですかぁ?」
怒鳴りあいに息もゼェゼェ上がり始めた頃、またもや下の方から聞こえてきた
可愛らしい声に、私たちは一旦口を閉じてそちらに目線を移す。
先ほどのロリっ娘(こ)……ゴホン! 若くて可愛い女の子が、
うるうるした大きな瞳でこちらを見上げていた。
げ! 何このどこぞの消費者金融のCM顔負けの子犬ビーム……!
あたしこういうの、結構弱いのよね……。
視線を逸らそうとアーノルドを探すと、彼は自分の胸くらいの背丈しかないロリ……
ええっと、オトさん(より「ちゃん」のほうが似合いそうな感じだけど)の後ろで、
相変わらずオドオドと心細そうにこちらの様子を伺う有様。
ああ、もう。いくら顔良し財力良しの王子様だって、情けないったらありゃしない!
と一人ため息をついていると、アーノルドがこちらの機嫌を取るようにニコニコしながら、
「あのさ、あっちにお茶の準備が出来たようだし、
まだミチルとオトさんとの正式なご挨拶もしてないから……あの……その……」
と切り出してきた。
ああ、いけないいけない、サイテー男のせいで<お客様をもてなす>という
妃としての大事な役目をうっかり忘れるところだった!
「……そうね、お茶にしましょう。オトさん、どうぞこちらへ」
彼女に向かってにっこり微笑み、テーブルに向かおうとした私を、
サイテー男がギロッと睨みつけてきた。
「あぁ、ごめんなさい、ミュージックキングダム国王陛下もよろしかったらどうぞ?
お好みが難しい陛下のお口に会うものがお出しできるかどうかは分かりませんけどね」
あんたなんかと親しげな親戚付き合いなんか絶対してやんないんだから!
という皮肉を含んだ言葉に、ヤツはムスッとした顔で
「お前、ホント良い根性してるな」
と答えた。
当たり前でしょ? これでも世知辛い現代社会の荒波に揉まれて来たんだから。
王宮でヌクヌク与えられたことだけをこなしてれば良かったアンタとはワケが違うのよ!
……でも、最近セレブって、思ったほど幸せじゃないのかも、って思い始めた。
最初から色んなものを与えられてる、ってことは、それに必ず応えないといけない、
ってことだ。最初から、絶対的な「責任」を背負わされている。選択の余地はない。
ってことだ。最初から、絶対的な「責任」を背負わされている。選択の余地はない。
登吾さんやアーノルドを見ていて、ふと私の脳裏を掠めた疑問。
彼らはそれで本当に幸せなのか、って。
そんな彼らの傍で生きて、私は幸せになれるのか……って。
そんな彼らの傍で生きて、私は幸せになれるのか……って。
私や暁は、なんだかんだ言って好き放題やってきたもんなぁ。
これだけ良いオトコを狙って打算的に生きてきて、今更何言ってんだろう。
ものすごく勝手極まりない考えだ、ってことは分かってる。
だけど、今なら、分かる。私は暁の、自由なところが好きだったのだ。
社会的地位にも、他人の視線にも、決して何者にも捉われない彼。
気ままに生きているようで、その実誰よりも他人からの
賞賛・評価を求めている私にとって、彼は憧れだった。
他人からは私と彼が“同類”であるかのように見えたらしいが、決してそんなことはない。
誰よりも近くて、誰よりも遠い、それが私にとっての、森条暁という存在だった。
→6
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「そんなことないさ」
え? 今の聞こえてた? アーノルドを見返すと、
「あれ、魔力が強いと心読めるの言ってなかったっけ?」
ととぼけたように聞いてきた。
「聞いてないわよそんなのっ! じゃあ何!?
今までの私の打算や動揺なんかも全部お見通しだったわけ!?
なんでそれで結婚したのよ、このばかーっ!!」
悔しさと羞恥でいっぱいになりながらアーノルドに掴みかかると、
彼はその手を優しく受け止め、
「人の気持ちが分かってしまうのはあんまり楽しいことじゃないし、もちろん
普段はなるべく読まないようにしてるよ。最初は君がどんな気持ちで
近づいてきてるのか分かって……あまりいい気持ちはしなかったけど。
普段はなるべく読まないようにしてるよ。最初は君がどんな気持ちで
近づいてきてるのか分かって……あまりいい気持ちはしなかったけど。
君は“それだけ”の人じゃなかったから、いつしか本当に君を好きになって……
それからは、出来るだけ君の心は読まないようにしてきたんだ」
と言った。私は彼の言葉が信じられずに、唇をわななかせながら叫んだ。
「私の考えてることわかって、どうしてそれで、好きになれるの?
本当の私は、誰かに愛されるような人間じゃない。
誰にも必要としてもらえない人間なのに、なんで……!?」
「それは違うよ、ミチル。君は真っ直ぐで、きれいな女性だ。
見掛けは派手だし、虚勢を張っていても、本当は素直で純粋な心の持ち主じゃないか。
君があちらの世界でどんな経験をしてきたのかはわからないけど、
きっと君と深く関わったことのある人間なら、間違いなく
君の見た目だけじゃなく、中身にも惹かれるはずだよ」
見掛けは派手だし、虚勢を張っていても、本当は素直で純粋な心の持ち主じゃないか。
君があちらの世界でどんな経験をしてきたのかはわからないけど、
きっと君と深く関わったことのある人間なら、間違いなく
君の見た目だけじゃなく、中身にも惹かれるはずだよ」
「アーノルド……」
アーノルドはどこまでも優しい微笑を浮かべて、私を見つめる。
彼の心の中をそのまま写し取ったような、澄み切った空のように真っ青な眼差し。
その瞳に私が写る。醜く取り乱した私。
アーノルドの瞳は澄んでいるが故に、他人の心までを映し出す鏡のようだ。
このボケボケ王子、たまにはこんなクサイ台詞もしっかり言えるんじゃない……!
ずっと、誰かに愛されたかった。愛されてなかったわけじゃない。
それでも、誰かの「一番」になりたかった。必要とされたかった。
『君がそうしたいなら』
その台詞は「キミガイナクテモベツニヘイキ」と聞こえた。
仕事よりも、友達よりも私を選んで。私だけを見て。私は、「私」だけの場所が欲しかったのだ。
仕事よりも、友達よりも私を選んで。私だけを見て。私は、「私」だけの場所が欲しかったのだ。
「どうしても、君がいなくちゃダメだ」と言ってくれる人を求めていたのだ。
アーノルドが、「本当の私」を知ってくれた。理解してくれた。
もしかしたら、今度こそ……。私の胸の中に、小さな希望の光が宿ったように感じた。
~~~
「いとこぉ?」
「ああ、僕の従兄にあたるミュージックキングダムの国王夫妻が
一週間後に我が国を訪問されることが決まったんだ。
君にも紹介するよ、ミチル。ああ、お祝いを用意しておかなきゃ……!」
一週間後に我が国を訪問されることが決まったんだ。
君にも紹介するよ、ミチル。ああ、お祝いを用意しておかなきゃ……!」
側近が丁重に持ってきた手紙の封を開けた途端、慌てだしたアーノルドに
その原因を問うと、彼はこんな答えを返してきた。王様が従兄、ね……。
まあヤツ自身も未来の王様なんだから何の不思議もないのだけれど。
つくづく、すごいオトコを捕まえてしまった……。
「お祝いって?」
私の質問に、アーノルドはにっこりと微笑んで
「シャープ兄さん……ミュージックキングダムの国王は、
つい最近結婚式を挙げたばかりなんだよ。今回の各国訪問も、
視察という形を取ってはいるけど実際にはハネムーンみたいなものじゃないかな?
つい最近結婚式を挙げたばかりなんだよ。今回の各国訪問も、
視察という形を取ってはいるけど実際にはハネムーンみたいなものじゃないかな?
異世界から来た王妃様にこの世界のいいところを見せて回りたいんだと思うよ」
と告げた。ふーん、こっちの世界でも“ハネムーン”なんてやるのねぇ。
私とアーノルドの場合はどうなるのかしら……、って!
「今、なんて言った?」
「え、だからシャープは今回来るのは新婚旅行だ、って……」
「その前! っていうか後っていうか……あ~もう!
とにかく、その王様の奥さんがどっから来たって!?」
「え、王妃のオトさんは確か……」
「たしか!?」
「ミチルと同じように、異なる世界から、来たって……」
「……!!」
異なる世界……ここから見て異世界……って地球のこと?
いや、ここがあるってことは「地球」以外のパラレルワールドもいくつもあるかも……。
大体、“オト”って名前が微妙よね。男なんだか女なんだかいくつなんだか。
仮に地球人だったとしてもどこの国の人かもわかんないじゃない!
「ミチル、どうかした?」
ブツクサ呟きながら自分の思考に陥ってしまっていた私に、アーノルドの能天気な声がかかる。
「もう、うるさいわね! 少し黙ってて!」
もし“オトさん”が地球人だったら、どうやって来たのか聞けるかもしれない。
そしたら帰るヒントだって少しは……、って違う違う。私は別に帰りたくなんかないじゃない。
ここにいたら一生贅沢ができるし、国一番のセレブの妻だし……。
でも、少し地球の話もできたら、嬉しいかな……。
「なによ?」
ふと、視線に気づいてアーノルドを見ると、彼はとろけそうに優しい微笑を浮かべていた。
出た、必殺王子スマイル。
ボッ、と顔がほてりそうになるのをごまかすように、乱暴に問うと、彼は
ボッ、と顔がほてりそうになるのをごまかすように、乱暴に問うと、彼は
「やっぱり、同じところから来た人に会うのは嬉しいんだなぁ、と思って」
と答えた。
「まだ同じとこから来たかどうかはわかんないじゃない」
私が口を尖らすと、アーノルドはそっとこちらに近づいてきた。
「でも、ここでの立場は同じだろう? ……慣れない世界で、頑張ってる。
だからオトさんに会えたら、ミチルはきっと喜ぶんじゃないかな、と思って」
「アーノルド、あんたまさか……」
私のために、わざわざ他国の国王夫妻を招いてくれたの?
「ちょうどよくシャープ兄さんから手紙が来たからね」
悪戯にウィンクして見せたアーノルドに、私は小さく
「バカ……」
と呟いて、ぎゅっ、と手を握った。
彼の大きな手から伝わる温もりは、地球にいるあの人を思い出させた。
少しだけ懐かしい、そしてとても切ない気持ちと共に。
→5
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「ミチル? どうしてもできないなら代わりに僕がやろうか?」
「ああ……うん、お願い。
って、代わりにあんたがやるのもアリならさっさとそう言いなさいよ!」
ぼんやりと回想にふける私に声を掛けてきた王子―今まさに私の夫となったばかりの、
アーノルド・ジフ・サンルース……あーもうまどろっこしいわね、とにかく、
そんな感じのオウジサマの言葉にピキンと来て言い返すと、
周りの女官たちの冷たい視線が突き刺さった。
周りの女官たちの冷たい視線が突き刺さった。
アルが魔法陣の上で何やらブツブツと怪しげな呪文を唱え始めると、魔法陣の周囲は
青い光に包まれ、霧のような水蒸気の塊(みたいなもの)が漂い始める。
う~ん、ファンタジィだなあ。この世界に来て当初は随分ビビッたっけ。
駅の階段から落ちて気を失った私が目覚めたのは、
いかにもカントリーなこじんまりとしたログハウスだった。
いかにもカントリーなこじんまりとしたログハウスだった。
「……?」
私、駅にいたのよね? いつのまに湖畔のキャンプ場に……!?
状況把握がまったくできない私の前に、現れたのは小さなおばあさん。
優しいおばあさんは、私がこの国の人間でないとわかると、魔法でこちらの言葉が
解るようにしてくれ、この世界の基本的な仕組みについておしえてくれた。
ちなみに私がおばあさんに真っ先に尋ねたことは、
「この世界で一番セレブな独身男性(注:ハゲデブ不細工を除く)って誰ですか!?」
……悪かったわね、これが私の生き様よ!
そこでおばあさんが教えてくれたのが、今私の隣にいる彼……
“スプリングランド王太子アーノルド・ジフ・サンルース”
(……二回もフルネーム言うの疲れる)な訳だ。
(……二回もフルネーム言うの疲れる)な訳だ。
帰れる保証がない以上、とりあえずいいオトコを捕まえておかねば!
とおばあさんのツテを頼って王宮に侍女として入り込んだのは二ヶ月前。
すぐに持ち前の根性を生かしてアーノルドに近づき、今日の婚儀に漕ぎ着けたのである。
でも……よく考えたら彼は王族。婚姻許可が下りるまでも大変だったし、
儀式やら仕来たりやら……これからもっと苦労しそう。
儀式やら仕来たりやら……これからもっと苦労しそう。
私はげんなりとため息を吐いて、“祖霊”なる水蒸気の塊(みたいなもの)と
話をしているらしい夫を見やる。ただでさえ私は地球人だし……
魔法なんて未だに半信半疑なのに……。ブツブツ愚痴をこぼしていると、
話をしているらしい夫を見やる。ただでさえ私は地球人だし……
魔法なんて未だに半信半疑なのに……。ブツブツ愚痴をこぼしていると、
「ミチル、終わったよ」
とアーノルドが満面の笑みで声を掛けてくる。
いつのまにか部屋は元通り。水蒸気の塊も消えている。
いつのまにか部屋は元通り。水蒸気の塊も消えている。
「じゃあ……後は寝るだけなのね」
あーぁ、疲れたぁ。
結婚式だけでこんなに疲れるなんて……もう今日は早くぐっすり眠りたいなぁ……。
「ははっ! 異国からの花嫁は随分と積極的でいらっしゃる」
声を上げて笑うノーザム公……
アーノルドの叔父君の発言に、彼は顔を真っ赤にして叫んだ。
アーノルドの叔父君の発言に、彼は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ミチル! レディーの方から、そ、そういった、よ、夜のことに関する発言は……っ!」
「?」
……もしかして今日って、俗に言う“初夜”ってやつ!?
アルはいい年こいて今の今まで私に触れようとはしてこなかったけど……。
もしやそれは伝統にのっとって今日まで待ってた、ってやつなのかしら!?
やだなぁ、私いわゆる純潔の乙女でもないし……て言うか、アーノルドとヤるなんて考えらんない!
いや、結婚したんだからヤらないといけないんだけど……。
え!? 嘘、何でこんな時にアイツの顔が……
そっか、最後に寝たのアイツだもんな……登吾さんとはまだそこまで行ってなかったし。
嫌だ。アイツ以外に抱かれたくない。帰りたい。
「ミチル?」
混乱してパニクりながらもハッと顔を上げると、アーノルドは優しく微笑んで
「僕は君が嫌がることを無理強いする気はないから。安心していいよ」
と告げた。優しいアーノルド。お金持ちで、権力者で、ハンサムで……。
それなのにどうして私は、日本を忘れられないんだろう。
気がつくと、アイツのことばかり思い出してしまうんだろう?もう、終わってしまったのに。
「会いたいよ……」
小さな独り言を聞いている人がいたなんて、私は思ってもいなかった。
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「だからね、僕は彼女を帰してあげたいんですよ」
「じゃから、無理だと言っておろう」
「こちらの世界に来られたのだから、方法はあるはずです」
婚儀の翌日。王宮の一室、夫の部屋から聞こえてくる
押し問答が気になって扉を開けると、そこにいたのは……
押し問答が気になって扉を開けると、そこにいたのは……
「おばあさんっ!」
「おお、ミチル。久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」
私を助けてくれた優しいおばあさんが、アーノルドの向かいの椅子にゆったりと腰を下ろしていた。
そう、おばあさんの正体は、元王宮魔術師リンダ・バーディ。
現在は引退して田舎に引きこもっているが、その強大な魔力は現在でも衰えず、
国中の魔法使いの権威として、尊敬と信望を集めている。
だから私に翻訳こ○にゃく能力を与えることとかも、簡単にできたのよね……。
で、そのおばあさんがアーノルドに呼び出されるなんて……しかも、私の話?
帰すとか帰さないとか……。
「アーノルドは私に、ここにいてほしくないの?」
「いや、そういうわけじゃない! できれば側にいてほしいけど……でも……」
「ならいいじゃない。私は帰りたくなんてないわ」
「君は……どうしてそんな嘘を吐くの?」
「嘘なんかじゃないわ」
「嘘だ」
「うーそーじゃなーいー!」
「嘘吐き!」
子供のような喧嘩を始めた私たちの口が、突如ピタっと閉じられる。
「んーっ、んんっ!」
「んんんんんっ!」
「お主らはガキか。うるさくて叶わんわ。夫婦でよく話し合ってから、この婆を呼ぶのじゃな。
ミチルが本当に帰ることを望むのならば、方法を教えてやらぬこともない」
おばあさんの魔法で口を塞がれた私たちは、無言でその背中を見送った。
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「ぷはっ! 死ぬかと思った……鼻詰まってたら本当に死んでたわよ、もう!」
「そうなる前にばばさまは魔法をといてくれると思うけどね。
もしくは声を奪う魔法に変換するか」
もしくは声を奪う魔法に変換するか」
真面目に答えるアーノルドをキッと睨みつけ、
「私、帰らないからね!」
と改めて宣言する。なんでこんなにムキになっているのか、自分でもわからない。
きっと私は怖いのだ。自分が必要とされなかったあの世界に戻るのが。
そして、この世界でも“必要でない存在”となってしまうのが。
一方で、こんなにもあの世界に帰りたいと――あの人に会いたいと願っているというのに。
私って最低な女……
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