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「大分膨れてきたな」
王太子アンリは正妃エリアーヌの腹を撫でながら、そう呟いた。
「ええ、間もなく臨月を迎えるのですもの」
穏やかに答えるエリアーヌに、アンリは少し表情を曇らせて俯いた。
「……エリアーヌ、私はそなたに詫びねばならぬ仕打ちをした。
ずっと、謝らねばならぬと思い、今日までその機を逃してきた」
「……そのことならば、殿下がわたくしに詫びねばならぬことなど、
何一つとしてございません。全てはこの宮に住まう魔物が引き起こしたこと」
「そなたがそんなことを出来る女ではないと、誰よりも私がまず先に気づくべきだった!
それをヴィクトルに諭されて、ようやく……! いつでも、そうだ。
何をするにも、あやつの方がいつも私より素早く、機転が効く……。
本来ならば、ヴィクトルこそが王太子の座に就くべきだったのだ……」
「そのようなことはございませんわ、殿下。どうか落ち着かれませ」
震える夫の肩に、身重の妃はそっと寄り添う。
「あれは、近ごろは宮廷に姿を見せぬな」
「遠駆けに凝られているようですわ。よく馬に乗って城を出て行かれるとか」
「……おまえにも、行き先を告げぬのか?」
「それは、どういった意味にございましょう?」
弱々しく己を見上げる夫を、エリアーヌは真っ直ぐに見つめた。
アンリは自嘲するように溜息を吐いた。
「ヴィクトルは、決まって西の方角に馬を走らせる。西には……オラールの離宮がある」
「あの方は、そのような不実をなさる方ではございませんわ!」
大声で叫んだ妃を、アンリは怪訝な眼差しを投げかけた。
「そなた……“どちら”を庇ってそう言うのだ?」
エリアーヌは息を飲んだ。何も知らないと思っていた夫。
彼がもし、弟がかつて自分に寄せていた想いに、
もしくは今“彼女”に抱いている気持ちに気づいていたら――?
「わたくしは……わたくしはあの方に、愛するとはどういうことか、
真に人を想うことの意味を教えていただいたような気がするのです。
だからこそ今、こうしてあなたの隣で、
大切な宝物を授かることができたのではないかと思うのです」
「……エリアーヌ、私と君は、初めから定められて夫婦になった。
恋も知らず、愛も知らず……。私たちはお互いを嫌い合っていたわけでは決してない。
けれどどこかで、嵌められた枷から抜け出したいという思いが、
同じ囲いの中で支え合いながら育ってきたはずの私たちを
互いからあんなにも遠ざけていたのかもしれない……」
「そしてその“思い”の象徴がパメラ様だった、とあなたはそうおっしゃるのですか?」
妃の問いに、アンリは哀しく首を振った。
「いいやそれは是であり否だ。私は本当に、心から初めて人を愛した。
それが彼女だった。いいや、今でも愛している。君には心からすまないと思うが……」
「いいえ、良いのです。わたくしもあの方を愛しています。
わたくしたちにとってあの方の存在は必要不可欠なものであったのだと、
そう思っているのです。ですからあの方との出会いをもたらして下さった
全てのものに、感謝と許しを与えなければ……わたくしはそう思うのです」
真摯に己を見据える妃の瞳に、王太子は項垂れた。
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パメラは決してヴィクトルに離宮の門を開きはしなかった。
王太子の側室ごときが第二王子を追い返す、その体裁の悪さを
いくら周囲の者に諭されても、ヴィクトルだけは宮の中に招こうとはしなかった。
彼らの不仲を知る者たちから見ればそれは、己を後宮から追い出したヴィクトルを
骨の髄まで嫌うお役御免の側室と、策謀を用いて彼女を後宮から追放した、
との不名誉な噂を取り消すために躍起になる第二王子の構図であった。
けれど誰が知っていただろうか。
馬首を返すヴィクトルの背に、どこまでも切ない眼差しを投げかけていた女の姿を!
振り返った男が離宮の窓を見上げる瞳に宿る果てなき悔恨と哀しみを!
パメラは死んだ。
最期までヴィクトルに見舞いを許さず、王太子の側室の一人として。
葬式に王族の参列は無かった。
後宮を乱した元凶、と呼ばれる女の葬儀に、王が参列を許さなかったためである。
ただ美しい花束だけが、その墓を鮮やかに彩った。
参列者が皆離宮を去り、雨が降り出した深夜。
その馬主は、ようやく離宮の中に入ることを許された。
馬を乗り捨てて駆け寄った、色鮮やかな花に囲まれた墓の前で、男は泣いた。
たった一人、いつまでもいつまでも嘆き続けた。
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当時はこの結末にちょっと自信がなくて
最後だけ更新できずにいました(笑)
まぁ「オイオイ」って思うところは沢山あるんですが、
元のテンションでみちるのようなキャラを今もう一度書けるか?
って言われたら無理なのでそのまま出すことにしました。
みちるは究極に利己的な女性を書こうと思って書きました。
ワガママな子供みたいな本性がどこか可愛らしく見えるというか、
庇護欲をそそるからモテる、みたいな設定だったはず・・・。
最後までこんくらい開き直れたら人生楽しいだろうな、と。
アーノルドはみちるの一枚上手をいっていたと見せかけて
ちょっと切ないキャラに。ある程度本気だったから王子スマイル(笑)が
みちるの心に届いていたんじゃないかと思います。
当時は(今も?)異世界の人間と当たり前に結ばれて定住する、
というのが王道でしたので、それとはちょっと違う路線で、
と考えた話でした。デンパン様時代はもっと細かく区切っていたので
10話に詰めちゃうとちょっと一話辺りの収まりが微妙ですが・・・(-_-;
また余裕ができたらちょこちょこ修正していきたいと思いますm(__)m
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青い石の指輪。結婚式で、他ならぬ彼が私の指に嵌めてくれた、結婚指輪だ。
美貌が、何だか得体のしれないものであるかのような冷たさを持って私の瞳に映り込む。
何かを捨てなければならない。
そんなこと私にできるの?ああ、今までは助けられていたんだ。
私だけが悪いんじゃない。そう、優しく私を甘やかしてくれていた……
息を切らした私の頭を、大きな手が優しく撫でる。
→後書き
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私だっていつかはこうしないといけない日が来る、って分かってた。
一体いつから会ってないと思ってるの!?」
澄んだ蒼の瞳が、少しも責める響きのない声が堪らなく暖かくて……切ない。
自分自身が傷つくことになっても。
そう……今までの私は、結局自分を守ることしか考えていなかった。
そのことに気づかせてくれたのは……
本当に思い出を忘れたお妃様はいなかったのかしら?
私は帰る。あのひとのいる世界に。例えあのひとが、私を待っていなくても。
→10
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「なんだ葉谷、お前また振られたのか?」
いつも、こうなのだ。彼はいつも私をからかう。私は怒る。だからいつも、喧嘩する。
課長ですか? それとも部長でしょうか?
彼はあれから別段変わった素振りを見せることもなく、相変わらず私には
あの時、彼の表情(かお)に『男』を意識してしまったのは気のせいで、
でも、あんな意味深な言い方されたら気になるじゃない!
喧嘩相手をそんな風に意識してしまう自分に戸惑い、金曜の具体的な連絡が無いことに
『明日午後7:00にPartenzaで。』
一度は入ってみたいと思っていた会社近くのイタリアンレストランの名に、
大体、断ったら逆に意識してます、って打ち明けるみたいで気まずいわよね……。
『分かりました。楽しみにしています。』
ディスプレイに“送信完了”の文字が浮かび上がってから、思わず漏れた独り言。
「“楽しみにしています。”って何よ。まるで期待してるみたいじゃない」
ぶんぶんと頭を振りながら携帯をテーブルに置いた瞬間、
『俺も、楽しみにしてる。』
高鳴る鼓動に携帯を握り締めたのは、何年ぶりのことだろう。
翌日の夜七時までの時間を、私はそれまでとは異なる種類の騒めきに包まれて過ごした。
ところがその日、余りにフラフラと過ごしていたせいか、
時計を見ると既に午後八時近く。慌ててエレベーターにから降りた私の目に、
「葉谷、お疲れ。ホラ、行くぞ」
苦笑して私を見る瞳は、いつもより何だか少し優しい。
「しゅ、主任……? 何で、まだここにいらっしゃるんですか? 予約の時間は……?」
「オイ、おまえ俺を誰だと思ってるんだよ?
キョトンとして問いかけた私の頭をコツンと叩いて、彼は溜め息を吐いた。
「予約の時間は変更してもらったから、今から行けばちょうどいい。
スタスタと歩き出した背中を、慌てて追いかける。
「ちょ、ご迷惑をおかけしたのは申し訳ないと思ってますけど、
バカとは何ですかバカとは!」
「本当のことだろうが。あっちフラフラこっちフラフラのろバカ葉谷~♪」
「もう、主任!」
変に緊張していた心が、彼の軽口でほぐれていく。
レストランに到着して、落ち着いた雰囲気のある椅子に着席した時、私の脳裏からは
美味しい食事とワインに、普段は喧嘩相手のはずの彼との会話は楽しかった。
仕事の話、趣味の話、元彼の愚痴……酔っていたせいもあるのだろう、思わず漏れた弱音。
「時々、思うんです……私って、世間全体から見たらちっぽけで、
暗い照明ごしに、彼はじっと私を見つめていた。
その真っ直ぐな瞳が、今の私の発言を軽蔑しているようで、
「葉谷」
低く響くテノールの声が、耳を打つ。
気まずいながらも顔を上げると、瞳がかち合う。
「俺じゃ、ダメなのか?」
「え……?」
「お前のこと一番にするの、俺じゃダメなのか?」
熱を帯びた眼差しが、嘘をついているとは到底思えなかった。
そのことに気づいた途端、まるで火が付いたように頬が、全身が火照り出す。
“暁”という名が私の中で特別なものになるのは、それから間もなくのことだった。
→9
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