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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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表と裏』番外編。拍手ログ。

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「大分膨れてきたな」

王太子アンリは正妃エリアーヌの腹を撫でながら、そう呟いた。

「ええ、間もなく臨月を迎えるのですもの」

穏やかに答えるエリアーヌに、アンリは少し表情を曇らせて俯いた。

「……エリアーヌ、私はそなたに詫びねばならぬ仕打ちをした。
ずっと、謝らねばならぬと思い、今日までその機を逃してきた」

「……そのことならば、殿下がわたくしに詫びねばならぬことなど、
何一つとしてございません。全てはこの宮に住まう魔物が引き起こしたこと」

「そなたがそんなことを出来る女ではないと、誰よりも私がまず先に気づくべきだった!
それをヴィクトルに諭されて、ようやく……! いつでも、そうだ。
何をするにも、あやつの方がいつも私より素早く、機転が効く……。
本来ならば、ヴィクトルこそが王太子の座に就くべきだったのだ……」

「そのようなことはございませんわ、殿下。どうか落ち着かれませ」

震える夫の肩に、身重の妃はそっと寄り添う。

「あれは、近ごろは宮廷に姿を見せぬな」

「遠駆けに凝られているようですわ。よく馬に乗って城を出て行かれるとか」

「……おまえにも、行き先を告げぬのか?」

「それは、どういった意味にございましょう?」

弱々しく己を見上げる夫を、エリアーヌは真っ直ぐに見つめた。
アンリは自嘲するように溜息を吐いた。

「ヴィクトルは、決まって西の方角に馬を走らせる。西には……オラールの離宮がある」

「あの方は、そのような不実をなさる方ではございませんわ!」

大声で叫んだ妃を、アンリは怪訝な眼差しを投げかけた。

「そなた……“どちら”を庇ってそう言うのだ?」

エリアーヌは息を飲んだ。何も知らないと思っていた夫。
彼がもし、弟がかつて自分に寄せていた想いに、
もしくは今“彼女”に抱いている気持ちに気づいていたら――?

「わたくしは……わたくしはあの方に、愛するとはどういうことか、
真に人を想うことの意味を教えていただいたような気がするのです。
だからこそ今、こうしてあなたの隣で、
大切な宝物を授かることができたのではないかと思うのです」

「……エリアーヌ、私と君は、初めから定められて夫婦になった。
恋も知らず、愛も知らず……。私たちはお互いを嫌い合っていたわけでは決してない。
けれどどこかで、嵌められた枷から抜け出したいという思いが、
同じ囲いの中で支え合いながら育ってきたはずの私たちを
互いからあんなにも遠ざけていたのかもしれない……」

「そしてその“思い”の象徴がパメラ様だった、とあなたはそうおっしゃるのですか?」

妃の問いに、アンリは哀しく首を振った。

「いいやそれは是であり否だ。私は本当に、心から初めて人を愛した。
それが彼女だった。いいや、今でも愛している。君には心からすまないと思うが……」

「いいえ、良いのです。わたくしもあの方を愛しています。
わたくしたちにとってあの方の存在は必要不可欠なものであったのだと、
そう思っているのです。ですからあの方との出会いをもたらして下さった
全てのものに、感謝と許しを与えなければ……わたくしはそう思うのです」

真摯に己を見据える妃の瞳に、王太子は項垂れた。


~~~


パメラは決してヴィクトルに離宮の門を開きはしなかった。
王太子の側室ごときが第二王子を追い返す、その体裁の悪さを
いくら周囲の者に諭されても、ヴィクトルだけは宮の中に招こうとはしなかった。
彼らの不仲を知る者たちから見ればそれは、己を後宮から追い出したヴィクトルを
骨の髄まで嫌うお役御免の側室と、策謀を用いて彼女を後宮から追放した、
との不名誉な噂を取り消すために躍起になる第二王子の構図であった。

けれど誰が知っていただろうか。
馬首を返すヴィクトルの背に、どこまでも切ない眼差しを投げかけていた女の姿を!
振り返った男が離宮の窓を見上げる瞳に宿る果てなき悔恨と哀しみを!


パメラは死んだ。
最期までヴィクトルに見舞いを許さず、王太子の側室の一人として。
葬式に王族の参列は無かった。
後宮を乱した元凶、と呼ばれる女の葬儀に、王が参列を許さなかったためである。
ただ美しい花束だけが、その墓を鮮やかに彩った。

参列者が皆離宮を去り、雨が降り出した深夜。
その馬主は、ようやく離宮の中に入ることを許された。
馬を乗り捨てて駆け寄った、色鮮やかな花に囲まれた墓の前で、男は泣いた。
たった一人、いつまでもいつまでも嘆き続けた。





 



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宣言通りほぼNo改稿です(^▽^)

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当時はこの結末にちょっと自信がなくて
最後だけ更新できずにいました(笑)
まぁ「オイオイ」って思うところは沢山あるんですが、
元のテンションでみちるのようなキャラを今もう一度書けるか?
って言われたら無理なのでそのまま出すことにしました。

みちるは究極に利己的な女性を書こうと思って書きました。
ワガママな子供みたいな本性がどこか可愛らしく見えるというか、
庇護欲をそそるからモテる、みたいな設定だったはず・・・。
最後までこんくらい開き直れたら人生楽しいだろうな、と。

アーノルドはみちるの一枚上手をいっていたと見せかけて
ちょっと切ないキャラに。ある程度本気だったから王子スマイル(笑)が
みちるの心に届いていたんじゃないかと思います。

当時は(今も?)異世界の人間と当たり前に結ばれて定住する、
というのが王道でしたので、それとはちょっと違う路線で、
と考えた話でした。デンパン様時代はもっと細かく区切っていたので
10話に詰めちゃうとちょっと一話辺りの収まりが微妙ですが・・・(-_-;
また余裕ができたらちょこちょこ修正していきたいと思いますm(__)m



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明かされる真実と選択。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 

「……何じゃ、結局戻ることにしたのか」
 
今度は森のおばあさんの家に自ら出向いた私たち二人に、
おばあさんは少し残念そうな表情(かお)で溜息を吐いた。
何だか見透かされていたようで少し気まずい。
 
「ご、ごめんなさい……」
 
「ばばさま、ミチルは悪くないんだ。僕が、中々話さなかったから……」
 
「それで、元の世界に還る方法って本当にあるんですか?」
 
アーノルドに庇われているのが居た堪れなくなって、早口で本題を切り出す。
おばあさんはもう一度深く溜息を吐いてこう告げた。
 
「……ある。じゃがミチル、それにはお主の強い願いが必要だが、
本気であちらに戻る意思があるのじゃな?」
 
おばあさんの問いに、私はゴクリと息を飲み込む。
 
「あちらではどれほどの時が経っているかも、何が起こっているかもわからぬ。
お主の家、家族、仕事……想う男も、何もかも塵芥となり果てているかもしれぬ。
それでもお主は帰るのじゃな?
ここでの暮らしも、そこにいる夫も全てを捨てて、元の世に戻ると決めたのじゃな?」
 
捨てる。棄てる……嫌な言い方。
思わず眉を顰めるが、確かにおばあさんの言うことは正しい。
私は捨てるのだ。暁を取り戻すために、アーノルドを。
 
「……そうよ、おばあさん。私は帰る。そう決めたの」
 
「……最後まで悪びれぬか。本当に気持ちの良い女子(おなご)じゃ」
 
おばあさんは声を立てて笑った。傍にいるアーノルドが息を飲んだのが分かる。
 
「良いじゃろう、ミチル。できることならお主のような女子に、
この国の王妃になってほしかったが……。お主の願い、叶えよう」
 
「それで、方法は?」
 
隣で黙り込むアーノルドの顔が見れない。
私はどれほど残酷なことをしているんだろう、と今更ながら思い知った。
 
「薬指にしている指輪を外せ。それには王家の魔法がかかっている。
異界から来た花嫁を決して逃がさぬように、な……」
 
「……え?」
 
驚いてアーノルドを見上げる。薬指にしているのは、アーノルドの瞳と同じ色をした
青い石の指輪。結婚式で、他ならぬ彼が私の指に嵌めてくれた、結婚指輪だ。
この指輪が私を繋ぎとめているなんて、彼は一言もそんな話はしなかった。
私の眼差しに、アーノルド悲痛な面持ちで私から目を逸らす。
 
「なに、それアーノルド? 冗談でしょ?」
 
だって私をここに連れてきたのはアーノルドだ。
私に、元の世界へ帰りたい、という本当の気持ちを思い出させてくれたのも。
 
「……君を、試したかったんだ。僕の魔法を唯一解くことのできるばばさまの元で、
本当に元の世界を選ぶのか……それとも、僕を選んでくれるのか。
本当はね、“心納めの儀”なんて儀式は存在しないんだ……。
僕は、早く君に結論を出してほしかった。僕を受け入れてほしかった。
ただ、それだけのために無理やり君の心を暴いて、試したんだ」
 
アーノルドの言葉が右耳から左耳へスルリと滑ってゆく。傍らに立つ見慣れたはずの
美貌が、何だか得体のしれないものであるかのような冷たさを持って私の瞳に映り込む。
 
「そんな……!」
 
嘘でしょ? アーノルド。
優しかったアーノルド。いつも私を見守ってくれた、青い目の王子様。
 
「……本当は、君に元の世界のことなんか少しも思い出してほしくなかった。
早く、忘れてほしかった。
何もかも捨てて僕の傍に来てくれたら、いつだってそう思ってたよ……!」
 
力なく項垂れるアーノルドの絞り出すような叫びに、心がざわめく。
 
「ミチルよ、王子の言葉が本心だったとして、お主のすることに変わりはない。
先ほどの決意がまことなら指輪を外せ。魔法は解け、お主の願いは叶うだろう。
もし王子を選び、この国に留まるというのなら……
その耳飾りを外し、王子の生みだした“心納めの儀”を執り行うのじゃな。
そうしなければお主の心が壊れてしまう。
王家とて、何の考えも無しにそのような儀を設けはしない」
 
胸に突き刺さるような鋭い言葉。次々と明かされる驚愕の事実に、私はパニック寸前だった。
ずっと、捨てられることが恐怖だった。必要とされなくなってしまうことが。
そんな私が、今度こそ本当に、自分の意思で、自分一人の責任で誰かを、
何かを捨てなければならない。
そんなこと私にできるの?ああ、今までは助けられていたんだ。
あの言葉に、『君がそうしたいなら』、そう告げることで彼らは、私を守ってくれていた。
私だけが悪いんじゃない。そう、優しく私を甘やかしてくれていた……
今更、そんなことに気づくなんて。
 
何一つ困ることのない魔法の世界、不思議な生活、優しい夫……
懐かしい家族、忙しないけれどやりがいのある仕事、それから……
 
『シャープさんの傍にいたいから、この世界にいるんです』
 
私よりもずっと年下の少女の声が、脳裏を過ぎった瞬間。
私は左手の薬指から、指輪を抜き取っていた。身体が不思議な光に包まれ、浮き上がる。
 
――みちる! みちる!
 
……あぁ、私を呼ぶ声が聞こえる。あの人の声だ。誰よりも懐かしくて……愛しい、声。
 
「ごめんね……ごめんね、アーノルド」
 
やっぱり私は、彼が好きなの。
 
~~~
 
「みちるさん! みちるさん!」
 
目を覚ましたのは白い部屋だった。かすかに消毒液の匂いが漂う。きっと病院だ。
 
「倒れたと聞いて……とても心配しました」
 
枕辺に座っていたのは登吾さん。少し期待しすぎていたのかもしれない。
……ううん、違う。だって、視界の片隅に映るあの花は。
 
「みちるさん、薔薇がお好きだと伺っていたのでお見舞いに持って来たんです。
意識が戻られて本当に良かった」
 
にこりと笑う登吾さんに、私は布団の上に起き上がる。
登吾さんに……ううん、“彼”以外の全ての人に、薔薇が好きだと告げていた。
でも、本当に好きなのは……好きなのは、
 
「無理はしないでください! 丸二日寝たきりだったんですよ!」
 
そうは思えない。だって身体が疼くのだ。私はベッドから飛び降りた。
今更、何を言うんだろう、と思われるかもしれない。
彼は付き合いで私を見舞っただけなのかもしれない。でも、それでもいい。
振られたって、一番じゃなくたって、私が、一番好きな人のところへ行きたいから。
エレベーターへと乗り込む背中に、私は声を張り上げた。
 
「……暁っ!」
 
振り向いた彼が、目を丸くして私を見る。
 
「あんたっ……あんた馬鹿じゃないの!? 病院に鉢植えなんて!」
 
……第一声がこれって、明らかに失敗だ。
息を切らした私の頭を、大きな手が優しく撫でる。
 
「ん~……だって、おまえの好きなものって中々思いつかないし」
 
気が利かないし、結構単純だし、意外と臆病だし……でも、それでも、
 
「好き……」
 
彼のYシャツを掴みながら飛び出した決死の告白に、
彼がどんな表情(かお)で、どんな言葉をくれたのか――
それは、あの不思議な王国での体験と共に、私だけの大切な秘密なのだ。
 
 
~~~
 
 
「まぁた嫁を逃がしおって。これで六回目じゃ」
 
床に転がったサファイアの指輪を見つめて老婆が呆れた調子で呟くと、
青年は笑いながらそれを拾い上げた。
 
「じゃあ次は“らっきーせぶん”で、きっと素敵な女の子が来るよ」
 
「……お主は優しすぎる。何故いつも不安定な、迷い子ばかり拾うのじゃ?」
 
「可愛いじゃないか。此処と元の世界で揺れ動く彼女たちの瞳が好きなんだよ。
でも今回は……ちょっと、堪えたなぁ」
 
指輪を胸元にしまい込みながら溜息を吐いた青年を、
老婆は気遣うような眼差しで見つめた。
 
「……当たり前じゃ。いつものような軽口を叩きおって。
お主、ミチルのことは本心から……」
 
「やだなぁ、ばばさま。いつもの娘(こ)たちより年齢が上だから、
少し扱いが違っただけだよ。僕はこの国の世継ぎなんだ。
国のために、異界から少しでも優れた妃を迎える。義務のために……招いただけだよ?」
 
虚空を見るような彼の眼差しに、老婆は数度目の深い深い溜息を吐く。
 
「相変わらず素直ではないな。少しはミュージックキングダムの国王を見習ったらどうだ?」
 
「シャープ兄さんを見習うなんて、とんでもない。余計なお世話だよ、ばばさま……」
 
呟いた青年の瞳に滲んだ雫を見ぬふりをして、老婆は窓の外を見上げた。
青年の瞳と同じ色を宿して輝く、果ての無い空。
その向こうに、今度こそ彼の真の伴侶となるべき存在が現れることを祈って――




後書き
 



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すれ違いと本当の気持ち。

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歯車が狂ってしまったのは、一体いつからだったのだろう?
 
『主任が会社を辞める』
そんな噂が流れてきたのは、付き合いだして数ヶ月経った頃だった。
 
「……独立する、ってホントなの?」
 
向かい合って料理を口に運ぶ相手に問いかければ
 
「ああ、耳が早いな。来月いっぱいで退社しようと思ってる」
 
と淡々とした答えが返ってきた。
暁が会社を辞めてしまえば、今までのように毎日顔を見ることは叶わないかもしれない。
約束された将来を捨てて一から会社を興して、成功する保証だってないのに……。
不安で堪らなくて、私との出会いの場所を捨ててしまう暁を恨みがましい目で
見詰めてしまう。そんな私に、暁は笑って
 
「何だよ、そんな顔するなよ。
……今の十倍稼がないと、結婚は考えないって言ったのお前だろ?」
 
と告げた。
 
「え……?」
 
付き合う前、飲み会の席で理想の夫の年収を聞かれた時、
とんでもない額を答えた気がするけど……まさか、その時から?
戸惑う私に、暁は小さな包みを差し出した。
 
「会社が軌道に載ったら……、ちゃんと、ここにプレゼントするから」
 
テーブル越しに、彼が触れた薬指が熱い。
開いた小さな包みの中には、私の誕生石、赤いガーネットのピアス。
 
「うん……待ってる」
 
いつもなら言ってしまうような『何よ、安物じゃない』なんて憎まれ口も不思議と出てこなかった。
だって、嬉しかったのだ。もっと高価なプレゼントをくれた彼は、それまでにも沢山いた。
けれどその時の私には、ダイヤよりもルビーよりも、ガーネットの輝きが何より眩しかったのだ。
 
 
~~~
 
 
そんな思い出とも、もうすぐお別れ。
私だっていつかはこうしないといけない日が来る、って分かってた。
私は暁を裏切ったし、そもそも今は生きる世界だって違ってしまったのだ。
アーノルドはハンサムで優しいし、何よりお金持ちだ。
私は幸せになれる。彼を忘れることができれば……。
 
コンコン
 
刻限が来た。控えめにノックされたドアの向こうから、アーノルドが顔を覗かせる。
 
「ミチル? ……準備はいいかい?」
 
何かを問いたげな蒼い瞳に、微笑んで答える。
 
「ええ、大丈夫よ」
 
両耳のピアスを外し、私は立ち上がった。
 
『心納めの儀』に使われる封印の間には、
先祖の祖霊と話す?時に用いたのと同じような魔方陣が描かれていた。
そしてその中心に豪奢な飾りの付いた古々しい小さな箱が安置されている。
箱は不思議な淡い光を放っていた。あれがアーノルドの言うところの『心納めの箱』なのだろう。
 
「ミチル、いいかい? 君は今から一人であの中心まで行って、
神官が合図をしたらその『宝物』をあの箱の中に納めるんだ。一度あの箱の中に
納めてしまったら、持ち主が死ぬまで二度とあの箱は開けられなくなる……」
 
「ええ、分かった」
 
小さく頷いて、箱を見詰める。魔導師たちの詠唱が始まった。アーノルドがそっと私を促す。
箱の放つ白い光に向かって、私は魔方陣の中に一歩足を踏み出した。
 
 
~~~
 
 
「私と一緒にいても楽しくないの?」
 
「そんなわけ無いだろ?」
 
「じゃあどうしてあくびばっかりしてるのよ……」
 
「ごめん、ここマトモに最近寝れてなくてさ……」
 
始まりは、こんな会話からだったのかもしれない。
 
「どうして!? 約束したじゃない!」
 
「その日は打ち合わせがあってどうしても無理になったんだよ……」
 
「そう言って、先週も先々週もダメだったじゃない! 
一体いつから会ってないと思ってるの!?」
 
「ごめん……」
 
暁が、私に謝ることが増えた。会う時間が減った。
喧嘩の後、元気になるのではなく落ち込むことが増えた。
暁と一緒にいる自分が、自分と一緒にいる暁が嫌になった。
そんな時、登吾さんと出会った。彼は優しかった。甘ったるいお菓子のように。
今ここにいるアーノルドと、同じくらいに……。
 
 
~~~
 
 
気がつけば、箱の前でポロポロ涙を流していた。私は愚かだ。本当は気づいていたのに。
登吾さんを、アーノルドを、この世界を理由に逃げていただけ。
あのひとをどうしようもなく好きだという想いから……。
 
「アーノルドッ……ごめんっ……もう私、無理だよぅ……!」
 
ピアスを握り締めたまま、箱の前にくず折れた私に、周囲がどよめく。
そんなざわめきを制して、カツカツと近づいてくる足音。
 
「ミチル」
 
私の傍らに彼がしゃがみこむ気配。そちらを見ることができずに、泣き濡れた顔を横にそらす。
アーノルドは私の両頬を挟み込むように持ち上げ、目を合わせるとにこりと笑った。
 
「ようやく、素直になったね」
 
その瞬間、私の喉から嗚咽が漏れた。優しく涙を拭う指が、
澄んだ蒼の瞳が、少しも責める響きのない声が堪らなく暖かくて……切ない。
 
「わたしっ……わたしっ……!」
 
「うん、うん、分かってるから。何も、言わなくていいから」
 
甘く、優しい、優しすぎるアーノルドの腕の中で、私は涙を流し続けた。
その場にいた全ての人々が、儀式の中止を悟っていなくなってしまうまで。
 
 
 
「ミチル、僕は君が好きだよ。好きだから、君を妃にと望んだし傍にいてほしいとも思ってる。
でも、それ以前に僕は君に幸せになってほしいと思ってるんだ。
何かに耐えているような哀しい顔で、傍にいてもらっても意味が無い。
僕は君に、笑っていて欲しいんだ。きっと、君には笑顔が一番似合うと思うから……」
 
泣き喚く私を抱きしめながら、アーノルドが耳元で囁き続けた言葉。
どうして、この人はこんなにも優しいのだろう?
どうして、この人はこんなにも欲しいものばかりくれるのだろう?
どうして私は、この人を一番に選べなかったのだろう?
 
「ミチル、君が一番望むものは何?」
 
泣き止んだ私を、アーノルドが真っ直ぐに見つめて問うてきた。
偽りを告げることは許されぬ瞳。もう、逃げるわけにはいかないのだ。
たとえ誰を傷つけることになっても、私が今まで一番大事にしてきた
自分自身が傷つくことになっても。
そう……今までの私は、結局自分を守ることしか考えていなかった。
そのことに気づかせてくれたのは……
 
「アーノルド……わたし……私は、帰りたい……」
 
掠れた私の呟き、いつも穏やかだったアーノルドの表情が一瞬強張ったのが分かる。
 
「う、ん……分かった」
 
アーノルドは一拍間を置いて頷くと、スッと踵を返した。
 
「アーノルド!?」
 
慌てて声をかけると、アーノルドは振り向かないまま
 
「ばばさまにすぐ連絡を取るよ。向こうの世界との繋がり方を把握してるのは彼女だけだ」
 
と片手を上げてみせた。
 
「それなら私も一緒に……」
 
と後を追いかけて、口を噤んだ。彼の肩が、小刻みに震えていることに気づいてしまったから。
 
「ミチル、ごめん。今は少し……独りにして」
 
アーノルドはそう呟いて扉を閉めた。私、本当にバカだ……!
唇を噛み、ピアスを手にした両手を握り締める。目の前には心納めの箱。
この中には、今までどのくらいの思い出が封じ込められてきたのだろう?
彼は気休め程度のもの、って言っていたけど、
本当に思い出を忘れたお妃様はいなかったのかしら?
もし、私が何も知らずにこの箱の中にピアスを放ってしまえたなら……
誰も、傷つくことなく全てが上手くいったのだろうか?
ぼんやりと箱を眺めながら考えても仕方のないことばかりが脳裏を過ぎる。
いいえ、アルは魔法の分からない私に説明も無くそんなことをさせたりなんかしない。
この期に及んで逃げ口上だなんて、やっぱり私は覚悟が足りない。
手の中のガーネットをじっと見つめる。これは私が決めたこと。
私は帰る。あのひとのいる世界に。例えあのひとが、私を待っていなくても。
 
「もっと良い石、もらわなくちゃね」
 
耳にピアスを付け直した瞬間、思わず微笑がこぼれた。




10


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過去。

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「もうっ! 信じらんないあのオトコ!私が目の前にいるってゆーのに、
お得意様がいたから、とか言って私を一人で帰したんですよ!?
サイテーだと思いません!?」
 
会社の飲み会の席で、既婚の先輩OLに前日のデートへの不満をぶちまけていた私に、
からかい混じりの声をかけてきたのは彼だった。

「なんだ葉谷、お前また振られたのか?」
 
「……森条主任! 違います、私は振られたことなんかありません~!
昨日の彼だって、こっちから終わりにしてやったんですよ!」
 
カッとなって怒鳴り返す私に、彼はますますおかしそうに声を上げて笑う。
いつも、こうなのだ。彼はいつも私をからかう。私は怒る。だからいつも、喧嘩する。
 
「あ~、みちるちゃんダメだわ。完全に出来上がっちゃってるわね……」
 
先輩が呆れたように呟くと、彼が苦笑しながら頷いた。
 
「そんなことないですよぉ? 私は全然フツーですぅ」
 
ムキになって言い返すと、いつの間にか後ろから腕を掴まれていて。
 
「野上さん、俺コイツ送ってきますから」
 
振り返ると、彼の顔があった。
 
「え!? なんで、私まだ平気ですって! もう少しここに……」
 
「アホか、そんな真っ赤な顔して」
 
「そうよ、みちるちゃん。今日はもう帰んなさい」
 
先輩が怖い顔をしてそう言うので、渋々彼の後について行かざるを得なかった。
 
「しっかし、お前も毎回毎回バカだよなぁ」
 
先輩の姿が遠ざかった途端、暁は案の定呆れたように私を眺めて溜め息を吐いた。
 
「何ですかそれ!? 大体私、一人でもちゃんと帰れます!」
 
ふらつく足取りで踵を返そうとすると、強い力で腕を引き寄せられる。
 
「そんなフラフラしててちゃんと帰れるわけないだろが。
ほら、こっち来い。タクシー捕まえるから」
 
時計を見れば、終電にはまだギリギリ間に合う時間。
あの時、いつものように意地を張って駅へ駆け込んでいたら、
こんな想いを知ることも無かったのだろうか。
 
「……何で主任も一緒に乗り込むんですか」
 
タクシーの車中、膨れっ面で隣に座る彼を睨みつければ、彼は
 
「ついでだ、ついで。大体そんな千鳥足で、無事に玄関まで辿り着けるかすら心配だ」
 
と再び溜め息を吐いて私を見た。その表情が余りにも優しげだったから……
それまで何度も座っていたはずの主任の隣という位置に、妙に胸が騒いだ。
 
「主任の家、逆方向じゃないですか。遠回りになりますよ」
 
流れる空気に居た堪れなくなって、ふいっと目をそらして憎まれ口を叩いた私に、
彼はチッと舌打ちをして面倒くさそうに呟いた。
 
「おま、ホント可愛くないな……! 人の好意は素直に受け取れって言われなかったか?」
 
「あら、私大抵の方のご好意は有り難く頂戴してますよ?
ただ、受け取りたくないものは無理に受け取らないようにしてるだけで」
 
「ほ~う、お前は優しくて男前な上司からの好意は受け取りたくないと?」
 
目が笑っていない暁の笑顔は、普通の人間なら逃げ出したくなるほど怖い。
 
「優しくて男前の上司とはどこのどなたのことでしょうか?
課長ですか? それとも部長でしょうか?
どちらも確かに素敵ですし、喜んでご好意を受け取らせていただいてますけど」
 
負けじと言い返してにっこり笑ってみせる頃には、酔っぱらっていた脳がすっかり
覚醒して、同時に失恋に落ち込んでいた気分も、何だか不思議なほどスッキリしていた。
 
「葉谷お前、覚えとけよ……!」
 
彼がそう吐き捨てて黙りこんだ頃、ようやくタクシーが私のアパートの前に止まった。
 
「今日はホントにどうも、ありがとうございました」
 
棒読みでそう告げてタクシーを降りようとすると、ギュッと手を掴まれた。
 
「お前、金曜の夜って空いてるか?」
 
「そりゃ別に……空いてますけど」
 
オトコと別れたばかりの女にそんな質問、しないでほしい
という抗議の意を込めて彼を睨めば、驚くほど真剣な眼差しとかち合う。
 
「絶対空けとけ。いいな!」
 
それだけ告げられバタンと閉められた扉。
遠ざかるエンジン音に、少しだけ熱を持った大きな手の平の感触。
初めて、「喧嘩相手の主任」を一人の男性として意識した瞬間だった。
 
 
~~~
 
 
それから、約束の金曜日までの数日を私は落ち着かない気分で過ごしていた。
彼はあれから別段変わった素振りを見せることもなく、相変わらず私には
“デキる上司だけど時々ムカつく憎まれ口を叩く嫌なヤツ”という態で接していた。

あの時、彼の表情(かお)に『男』を意識してしまったのは気のせいで、
単なる仕事の相談とか、なのかしら?
でも、あんな意味深な言い方されたら気になるじゃない!

喧嘩相手をそんな風に意識してしまう自分に戸惑い、金曜の具体的な連絡が無いことに
焦り、苛々した気分で迎えた木曜の夜、ようやく彼から一通のメールが届いた。

『明日午後7:00にPartenzaで。』

一度は入ってみたいと思っていた会社近くのイタリアンレストランの名に、
不思議と胸が踊る自分を認めないわけにはいかなかった。
大体、断ったら逆に意識してます、って打ち明けるみたいで気まずいわよね……。
仕事の話かもしれないし、食事するだけよ、食事だけ!
頭の中で必死に自分に言い聞かせながら、返信を打つ。

『分かりました。楽しみにしています。』

ディスプレイに“送信完了”の文字が浮かび上がってから、思わず漏れた独り言。

“楽しみにしています。”って何よ。まるで期待してるみたいじゃない」

ぶんぶんと頭を振りながら携帯をテーブルに置いた瞬間、
メールの着信を告げるメロディが鳴った。

『俺も、楽しみにしてる。』

高鳴る鼓動に携帯を握り締めたのは、何年ぶりのことだろう。
翌日の夜七時までの時間を、私はそれまでとは異なる種類の騒めきに包まれて過ごした。

ところがその日、余りにフラフラと過ごしていたせいか、
私は仕事で思わぬミスをやらかし、退社時間が遅れてしまった。
時計を見ると既に午後八時近く。慌ててエレベーターにから降りた私の目に、
飛び込んできたのは見慣れた長身のシルエットだった。

「葉谷、お疲れ。ホラ、行くぞ」

苦笑して私を見る瞳は、いつもより何だか少し優しい。

「しゅ、主任……? 何で、まだここにいらっしゃるんですか? 予約の時間は……?」

「オイ、おまえ俺を誰だと思ってるんだよ?
今日のお前のポカとそれに伴う+αくらいちゃんと把握してるっての」

キョトンとして問いかけた私の頭をコツンと叩いて、彼は溜め息を吐いた。

「予約の時間は変更してもらったから、今から行けばちょうどいい。
ボケッとしてないで行くぞ。バカ葉谷」

スタスタと歩き出した背中を、慌てて追いかける。

「ちょ、ご迷惑をおかけしたのは申し訳ないと思ってますけど、
バカとは何ですかバカとは!」

「本当のことだろうが。あっちフラフラこっちフラフラのろバカ葉谷~♪」

「もう、主任!」

変に緊張していた心が、彼の軽口でほぐれていく。
レストランに到着して、落ち着いた雰囲気のある椅子に着席した時、私の脳裏からは
地味に引きずっていた元彼のことも、主任に対する複雑な戸惑いも消え失せていた。
美味しい食事とワインに、普段は喧嘩相手のはずの彼との会話は楽しかった。
仕事の話、趣味の話、元彼の愚痴……酔っていたせいもあるのだろう、思わず漏れた弱音。

「時々、思うんです……私って、世間全体から見たらちっぽけで、
ちっとも誰からも必要とされてない存在だよなぁ、って。
だから、そこそこ世の中から必要とされてる人の一番になれたら、
少しでも私の存在意義みたいなのを見出せるんじゃないかなぁ、って。
でも、中々うまくいかなくて……って、当然ですよね、
誰かとお付き合いするのにこんな考え方じゃ」

暗い照明ごしに、彼はじっと私を見つめていた。
その真っ直ぐな瞳が、今の私の発言を軽蔑しているようで、
私はそっと視線を逸らし俯いた。

「葉谷」

低く響くテノールの声が、耳を打つ。
気まずいながらも顔を上げると、瞳がかち合う。

「俺じゃ、ダメなのか?」

「え……?」

「お前のこと一番にするの、俺じゃダメなのか?」

熱を帯びた眼差しが、嘘をついているとは到底思えなかった。
そのことに気づいた途端、まるで火が付いたように頬が、全身が火照り出す。

“暁”という名が私の中で特別なものになるのは、それから間もなくのことだった。






 



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