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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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下された罰。

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神聖なる女王の館で殺生沙汰を起こしたサオは、長老連の話し合いの末、遠く野麻田(やまた)の里に遣わされることになった。山泰国の西の果てと領土を接する野麻田はここ数年台頭してきた一族であり、山泰国の村々を襲っては女子どもを攫って行く、との悪評が立っていた。野麻田を退治し、攫われた娘たちを助けることを課せられて、サオは守役を務める親友・クナギと共に西の地へ旅立った。
 
「しかしサオ、おまえ本当に良かったのか? ……身重のお身体の姉君を残して」
 
心配そうな面持ちで己を見やる親友に、サオは前を見据えたまま唇を噛みしめた。
 
「どうせお会い下さらぬ……あの日から、禊の岩屋に籠ったきりだ」
 
サオがヤサカを殺した次の日、穢れに触れたヒミコは禊をすると言ってそのための岩屋に入り、以来一度も民の前に姿を現していない。おそらくは妊娠した身体を皆の目から隠す目的もあるのだろうが、赤子の父である己にすら顔を見せぬ姉に――それも当然のことだが――サオは焦れていた。
 
「さもあろう。あのような男に身を汚されては……サオ、長老たちとておまえの罪に真なる理由があることを知っている。それなのに何故罰を請うたのだ?」
 
国の中枢にある一部の者にのみ知らされた女王懐妊は、殺された世話役ヤサカによりもたらされたもの――そしてその事実を知ったが故にサオが彼を裁いたのだと、国の者たちは信じていた。
 
「クナギ、俺は怖いんだ……姉上が子を身籠っている、その事実に燃えたぎるこの血が……。抑えがきかない。このまま傍にいて姉上の腹が膨らんでいく様を見れば、俺は何をしでかすかわからない……そう思うと、堪らなく怖い」
 
「サオ……」
 
押し殺すように紡がれた言葉の真実を知らぬまま、クナギは労わるように友を見た。
 
「帰るのは姉上が身二つになられてからだ。それまで……悪いが付き合え、クナギ」
 
「ああ、長老方も短期で済むとは思っていまい。西の地を綺麗にして、女王様へのせめてもの慰めとしよう」
 
「……姉上のために」
 
友を元気づけようと明るい声音を上げたクナギに、サオは微笑みを返した。その瞳の奥に宿る暗い輝きに、気づいた者は誰一人としていなかった。
 
 
~~~
 
 
野麻田の里は深い森の奥にあった。サオがクナギと連れ立って森へ向かうと、入り口で泣き伏す一人の娘と行き会った。
 
「娘、何者だ? 何故こんなところで泣いている」
 
面を上げた娘は存外に小柄で、露に濡れた瞳の端には不思議な色香が漂っている。
 
「私の名はシイナ。この近くの山泰の村より、野麻田の里に贄として捧げられた者でございます。ああ、何と恐ろしいこと、あの獰猛な野麻田の民の元へ、これから一人で赴かねばならぬとは!」
 
怯えて震える娘の身体を支え、サオとクナギは顔を見合わせた。
 
「シイナよ、我が名はサオ。山泰国の女王ヒミコの弟。命を受け野麻田の退治に行くところだが、我らを案内してもらえるだろうか? そなたの身は、我らが守ろう」
 
「まぁ……女王様の弟御から、これは願っても無いお申し出」
 
サオの申し出にシイナは目を見開き、そうして嬉しそうに頷いた。
 
「どの道私は里へ戻れぬ身。このように頼もしき道連れは心強うございます」
 
軽やかに足を踏み出した娘に従い、サオは青々と茂る木々の間を前へ進んだ。そうして森の奥にぽっかりと口を開けた漆黒の洞穴を見つけた瞬間、その眼前に佇む蛇のように鋭い目をした男の姿を見出した。
 
「これはこれは、待ちかねた贄と共に招かれざる客をも招いてしまったようだな……」
 
「あれこそが野麻田の長、オロチですわ、サオ様」
 
耳元で囁く娘の声に、サオは小さく頷いた。
 
「招かれざる客とは心外な。私はサオ、山泰国の女王・ヒミコの弟。我が国は野麻田との融和を望んでいる。証に美酒を持参したが、賞味してはいただけぬものか?」
 
強く睨み据えたサオに男は喉の奥から響く笑いをこぼす。
 
「そなたの言う“美酒”とは何を示したものか……とくと吟味してしんぜよう。それが終わるまで……シイナ!」
 
「ええ、兄上」
 
不穏な言葉にサオが構えた途端、背後に庇っていたはずの娘の手が彼を捉え、喉元に刃が突き立てられた。
 
「サオ!」
 
声を上げたクナギもまた、音も無く現れた男たちによって取り押さえられる。
 
「そなた、やはり」
 
後ろを睨めつける彼に、シイナは妖しく微笑んだ。
 
「山泰国の民であることは半分真実よ。我が母はこの野麻田より山泰に攫われ……犯されて私が生まれた。おまえたちの国は野麻田から何もかもを奪った。兄上は、それを取り戻しているだけだわ」
 
遠くなる意識の中で、耳に木霊する悲痛な叫びと共に幼き日に経験した悲惨な情景がサオの脳裏を過ぎった。
 
 
~~~
 
 
固い地面の上で目覚めた時、サオは切られたはずの喉元に思わず手を当て、そこに清潔な布地が巻かれ止血されている事実を見出し目を瞠った。
 
「……目覚めたか? 山泰国女王の弟よ」
 
格子を隔てた先に目をやれば、松明の明りに照らされて、野麻田の長たるオロチが佇んでいる姿が見えた。
 
「クナギはどこだ?」
 
「今頃別の囲いの中で、のうのうと眠りこけているだろうよ」
 
揶揄するように告げるオロチの目はどこまでも冷たく澄み、心の内を余さず射ぬこうとしているかのようだった。
 
「風の噂に聞いたのだが……山泰国の女王・ヒミコは巫女でありながら密かに子を宿したとか? そしてその父たる不埒者をそなたが殺した……」
 
「下らぬ噂だ」
 
蒼白な面持ちで視線を逸らしたサオに、オロチは下卑た嗤いを投げかけた。
 
「ならば何故そなたはここにいる? 女王の弟、戦で親を失った哀れな孤児、同じく幼い姉を唯一の縁(よすが)に漂いながら、結局は姉に捨てられた……中々どうして、腹の内に面白きものを抱えた男よ」
 
「黙れ……黙れ!」
 
サオの激昂を意に介す風も無く、オロチは真実を突く。
 
「侵すべからざる巫女、実の姉である女王を孕ませたのはそなたであろう?」
 
サオは動きを止め、息を飲んだ。今まで誰にも――あの忌々しいヤサカにしか気づかれたことの無かった罪が、見ず知らずの蛮族の長によって暴かれるとは!
 
「事実に気づいた世話役……憎い恋仇でもあったのか? そやつを殺し、姉に拒まれ、やるせなき憤りの炎を燃やしつくすべくこの地へさすらう……哀れよのぅ、サオ。故郷(さと)を焼かれ、母を奪われ、怨嗟の念だけでこの野麻田を作り上げた私と、そなたはよく似ている」
 
「……何が、言いたい?」
 
飄々とした中にふと混じる哀しげな響きに、サオが訝しげにオロチを見やれば、彼はニヤリと笑いながら牢の扉に手をかけるところだった。
 
「我は初めから山泰国に……そなたの愛しい姉君に弓を引く気は無い。我の望みは復讐のその一語。先ほども言った、酒の中身によっては、と。さぁどうする? そなたは我の悲しみに、どんな癒しを与えてくれるのだ?」
 
「……ならば一つ、おまえの故郷(さと)の仇共を」
 
ゴクリと唾を飲み込んで、冷徹な目でサオは答えた。オロチの目に、憎しみの炎が渦巻く様をしかと捉える。
 
「一では足りぬ、十寄こせ」
 
「相分かった。その代わり……」
 
サオの答えに、オロチは歪んだ笑みを浮かべた。
 
「望みが叶ったその日から、我らは山泰国の民となろう。……失われし十の村の者共に代わって」
 
そう言ってオロチが手を鳴らすと、松明の背後に広がる闇の中から見覚えのある華奢な影が現れた。
 
「シイナ、こちらへ。おまえはこれからこの御仁が、野麻田を滅ぼした証人として山泰国の中村に赴いてもらう。良いな? シイナ、兄の命だ」
 
「兄上……それが兄上の望みとあれば。この男が決して野麻田を裏切らぬよう、傍について見張りましょう」
 
口を挟む隙すら与えぬ問答に眉を顰めるも、拒むことは許さぬとでも言いたげな鋭い眼差しに異を飲み込み、サオはシイナに手を差し出した。
 
「分かった、シイナ。私はそなたを妻とする。共に来るが良い。野麻田を滅ぼし、そなたを助け出したのだと、皆に……姉上に知らせるために」
 
今ここに惨たらしい密約は成り、冷たい手と手が結ばれた。サオは英雄となって帰るのだ、美しい新妻を従えて――






 



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※残酷描写がございます。

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ヒミコが山泰国の女王に即位して一つ季節が巡った。女王となっても彼女の日常は巫女の社で修行に明け暮れていた日々とそう変わるものではない。日夜神に祈りを捧げ、神の意を問われれば託宣を行う――ただ一つ違うのは、毎日のように館を訪れる弟・サオの存在だ。
十にもならぬ年で一人にしてしまった弟のことを、ヒミコは五年間案じ続けていた。一人前の巫女としての披露目の儀式で再会したサオは記憶にあるよりはるかに背も伸び、肩幅も広く――立派に育った彼の姿にどれほど安堵し喜んだことか。大臣アシナよりいずれは娘婿に、との話を聞かされた時は心から誇らしく思い、婚儀の日を待ち遠しく思ったものだが、結局彼の家には先年の神事で白羽の矢が立ち、娘トツカが贄となったためその夢は叶わぬまま消えた。職を辞したアシナはサオに後継を託そうとしたが、彼は若年であることを理由に任に就くことを拒み、一途にヒミコの傍に――女王と要人たちの橋渡し役を務めている。彼女の力が衰えぬための“儀式”を施すのもまた彼なのだ。
 
「あんな恥ずかしいこと、サオじゃなければとても……」
 
女王となったその夜から始まった“儀式”のことを思うと、ヒミコの頬は火で焼かれたように熱を持ってしまう。大任に慄く彼女を慰めるように、優しく、そして激しく触れ回る手の感触に不思議な安堵と快楽を覚える自分の心と身体を、清涼な空気に包まれて育った巫女であるヒミコは訝しく思うのだった。その時、小さく戸を叩く音が室に響いた。
 
「ヒミコ様、失礼致します。夕餉の支度ができましたが、お持ちしても?」
 
扉の向こうから呼びかける声に、ヒミコは火照った頬に手を当てたまま背後を振り向く。
 
「良いわ、ヤサカ。いつもありがとう」
 
声の主――サオ以外で彼女が唯一接触できる男性・ヤサカは、女王の世話役を申しつけられた青年であり、人好きのする穏やかな物腰と柔和な光を宿す瞳が印象的な好漢である。扉を開け室内に歩み入った彼は、微笑みながら女王の御前に膳を差し出した。ところが――
 
「うっ……!」
 
湯気の立つ椀を前にした途端、ヒミコは咳き込み、苦しそうに胃の腑のものを吐き出してしまった。
 
「ヒミコ様、どうなされました、女王様!」
 
慌てて声を上げ、背に腕を伸ばすヤサカに、ヒミコは俯いて首を振った。
 
「ごめんなさい、ヤサカ……近ごろ胸がむかむかして、いつも気分が悪いの。折角用意してくれたのに……」
 
「ヒミコ様……もしや」
 
女王の言葉に、ヤサカの脳裏を最悪の予感が過ぎる。前々から気にしてはいた。火急の用とは思えぬ口実を申し立て、毎夜のように館を訪れるサオの姿――いくら姉と弟とは言え、女王であり巫女である人の館に、仮にも臣の立場にある人間の過度に頻繁な訪れが許されて良いものだろうか。時には朝まで女王の部屋に籠ることもある。ヒミコの美しく結いあげられた黒髪が一筋ほつれ、整えられた純白の装束にわずかな乱れが見える朝――紙のように白いあの方の頬はほのかに朱を帯び、かすかに触れる指先はしっとりと湿り気を帯びている。そしてそんな朝には、必ずサオが共にいる。ヤサカは意を決して、彼の忠誠と憧憬の対象に向き合った。
 
「もしやあなたは、身籠られておられるのではございませんか……? それも、実の弟君の子を」
 
悲痛な世話役の声に、ヒミコは目を見開いた。
 
「そんなはずはない。実の弟の子を身籠るなど、聞いたことも無い話だわ」
 
「ではいつもサオ様がこの館をお訪ねになる時、お二人は一体何をなさっておいでなのです? 乱れた着物も、汚れた床も……私は全てを知っております」
 
押し殺したように紡がれた言葉に、ヒミコは呆然としたまま口を開いた。
 
「サオが……サオが私の“力”を高めるために必要な儀式だと……だから、だから私は」
 
「ヒミコ様……あなた方がなさっていたのは、夫婦(めおと)が子を生すための儀式です。同じ父母から生まれた者たちに、許された儀式ではございません!」
 
ヤサカは叫びながらヒミコを抱きしめた。焦がれた女王の身体は余りに細く、ヤサカの目からはとめどなく涙がこぼれた。
 
「女王様……ヒミコ様、館を……この国を出ましょう。私はあなたをお慕いしております。あなたがいつまでもこの国に、弟君に縛られることはありません」
 
「ヤサカ……」
 
初めて感じる弟以外の男の温もりに、ヒミコは虚ろな心のまま首肯した。信じていた弟の裏切りを眼前に突き付けられたことへの衝撃と、心の奥底で感じながらも見て見ぬふりをしてきた“罪”を断じられたことへの恐怖が、彼女を捉え、引き裂いたのだった。
 
 
~~~
 
 
ヤサカとヒミコは話し合い、長老たちが会合を開く日に館を抜け出すことを決めた。話し合いは大抵朝にまで及び、女王と彼らとの中継ぎ役であるサオは席を外せない。女たちが寝静まった深夜に、ヤサカがヒミコを密かに連れ出す計画だった。そうしてやって来たその日の夜、ヒミコは銅鏡の前に座し、静かに彼を待っていた。傍らに置いた燭台の明りが鏡を照らし、そこに映るおぼろな影を眺めながら、ヒミコは瞳を閉じた。その時――
 
「ぎゃああああああっ!」
 
木霊した恐ろしい悲鳴に女王はビクリと肩を震わせ、背後の扉を振り返る。カツカツと響く足音は、確実に女王の室に近づいていた。再び前に向き直れば、銅の鈍い輝きの中に青ざめ引きつる己の顔を見出し、ヒミコは唇を噛んで俯いた。考えたくない、けれどどこかでこうなることが分かっていた――否、己はそれを期待していたのかもしれぬ。気づいてしまった最悪の可能性に、ヒミコは愕然として己の身体を抱きしめた。ギイィ、と音を立てて扉が開かれる。果たして、鏡の向こうに映ったのは。
 
「ひっ……!」
 
「おや姉上、まだ起きておいででしたか」
 
淡々とした様子で断りも無く部屋の内に踏み行ってきたのはサオ、そしてその手の先に掲げられた血の滴る生首は、今宵彼女を連れ出すはずだった世話役のもの! ヒミコは言葉を失った。
 
「ぐ……うっ……サオ……おまえは、おまえは何と言うことをしたのですか!」
 
込み上げる吐き気に口元を押さえ蹲る姉に、サオは静かに歩み寄った。
 
「我らを裂こうとする不埒者を成敗していたのです。至極当然のことではございませんか」
 
「サオ、サオやめて……もうやめましょう。おかしいのよ、こんなことは。彼が、ヤサカが教えてくれたわ。あれは、あんなことは許されないと。これは……神にしか許されない行為だわ」
 
弱々しく腹を押さえながら泣き続けるヒミコの身体に、ヤサカの首を投げ捨てたサオは血まみれの手を回した。
 
「ならば神になれば良い……姉上が神でなければこの世の何者を神と呼べるというのです?」
 
ヒミコの背をゾクリと悪寒とも快楽とも言えぬ痺れが這い上がる。そのまま頬に手が伸ばされ、触れ合わされた唇に感じた鉄の味。視界の端に映った男の首に、ヒミコは身を捩らせてサオの腕を振り払い、渾身の力でその頬を打った。
 
「おまえは……おまえはっ!」
 
涙をいっぱいに溜めた瞳で己を睨みつけるヒミコを、サオは頬を押さえたまま呆然と見返した。
 
「私は神に仕える巫女です。倫(のり)を超えることなどできません。しばらく禊の社に籠り……おまえには会いません」
 
それだけを告げると、ヒミコは居室の奥の寝室へと素早く駆け込み、掛金をかけてしまった。
 
「何故です……何故ですか、姉上! 姉上っ!」
 
取りすがり叫ぶサオに、扉は無情な冷たさを返すだけだった。ヒミコとサオの、二度目の別離の始まりであった。








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歴史・神話モチーフ。近親相姦・残酷描写がございますので苦手な方はご注意ください。

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松明が燃えている。ゆらゆらと揺れる炎の向こうで、うずくまる影が震えていた。か細い泣き声が部屋の隅に響く。影を抱き寄せるように、長い手がそっと伸ばされた。
 
「姉上、姉上泣かないで……我らはついにやりました。姉上は女王になった。これでもう二度と、離れ離れにならずに済む」
 
影はこの国――山泰国(やまたいこく)の主の地位に就いたばかりの年若い娘、名をヒミコ。そして彼女を抱きしめた腕の持ち主はサオ――ヒミコの実の弟に当たる少年だった。
 
「姉上はこれから、ずっとこの館でこの国の安寧を祈っていて下されば良い。醜いものを見ることも、悲しいことを聞く必要も無い。……外のことは私に任せて。姉上の心を煩わせることも、我らを引き裂こうとするものも、みんな、みんな、私が取り除いてさしあげます」
 
だから、誰にも会わないで――この狭い世界に、囚われたままでいて。
ヒミコの長い黒髪を、愛しげに撫でながら紡がれる言葉には狂気が混じっていた。けれど、幼い頃よりこの弟と社という特殊な囲いに生きる巫女たちしか知らぬ彼女はそれに気づかない。カタカタと震えながら、少年と青年の狭間をたゆたう弟の背中に腕を回して訴えた。
 
「サオ、私怖いの。みんなが私を崇めるし、私の力を恐れるわ。でも本当の私はただの娘。特別な力なんて何もない……誰の願いも、叶えてあげられない!」
 
サオの肩に顔を埋め、子どものようにヒミコは叫んだ。そんな姉の肩を掴み、サオは黒曜石の輝きを放つ瞳を真っ直ぐに射抜く。
 
「いいや、姉上、姉上は類稀なる力を持つ巫女でこの国の王です。少なくとも私の願いは……姉上、あなたが叶えてくれた」
 
「サオ……サオ!」
 
弟の口から洩れた言の葉の真意も問わず、ヒミコはその胸にすがりついた。その身体を再び強く抱きながら、サオは誰にも見せぬ歪んだ笑みを虚空に向けていた。手に入れた、実の姉を。縛り付けた、ヒミコを。閉じ込めた、誰よりも愛しい女を――
 
 
~~~
 
 
ヒミコとサオの姉弟は山泰国の小さな村に生まれた。隣国・九那国(くなこく)と境を接するその村は二人が生まれる以前から戦が絶えず、遂には戦火の中に燃え尽きてしまった。両親と故郷を失った幼い二人は方々をさすらい――やがて一人の巫女が姉・ヒミコを見染め弟子として引き取るまで、乞食のような暮らしを余儀なくされた。姉の背に負われて見た焼けゆく村、無残に切り落とされた父の首、手酷く凌辱された母の亡骸、翡翠の飾りをその耳ごと引きちぎられた祖母の死に様……それらが、サオの記憶に残る最後の家族の姿だった。
幼い弟を連れてヒミコは長い道のりを旅した。汚い格好(なり)をしたみなしごなどどこの村へ行っても白眼視され、時には犬をけしかけられて追い出されることもあった。それでも姉は気丈に弟の手を引き、山に分け入っては木の実を探し、冷たい川に身体を浸しながら魚を採り、必死でサオを守り続けた。サオにとって、黒い瞳に暖かな情愛を湛えて己を見つめてくれる唯一の存在であった姉が世界の全てと化してしまうのは、ごく自然の成り行きと言えただろう。彼の家族は、彼にとっての人間は、彼にとっての女はヒミコ一人であったのだから。
 
ヒミコが山泰国の中枢である中村(なかつむら)の巫女・ナミに見染められたのは彼女が十二の年を迎えるころのことであった。ようやく九つになったばかりの弟を案じ、初めはその申し出に躊躇していた彼女も、ナミの強い説得とサオを引き取るという大臣(おおおみ)・アシナの申し出により、正式に社に入り本格的に巫の修行を始めることとなった。社に入った者は例え肉親であっても一人前の巫女となるまで異性と顔を合わせることはできず、二人きりで寄り添い生きてきた姉弟にとってそれは今生の別れにも近しい別離の時であった。
 
「姉さん、姉さん、どうしてなの!? 僕がワガママだから……だから嫌になったの? だから僕を捨てるの!?」
 
アシナの養子となることに最後まで頷かず泣きすがる小さな弟に、少女は涙を堪えて語りかけた。
 
「……馬鹿ね、サオ。あなたが嫌になったなんて、そんなことあるわけないじゃない。……私にとってもおまえにとっても、これが一番良い道なのよ。大臣様の家では、お腹いっぱいご飯が食べられる。私も頑張って立派な巫女様になるわ。おまえの幸せを、いつだって祈ってる。サオ、サオ、どうか元気で……」
 
「僕いい子になるよ! もう二度と姉さんを困らせたりなんかしないから、だからお願い、行かないで姉さん……姉さん……っ!」
 
しずしずと社の扉の向こうへ姿を消すヒミコの背に手を伸ばしたサオの身体は背後から強い力で抑えつけられ、先に踏み出すことは叶わなかった。こうして睦まじい姉弟の絆は一度途絶えたかに見えた――それから五年後、再び運命は動き出す。
 
 
~~~
 
 
 
「義父上(ちちうえ)、九那国が年内にも再び攻勢をかけてくると言うのはまことのことにございましょうか?」
 
生木を裂くような別れの日から五年。姉の背に向かい泣き叫んだ少年は十四の年を迎え、背丈は伸び、顔立ちは精悍に整い、黒い瞳に秘めた野心を感じさせる青年へと成長を遂げつつあった。
 
「海から来る者も山から来る者も皆そう脅かすが……まず、間違いなかろう」
 
成長著しい養い子を頼もしく見やりながら、大臣アシナは重苦しい溜息を吐く。昔なじみの巫女・ナミからのたっての頼みで迎え入れた少年は初め薄汚れ、敵意に満ちた目で周囲を威嚇していたが、ある日急に悟りを得たかの如く大人びて従順になった。家の中のことを一通りこなせるようになると師をねだり、文字から弓に至るまで貪欲に学び、果ては政(まつりごと)の会合にまで積極的に参加したがるようになり――『大臣殿の元には優秀な後継ぎがいて羨ましい』と周囲の者に声をかけられるまでになった。元々彼には男子が無い。ゆくゆくは娘トツカの婿とし、大臣の位を継がせたいもの……老境にさしかかりつつあるアシナは、若干の打算を含んだ眼差しでこの雄々しさを身に付けつつある少年を眺めていた。
 
「……やはり。義父上、若輩者ではございますが、私に一つ戦について考えがございます」
 
「ほう……どのような策じゃ? 申してみよ」
 
少年の口から飛び出した思いも寄らぬ言葉に、大臣は少し目を見開きながら、からかい混じりに問うた。
 
「巫女を使うのです。そして我が国に勝利の神託を……彼の国には滅びの託宣を下す」
 
「そのようなこと、昔からやっていることだろう」
 
アシナが呆れたように告げると、サオはにやりと笑んで義父を見据えた。
 
「これまでの巫女が持たぬ未知の力――未来を読み、天を操り、地を癒す――そんな力を持った巫女の登場を華々しく披露すれば、敵は慌てるのではございませんか? 全てが真実(まこと)である必要はございません。ただ“演出”すれば良いのです」
 
「そなた、まさか」
 
うろたえるアシナに、サオは淡々と続けた。
 
「我が姉ヒミコが社へ入って五年……そろそろ巫女としての披露目の時が参りましょう。彼女ならば、きっと」
 
「民を謀り、実姉を利用し……“神威”を創り上げようと言うのだな」
 
「そう人聞きの悪い話ではございません。神とは元々利用されるべき“力”……私はそう考えておりますが」
 
言いきるサオに、アシナは大声で笑い出した。
 
「ハッハッハ、良かろう! 七日後、ヒミコの披露目式を執り行う。そこで盛大に神託と、ついでに雨乞いの舞でも派手に舞ってもらおうか? 今年は日照り続きだ……九那の奴らも、水欲しさに戦なんぞしかけてくるのだろうからな」
 
 
~~~
 
 
あの日から更に三年歳を重ねた。ヒミコは艶やかに舞い踊り、乾いた大地に恵みの雨をもたらし……そして、高らかに山泰国の勝利を宣言した。そしてその神託通り山泰国は九那国を打ち破り、ヒミコの力とサオの才は、民に広く認められるところとなった。サオはその後も同じ手を用いて近隣の国々を次々と攻略し、そうして遂に姉を女王の位に押し上げたのだ。ヒミコに会える唯一の要人となった彼に、逆らえる者は誰もいない。巫女の社への出入りは禁じられても、女王の館には入り浸れる。望みを叶えたサオの暗く激しい想いが、新たな欲望を燃え上がらせる。
 
「姉上……姉上、私はこの時を待っていました。目を閉じて……私の願いを聞いて下さいますか?」
 
優しく頬を辿る弟の指先にヒミコは窺うように顔を上げたが、すぐに彼の望みを受け入れて瞳を閉じた。
 
「なぁに? サオ……あなたには苦労も、寂しい思いも沢山させてしまった。私にできることなら何でも言ってちょうだい」
 
閉じられた瞼の先の長い睫毛をなぞりながら、サオは小さく息を吐き出して禁断の呪文を口にした。
 
「では、姉上……姉上を、私にください」
 
思わず震えたヒミコの瞼に、サオの熱い吐息がかかる。
 
「姉上、大丈夫です。我らは同じ父母より生まれし姉弟。これは姉上の“力”を高めるために必要なこと……全て私に、お任せ下さいますね?」
 
柔らかな唇の感触に、ヒミコは抗うこともできず頷いた。







 
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拍手ありがとうございます。

自他共に認める?くま好きとして外せないエンゼルテディパン(byミスド)、ようやくゲットしたので記念に写メ。クリーム苦手だけどくまのためなら・・・!><

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受験生の皆さん雪の中お疲れさまでした!うちの妹ちゃんも何とか全教科終えて帰ってきました。一日目弁当箱を受験会場に忘れるという有り得ないミスを犯すほどハクハクしてましたが(笑)こっから先がしんどいんだよなー・・・がんばれ(-_-;

拍手下さった皆様ありがとうございます。何と言うか、このフリーダムカオスにお付き合い下さる方がいらっしゃるのだなぁ、と思うと(*´Д`*)パアア!みたいな(どんなんだよ)今後も自重せずあらゆる方向に萌え電波を飛ばしながら妄想力を高めていきたいと思います。

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