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明けましておめでとうございますm(__)m 何だか初心を忘れまくりで、昨年は右往左往な一年ですみませんでした。書くことから離れ過ぎたらダメですね(--;) 今年はもうちょっと楽しく妄想していきたいと思います。
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インド映画に西洋人好きそうな要素を加えてアレンジするとこうなる、という感じ。海の生態系のとこシム・○メールさんかと(ノ∀`)「ベジタリアンなんですー!」ってのを人種差別的全否定なシェフと「仏教徒だけど肉汁はソースっすよ^^」な船員のとこでちょっとモヤッとはしたけれど、敬虔なヒンドゥー(+2)教徒からしたらこう映るんかな・・・。ビーガンさんも増えてる昨今、そちらが多数派になったらクジラどこじゃなくますます生きづらくなるんじゃないかな、と正直不安になったりもしますね。「えー、食べないの(なんで)?」の視線より「うわー、食べんの(野蛮!)?」の視線の方がキツイと思うからさ。ありえんやろ、とツッコみまくって観ていたが最後に納得の展開。なるほどインド人!まぁこの寓話も結局宗教(God)のお話って感じでちょっとアレなんだが(ひねくれた捉え方をすれば主人公だけが助かったのは正しい信仰を持ってたからですよ、みたいな)、綺麗に着地するにはこれしかなかったのかな、とも。ジブリとか手塚っぽい要素も感じますね。
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日本人の心にハイパージャストフィットな素晴らしいジブリが帰ってきた感じ。もう、お迎えが釈迦だったのとか凄いと思う。羽衣=悟りですよ、日本人(仏教徒)が憧れてやまない境地。それを否定してる姫が。・゜・(ノД`)・゜・。悟ったらその瞬間に人間じゃなくなっちゃうんだよねー。苦しみ、怒り、悲しみ全てが揃って初めて人間であり、その人間は自然の一部で、人間がいなければ物語は生まれない。更に良いところは、どの生き方も否定してないんですよ。誰もが、「人のために」「(価値観や性質的に)そうとしてしか生きられなかった」そういう描き方。批判はあっても非難ではない。だから、物凄く人間らしいありのままの姿がそのまま出ていた。悪は最初から悪なんじゃなくて、人の心の負の部分がちょっとずつ折り重なってできちゃうもの、とか。相手に対して良かれと思ってしたことでも、だからこそ相手にとっては苦痛となる、とか、もう人間の基本みたいなのが凝縮されてる感じ。やっぱこのお年だからこそたどり着けた世界なのかな。某監督にも晩節はこういうかたちで終わらせてほしかった。(トト○!)映像も音楽も美しいし効果的。どうして日本の古典と歴史が好きだったのか、曖昧さと矛盾に強烈な人間らしさ、親しみを覚えたことを思い出させてくれる。やっぱ古典には原点があるわ、ってのと自分は日本人なんだなぁ、と。これは別に外へのウケを狙わなくても良いし、今後日本の「アニメ」界にここから離れてほしくないと思う。
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東遊運動のドキュメンタリー。最近の戦争のことは知っててもそこに到るまでにどう関わってたのか、ってことはよく知らない人が多いと思う。でも、地域の中の一国としてちゃんと学ばないとダメだよなぁ、と。本当この流れでもってうちの国を地域の敵に仕立てあげた西の人たちは上手くやったと思う。抗議文送った外相が小村さんなあたり、まさに中間管理職の悲哀としか感じられなかった。(植民地だったベトナムから見れば同じ黄色組で破格の扱いでも、実際当時の「世界」の中では日露でやっとこさ形式的に勝って、何とか条約改正してもらって正常な独立国の体面認められたばっかり、っていういっぱいいっぱい加減。西に逆らったら即潰されてたやろ・・・二回戦で実証(ry)もちろんこの国の人間として、アジア主義を歪めて利用した連中は許せないけれど。近代のうちと近所のことは、地域の中の一国として点ではなく面で捉えて考えていかないといけない歴史だと思う。それは間違いを否定することとは違う。ただ今は点に縛られて両極の議論しかできなくて、だから地域全体が二択しかないみたいなピリピリした空気になっちゃってるような。そうさせたのは某政権だったり西や海の向こうの皆さんの思惑だったり色々ありますが、何かもうそんなことしてても何の得にもならない、こんなにも近しい間柄の地域が、何で外の人たちの利益のために争わなきゃいけないのか、と原点を見つめ直してほしいです。
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鈴木選手・゜・(つД`)・゜・
苦しいけど、切ないけど、苦しいけど生きることって素晴らしいんだよ、って全身で訴えてるかのような演技。ショート、フリー共に今季のプログラムは彼女の人生が凝縮されてるようで涙が止まらなかった。羽生くんも、震災後気迫が増して全力で物語を滑ってる感が(ノ_・。) 地元絡みの選手だからかな? それぞれにドラマがある素晴らしい全日本ありがとう!って感じでした。
苦しいけど、切ないけど、苦しいけど生きることって素晴らしいんだよ、って全身で訴えてるかのような演技。ショート、フリー共に今季のプログラムは彼女の人生が凝縮されてるようで涙が止まらなかった。羽生くんも、震災後気迫が増して全力で物語を滑ってる感が(ノ_・。) 地元絡みの選手だからかな? それぞれにドラマがある素晴らしい全日本ありがとう!って感じでした。
英語の教科書の話題の半分ほどが隣と間な件。確かにうちに来る留学生はその辺からが一番多いし、初めはぎこちない英語同士で会話するけれども。社会はそうなるのもある程度わかる、国語の読書コーナーに「授業参観にチョゴ○来て現れたお母さんがバカにされて~」という併合時の経験本載ってるのも、まぁ現時点で日本語しか喋れなくなってる子孫の方がいるから、と言えば理屈は通るのかな、と。でもちょっと英語は不自然じゃないか? グローバル化の時代に関わることが多くなる近場で、伸び盛りだから比重シフトするのはしょうがないけど、だからこそ英語くらいはネイティヴの国や文化中心でも別にいいんじゃ・・・(移住・留学の影響で英語圏にわんさかいるし、ってことなのかなぁ)とにかく一昔前に比べると全体的に配慮がうかがえる中身になっている教育内容にケチをつける側の気持ちが本当にわからない。修正するったってせいぜい領土の記述付け足すくらいだろ? 配慮が行き過ぎると逆に視野が狭くなっちゃうような。
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日本の英語教育の問題はネイティブの環境に身を置いたことの無い発音?何それおいしいの?な人間でも教えられてしまう内容にあるのだと思う。三人称単数のsにあんなにもこだわる必要がどこにあるのか・・・多分忘れても深刻な意味の取り違えは起こらないし、普通に会話してて三回くらい指摘されたら覚えるやろ。あと日本語難しすぎて他に裂く言語キャパが少ないのかも。中身のレベルはもちろん違うけれど、国語の文法の後に英語やると「うわー説明しやすい(´Д`;)」と感じる。
英語と言えば、最近見た改宗して過激派になったイギリス人のドキュメンタリーで、何かちょっと一部weeabooと被るなー、というところが。現状ムカつく→正反対に走る→反対側の矛盾には気づかずに(たぶん認めたらそれを選んだ自分自身を否定することになっちゃうから?)理想化・投影→周囲の反発という流れが(´・ω・`) 厨二で終われたら良いんだろうけど、そのまま大人になるとデモの権利を認めてくれる国に何てこと言うんだ、としか(ry 現地の人が差別的になる理由も分かる気がしてしまう。近所の“教育”とその結果の行動がうちの国にもたらしてる反作用みたいな。“賢い”一部の人間が頭で考えた「正しい」ことは、実際そこで暮らす人々にとって良い結果を生むとは限らないんだなぁ。普通に暮らしてるムス〇ムの方が可哀想。アメリカみたいに「はーい新しい土地見っけたんで移住者募集しまーす」が大前提になってる国とは訳が違うもん。その土地で生まれ育って、そこでしか生きていけない人間が留まった場所を同じように考えるのは良くない。(もちろんネイティヴ・アメリカンは堪ったもんじゃなかったと思いますが)外に出て交わりたい人がいればそうできない・望まない人もいる。どちらのスペースも残さないと摩擦が広がるだけだろう。狭い意味での多文化尊重のために広い意味での多様性を殺してはいけないと思うので、彼らが元々異教徒の国に来てまで主張している内容には違和感を覚えざるを得ない。お兄ちゃん完全に利用されてるやん・・・。差別だと言って見て見ぬふりをすれば問題はいつまでも解決されない。違いがある、その違いが生む問題をどう解決していくのか、EUにはもうちょい頑張ってほしかったなぁ。
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