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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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ようやく二部に突入。前半はまたヘ○トスピーチ()カテゴリーになってしまうかもしれないネタに何故か飛んでしまったので気になる方はご注意下さいm(__)m


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党によって記録された歴史は正しいものだったのか、「本当の過去」を知ろうとする主人公の姿に、日.本人としては戦後~最近の半島と台/湾の違いを思い起こさせられちゃったな(´・ω・`) 過度に日.本を美化しているようにも見える、一部皇/民派の台.湾人の話と、日/本統治期を褒めたことによって若者に殺されてしまった韓.国の老人の話。慰/安婦として集められ、その仕事に従事した女性たちの実像や経緯の多様性を明らかにしようとしたことによって書物の発禁を食らったばかりか、検察に起訴される事態にまで陥ってしまった大学教授の件。恐らくイデオロギーの境目が半島に置かれていなければ、ここまで激しい反応が70年も続き何故か時が経つほどに悪化することはなかったのではないか、というのは華夷秩序と儒教思想の浸透ぶりからやはり不可能な妄想だろうか?(民族が分断されてしまったが故に、共通の敵がいればまた一つに戻れるのでは、という願望が向けられた対象がウチ、という考えによる)
イヤでも彼ら、一時は(ジュリアのようにソレを上手く利用して生き抜いてやろうという魂胆だったのかもしれないけれど)大多数が日/本人になることを受け入れてた、というか普通になってたんだよなー。日の丸振って戦勝祝って、競い合うように軍隊に志願して、留学が決まればエリートとして羨ましがられたとか。人口が増えたことも、インフラや衛生環境が整えられたことも、身分制廃止や教育の普及といったものは間違いなくウチがもたらしたものじゃないのか。それによって救われた者は本当に全くいなかったのか? 知り合いの在.日一世の方は母国の学校に馴染めず落ちこぼれ扱いだった自分を日/本人の先生が説得して東/大に行かせてくれた、って話してたけどな。
半島を手に入れたのは確かに自分たちをロ○アの脅威から守るためだし、あわよくば工業地域や足りない食糧を補うための穀倉地帯にできるかも、って意図があってインフラ建設や土地の調査を実施したんだろうとは思う。けれどそれを全部まとめて収奪のため、って。あの時代一国で生き残る力が、軍隊が、教育が半島の人々や体制にあったとでも? 中/国ですら半植民地化と内戦でボロボロだったのに、清の配下でその舞台になってた方が良かった?恐らくもっと酷い飢饉や混乱が生じていたと思うけど。あるいはロシ○に民族浄化・強制移住させられて極寒の地で飢えるか、故郷を乗っ取られてそれこそ半数以上の女性が強.姦されて彼らの誇る「民族の純血性」が失われても良かったと?
私は前も書いたように帝国主義・植民地支配には抵抗を感じざるを得ない人間だけど、半島の「併合」 に関してその定義を当てはめるのは少し違うようにも考えているので、当時それを易々と認めた国の人間までが何を勘違いしているのか「日.本は何故WW2で半島にした酷いことについて謝らないのか」と言ってくるのには正直言って呆れ返るし素直な怒りを覚えます。彼らは主に当時日/本軍としてアンタらと戦ってた側だよ!ちなみに半島が一番酷い目にあったのは戦後米・ソの代理戦争の舞台になった時ですけど、当時U Nさんたち平気で慰.安婦利用してたくせに、ブーメラン心配しなくて良いのかね?戦勝国様は何しても許されるし、日.帝からの解放も北の南進阻止も全てアメリ○様のおかげで成り立ってる国だから別に良いのかぁ┐(´д`)┌、と言いたくなっちゃうわ思わず。あーもう靖/国の件で怒り心頭し過ぎて今日の自分はネト○ヨ()状態ですみません(笑)

金属類の供出の件などは戦前の日.本を思わせて、やっぱりあの時のウチは(Tenno・神/道を利用した特殊パターンとはいえ)全.体主義国家だったんかな、と。
「体制」の中で己の欲望や自由を最大限に追い求めようとするジュリアの奔放さと狡智さはやはりデイリーN Kさんで読んだ北のJDの記事を思い起こさせた。そしていつかその自由が、幸福が得られると信じたがっている若さが(つд`) 諦めきっている四十路間近の主人公に対して、反論する二十代半ばのジュリア。彼は彼女を愚かだと思いながら、そこに眩しさを感じて惹かれてしまうんだよね。愛情も本能も完全に統制された世界の中で、二人が、いや人がいかに孤独を感じて、他者との本心からの触れ合いに飢え、それを求めていたか、ということが転がり落ちるように進んでいく二人の関係からうかがえるようで(´;ω;`)ウッ
あと文化の抹殺みたいなものは旧ソ.連はむしろ積極的に(地下鉄の駅とか。笑)ゴージャスにしてったクチだから中/国に近いのかなー、と。中.国人の日/本観光って、爆買いだけじゃなくて失われた自分たちの過去の文化を見るため、という理由も大きいというネタをどっかで見たな、と・・・(´-`) 特に意味のない、非実用的な「資産家」が愛用していたような品の製造や所持は無駄であり罪も同然、って発想なのかな、あの世界では。丸い美しいガラスの文鎮の描写が目に浮かぶようで、それに不思議な懐かしさと親しみを覚えてしまうウィンストンに共感というかしんみりしてしまった。私も役に立たない小物とかガラクタ集めとか変な画集買っちゃったりするの好きだからさー(-_-;)政府変わった途端に蔵書全部処分な、とかいうのも耐えられそうにない。逆に元教会の博物館に何が展示されてるのかちょっと見に行ってみたいんだが@好奇心o(^o^)o
しかし1940年代後半には原爆食らった跡はそのまま廃墟になると考えられてたのね・・・(@_@;) まぁチェル○ブイリの例考えればそういう体制の国家ではそうなるのかもしれないけど、作者が生きてたらぜひ今の広島を見せてあげたかったな。
チャリントン氏の人間性や亡くなった奥さんにも興味を引かれますね。あと登場するそれぞれの歌の原文を読んでみたい思いがまた・・・韻とか訳との違いとかめっちゃ気になる!


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1週間前にテロが起きたばっかりの現場で、非常事態の解除も行われてない(つまりまだ爆弾抱えた犯人が全員掃討されたのかどうか分からない)のに集まってデモ、って正直バカなの?としか思えないんだが・・・。この状況でまだ難民歓迎デモとやらも散発的に起こってるんだって? これがメディアによる左派扇動の成れの果てというか、怖いもの知らずやなぁ一部E U市民(´-`) ウチのシー○ズさん(既に何が目的なのかよく分からない団体になりつつあるが、バックがモロバレ過ぎて純粋な学生運動の概念からはかけ離れた活動をしていることだけは確か)のお祭り騒ぎ見てるみたいやわぁ。

元横綱が呟きで紹介してくれてたソ.連の旧日/本軍捕虜の話、不思議と旧ソ.連各国ではどこでもウチの捕虜の悪い話って聞かないのがちょっと驚くよね(@_@) まぁロ○アを主体とした連邦中央に仕方なく動員されてた意識+実質的に属国的な立場だった地域の兵士はあんまり日/本とガチバトルするようなエリアでは戦っていなかったという事情もあるでしょうけど。バルト三国でも、工場で黙々と働いて製品の品質向上や地元の産業の発展に貢献してくれたとか、ウクラ○ナでは政治的事情もあってか完全に被害者としての同士扱いだったり。 結構現地人と上手く行って結婚・土着しちゃったりという例もある。シベリア・極東辺りのロ○ア本土では大分扱いが違ったようだが・・・(((-_-;)))gkbr ト○コとの一連の胸熱エピソード映画が作れちゃうなら、元寇→ノモンハン→捕虜生活からお相撲でめっちゃ交流中☆な現在に至るまでの「何故かバトっても仲が良い」その何故を解明するような日蒙映画を作ってほしいな(>人<)元横綱ほかの皆様ナモナモ@いつだって他力本願!

追加:
新/嘗祭の日にテロとか日.本史オタ的に許しがたいのだが(^ω^#)ビキビキ 何だよゲリラって、自A隊か警察専用のお手洗いだったんですかそこは? 個人的に近代神.道を「国家」のつくものに改変しちゃったのは当時の事情的に仕方なかったとはいえ、納得できないというかマイナスの面を多々生み出した、と考えてはいるよ?(でもまぁ成り立ちがTenno家の統治肯定神話なので究極的に言えばそれが正しい在り方への回帰だったのかもしれませんが)だから明/治・平○神宮系や靖.国には結局参拝したことがないし。でもなー、政治利用されようが思想統制の道具にされようが最終的にはどうあっても「宗教」の範疇であることだけは間違いないと思うわけ。だから、信教の自由を謡い、堂々と自分たちの宗教を政党名に入れちゃうのOKだったりする海外の人たちから「神社」の件について政治問題として語られ文句つけられる、ということに全く納得が行かないんです。過去に政治利用から逃れられた宗教はなく、バ○カンという存在があれだけの黒歴史を経ていながら国として認められているのであればなおのこと。歴オタとしても日/本の伝統・文化上最も大切な儀式の日に(例えそれにどんな政治的意味合いが付加されたとしても)こういうことをしてくる、というのが許せない。いくら相手を敵視していたとしても、同じ人間として最低限の敬意は払うべきだし、意見を示したいなら正しいやり方で主張すべき。せめて犯人がソッチ系の国籍や帰化人じゃなくて、ただの極左なら良いんだけどなぁ・・・。(自国民なら洗脳の犠牲者とは呼べないし国内で思いっきりぶっ叩かれるじゃん。ソッチ系の人なら母国で英雄扱いになるし、溝が深まって余計悲しくなってしまうから、という相変わらず複雑な矛盾含みの対ご近所感情だよ!(^^)b)

以下病み要素ありなお薬(合法)の話

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トヨタ元役員の鎮痛剤の件、実は私も相当な薬浸け状態だから笑えないなー、と思いながらニュースを見ていました\(^O^)/ あ、もちろんちゃんと日.本の病院で合法的に処方されてるヤツだけどね!デパ○と睡眠導入剤は10年飲まないと寝られない状態が続いているし、最近それでも眠れなくて色々と・・・量も種類も増えていく~。腰が痛くても頭痛がしてもすぐロキソニ○に頼っちゃうし。食べられなくなってからは胃薬と精神安定剤(これあるだけで胃の強ばりというか食べる前からの気持ち悪さが大分収まる)常用中だし。それでも何とか現状を維持すんのがいっぱいいっぱい状態で、良くないなー、とは分かっているんですけど。(じゃあまず早く寝ろよ)ニュースや読んだ本の内容について考えたり、自分の意見を整理して書き出したり、結果として医者とか他人相手にある程度打ち明けられるようになったことは、インプットしたものについて考えたり、そしてそのことをアウトプットすることに全く興味や気力が湧かなかった近年の常態(ブログの更新も全くやる気が起きずにほぼ休止状態でしたね(^-^;)よりは、「良い形」で表れた薬の効果だったりもするのかなぁ。(という言い訳)


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スケートGPと相撲の本場所のせいで中々読む時間が取れない・・・(;´д`)

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舞台設定が「革命」後のイギ○スと考えると、何故G H QがTennoを戦犯とせずに残したのか、という点について日.本人的に示唆を感じる内容だと思う。悪は資本家であり、その頂点に立っていたのが国王、というあの世界における常識。仮に戦後Tennoをそんな風に裁いていたら、確かに日/本は一気に全体が既得権益層の粛清を肯定する「革命」つまり共.産主義の方向に舵を切ってしまったかもしれない。距離で言えばアメ○カよりもソ/連に近く、G H Q内部にも隠れコミュ○ストはいたそうですし。あるいは戦前のあのTenno・神.道を利用した思想統制っぷりを考えると、怒り狂って今のイス○ム過激派状態になった連中と進駐軍、そしてコミュニ○トの三つ巴ゲリラ戦場(まさに今のシ○ア)化していたかもしれない。その辺り日/米の妥協は上手く行ったというか、少なくとも選択肢の中から最もマシなものを取ることに成功した、と言えるのでは? 何で他の国でこう立ち回れなかったのかアメ○カさん・・・(´-`) まぁヨー○ッパ時代から信仰する宗教同士が対立してきた歴史があるからっていう理由と、ぶっちゃけ宗教・国・民族がほぼ三位一体というウチのパターンが特殊だったから可能だったことなのかもしれないけど。私信仰は持てないわ、一般日/本人の宗教に馴染みはないわでコンプレックスの塊だけど、歴オタ日.本人として国にとってTennoが必要不可欠な存在だということは理解できる。正直人生丸ごと国というものに捧げていただいているようで同情(不敬にあたるのかもしれんが)と尊敬の念を抱いてもいる。だから今後もし何らかの戦争に巻き込まれることになった場合、やっぱり一番心配なのは彼らのことかな。引いては日/本人、国全体の在り方や統治形態に直結するので、頼むから扱いを間違えてくれるなよ、と自国の指導者にも関わっていくかもしれない敵?に対しても思う(´・ω・`)

上記の流れに関連して、M木さんが国家は幻想に過ぎない、と言ってた件について、歴史好きとして私はそうは思えない、というメモ。英語で歴史はHistory=His storyが語源だと言いますよね。ここで言うHeは誰か、って考えたら「国」や「地域」、あるいはそこに所属する意識を持った個人に帰結するのではないか、と思うから。登場人物(he)が一人だけでは物語(story)は生まれない。各々の国が自我を持って主張し、その内容を記してきた記録の集合体が歴史で、それは何で書かれたかって言えば「国」の成り立ちや所属意識をハッキリさせるためだったり、地域の歩みを残したいという思いによってではないのかと考えるから。そこに政治的な意図が混じるのはある意味で当然だし、その意図がなく記録自体がなされなかったとしたら私たちは過去について何も知ることも学ぶことも考えることすらできなくなってしまう。もし「国家」という境界線がなくなれば、多様な視点が失われてしまう可能性すらある。代替として宗教や民族にその枠組みを求めるようになったとしたら、I Sの例を見てももっと悲惨な世界が待ち受けているようにしか見えないし。今を生きる人間として、また色んな歴史のサイクルや人間の進歩?に楽しませてもらった者として、例え一見すると政治家の遊びに過ぎなかったとしても、独裁国家の主張と民主国家の議論、双方を聞いてこそ開ける考え方というものもある、と信じたい。決して政治としてだけではなく、一般国民含め「国家」間の問題を突き詰めていくことによって、人間が何を信じてどこに拠り所を見出すのか、ってずっと知りたかった問いの答えが次第に見えてくるような気がするから。
それとM木さんのような自称「コスモポリタン」路線で生きて行ける人とは違って、大多数の人間は誰もが国や民族や宗教といったものに頼らずにアイデンティティを確立できるほど視野が広かったり柔軟なわけじゃないと思う。彼はそもそも民族主義・集団意識のようなものを否定したいがためにこういう意見に至ったのかもしれないけど、家族→地域→自治体の延長線上の集団としての「国家」という概念を否定するということは、逆に言えば究極的な彼我の境界線の否定、世界総ボーダレス症候群に陥ってしまうことに繋がりかねないのでは? 「おまえと俺に壁なんか無いんだから、意見の相違もあり得ないはずだよな?」という一人一人の個性や個人主義の否定、ファ○ズムに近い状態に陥る危険だってある。自由の国・移民大国アメ○カで自らのルーツを探すサイトが存在する理由や、掲示板にFamily treeをさらすスレッドが絶えない件について一度考えてみてほしい。彼らにとって祖父母の出身地を指す「国家」、また自らが属するところとしての「国家」もまた、自己を語るうえで欠かせない存在であるのは確かだと個人的には感じたから。

私も大人になるまで「本当はハーフかクォ―ターなの?」と余りにも聞かれるのが嫌で(子どもの頃は特に色素が薄めで、顔立ちが濃かったのと祖父母の信仰のせいもあったかもしれない(^-^;)、一回祖父に「もしどっか他の血が混ざってるなら教えてほしい(親も彫りが深かったし、出身地的にあり得ない話ではなかったから)」と聞いてみたことがあります。でも祖父は諭すように「おまえは日.本人だ。おじいちゃんもおばあちゃんも、その両親もずっとずっと日/本人だ」と言われて、やっとストンと落ち着いたというか安心できた経験があって。こういうところが日.本の排他性だのダメな点と言われてしまうのかもしれないですけど、その時に今自分がいる国が好きで、その歴史にハマっていて、ここに生まれてきて良かった、って感じているのは確かでそれが全てなんだな、ってようやく気づけたような気がしたんです。そう自分が思っているなら、仮に先祖がア○ヌだろうがス○ヴだろうがヤマトと蝦夷の混ざり者だろうが、結局子孫が日/本人としてある程度幸せに暮らしている現在を受け入れてもらえるんじゃないか、と。自分は日.本人で、何を言われてもただそう考えて生きていけば良いんだな、と素直に思えた。
まぁ宗教面に関してだけは中々コンプ抜けないけど・・・そうだよな、ソレ一つ取っても自我の確立って難しいんだもん、生まれた場所・ルーツの拠り所であるはずの「国」を取っ払うとしたらどんだけのカオスが生まれちゃうんだ?((( ; ゜Д゜))) それこそ宗教や民族ネタの戦争が勃発しまくりでメチャクチャな世界になってしまうのでは?とか考えてしまいました。エヴァの人類補○計画やギ○スのラグ○ロクじゃないんだから、私たちはもちろん「一つ」になんてなれないし、ならなくて良い。政治上でもそれに影響されてしまった国民同士でも、虐殺なのか事件なのか、連行なのか公募なのかトコトン喧嘩し合ったって良いやんけ。視点も利害も違うんだもん、当たり前のことだ。諍いを恐れる余りそれを否定してどちらかの見方しか認めないとする世界になったら、正直そっちの方が恐怖そのものな気がするわ。・・・ホ○エモンといい、「頭の良すぎる」人は他の人間のレベル考えないで暴言ぶっぱなすから怖いわー(´-`)


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女子は後から見る予定ですm(__)m 結果見た限り、理華ちゃん力みが出ちゃったのかな?

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やべえええピトキーエフくん((( ; ゜Д゜))) 中国の金くん、ウチの宇野くんと合わせて若者が覚醒する瞬間を今シーズン目撃し続けているような・・・!しかも曲名『pain』ですよ、ロシア人は何でこんな陰鬱で悲しいテーマを表現するのが若い時から上手いんだ?(;´д`) 日本人作曲家の曲とのことでしたが、お恥ずかしながら全く知らなかったんだけど、意外とクラシカル?でフィギュアスケートに合う感じの旋律だね( ゜o゜)
リッポンくんは髪型アレで固定か・・・(´-`) ルッツ惜しかった。ナムくんに兄弟子二人の遺伝子を感じすぎて怖い(笑)
いやしかしこの若者大活躍な流れの中でボロノフのオジサン(プル様とかと比較しても実年齢より更に年上に見えてしまう)が頑張ってると(つд`) もうキャメルとかで体曲げるのとかもいい加減キツそうなのになー。プル様が絶対王者過ぎたロシア男子、コフトゥンくんも含め「空白の世代」にもまだまだ魅せてほしいからさー。
小塚くんは正直ステップはやっぱり綺麗だったね、くらいしか(-_-;) マッチーが引退して宇野くんが来ちゃってやる気も出にくい状況だと思うし、体キツイなら無理して続けることないのでは?
フェルナンデスくん、表現力の面では本当に断トツ! 中国杯のチラッと見た時はオッサンになったなー、と感じたけど(^-^; イメージする典型的なフラメンコダンサーの見た目になってて、まさに氷上で情熱のステップを踏んでいる感じ。ゆづるくんの陰陽師、テンくんのオリンピックシーズンFPと並ぶその国の選手ならでは、という雰囲気のプログラムで好きだなぁ(*´∇`*)

あーしかし理事長の突然死に幕内力士一気に三人も休場とか、今回の九州場所呪われてでもいるのか・・・? O砂嵐ちゃん(;_;) 早くケガが完治しますように。ハクホーさんもお小言言われた直後に、って気まずいというか辛いだろうなぁ。どうか力士さんたちや角界全体に影響が出すぎることなく無事に場所が終わりますように(-人-)ナモナモ
相撲取りってやっぱり若い内に体メチャクチャに作り替えちゃうからなー。グローバル化し、ネットもある今の時代に角界の姿勢や相撲の在り方自体への賛否両論、亡くなった理事長の発言や協会の運営に対しても自分含め色々思うことがあるファンもいるだろうけど、最後まで一つのことに尽くしぬいた、という点では心から尊敬し、ご冥福をお祈りさせていただきます。横綱として、理事長として本当にお疲れ様でした、北の湖関m(__)m


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マ/リのホテル襲撃とロ○アによる空爆で亡くなられた沢山の方々、新.疆で殺された「テ○リスト」の皆様に深い哀悼の意を表します。

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まず最近の件で、フ○ンスと日.本の大きな違いは何だろうか、と考えてみた。仏はテロの後、すぐにシ○アで空爆を行った。右翼も左翼も、誰もそれに異を唱えなかった。植民地も含め多文化・多宗教との関わりを長く持ち、移民との共存も当たり前だからこそ、いざ彼らとの間に「問題」が起こった際の対処や、それに対する覚悟がある程度「国民(祖国と戦う事態になるかもしれない移民自身も含め)」全員に浸透していた、ってことなんだろう。そんな中で、いくら難民を受け入れようと、外から入ってきた「国民」の割合が増えようと国としてのそのコンセンサスをこれからも維持し続けられる、と考えてるのが左翼で(つまり受け入れるけど何かあったら彼らの祖国との戦争も辞さない)、彼らを受け入れることでそうなるかもしれない事態の発生を少しでも食い止めよう、可能性を低めようと訴えているのが右翼。どちらも「国を憂う」という気持ちは本物ですね。ただそこに人道・博愛主義というエッセンスを加えるか、綺麗事は捨て「彼ら」と「私たち」の線引きをハッキリ付けた上で「私たち」の身を守ることを最優先に考えるか、って違いだけ。

一方で日本はどうだろうか。元々あった島国独特のマレビトに対する捉え方と、敗戦国として若干歪められて入ってきたリベラリズム(何故か戦争への贖罪や自虐とセット→つまりとにかくどんな事態が起ころうとも戦争=悪、絶対ダメ、という@遠い目( ̄д ̄;))によって、外国にルーツを持つ人々や多文化を擁護するような勢力は、「問題」が起きた時の対処法について考えることすら失礼、とでも言うかのように思考を停止させてしまった。そもそも多文化は当たり前に共生できるもので、「問題」が起きたとすれば彼らを完全に「受け入れられなかった」私たちの方が悪い、と。議論が不可能な土壌を作り出してしまったわけです。だから初めから移民や難民に対しては極端な完全排除派が力を増す。一方で右翼と言われている与党は、高齢化問題を解決するため(+外圧へのアピールのため)に一定数の移民を試験的に導入することを謡い始めている。この、彼らとの共生によって起こり得るかもしれない事態への対処、国民的コンセンサスの議論が実質的に封じられた状態でそれを実行に移すのは極めて危険なことじゃないのか?と個人的には思う。
関.東大震.災時のことを考えても、日/本は災害が多い国。土着的アニミズムと深く結び付いた神/道においては、自然はカミであり、災害はカミの怒り=地にそぐわぬマレビト(しかも異教徒)のもたらしたもの、という発想に行き着きやすい。直近の東日/本大震/災の例を考えるとそういう古来からの思想的排外主義から生じる危険、というのは大分減ってきたようには感じるけど、仮にテロのような悪意を持った「マレビト」による作為的事態が起こった場合に私たちが過激主義に走らずに済むか、また報復か忍耐か、という点について国論が二分せずに済むか、と考えると正直言って恐ろしいです。まさに「犯人」の狙い通りの混乱をきたす構図しか思い浮かばない。「他者」を受け入れるに当たってはあくまでも「報復」ではなく「対処」する覚悟を持たなければならず、現憲法下でそれが可能だとは考えられないし、それはつまりまだ日.本がとても多文化に対応できない国であり社会体制だということを表しているのだと思う。せめてウチの「左派」による議論の封じ込め、国民的コンセンサスの形成不全が解消されるまでは、少なくとも移民や難民の受け入れを外から言われるまま、過度に行うべきではないと正直感じる。


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