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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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『キチガイ地獄外道祭文』の最後まで読了。(※病んだ自分語り含みます)

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駄目だ、『キチガイ~』の内容が胸に沁み過ぎて冷静でいられない(;_;) あ、でも私通ってる個人診療所の先生にはこんなんされたこと一度も無いです。思い出したのは大きな病院回ってた時や、メディアに出ているような有名な先生に診てもらった時の冷たい反応というか視線。お世話になって紹介状を書いて下さったお医者さんを「ヤブ」呼ばわりされたり、いかにもメンタル弱い奴の相手はしたくないという、「どうせ精神的な症状なのに親まで振り回して恥ずかしいと思わないの?」的な説教を食らったこともあった。そりゃ毎日必死で命を繋いでいる患者さんばかり診ている方々なら、健康に生きていける肉体なのに心の問題としか判別できないようなことで貴重な時間取らせんな、という気持ちになるのは分かります。でも、あのあからさまな「見下される」軽蔑の眼差しを繰り返し浴びなければならない日々は辛かった。だって鬱が腰に来て立てなくなるとか、物が食べられなくなったらとりあえず内科に行くし、検査して腫瘍と見た目が変わってしまう事実が明らかになったら治療したいと思うでしょうが正直@一応まだ若かったんだし(-_-;) 実際取ってからはマジで視力の低下が止まったしな・・・「開けたらかなり視神経と癒着してて時間かかっちゃいましたー(´∀`;)」って言ったの誰の弟子だよ!?ストレッチャーで運ばれてる最中に目ぇ醒ますくらいの時間かかったんだぞ?今頃片目見えなくなってたら資格欄に書くものゼロになってたというか、完全障害者枠で行くしかなかったっての。(・・・と、医者へのグチはこのくらいにして)

正木博士の研究室で、師ではなく実は同輩だった若林博士の口から、いかに彼が非凡な天才かつ変わり者であったかということが明らかにされる。自分自身もキチガ○の実験体に過ぎないかも、と自覚しているところには好感が持てるな(笑)その熱心な崇拝ぶりと主導権の握りっぷりに、科学的方法によって自分を取り囲み、彼の望む方向に主人公の心理を誘導しようとする若林博士の確信の底深さ、計画の冷静さと周到さに恐れ慄く主人公。「何という恥かしい……恐ろしい……不可解な運命」(つД`) 研究室に陳列された「あんまりミジメな、痛々しいものばかり」の精神病患者の作品群の中から、遂に『ドグラ・マグラ』を見つけ出す主人公。それに関する若林博士の説明の「精神病者の文章は理屈ばったものが多い」って大いに思い当たる節が(以下略)サーセン!『ドグラ・マグラ』の内容と作者について博士が語る部分は丸っきり劇中劇、入れ子細工を見ているようで面白いですね^^ 昨日毒づいた裏表紙のコピーもこっから来てんのか。夢野氏が読む人に“そう感じてもらいたかった”という願望なんだな、辛辣な言い方をすれば。方言や当て字のくだりは無知だったから素直に興味深かった。で、この博士の解説から大体作品の流れや結末も見えてしまう感じ?だとしたらちょっと残念(;・ω・) 自分が“狂人ではない”気分に立っている主人公は「どうせキチガイの書いたものなら結局無意味なものに決まっている」と熱心な薦めを退け、「現在の私が直面しているドグラ・マグラだけでもたくさんなのに、他人のドグラ・マグラまで背負い込まされて、この上にヘンテコな気持ちにでもなっては大変」とそれを忘れてしまうことに決める。
その後も他の陳列棚を眺め続けるが、展示物の中に含まれている「精神病者特有のアカラサマな意思や感情が、一つ一つにヒシヒシと私の神経に迫って来て、一種、形容のできない痛々しい、心苦しい気持ちになっただけ」で記憶の手がかりは掴めずに終わる。正木博士のコレクションの中の中世の精神病者の火刑の絵に、「精神病という捉えどころのない病気には用いる薬がありませんので、むしろ徹底した治療法と言うべきでしょう」と言う若林博士の言葉には思わず頷いてしまった(^^;だって早く楽になりたいもん。「今の世の中に生まれた狂人は幸福ですね」と言う主人公に「必ずしもそうでないのです。あるいはひと思いに焚き殺された昔の精神病者の方が幸福であったかも知れません」と答える博士の言葉が証明してね?(´Д`) まぁそういう意味じゃないのは正木博士の残した文書読めば分かるけどさ。20C初頭、世界各地で当たり前だった「残酷非道な精神病者の取扱い方、公然の秘密」に憤慨して生涯を精神病の研究に捧げ、師である斎藤教授の指導・援助の下にその目的を達成した正木博士の偉大さ。「焚き殺す以上の残虐が、世界中到るところの精神病院で堂々と行われている」ことが「厳然たる事実に相違ない」と力説する若林博士。けれど「憐れな狂人の大衆」を救うための壮大な『狂人解放』治療の実験のために、正木博士はまさに主人公が生まれたころと思われる二十年以上も前から恐ろしい苦心と努力をしてきており、その集大成として見込まれたのが自分と許嫁の少女だと聞かされた時の主人公の狼狽は察するに余りある(ノ_・,)「正木先生はあなたがお生まれにならないズット以前から、あなたの今日あることを予期しておられた」って重すぎんだよ一々!「余りの気味悪さと不思議さに息苦しくなって」全く当然だね!人を実験材料扱いしてんじゃねーっつの^^#ビキビキ

あ、でも正木先生が学生時代にぶった演説『学生、学者たるものの第一番の罪悪は、学士になるか博士になるかすると、それっきり忘れたように学術の研究をやめてしまうことである。これは日本の学界の一大弊害と思う』ってのは心底同意。今でもバリッバリに残ってますなー、こういう風潮((-_-)ウンウン 全入時代の今は更に輪をかけ、日/本の学生にとって大学は入ったら遊ぶトコ扱いだしさあ。だから早く社会に出て資格もいっぱい取って世間的な処世術バッチリ身に付けられる専門系の学校に高校から進んだ子たち尊敬する。偏差値や学歴なんか有能さや人間としての出来に全く関係ないと思う。妹の彼氏や、高校出た時から一切親に迷惑かけずに苦労してでも自分で色々経験したり挑戦してる友人見てても本当に感じる。『今の人間はみんな西洋崇拝で、一人残らず唯物科学の中毒に罹っている』だの唯物科学万能主義の罵倒のくだりは時代的なこと考えてもドストエフスキーさんと大いにウマが合うんじゃないかな?(ノ∀`) こういう方面のヒネクレっぷりや冷静な指摘ってロ○アと日.本結構近いよね。ヨーロッパ派生の若い国アメ○カには絶対できない、というか『外道祭文』中の「ホントウ国」がどう見てもアメリ○モデルの資本主義批判だしな。ヨーロッパはあそこまでアカラサマじゃない(笑)イギ○スは拝金アング○の元締めだから、金が物言う価値観を形作ったのはあそこだけどさ。金<階級という側面が強い観があるので、どっちかと言うとアメ○カかな、って。
けど正木先生が待ちかねた『一人のスバラシイ精神病患者』、『自分の発病の原因と、その精神異常が回復して来た経過とを、自分自身に詳細に記録発表して全世界の学者を驚倒させると同時に、今日まで人類が総がかりで作り上げてきた宗教、道徳、芸術、法律、科学なぞいうのはもちろんのこと、自然主義、虚無主義、無政府主義、その他のアラユル唯物的な文化思想を粉微塵に踏み潰して、その代りに人間の魂をドン底まで赤裸々に解放した、痛快この上なしの精神文化をこの地上にタタキ出すべく、そのキチガイが騒ぎ始めるのです。その騒ぎが成功した暁には、精神科学がこの地上における最高の学問となって来るのです。』そのキチガ○が自分かー!って主人公の背負わされた重荷(^ω^;) しかも「正木先生が自分自身でそのような精神病者を作り出して、学会を驚かそうと計画しておられた」だと?故意にハメられたのか主人公と少女は?犯人正木先生かよ!?マジ最低だな(´Д`;) 彼の卒業論文『胎児の夢』を庇う斎藤教授の論理も屁理屈極まりないとしか思えない。「母親の腹の中の胎児が見ているのは先祖が生存競争を生き残るために重ねてきた数々の悪業の大悪夢」とかイキナリ体裁も整わない書式で出されたらそりゃ旧帝第一期の卒業生として認められんわ。「推測に過ぎない、証明できないから学術でないと言えようか」って文化人類学や考古学持ち出してますけど、一応それらはモノがあって、使った形跡や先住民の証言や伝承や習俗が存在した上で学問として成り立ってるもんですからね?荒唐無稽な精神論と一緒にしないでくれないか^^ニッコニコニコ
結局主席で大学を卒業できた変わり者正木先生は各国放浪の挙句知った「現代文化の裏面に横たわる戦慄すべき『狂人の暗黒時代』」を例の祭文歌として全国に広めようとするも、「あまりに露骨な事実の摘発で、考えようによっては非常識なものに見えたためか、真剣になって共鳴する者がおらず、とうとう世間から黙殺されてしまった」「その祭文歌中に摘発してある精神病院の精神病者に対する虐待の事実なぞが、一般社会に重大視されることになると、現代の精神病院は一つ残らず破毀されて、世界中に精神異常者の氾濫が起こるかも知れない事実が想像され得るのだが、正木先生はさような結果なぞは少しも問題にしておられなかった」ってどこぞの弱者様しか見えてない方々みたいやなー(笑)物事は両側から見ないと“最小不幸社会”()なんか創れまへんで(´∀`)b「正木先生の後半の御生涯は、その一挙手一投足までも、あなたを中心として動いておられたものとしか考えられない」ってだーかーら重いって!重すぎるって「夢中遊行」状態から覚醒したばかりの記憶喪失の青年にさぁ!><

つか斎藤先生の死に様・・・自殺?それとも正木(以下略)そしてこの因縁、人為か天意かさえも主人公の記憶の回復が関わってくんのか(゜Д゜;) で、主人公を使った「前代未聞の解放治療の大実験に悪戦苦闘した結果、どうしても自殺せねばならぬはめに陥った」正木先生。その原因は主人公と少女の回復という治療の完成が「ある思いもかけぬ悲劇的な出来事」のために行き詰まりになったから。「それがはたして正木先生の過失に属するものであったかどうかというようなことは、誰一人、知っている者はいなかった」にも関わらず。とにかく彼は「その責任の全部を負われて、人間界を去られた」彼に実験材料とされた己が正木先生を呪ったのでは、と畏怖する主人公に「正木先生は、当然あなたから詛われるのを覚悟されて、この研究に着手されたのです。正木先生は、そうした結果になるように二十年前から覚悟をきめて、仕事を運んで来られたのです。御自身に発見された曠古の大学理の実験と、あなたの御運命とを完全に一致させるべく、動かすべからざる計画を立てて、その研究を進めて来られたのです」あー、学者って本当キ○ガイ(´Д`;) しかもこういう志高い系の連中って大なる目的のためには小の犠牲は仕方ない、と平気で考えてるから性質悪い。自分のしてることが崇高だって妄信しちゃってるから。そういう人種は社会の進歩のために必要だってことは解るけど、現実ではできる限り関わりたくないですね。身内にイデオロギーこじらせて自分も身内も犠牲にしまくってるのがいるだけに。自分や家族も幸せにできなくて何が理想だよふざけんな、弱者の味方とか言ってる連中がアンタが弱ってる時に何をしてくれたって?便利な道具扱いされてむしるだけむしったら知らんぷりじゃん。ホント滅んでほしいK産党つーか日/本の左.翼。農協や医師会やゼネコンにちゃんと見返りもたらすだけ、まだJ民の方がマシなんじゃん?(爆笑)
そしてここからいよいよ正木先生の遺された文書集にo(゜∀゜*)wktk 祭文歌は読んでて余りに胸に痛すぎた件を初っ端に書いたから細かい内容は飛ばすとして、次の『この地球表面上に生息している人間の一人として精神異常者でないものはない』という精神病理学の根本原理がスゲー気になりました。「みんな皮被ってて、おまえは誰よりそれを自覚してるだけ」という叔父の言葉を思い出した(´・ω・`)『脳髄』の真実の機能をドン底まで明らかにすると同時に、従来の化学が絶対に解決できなかった精神病その他に関する機会減少を一つ残らず、やすやすと解決した大論文『脳髄論』も気になるけどね。ホームズかよ!とここでも時代的にウチでも一大探偵小説ブームが巻き起こってたんだなぁ、って事実に改めて感慨を覚えるね☆その『脳髄論』の逆定理、心理の集積がどうして胎児に伝わるかという『心理遺伝』の内容が記された『胎児の夢』、そして遺言書としての『解放治療の実験の結果報告』。あーヤベ、公房さんの「とらぬ狸」の原点はここにあったのか、って感じさせられちゃうなぁ、研究室の陳列物とか振り返ると。

精神病は絶対に完治しない病気、という自分の信念?(というより実感?)も祭文歌含め何回も語られてるし(´-`) ホント身内はキツイで、まだ現代はネットがあって本も手に入りやすく、付き合ってくれる友人がいてくれたおかげで私は何とかこのくらいで済んでるけど。当時は環境的にそういう状況に陥った人間の逃げ場は限られただろうし、そうなると症状は悪化する一方、近所付き合いも密だったり階級制が残っていたりと社会的な縛りも厳しかっただろうし、人目にさらすのが恥ずかしい面倒なのが身近にいたら、どんな場所にでもぶっこみたくなるだろうな、と正直言って理解できる。まぁ精神疾患って正体がわからない病気の概念が「科学」によってもたらされたおかげで生まれた新しい「地獄」、邪魔な人間の残酷な片付け方や本当に憐れな精神病者が辿る末路、金が物を言う社会への風刺、更にこの時代の知識層・文学界をも席巻していた西洋思想への批判なんかも綴られているから、久作とこの作品が異端扱いされた理由もよく解ります。
九州人らしい郷土愛・愛国主義的な姿勢も感じられるしね(^^;そういうのバカらしい、って否定したり飛び出した故郷への愛憎に葛藤してナンボという部分があったじゃん、ウチの文壇って昔から・・・。(良い悪い言ってんじゃなくて傾向的に)素直にさらけ出したりお国言葉で小説書いたりしちゃいかんのよ、特に寒い地方のコンプレックスったらねぇな!と東北生まれ育ちで関西で九州人と接してマジ驚いたね(@o@;) 方言が方言である自覚がないとか、東海以南もザラにいたし。東北の子は必死で直そう、あるいは周りに合わせようと努力するんですよ。田舎者だって自覚があるから。私は物心がつくまで転勤族が多い所で過ごし、両親も地元出身じゃないので共通語使用で方言を身に付けることなく育ってしまったのが残念ですが(・・;) 朝敵認定、厳しい気候、かつての負け組と新たな都落ち組の行き着く先だった土地柄、訛りは方々で田舎者のテンプレートであるかのようによくネタにされ、北海道や沖縄のようなちょっとワクワクする観光地でもなく、物凄く遠い僻地のような扱いをされる。まぁ九州~関東までの気候の穏やかさや交通の便利さ考えると実際確かにそうなんだけどね(苦笑)だから妙に歪んだ芸術家は北国から出るんですよ、こんなストレートじゃねぇの。でも臆病で常に他者の目線を気にしてるから万人に取っ掛かりはするわけ。自由に迸る情熱という意味では久作の方が上でもな!オット、青森・福島回って熊本の震災対応にイラついてるせいかウッカリ地域比較コンプ炸裂してしまった。九州の方サーセン!行ったことないけど出身の友達はみんな面白くて好きです(^∀^)b


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わかりやすくオアシス熱が再燃して流しっぱなしだけど、「とにかく今いる底から自力で這い出せ!」みたいな歌詞が多いじゃないですか。小中一緒のブッダ嬢や親と話してて黒歴史で薄くなってた記憶がよみがえってくると、オアシスと出会った中学の頃の自分も精神的にドン底だったな、って(-_-;) 親友の力になれなかったり、部活で揉めたり、教師はろくでもないのばっかで人間関係最悪だった。早く高校に「逃げる」ことばっか考えてたから、受験はそれほど苦じゃなかったんだけど。(学区分け+別学主流という県内事情のせいで当時は本当に入試のレベルがゆるかったんです(^^;)流行ってた日.本語の歌は恋愛ものばっかりで、自覚してなかったけどAセク人間が共感できるわけもなく、洋物漁るしかなかったんだよね。
そしてノエルのライヴや兄弟の生い立ちを振り返って気づいたけど、今の自分の状況にも符合する曲が結構あんじゃん?と。WhateverもSupersonicもCigarettes and Alcoholも、「ソコに止まってたくないなら今すぐ行動を起こせ、働くなんて面倒だけど、自分の力でしかその場所を脱け出せないんだ」と歌ってくれよる・・・聴きながらその通り、だから素直に頑張ろう、って思える(;_;) もう出会ってから十○年?正直人生の半分以上経ったけど(笑)いつもドン底でのたうってる時に救ってくれてありがとう、と心から思う。二度と復活することがなくても、いやだからこそ彼らは何というか私の青春そのものです。素晴らしい曲をいっぱい作ってくれてありがとう(-m-)

以下、『イン・ザ・プール』読んだら物足りなくて行ってみた元祖キ○ガイもの感想その①(※メッチャ病んでるのでご注意願いますm(__)m)

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正木先生の研究室前まで。んー、名前を失った主人公という『壁』カルマ氏の着想とかはこっから来てんのかな、と改めて思った。あと当時のキ印認定された患者たちの扱いとか、考えさせられる点はのっけからアチコチにありますね(´・ω・`) 不気味な時計の音しか「過去の記憶」を持たない主人公の発した奇声と、それに応えて隣室から響く少女の悲痛な嘆きと呼びかけ。記憶をなくした自分が狂人だと信じたくなくて、「名前なんかどうでもいいじゃないか、忘れたってチットモ不自由はしない。おれはおれに間違いないじゃないか。」「おれはこんな人間を知らない。今までどこで何をしていた人間だろう。これから先何をするつもりなんだろう。何が何だか一つも見当が付かない。おれはタッタ今、生まれて初めてこんな人間と知り合いになったのだ。」「ああ苦しい。やりきれない、おれはどうしてコンナにおかしいのだろう。」と笑い転げる主人公が(つд`)
んでもって現れた大学教授を名乗る若林博士に名前と過去を思い出すよう執拗に迫られ、「まるで自分の名前の幽霊に付きまとわれているようなもの」と形容する主人公と、彼が己を省みる際に何回も出てくる「空っぽ」や「虚無」という言葉が、記憶を失っていなくても新旧問わず名前やイメージ、他人に定められたテンプレートに振り回されながら中身はそうじゃない、空っぽなのに、社会的な立場と自身という個人の間のギャップに苦しむ人間そのものの姿を象徴しているようで胸に沁みます(;_;)
でもってその博士がしつこい理由がまたイキナリ重すぎる!ただでさえ何もかも思い出せないよるべなさに戸惑っている主人公に、次々突き付けられるおぞましく奇怪な話。事件も異様ならその「当事者」であると語られる彼と少女の現状も奇妙。絞殺されたはずの少女が何故隣の病室で生きながらえているのか?(@_@;) 暗示作用によって人間の精神状態を突然別人のように急変化させ得る「精神科学の応用の犯罪」? 暗示によって一瞬で人間を発狂させた上に、その人間を発狂させた犯人に対する記憶力までも消滅させ得るような時代が来たら、だと? ゾッとするわ(((-_-;)))gkbr それを「害悪」と表現すると同時に、師である故正木教授の『狂人の解放治療』なる研究を「現代の物質文化を一撃の下に、精神文化に転化し得るほどの大実験」と大興奮で主人公をモノ扱いする若林教授の思想にも、研究者ってこんなもんだけど素直に異常性を覚える。主人公の混乱と疑念には心から共感できますとも!いきなり「自我忘失症」「数か月の間、現在のあなたとは全く違った別個の人間として、ある異常な夢中遊行状態を続けておられた」とか言われてもねぇ(;´д`) あ、でも「われわれの日常生活の中で、心理状態が見るもの聞くものによって刺激されつつ、引っ切りなしに変化して行く。そうして一人で腹を立てたり、悲しんだり、ニコニコしたりするのは、やはり一種の夢中遊行でありまして、その心理が変化して行く刹那刹那の到るところには、こうした『夢中遊行』『自我忘失』『自我覚醒』という経過が、極度の短さで繰り返されている。……一般の人々は、それを意識しないでいるだけだ」という部分は真理だと思った。
何も思い出せない主人公の「頭の中の空洞を凝視していると、霊魂は小さく縮こまって来て、無限の空虚の中を、当てもなくさまよいまわる微生物のように思われて来る。淋しい……つまらない……悲しい気持ちになって……眼の中が何となく熱くなって……。」「ホントウの私は……私の肉体はここにいるのではない、どこか非常に違った、飛んでもないところで、飛んでもない夢中遊行を……。」そこまで思い詰めながら、散髪の心地好さに「自分がキチガイだか、誰がキチガイだかわからなくなってしまった。……嬉しいも、悲しいも、恐ろしいも、口惜しいも、過去も、現在も、宇宙万象も何もかもから切り離された亡者みたようになって、前途はどうなってもかまわない……一切合財を諦め切ったような、ガッカリした気持ちになってしまった。」彼の哀しさが解りすぎてツラい@しつこいが病んでる(´;ω;`) 記憶を取り戻すために引き合わされた、例の隣室の少女の寝顔に浮かぶ奇妙な変化の波と、それについての更に不可思議な若林教授の説明。見知らぬ美少女を自分の許嫁だと教えられた事実に主人公が感じる「気味の悪さ……疑わしさ……何とも知れないばからしさ」そして真剣に彼女が千年前の先祖@不倫中^^に成り代わる夢を見ているのだ、と、語る若林の不気味さ、マジ怖い(((゜ロ゜;)))ガクガクブルブル いやしかし彼の話が事実だとしたら本当に可哀想なカップルやなー。恐らく当時のエリート富裕層っぽい家の二人らしいのに(・・;) 結局突然知らされた現実から一端逃避して、主人公の頭の中はもとの木阿弥のガンガラガンに立ち帰り、「何らの責任も、心配もない」状態になったのだけれど、それは同時に「全くの一人ポッチになって、何となくタヨリないような、モノ淋しいような気分」に襲われかけて来てしまった。うんうん、その気持ちもよく分かるー!><

そういえば裏表紙に「読む者は一度は精神に異常をきたす」とか書いてあるけど、最初からおかしい人間は別に何とも(以下略)てかそんなこと言ったら公房さんなんかどうすんのさ(ノ∀`) あんだけ多作で芥川賞まで獲って普通に病死してるけど、作品世界狂気そのものやで? ドストエフスキーやカフカやカミュとかさ!何故か同時に手を付けてるマルケスも(笑)としか思えないのだが・・・。あ、ゲーテ先輩も相当キテるよね、ダンテ先輩はもちろんのこと。たぶん文学に免疫ない人間だけがそう感じるんだって。川端御大や三島に大宰も、死に方見ただけでどこの精神病患者より頭おかしいって分かるじゃん。そういう人間の書いたもんをありがたがってもてはやすのが文芸の世界であって、いくら刺激的なコピーで売りたいからってコレ一作にそこまでの表現を与えるようなヤツにマジで精神科通院歴○年間の人間として苦情言ってやりたいわ^^#
毎晩必死に胃痛起こしながら詰め込めるだけ一所懸命モノ食べて、それでも体重計乗って毎回ガッカリっつーかむしろ恐怖を感じてきた気持ち分かる?この前なんか友達に「三食ちゃんと食べてないでしょ?」って言われたわ。毎食食べたくなくても限界まで食べてるっつーの、15時前後にはヨーグルトだの一個は甘くてカロリーあるオヤツまで摂るようにむしろ前より意識してるわ!でもどうしても受け付けられない食材は変わらず、胃も小さくなってる上に吸収できない体質に日々なってるっぽい。で、最近動いてカロリー消費するようになった事情が重なり・・・まぁ筋肉は落とさないようにストレッチやダンベルはしてるし、目まいとか動けなくなったりはしてないから良いんだけど。最終的な目標が自己処理にしかないっていうのを身体が分かってるからこうなってんのかな(´-`)、というガチからすればチャンチャラおかしい。初めが自費出版、更に執筆・推敲に時間をかけすぎたことで、若干展開の整理ができてないというかカオスなのと、文体の特殊さが相まってそういう印象を与えるのかもしれないけど、ただ体裁や美学が伴っているだけで同じレベルの狂気備えた作品なら他にも沢山あると思う。


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一時はどうなることかと思ったけど、全部読んだら普通に共感というか克服できたよー!ヽ(´∀`)ノ

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『酒楼にて』
犀星の詩を思い起こさせるような、あるいは「故郷を誰より憎みながら、愛しているのかもしれない」という修司の言葉も頭を過る物悲しい二人の男の帰郷の話。何もかもが変わり、知り合いすらもいなくなった思い出の地で虚しさや寂しさをまぎらわすために訪れた酒楼で旧友と偶然再会する主人公。彼の風采や境遇、また自身の立場の変化に、二人の隔たった時間や人生の苦みを感じさせるよねぇ(´―`) 同じところを一回りするだけで、遠くまで行き着けない自分たち。理想を成し遂げられなかった己の人生を「つまらんことばかりやっていた。何もしなかったのと同じことだ」と語る緯甫。年老いた母親の頼みごとを果たしに来たのに、全ての結末は虚しく終わり、けれど彼はそれを母親に伝えるまいと、無駄足の疲れを友との淋しい酒席で打ち明ける。健気な阿順の哀れな最期。おそらく彼女の幸せを祈ったという緯甫自身もまた、阿順のことを憎からず想っていたんだろう。「ぼくの昔の夢のなごりにすぎないんだ、すぐ自分で自分を笑い、それっきり忘れてしまったよ。」泣けるセリフや(´;ω;`)ウッウッ しかし不幸な境遇に終わった人に対して「運がなかった」の一言で済ませる親戚も・・・やっぱ大陸の考え方キビシー!立派な教育を受けた身でありながら「子曰く、詩に云う」と家庭教師先で主の望むままに「いいかげんにごまかして」教え、「これから」が見えないというかつての友の変わりぶりにいや増す寂しさが(つд`)

『孤独者』
大陸って昔っから「三戦」にあるようにライバル蹴落とすための情報戦すごかったんやな、と連殳や主人公が職失ったくだりでゾッとした(((゜Д゜;)))gkbr 噂の変わり者、連殳が祖母の葬儀で号泣する姿に興味を抱き、交流を持つようになった主人公。初めの頃の彼が語る「悪は環境が然らしめた後天的なものであって子供は無邪気なのだ。中.国に希望が持てるとすれば、この点だけだろう」というセリフが(;_;) 狂人日記にも「子供を救え」と最後に出て来たけど、この1920代に子供だった連中が後に中/国をどんな地獄に導いたかということを考えると・・・分かってますよ、ウチの国の侵略が無関係だと言いきれないのは。(自衛だと日本人の視点で考えることは可能かもしれないが、大陸の人々にしてみたら紛れもない侵略と呼んで他ならないものだっただろうと個人的には捉えている。かつての「蒙古」や女真族のように同化しちゃったならともかく)
その後心ないプロパガンダ、出る杭打たれる東アジア精神により職を追われた連殳が来客の減ったことを主人公に「心境が良くないと人を不愉快にするばかりだ。冬の公園には誰も行かないからね」って例えるセリフ、私だってそうだったし、そう思ってた。それでも見捨てずに誘ってくれる存在がいたことがどれほどの喜びと救いだったか、連殳にとっての主人公もそうだったんじゃないかと思い、そういう人に恵まれたことに改めて感謝だな、と感じさせられた(・・;) だってそんな彼に主人公が言って聞かせる「君は自分で繭をこしらえて自分をそのなかへつつみ込んでいるんだ。」って言葉がさあ!リアル過ぎる>< そこから語られる連殳と祖母の複雑な関係性と思い出。実は義理の間柄でありながら、生涯必死に一人針仕事に励み孫を育て上げた祖母の葬儀で泣いた理由を「僕はあのときどうしてだか、彼女の一生を眼の前に縮小していたのだ。自分の手で孤独を作り、そしてそれを口のなかへ入れて噛みつづけていた人間の一生を。しかも、そういう人間はほかにもたくさんいるような気がしたのだ。そういう人たちが僕を泣き叫ばせたのだ。」百年前の外国の話なのに、自分の理解者を見つけたようで。・゜・(ノД`)・゜・。その後に続けられる「人がその死後に誰も自分のために泣かないようにするということは、むつかしいこと」というのも、彼がまさに孤独たらんとした祖母の気持ちを芯から察しているかのようで(涙)生活に瀕した連殳が告げる「僕はまだもう少し生きていたい」というセリフも泣かせますね。筆無精だった彼から主人公の元に届いた最初で最後の手紙の内容も何とも虚しく居た堪れない。
「以前、僕は自分を失敗者だと思っていたが、いまはそうではなかったことがわかった。いまこそほんとうの失敗者なのだ。以前は、人も僕がもう少し生きることを望んでいたし、僕自身もそう思っていたが、生きられなかった。いまは、もうそんなことはなくなってしまったのに、それでも生きていこうとしている。それでも生きていくのか。 人生の変化はなんと速いことか。僕はほとんど乞食だったが、まだ為すべきことがあった。僕はそのために乞食であること、凍えや餓え、淋しさ、苦しみを願ったが、滅亡は願わなかった。僕にもう少し生きることを望んだ人の力はこれほど大きかったのだ。だが、いまはなくなってしまった。その一人さえなくなってしまったのだ。 同時に、僕自身も生きていく資格のないことがわかった。他人もやはり資格はないのだ。同時に、僕自身もまた、僕の生きていくことを望まない人々のために、どうしても生きつづけなければならないことがわかったのだ。 さいわい僕にはもう立派に生きていくことを望んだ人はいなくなったのだから、誰の心を痛めることもない。そのような人の心を痛めることは、僕の望むところではないのだ。だが、いまはもうなくなってしまった。その一人さえなくなってしまったのだ。じつに愉快、いい気分だ。僕はすでに、むかし自分が憎み反対した一切のことを実行し、自分が尊敬し主張した一切のことを拒否している。僕はすでにほんとうに失敗したのだ――しかし僕は勝利したのだ。」唯一の心の拠り所とも言えた祖母を喪い、生活の糧を奪われて困窮した挙句、理想を捨てて現実の利を手にした彼の苦渋が行間から滲み出る(´;ω;`)「今後、僕は二度と手紙を書かないだろう。僕たちはもう全然道がちがってしまった。どうか僕のことは忘れてくれ。僕はいまはもう『よく』なったのだ。」せっつねえぇー!!!(つД`)
かつての連殳と同じような経緯で職を失い故郷に帰った主人公を待ち受けていたのは・・・何という悲しい、葬式に始まり葬式に終わる二人の関係。「でたらめばかりで、まともなことは全然やろうとしなかった」と語る連殳の下宿のばあさんの言に当時の大陸の社会的慣習を乗り越えることの困難さが垣間見える。私みたいなAセクとか確実に許されなかっただろうな。とっとと自殺してそう(^ω^) あ、その前に脱水か自家中毒で逝けてるか子供の内に。「もしわたしのいうことをきいていてくれたら、いまごろ身内の者の泣き声くらいはきけたろうに」って彼は己が語っていた「死んだ時に誰も泣かせずに済む理想の死に方」を成し遂げたんだな、って考えると本当立派だし羨ましくなるよ@もちろんしつこく病んでますとも!体脂肪率?最近は大体18%代固定な!BMIは時々17切ったりする(^^)b・・・なんで? あ、でも例の親戚三人は家ゲットのためのパフォーマンス泣き(笑)してくれたのか。そんな重苦しい彼の葬儀の場から飛び出そうとして、それを妨害する「痛みのなかに憤りを悲しみとをまじえたもの」が出てきたことに気づき、一気に心が軽くなり、安らかな気持になれた「わたし」。連殳と共有する鬱屈を抱えていたのは、葬儀に訪れたり彼と交流を持った者の中で唯一主人公だけだったのかもしれない、と感じさせる幕引きがまた何とも味を出していてしんみり来ますね。これも好きな話でした。ホント激しさや衝撃要素すらないただ薄暗いだけのヤツばっか選んでサーセンm(__)m

『離婚』
珍しく女性目線の話だけど、当時の大陸にはびこっていた階級主義と不平等、特に家父長制や女性の権利の弱さ(纏足に象徴されるような)が垣間見えるようで可哀想な話。今は一人っ子政策で女性不足になったり、K産主義体制が皮肉にも女性の社会進出、男女間の格差を是正する結果を生んだんだから不思議だよねー(´-`) ウチや韓.国より向こうのがずっと平等指数(この発想自体が既にぶっちゃけどうかと思ってるかつてのフェミ畑だけど)高くて、お付き合いでもメッチャ扱い良いんでしょ?食事は奢り、荷物は当然持ってくれて下手すると料理や家事もやってくれると?昔ながらの名残りと言えば「告白は絶対男性から」ってことくらいかなー、と友人が言ってた。彼女は日/本人男性と付き合っていて、彼のお母さんメッチャ恐い、と話してたけど(笑)だって都会育ちで外食メインだったせいか親御さんがよっぽど大事に育てられたのか、20歳過ぎて包丁も握ったことないって言ってたもん・・・。そりゃ基本的に家事手伝いを雇うという発想もなく、外食嫌いな田舎の日.本人のオバチャンは嫁候補みっちり仕込みたくもなるやろ、と(^^;

一通り読み終わっての感想は、大陸の人々の生き抜く知恵としての抜け目なさとウチらからは「情がない」と思われるほどの実利主義的側面を強く感じたことかな。人の死や悲劇に対しても割とアッサリしているというか、「天命」や古来からの思想やしきたりを上手く「利用」して真面目に思い悩み考え込まずに済むように心の負担を軽くしている。そしてそういうことが上手くできなくなったり面倒に感じる人種は「権力」を絶対のものとして捉え敬う。儒教が長く息づいた大陸では上の者がそうだと下の者はいくら違和感を覚えてもそれに従わざるを得ない。歴史を誇るが故に、中々社会の体制や人間の性質を変えることはできないのだ、と何だか憐れみと同情をすら覚えました。内実が当初掲げていた主義とは全くの別物に変質していながら、一党独裁体制をここまで貫け続けるわけも何となく理解できたように感じます。魯迅が故国の現状を見たら激しく嘆き、絶望して筆を折ってしまう勢いかもしれないけれども(´Д`;)


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フェルメールとレンブラント展と銘打っときながら二人の作品が一個ずつしかないという・・・(^ω^) まぁオラ○ダ先輩の実利主義が芸術方面にも如何なく発揮されていたことがうかがえる楽しい作品群でしたけど。いち早く共和制取って宗教第一、王侯貴族万歳!なヨーロッパ美術界と一線を画しておきながら、いざ他の国が革命だの共和制になって風景画描き始めると何故か古典回帰して王政まで復活させるというヒネクレっぷり(ノ∀`) こんだけ自由奔放な欧州の異端児、変わり種じゃないと色々メンドクセー状態だったウチの唯一の交易相手なんか務まらんわな(笑)プロテスタント教会の建築画のシンプルさが好き。海洋絵画や当時の地図の「南ネーデルラント」表記には、スペイ○といいホント昔は凄かったのになぁ、と切ない気持ちにさせられた(´・ω・`) 常設展示もシュールな作品が多くて結構楽しかったです。好きだなー、と感じたヤツは大体ポスカ売ってなかったけど(^^;

観賞後は市内うろついて同行の友人が調べてくれた名物の喫茶店「珈琲グルメ」に。・・・並びましたとも!Σ(×_×;) 若い女の子ばっかりで都路里思い出した。

有名なコーヒーババロアは私ちょっと無理だったので、これまたシュールなお店のモチーフ?ティーコゼーと一緒に友達の分を撮らせてもらいましたm(__)m

あとブクオフでハンチントンの『文明の衝突と21世紀の日.本』ようやくゲットしたんだぜ(^^)b やっぱ見知らぬ店舗見かけたら入ってみるに限るな!@旅行先でまで何やってんだよ(・・;) 『天平の甍』も図書室で読んだけど家になくね?と思ってゲット。だって今日20%オフだったの・・・信じられる!?旅先じゃなければ(以下略。いい加減にしろよプータロー^^#ビッキビキビキ)

駅ビルでこちらも名物の円盤ギョウザもちょこっと食べたよー。大分友人に任せてしまいましたが(^^;


風で電車が遅れたりはしたけど、東北は基本車で回っちゃうことが多いので、三沢といい久々に電車の旅が楽しめて充実したゴールデン・ウィークでした☆

あと昨日は何と遊びに来ていたご一家のお兄さんがオアシスファンでめっちゃ盛り上がり、ノエルのライヴみんなでリアタイ視聴できました(*´∀`) 歳は私より下なんだけど、まさにオアシス全盛期にイギ○スに住んでたからね彼。羨ましい!>< アメリ○居住歴のある韓.国人の彼女さんも彼に聴かされているらしく、二人してネイティヴ発音で口ずさまれ出した私どうすれば/(^o^)\ こんなんで中学生に英語教えてたとか恥ずかしー!でもWhateverとかWonderwallの素晴らしさについて久々に語り合える相手に出会えて嬉しかった♪しかもノエルのライヴ放映の日に!テンションだだ上がり大興奮っすよo(゜∀゜)=3 運転しなきゃいけないお兄さんと胃痛の私は素面なのに、誰よりノリノリで踊るわ歌うわ盛り上がっちゃったからね(爆笑)「ノエル歳取ったなー、リアムいないとイマイチ物足りないよね(*_*;)」と愚痴もこぼしながら、Oasisのタトゥー入れちゃってる観客のオッサンに涙しつつ、弟くんの方に「うちに余ってるエレキあるからコピバン始めなよ」と両脇から洗脳しまくって、CD(もちろん最後の兄弟インタビューDVD含むよ!)を大量に貸し出しておきました☆後はお兄ちゃん上手くやったって!
ノエルの前のベビメタちゃんも布教すべくずっとかけてたんだけど、反応してくれたのはクラシック一辺倒のお父様だけだったなぁ(;_;)「ビルボードのチャート入りしたんでしょ?」って。アメ○カ在住経験もお持ちの方なのでね・・・き、気を遣って触れていただいた感が(つд`)泣かない、泣かないもんキツネ様のご加護でカワイコちゃんたちの活動が続く限り!@本当キモいよ? 彼女さんはフェルメール好きらしく、明日行ってくるっつってたらかなり羨ましがってソッチ系の話から本の話、韓/国の厳しい本屋環境の話とかも聞けたし、ホント音楽と絵と本、芸術も娯楽もどんなに立場や頭の出来()や歳に隔たりがあっても違いを埋めてくれるものって改めて素晴らしいと心底思った((-_-)ウンウン

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韓.国人の子と色々語り合ってアンチK産主義の思いを共有できて良かった(^^)b やっぱアジアのリベラルはリベラルじゃなくて敵陣営の利益のために動いてるロクデナシだという認識も一致(爆笑)まぁ日/本在住歴が長くて賢い子だったので敏感な言い回しは避けたんでしょうけど、A倍とか右.翼はただのTenno教神.道信者だからメンゴ、って話もしといた(・ω<)テヘペロ☆ まぁ次々新しい神様を増やしてOKな多神教の概念と、その頂点をTennoに定めて全ての神を体系的に繋げることがどうして可能だったのか、そこのところが一番ナゾだとは言ってたけど・・・。彼女を連れてきたご一家がそもそも所謂在/日で、ウチの父がコミュニストなのも分かってる上に世界中転々とされてきた経験もお持ちで付き合いも長いので、オッサン組も在.日社会から南北問題、戦前から今にかけてのウチの国との関係に到るまでかなり突っ込んで本音ぶっつけ合えるんですよね。やっぱり直接話をしないとダメだと改めて考えられるのは彼らのおかげ。今まですごくお世話になったし助けられてきたから、レイシストが近所にも出没するようになったら命がけでぶん殴りに行ってやんよ、くらいには思ってる。
それでも私は南の「クオリティ・ペーパー」にイラついたり政権や世論の態度・社会の反応にバカじゃねーの、と毒づく時もあるわけです。しば○隊やレイ○ボー連中も大っ嫌いだし(Aセクだけど。笑)、時事ネタに関しては大体コイツ右/翼っぽい、と思われてしまうようなことを書いたりする(´―`) 何でそうなるかというと、国家も宗教もイデオロギーも人間同士の絆の形成には直結しない、って家族見てるだけで十分学ばせてもらったから。属する集団によって個人を定義しないのはもちろんだけど、逆に個人によって集団の印象を決めてしまうこともなるべくしないようにしてる@K産主義者については正直個人的事情が入り交じり過ぎて微妙だけど(^^;なので、どんなに嫌悪を覚える歴史を持っていたり、受け入れがたい体制の国の人とも普通に音楽や本や絵、趣味の話、食べ物や生活のネタで盛り上がっていけたらな、そこから発展して心から話し合える時が来れば、と素直に思う部分もある。理解し合う必要はないんです。そもそも別個の人格を持つ他人同士に、完全な相互理解なんて成り立つはずがないんだから。ただ相手の話に耳を傾けて、自分とは異なる価値観の存在を知れば良いだけ。そして自分の意見もまた自分の言葉で相手にちゃんと伝えれば良いだけ。それでお互い割とスッキリして、上手くやっていける可能性が高まるんじゃなかろうか?(だから会談やらないのが一番まずいと感じるわけですよ、どこの誰と誰とは言いませんけど!)そういう「許容と尊重」の在り方を教えてくれた多様性溢れる()家族に、その方面では大変感謝しております(-m-)

以下、相変わらずクドイ本の感想だよー\(^o^)/

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ラストの『GIと遊んだ話(五)』で『プライベート・ライアン』が出てきて、それに対する主人公やアメ○カ人の夫の家族や仲間たちの反応に何とも微妙な気分になった(-_-;) いくら旦那が湾岸戦争駆り出された軍人でその時の切実な経験が胸の奥底に沁みついているからとはいえ、あの程度のもんが残酷と捉えられてしまう現代日.本人のおめでたさ(笑)米/兵と付き合う暇はあっても原.爆資料館やどこの主要都市にもある戦災復興記念館的なとこに行く暇はないんだー、ふぅん、とか思っちゃうよネ☆
アメリ○人もさ、W W 2太平洋戦線帰りのじいちゃんの家の「戦利品」とその意味を考えたことのある連中はいないのか、トップの広島訪問だけであんな騒ぐような国なのに。 実際にあった戦争モデルの作品でも人殺しはスプラッタ感覚の楽しい娯楽だと? 戦争映画好きバカにしてんのか、『西部戦線異常なし』他W W 1ものちょっとでも見てみろ^^#ビッキビキビキ『戦争のはらわた』『9POTA』『二百三高地』でも良い、ハ○ウッド以外の戦争作品をだな・・・あ、でもイ○ク、ア○ガンを経ての『アメ○カン・スナイパー』と、作品のモデルとなった人物の死に様により初めて彼の国の人間は戦争の現実を生々しく感じとれたんじゃないのかな、とは感じた。主人公が語るように、戦争に意味なんか、正義なんか無いですよ。当たり前に存在する生き物同士の縄張り、引いては安全に暮らせる生存圏を広げる、あるいは守るための競い合いってだけのこと。アメリ○様がようやくそのことに気づいて下さったのはウチらにとって幸いなのかどうなのかは分からんが(´・ω・`) K和党あんだけ偉いさん必死になってクルーズ推してたのにトランプ決まっちゃったしな@爆笑(ノ∀`)ハライテー! 遅いんだよ何もかも、古い保守派のじーさんたちは!
最後に主人公が夫に語る「あなたにとってのフェアネスと私にとっての正しさは違うのね」ってセリフが、夫婦が本当に夫婦になる、人間同士が理解し合い絆を結ぶための根本的な原理で、それを認めることが最も大切な出発点なんだろうな、と感じてジーンと来た(;_;) 上でも書いたけど国が違っても育ちが違っても年齢や価値観が違っても、全く同じ生き物なんかいないんだからそれは当然のこと。自覚して押し付けずにいられれば、少しは私たちも賢く前に進めるかも。

後書きの詠美さんの小説への捉え方や創作への姿勢に改めて共感と尊敬を覚える。永井路子さん等の歴史系ならともかく、大抵の女性作家さんの作品(特に現代の恋愛もの)は苦手というかAセクのせいか理解しがたいことが多いのですが(その割に性的欲望を前面に押し出した感じの男性作家作品はいっそ気持ちよく読めるんだがな!)、 彼女のはネチネチドロドロした女同士の関係だろうが男女間の性愛だろうが潔くてスッキリ読める。何というか、飾ってるようで素のままな気がして真っ直ぐ受け止められるんですよね(・・;) 母なんかは江國香織や唯川恵と何が違うのか分からない、みんな平等にイライラする!と毒づいておりましたが(笑)おそらく世間的に白い目で見られがちな黒人米.兵が夫であること、そういうタイプを好む人間であることを恥ずかしがったり気取った理由を付けずにオープンにした上で、そういう女性たちを蔑む人間たちへの憐れみや愛情もまた冷静な観察眼と共にうかがわせる様子が、作中や後書きなんかで垣間見えるせいもあるのかな? とにかく性や恋愛に迷っていた頃の自分にとって師匠のような存在の作家さんでしたねぇ・・・。
時間はかかってしまったけど、私なりの結論に辿り着けて良かったと今は思います。そして今でもちゃんと彼女の作品を楽しめることに正直安堵している( ´∀`;) 知らない気持ちを、一生味わえない愛する人間という生き物への理解をより深められる手段がちゃんと残っていた、みたいな。病んでるけど疑似体験ってヤツですね、現実が無理なんで(笑)これで他人様のソッチ系の相談にも乗れるってもん(^^; そうやってごまかして、皮被って生きていくしかないんだものー、「社会」に出たらさ!ありのままに生きるなんて恐ろしくて出来るか、イヤつーか空っぽの自分の「ありのまま」って何だよ? そもそも演じるキャラがなければ何も残らないっつの。いっぱい本読んで、人と話して自分の中身を埋めていかないと。


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