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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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※お仕事ーク

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昨今新人エリアでも古株席に追いやられてきてるので、下の期の方に色々聞かれることも多く、「この集まりってどんなんでした?」と今日元々知り合いの方に聞かれたのに答えた返事「なんか~、お菓子もらって好きな上司と苦手な上司聞かれて終わりました☆ミ」これは酷い\(^o^)/ その方と同期のオバサマに苦笑されたっつの。今日は久々に以前の指導役の方と話せたり、忙しい中でもちょっと癒された・・・席が上司から遠ざかるのスッゲー不安がってた時に「命綱(という名の会話聞いてもらえるコード。笑)は離さんといてつかぁさい!><」という無言の訴えを同級生様が汲んで下さり、皆さん色々面倒見に来て下さるしな(-人-)アリガタヤ 本当たくさんの方に支えられて生きてますよ。あとやっぱうちの期のネガティブさっていうか贅沢な価値観異常、とずっと残ってる先輩や他の期の方の意見聞いてると分かってちょっとホッとする。あ、でも今日帰りに同じ職場の方がタウ○ワーク持ってくシーン目撃しちゃったけどな|_・)ジッ まぁこの忙しさが春まで続くと思うと(以下略)だけどまぁ居座れるだけ居座るしかやりようがない。追納とPC代だけでも何とかせねば。そうやって懸命に死ぬ日を先伸ばし(笑)
今日は正直吐きそうなほど詰め込んだら母親の機嫌やっと直った@クソ気持ち悪いorz「今日のメニューはケイトの好みドンピシャだったのね」って、んなわけないだろ洋風スリーコンボ!きっつ!とにかくお腹落ち着かせるためにも早く寝て色々忘れて明日は蟹工船ウトウトせずに読みながら電車乗れるように頑張ろう・・・ホントもうね(´―`) 死ぬために働いてるとかウケる。昨日親に「あんたの仕事の大変さはちっとも大変じゃない」とか「謝ることで給料もらってんだから」とか言われたんだけどじゃあ同じ仕事してみろよ!アナタと同世代の同期いんだから!とツッコむのはあかんやろか。給料3倍あったのは私よりもはるかにキツイ仕事してたからで当たり前なんやて。だから私ごときの仕事でグチとか弱音吐いたらあかんのやて。おまえそれアパレルとか小売の人間に言ってみろ!この世で最も安定した職種にバブル期就いてカラ出張の恩恵にも与った輩が!(あーやべ、自重自重 (´>ω∂`)テヘペロ☆ )
母と弟はエベレストのように高い(爆笑)プライドの私がひたすら謝罪しなきゃいけない仕事を嘆いていると考えているようですが、むしろ何それ謝るだけとかメッチャ簡単なお仕事じゃん大歓迎だよ。そこじゃなくて、絶え間なく変わる制度に減っていく同期、追いつかない自分の知識と話術、客の要望に応じられない下請けの哀しさ諸々が積み重なってつらいんだよ。一つ一つのこときちんと反省して復習したくても時間ないし持ち帰りの勉強はできない。朝早く行って必死で前日の中身思い出して書き起こしたりメモするくらい。自分のできなさ、客への伝わらなさ、謝罪の気持ちが感じられないとか言われるとマジ凹むし、説明がわかってもらえなかった結果(確かにややこしいし不親切ではあるんだ)そういう展開になるとほんっと落ち込むし萎えるし態度悪くなったりお客さんも自分もLose―Loseですよ。何でそれわからないかな。同じ仕事したことないなら黙っとけば良いのに。同世代の友人たちは「うわ~キツそう(@_@;)」って反応してくれる職種なんですけどね。とっとと出ていけば良いんだろうけど、それだけの給料と貯金はちょっとまだ無理だし、家に少しでも入れたいし・・・。


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中村光の新作黒サンタ未だに口利かない弟(昨今過労自殺の件で取り沙汰されている業界へ内定済み、っつーか「当然覚悟しとけ」って内定者懇親会で既に脅しかけられたらしい(^ω^)bさすがブラック代表格!)の前にそっと置いておいたら「何コレ嫌味?(―_―;)」って言ってたそうな。心当たりあったならとっとと会話くらいしろやこのクソ野郎!^^#ビキビキビッキ  イヤうちみんな荒川からお兄さんまで中村光作品ファンなもんで、主人公くんと歳も被るし好きかなー、という思いやりの元手近に置いておいただけなんですけどね? いやー、ブラック!シュール!そして現実的!まじ現実だから・・・こんなもんだから現実\(^o^)/逃げたい!これをハハハッて笑い話にできる日本人の哀しさ( ´∀`)感覚がわかっちゃう現代人の虚しさ。ドラマ性も同情買える要素もお涙ちょうだいの生き別れなんかも、命かけるネタは何一つ無いのよ、でもそれでも、生きていくのはどうしようもなく苦しくて。だからこそ人生つらくて投げやりになるかヒキるか自殺すんだっての!
タイムリーなことに何故かこのタイミングで『ガラスの動物園』も読んでおりましてな(もちろんブクオフ)。演劇って短い時間でシンプルに表現するだけに刺さる!簡潔に、普遍性を持って!この逆スペシャル・スノーフレーク症候群はやっぱり劣等感に他ならないのか・・・それが当たり前のことと認識していても?( ´―`) まぁローラはジムに恋心を抱くことはできてたんだから少なくとも私よりはマトモやろ。私は当たり障りのない会話とかまでは行けるけど、その先の距離の取り方がどうしても掴めなくて突然ブッチンしちゃったり逃げたりヒキったりヒキったり。偽りまくりなんですよね、本性を。で、何おまえ着ぐるみ被りまくってんだ、って対外用の面を引きちぎりたくなる。でもそのままの自分では到底表に出ていけないことがわかっているから、ストレス、毎日ストレス!だからクッソ人数の多い、人の入れ替わりや席替えや関係する上司コロコロ変わる体制の方がマシに決まってんだろおぉぉ!と必死で・・・本当に必死で自分に言い聞かせる日々だとも>< あ、ちなみに私も壊れやすいガラスや陶器の小さい置物集めんの好きでーす☆土偶や埴輪やエジプトやインドの神様も含め、埃取ったり地震が起きれば倒れてないかチェックして。でも私にとってのガラスの動物園コレクションは多分、本と宝塚なんでしょうね。全ての本とDVDを失った瞬間に心が壊れると思う。あと幼なじみ。その点ではローラよりマシかorz 昨日も書いたけど、マジで依存し過ぎててキモいな。
あ、この後は黒サンタ読んでたら思い出した『蟹工船』に行く予定です( ´∀`)通勤途中に読んでたらメッチャお仕事はかどりそう♪ハハ・・・ハハハ・・・

以下ハイパー病み吐き出し

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去年の冬妹に死ね言われて本当にやろうとして友達に止められて就職したじゃないですか。本日母親にさっさと死ね、皆それを望んでいると言われたわけだが、私既に一通りソッチのサイト踏んでんのね。で、他人様の犠牲とコスパ考えた時にベストな方法が未だに見つかんないわけ。だから、それまでの繋ぎっつーかまぁ遺族年金とかは出るくらい勤めておかねば、とか法律変わったけど10年キッチリは納めておく必要あるよなぁ、とかでどうにか勤め続けて追納もしてるわけですよ。でも何かもう疲れた。引きこもりに今の仕事きついし(明日のこと考えるだけでお腹痛い。同世代の同期全滅の時点で相当キテたけど辞める勇気も転職先探すエネルギーもどこほじくり返しても見つからない。休み取るのも労務管理の人厳しいからだけじゃなくて、ただでさえとろい自分が更に経験値や研修で遅れ取ったり時給減るのが怖くてできない。)、グチると家族はこうなるし、職就いても何も状況変わらなくて良いことなかったな、って。母や弟に言わせると私はエベレストのように高いプライドの持ち主らしい(爆笑)自分が虫けらだと思ってる皮かぶりがか( ノ∀`) そりゃ生んでくれた親に向かって「存在が間違い」って本音ぶつけたのは悪かったと思ってますよ。でもホントにどうしようもなくて、彼女の不運に申し訳なさしか覚えないから。私はマトモじゃなくて、普通の人なら堪えきれることにも堪えきれなくて、死ぬべきなのに死ねなくて生きてて。苦しくて食えなくなって、心因性のそれいつまでも引きずって吐きそうになりながら必死に食べて、好きだったものもちっともおいしいと思えなくて。でも友達と約束したから、次会う時までに標準体型に戻すって言ったから、カロリー高めのお菓子必死で食べて、でもやっぱ食への興味とか食べられる範囲はどうしようもないからゴハンのメニューとか聞かれるのも苦痛で親をキレさせて。もう存在してたくないです。こんな体どうなっても良いから、子供いてガンなっちゃった人とかと変わってくれ。職場で真面目な良い子ちゃんキャラやるのももう疲れた。散々迷惑かけた皆さんに申し訳ない、貢献できるのは頭数満たすことだけ、と思ってやってきたけど、本当はもうやりたくない。怖い。向いてない。コミュ障じゃないと引きこもりなんてならないっつの。誰も仕事が好きで行く人なんかいない、つらくない人なんかいない、ってことはわかってます。でも私、どう死ぬか、死ぬ時のコスパとかしか考えられない人間なんで。生きるために働かなきゃいけないとか食いぶちとか、そもそも生きてたくないのに。意味がわかんなくなる。1年は働かないと死ねない、と考えてきたけどそろそろ限界。早く終わりたい。一刻も早く、自分にも自分が他人にかけてしまう迷惑にも、自分がこの世に存在することに堪えられない。大好きな世界に異物が紛れ込んでる感と、いるべきじゃない場所に紛れ込んでることによる息苦しさ両方がしんどくて消えたくてなかったことにしてほしくて堪らないんですよ。どうすりゃ良いんだ? クリスマスプレゼントにこの世から自分を抹消してくれたら、その瞬間にサンタも神様も信じるわ。


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「支配」による恩恵と不利益、人間同士の残酷な生存競争の果て。選民思想と差別の源流、まさに『湾生~』で考えさせられたことが、帰りに買ってきた進撃新刊と乙嫁語りの中の森さんの言葉に凝縮されてた。これは勝手に思ってることだけど、歴史が好きな人は人間が好きで、だから彼らの歩んできた道や過ごしてきた世界、生活に興味を持つんだって@人間様信者兼歴オタ(* ^ー゜)b だから、哀しいことだけど「大戦前の世界を描きたい」という森さんの意見と、震災で全てが変わってしまう時に「描かなければならない」失われ行く文化について必死で表現しようとしている佐々さんの対談には胸打たれた。私も、歴史は繰り返す、奇妙な共通点にはちょっとゾッとするものを感じていた。他ならぬ自分自身が、どうせこんなに簡単にどうにもならないことで何も悪いことしてない人たちがこんな目に遭うなら、ヤケクソのようにどんなことだって犠牲だって受け入れてやんよ、戦争が起きようと命だって投げ出したる、これ以上失ってたまるかってんだ、という気持ちでいたから。リーマン・ショックからのアメリカの凋落、中国の台頭と暴走、プーチンの強権が増すばかりのロシア、終わりの見えない中東の混乱にヨーロッパの難民危機、あげくイギリスのEU離脱にトランプですから・・・いつ導火線に火ついてもおかしくないですよ、北のアホボンも意外としぶとすぎて南はあの状態なんですから(-_-;) 私たちの世界は、少なくとも私の世界は5、いやもう6年近く前に一度粉々にぶっ壊された。忘れられないし数えるもん、あーうちの妹はあの子の歳を越えてしまった、とか云々。バーカバーカ私、何でまだ生きてんの?ってずっと思ってるから、私には使命感もクソもなくもう興味しか残ってないの。戦争になるなら早く死にたい、けどやっぱ友人たちや大事な人には助かってほしい。あーついでにその中に隣の子と在日の子と間の国の子含まれてるからマジ厄介@爆笑( ノ∀`) どうかアジアに平和を・・・!
どうしようもないことだとわかっていても、生き物に争いはつきもので、時として手段は残酷で種として生き残るためには必要な淘汰でもあって。でも私たちは「グローバル化」の結果学んだり知ることができる。正しい意見、そうではない意見。敵方、味方方。経済と文化がいかにガッチリ結び付いているか。乙嫁語りの時代やイザベラ・バードが旅していた頃は、極東の1漫画家が外国の状態について調べあげることなんて不可能だった。でも今は違う。私たちは学んで考えることができる。相手の国のこと、文化や歴史、自分の国との共通点や、どんな関係が持てるのかってこと。
他者を知るのはガラパゴス島民には何より大切なことだから。色んな地域に、歴史や文化にそれから人に対する興味が広がれば、うちらだってもっと世界に差別も偏見もなく飛び込んでいけるんじゃないか?って。価値観から何から、それぞれの違いについて学んで、敬意もって少しずつ歩み寄っていけたら・・・そんな素晴らしいことはないですよね。ホントに時給換算で身削りまくってるんじゃ?って漫画家の皆さん、「好き」を超えた熱い思いに心から感動します(つд;*)

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ごめん途中で寝た( ´△`)

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でも最後は目覚まして泣いたよー@ヒデェ!ルーツを辿りたい、と必死で日本語を勉強したお孫さんの気持ち、ひいおばあさんに似ていると言われて嬉しそうだった顔、初めから許嫁に、と引き取られた日本人をそのまま受け入れた旦那さん、親に棄てられたと思い続けてきた病床の彼女・・・孤独だったらしいお母さんの晩年と比べると、現在のご家族に囲まれて、つまり台湾に残って彼女はどれほど幸せに逝けるのだろう。残留孤児のドキュメンタリーも何種類か見て、幸福な例は数少ないことはわかっておりますが、置いてきてしまった娘を、戦後除籍という形でも、再婚にあたってデメリットになるかもしれないことを覚悟の上で戸籍に載せたお母さんの気持ちを思うと(´;ω;`)ブワッ 娘の写真を持っていかないで、と言っているようなお墓の前での台湾式占いの場面もジーンと来ましたね。確かに一見馬鹿馬鹿しく見えるようなことなのかもしれないけど、親戚の方とお孫さんが「必ずまた来ますから」と言ったらOKが出た。あのアニメーション何だよ? 台湾人の理想化した日本像であったとしても、振り返った着物姿の女性が子供をギューッと抱き上げるところで涙ボロボロ・゜・(つД`)・゜・ もしかしたら一部の台湾の方の日本への思いを象徴している絵面なのかな、って。
でも、同時にちゃんと負の面があったことも日本人側が認識していて。それが何より安心させられた。郵便局長さんのお孫さんの言っていた、植民地だけは絶対に持ってはいけない、私と全く同じ意見。どんなに生活の豊かさや秩序をもたらしてもヨソ様の土地を支配する権利はない。文化を変えてはいけない。あと、毎年台湾を訪ねている冨永さんの家に『夜と霧』があったこと。戦後、己が台湾で生まれ育ったこと自体が、そこを故郷として懐かしく慕うこと自体が罪なのだろうか、と彼自身も長く深く葛藤してきたんだと思う。政情だけではなく、生活のためだけでもなく、それこそが彼に旧友を訪ねる日を遅らせてきた理由なのでは? 台湾の人々にも様々葛藤があったと思います。突然島に現れ、恩恵も厳しさももたらした日本人。自分たちより良い待遇を受け、でも屈託なく溶け込もうとしたり、嘲ったり素直だったり。現地名、日本名、漢名。散々引っ掻き回された彼らの本音がどこにあるのかは、私たちには図りかねるものがある。
でも私、最後に出てきたバレリーナ(笑)おばあさんの言葉に、共感と反発と両方抱いちゃった。五木寛之の小説を読んで「異邦人」だと思った、自分一人だけではないと思えた、と。私大っ嫌いな国語教師に「あなたの書く文章は五木寛之に通じる」と言われたことと、その頃には既に自分が皮かぶりの虫けらだという意識が潜在的にあったことがふと過りまして(―_―;) 小さい頃から「お父さん何人?」を繰り返され、父方の親族の墓は場所すら知らず、クリスマスはいつも大荒れで初詣や盆のお馬や習慣は知らない、どの宗教にもイデオロギーにも同意できないからアイデンティティとか価値観や倫理観の規範をどこに見出だせば良いのかわからない。五木寛之は弟の一番好きな作家で、妹は宗教学のゼミを最終的に専攻しました。放り出された「自由」の中で苦しむ気持ちを30代のお孫さんはおばあさんに向けて訴えられたんじゃなかろうか。「選択肢がありすぎるから、それがなかった時代が羨ましい」バブル世代が言ったならおっしゃる通りの意味だろう。カチンと来ても良いと思う。でも失われた○十年しか知らない、就職氷河期の私たち世代は? 確かに飢えることはないかもしれない、でも、休めることは? 選択肢が全部貧乏くじしかない中で、決断の責任だけを負わされ続ける苦しい生のゲームがずうっと続くんですよ。どれも拒絶して道から外れたらネットで拡散し叩かれ続けるか、いつの間にかコミュニティからデリートされてる(^^;「戦争だったから仕方ない」で済まされる世代を羨ましがる発言に、確かに戦争反対の思いには賛同するがお孫さんが伝えたのはそういう意味じゃない、と反論したくなってしまった。同じ給料もらっててもニーサだ投資信託だ相続税にプラセンタ注入云々とやってられる世代とわけが違いますからね。1日も休まずに十○万円の給料から追納して家に入れて体調管理のための病院・薬代と薬局に費やすお金、分割払いのPC代、残ったお金は何とか仕事続けるための心の健康維持(笑)の趣味に使って貯まるわけねぇだろ! 中村光の新作読みながら涙出てくるわ気持ちがわかりすぎて(。>д<)
マジで年金暮らしどうのと喚いてる年寄りに家計簿見せてやりたいよ、そりゃ大学中退して引きこもってた自分が悪いことはわかってる。でも、厚年と追納保険料こんなに払ってんだぜ・・・サッサと死ぬ気満々の死にたがりがだよ? 月々の医療費? こっちだっていくらかけてると思って(以下略)間の無駄に再会云々引っ張るシーンとか長すぎなければ秀作でした。うちらはもっと色々たくさん考えて、学ぶ必要があると強く感じた。

追記
あと私がこの作品に興味持ったのは、自分の片割れというか言葉では言い表せないくらいキモい依存をしてしまっている存在が一歳から隣に住んでた幼なじみだから。引っ越しても学校バラバラでも、関係性はずっと変わらない。彼女といきなり引き離され、国が変わって連絡も取れなくなったら私の人(もどき)生全く違うものになってしまっていたと思う。だから、彼らの切なさと植民地政策の罪深さがわかる。ついでに故郷が一瞬で変わってしまう姿というのは震災のおかげで(以下略)別れも変化も突然訪れる。時間の経過が違うだけで、変わらないものは世の中にはなくて。だからこそ人は過去を求め、懐かしがり恋しがり、それでも現実は現実として認めて、受け入れざるを得ないことを解っている。人間て・・・人間様って!。・゜゜(ノД`)ウワアァァン


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私には、やっぱり一神教の神が主人公の信じるような存在だとは思えない。信じる者しか救わないなんてそんなの慈愛もクソもねぇよ。信徒の悪人と非信徒の無垢な子供なら後者が救われてしかるべきだろ。無駄で滑稽な犠牲に他ならない、人間が作り出した脳内神様のために自分の命犠牲にするとか。ダメだ完全に幼少期のイマジナリー・フレンドこじらせちゃったか自分の選択の責任の押し付けにしか考えられなくてイラッとくる^^# 弱さゆえに神にすがることを望み、弱さゆえにその信仰を棄てる素振りを見せ、やはり弱さゆえに神からの救済を諦めきれないキチジローの方がはるかに気持ちが解るし一般的だよ。日本っつーかアジアのクリスチャンが「何か違う」というのは祖父母の姿に度々感じておりました・・・亡くなった人の写真にお供えとか、それ仏教の文化(以下略)その癖お彼岸とかガチで知らなくてマジびびる(゜ロ゜; しかし改めて考えると何て独りよがりな宗教なんだ。仏教信仰者に心の強さがないなら、どうぞ蘇我VS物部のあたりからの歴史勉強とか、寺が絶妙にShintoとバランスを取りながら果たしてきた役割についてもっと正しく深く勉強すべきだったのでは?
私はとにかく、それ以前からもだけど震災後は一切何も信じられない人(もどき)生を送ることが確定しているので何も言う権利ないですけど。やっぱバーカとかしか思えないし、悲しい・・・何で人間って何も変わってないの? 悲しい、虚しい(´;ω;`)ブワッ ずっと脳内で鳴り響いていたあの賛美歌の歌詞と主人公の浸りきった恍惚が、犠牲の大きさと比較するともう何とも切なくて。アホか、転べ、とっとと転べ、仏にだって慈悲はあるだろ。ってかどうせ各々の解釈で良いんだからあんなもん、胸中黙ってバーカ呟くなりパライソ目指すなり極楽目指すなり好きなとこ行きゃ良いじゃん。人の心の中までは役人だって覗けない、自由なんだから。外側なんか、形なんかどうだって良いんだよ後に『聖☆お兄さん』生み出しちゃうんだぞこの国は!
「パライソの寺へ詣ろうや」「主よ御許に近づかん」私は宗教の死を賛美する思想が大っ嫌いです。死にたがりだけど。一般的にはこの世で一番祝福からほど遠い悲しみだよ!天国なんて甘い言葉で誤魔化すんじゃない。アホか。弱いから、苦しいから神や仏を、何らかの安心や救済を求める気持ちはわかる。でも結局、自分の人生・選択・責任を追うべき結果は自分にしかあがなえないものなのに。人間の弱さに全て要因があると捉え、その後も神を愛し続けることができるのはなぜか。私には永遠に理解できそうにないけど、とりあえずスコッセッシが四半世紀かけてたどり着いた答えがあるのかを覗きにだけ、観てみたいからたのしみです@映画

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