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亡くなった方の番号は消せない、というのは私だけじゃないんだ、という話をして少し安心した。共通の友人を亡くしていて、でも相手も消してないしその方のご家族も料金払い続けて亡くなった方の携帯電話でその友人知人とのやりとりを続けているそうで。私は、自然と連絡取らなくなった人の番号は消せても永遠にどうやっても連絡できなくなってしまった人のは、父も含めて削除することができないから。何か消したら最後にその存在まで忘れちゃう気がするんです。自分の中から自分で追い出しちゃうみたいな。今日母がやっと父のシーツとタオルケットを洗濯してた。1個ずつ消えていくし遠ざかる。忘れていく。だからといって必死に反芻するのはつらい。私大往生とか、長い闘病の末、というパターン余り経験がないんです。だから電話受けてても、こんなに沢山病院のベッドの上で大往生できちゃう人がいるんだな、ってしみじみビックリする。知ってる人の死に方は「うわー絶対取りたくねぇ(;´д`)」ってなるレアケースばっかだからそっちが変なんだ、ってわかってますけど。よくわかんない内に2度と会うことも話すこともできなくなるのが死で、凄く哀しみと負のオーラが渦巻いていて近づきたくないし向き合いたくないと思う。その場で理解できないから、後からめっちゃ考える。あの子の、あの人の死は、生は何だったのか。何で私が輸血まで受けてのうのうと息長らえちゃってんのか。このクソな年寄りが(以下略)世の中は理不尽だし、神も仏もどこにもいないと、昔から誰かの葬式がある度に感じていた。
でも、今日の地元紙に載ってた自殺を止めようメッセージも正直うざかったなー。うちの教師ホント吹きだまりだから(-_-;) 相対評価時代の逆えこ贔屓あからさま過ぎワロタ(笑) 加えて震災でしょ? 歪みもするっつの、小学校低学年であの揺れ経験してショッキングなシーン遭遇しまくり、中には知り合いが「ある日突然いなくなった(あの年頃の私にとっての死はその感覚だった)」子もいたやろ。おじいちゃんおばあちゃんの家が「流された」子も。親が放射脳ノイローゼ状態で参っちゃった子もいただろう。直接被害の酷かった場所だけじゃなく、当時子どもだった全ての子が何らかの酷いストレスを心に抱えてしまったはずです。でも大人は「もっと大変な状態の人たちがいるんだから我慢しなさい」と言う。学校に行けば「震災について考えよう」と掘り起こしたくもない記憶語らされたり聞かされたり見に行かされたり。後はひたすら防災対策の話と避難訓練。
イジメで死ぬ子は本当にそれが原因で死ぬんだろうか。適応能力がないと判断して自己処理するんじゃね? 少なくとも私はずっと間違った存在なんで自分をデリートしたい願望を抱いている。親とかそういう問題じゃねぇわ。売り言葉に買い言葉でも、両親と「そんなに死にたいならさっさと死ね」って言われ続けてきたし(^-^; 先にやられたら当分できなくなったじゃん、って感じですけど。とにかく純粋にそれだけを望んでいる身からすれば、逃げれば解決するイジメとか(逃げ場作るか鈍感力養えよ。私も性的トラウマとか閉じ込め・呼び出し、飲み物への汚物混入からハブに命の危機に物ぶっ壊されたり、ゴキブリ呼ばわりとか今思うと色々やられましたが全くイジメと認識してなかったからね☆( ^∀^)b さすがに道に物ぶちまけられて壊され泣くの堪えきれずに帰宅とか、爪噛みきりまくって鉛筆かじり折ったり、体中の皮剥がしまくったり自家中毒とか立って歩いたりできなくなってやっと周りが気づく→まぁ体調に出ちゃったらしばらく休まざるを得ない→戻ると揉めた相手がまろやか対応なノリの繰り返しでしたけどね、大体)、経済的な事情で死ねるやつホント代わってどうぞ、と思う。死にたくないなら死ぬな。何か訴えたり復讐や金のために死ぬな。死はそんな簡単に生の代わりに選んで良いもんじゃねぇんだよ、純粋に望め、自分の生を心の底から疑問に感じて否定した上で選ぶべき。死にたい。何で死ねないんだろ。母親のため? 続けて似たような弔いさせちゃうことになる家族が可哀想だから? もうホント終わりにしたい。何も考えずに(保険金なんかあっという間に消えるっつの。宝くじ買うくらい死にたくなかったなら、プライド捨ててナマポ受けてでも生きろって^^#ビキビキ)死ねる人たちが羨ましい。地獄のように苦しんで死にたくない死にたくないのたうち回りながら、とかいうなら多少は許せるけど。そりゃ決意するまで怖かったし悩んだとは思うけど、結局金と復讐心と逃避したい気持ちに酔っただけじゃん? 軽蔑する。人として生まれてきちゃったこと自体に後ろめたさ抱えながら生き延びちゃってる皮かぶりの気持ちが(以下略)あの元先生の言葉は私には全く響かない。なぜなら、祝福されるべき子どもは他に沢山いて、自分はうっかりチェンジリング物件のように考えてるから。自己認識で人じゃないから人の親としての喜びや感慨を彼らにもたらすことはできないししてほしくない。だから、私の誕生日はまったくめでたくないしむしろ親に最悪の悲劇が襲いかかった呪われた日だと思う。
でも、今日の地元紙に載ってた自殺を止めようメッセージも正直うざかったなー。うちの教師ホント吹きだまりだから(-_-;) 相対評価時代の逆えこ贔屓あからさま過ぎワロタ(笑) 加えて震災でしょ? 歪みもするっつの、小学校低学年であの揺れ経験してショッキングなシーン遭遇しまくり、中には知り合いが「ある日突然いなくなった(あの年頃の私にとっての死はその感覚だった)」子もいたやろ。おじいちゃんおばあちゃんの家が「流された」子も。親が放射脳ノイローゼ状態で参っちゃった子もいただろう。直接被害の酷かった場所だけじゃなく、当時子どもだった全ての子が何らかの酷いストレスを心に抱えてしまったはずです。でも大人は「もっと大変な状態の人たちがいるんだから我慢しなさい」と言う。学校に行けば「震災について考えよう」と掘り起こしたくもない記憶語らされたり聞かされたり見に行かされたり。後はひたすら防災対策の話と避難訓練。
イジメで死ぬ子は本当にそれが原因で死ぬんだろうか。適応能力がないと判断して自己処理するんじゃね? 少なくとも私はずっと間違った存在なんで自分をデリートしたい願望を抱いている。親とかそういう問題じゃねぇわ。売り言葉に買い言葉でも、両親と「そんなに死にたいならさっさと死ね」って言われ続けてきたし(^-^; 先にやられたら当分できなくなったじゃん、って感じですけど。とにかく純粋にそれだけを望んでいる身からすれば、逃げれば解決するイジメとか(逃げ場作るか鈍感力養えよ。私も性的トラウマとか閉じ込め・呼び出し、飲み物への汚物混入からハブに命の危機に物ぶっ壊されたり、ゴキブリ呼ばわりとか今思うと色々やられましたが全くイジメと認識してなかったからね☆( ^∀^)b さすがに道に物ぶちまけられて壊され泣くの堪えきれずに帰宅とか、爪噛みきりまくって鉛筆かじり折ったり、体中の皮剥がしまくったり自家中毒とか立って歩いたりできなくなってやっと周りが気づく→まぁ体調に出ちゃったらしばらく休まざるを得ない→戻ると揉めた相手がまろやか対応なノリの繰り返しでしたけどね、大体)、経済的な事情で死ねるやつホント代わってどうぞ、と思う。死にたくないなら死ぬな。何か訴えたり復讐や金のために死ぬな。死はそんな簡単に生の代わりに選んで良いもんじゃねぇんだよ、純粋に望め、自分の生を心の底から疑問に感じて否定した上で選ぶべき。死にたい。何で死ねないんだろ。母親のため? 続けて似たような弔いさせちゃうことになる家族が可哀想だから? もうホント終わりにしたい。何も考えずに(保険金なんかあっという間に消えるっつの。宝くじ買うくらい死にたくなかったなら、プライド捨ててナマポ受けてでも生きろって^^#ビキビキ)死ねる人たちが羨ましい。地獄のように苦しんで死にたくない死にたくないのたうち回りながら、とかいうなら多少は許せるけど。そりゃ決意するまで怖かったし悩んだとは思うけど、結局金と復讐心と逃避したい気持ちに酔っただけじゃん? 軽蔑する。人として生まれてきちゃったこと自体に後ろめたさ抱えながら生き延びちゃってる皮かぶりの気持ちが(以下略)あの元先生の言葉は私には全く響かない。なぜなら、祝福されるべき子どもは他に沢山いて、自分はうっかりチェンジリング物件のように考えてるから。自己認識で人じゃないから人の親としての喜びや感慨を彼らにもたらすことはできないししてほしくない。だから、私の誕生日はまったくめでたくないしむしろ親に最悪の悲劇が襲いかかった呪われた日だと思う。
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1発目、大樹寺~!歴代将軍意外とちっさかったのね・・・Σ(゜Д゜)

ファースト味噌煮込みうどん(^p^)ちゃんと出汁の味が利いてておいしかった!

名古屋城

堀の生き物豊富すぎワロタ。
やつぱ鯱さんや((o( ̄ー ̄)o))

わかりやすくおのぼりスポットサンシャイン(笑)

きっしめ~ん☆

ホント愛知めしって味濃いイメージあったんですけど、濃さの方向性が全く違って偏見が覆されました(-_-;) 中仙道でも愛知でも、食べられるものが限られてる現状が申し訳ない・・・と感じることしきりでしたが、日本の食文化の多様性と旅の楽しさ、十分に味わえた素敵な4日間でした。歴オタパラダイスな東海地方、またぜひ行ってみたいです!(o^O^o)
離れた場所、非日常の中でようやく父の死を実感できた気がした。友人のお父様に会ったり、父が亡くなったことを話したり。生前から彼の話をしてきた人たちにそれを直接打ち明けられたこと。彼のルーツのある土地で、彼の一族が信仰する宗教の方に出会えたこと。私は、自分の根がわからないことがコンプレックスだった。当たり前の、普通の日本人になりたくて知りたくて必死だった。平野ではなく、住みづらい山地に必死で田畑を作り風習と故郷を守り続ける人々の姿に『楢山節考』とか山林が国土の7割以上を占めるこの国の原風景とその生活の厳しさを思い知った。憧れていたものの正体が何だったのか。7割の山林のためにどれだけの人が犠牲になり、努力の元に「里山」や「宿場町」を守り続けてきたのか。観光地化が十分に進んでいる中仙道ですらあの有り様。藤村はよくこんな僻地まで来た(*_*; 日本人は強いと思う。凄いと思う。理不尽に従い、それが結果として地域を活かすことに繋がっている。素晴らしい木と山と水の景色。水田が広がる平野育ちのコンプレックス、「家 」の伝統的なやり方を知らないコンプレックス。宗教も思想も全く理解できないけれど、切ないまでの必死な想いはどの方面からも伝わってくる。わからないことが悔しい。知らないことが苦しい。羨ましい。大好き。どう捉えて、形容して良いかわからない。圧倒される、そこに生きてきた人々と通り抜けてきた人々の想いに。自分は何て薄っぺらなんだろう。父が生きていたら。お土産あげたかった。感じたことを伝えたかった。もう叶わないけど、その土地で父より早死にした人はいっぱいいただろう。混乱する。どう捉えて良いかわからない。でも、もういないこともお土産を渡せないことも、やたら友人たちに父の話をしてしまう自分にも気づいた。そして帰って来た母の機嫌の悪さ(^-^; 結局代わりに弟が行ってくれたから、私は私で楽しんでいるアピールのメールすらウザくて困ったと言われた。二人で楽しみにしていた集まりで、父が逝ってしまった後も性別比一緒にしてほしかったから弟と母が心置きなく参加できるように金銭と体調的に厳しくても無理やり旅行組んだのに。苦しい。何やっても空回りみたい。母は(私と合わなさすぎるから)妹の嫁ぎ先についていきたがってるし、でも向こうはお義母さんもいて絶対迷惑だろうからそんなことさせられないし、でもこのままじゃ転職活動なんかできるわけない。死にたい。やっぱそれしか考えられない。一通り会いたい人に会って巡れるだけのとこ行ったら終わりにしたい。もういい。沢山。もう無理。何をやっても上手くいかない。生まれてきたことが申し訳ない。関わって面倒見てくれた友人知人勤務先に迷惑をかけることだけが心配。存在をなかったことにしてほしい。何で存在しちゃったのか、息し続けないといけないのか本気で謎。どうすれば良いんだろう。還りたい。死にたい。無になりたい。
追記
やっと実感できた=現実として直視できたのが今だから、まだまだ全然受け入れられていないことも乗り越えられていないことも改めて学んだ。何で死んだの、ってずっと思い続けている。嘘だって泣いて叫びたい。何でこんな短期間で色々忘れかけてんの。私ただ単に逃げてただけだ。向き合うの怖かった。自分が何もかも崩れちゃって仕事にも行けなくなる。気持ち悪い。吐きそう。お腹痛い。泣きたい。死亡の連絡なんか取りたくない。近い歳の人も、彼より何十年も生きた人のも。自信がない。マトモな精神でいられるか、電話口で発作や嗚咽しちゃわないか。限界だよ、限界、限界・・・でも母は(以下略)母のせいにしてるだけなんだろうか。どうすれば良いかわからない。死にたい。一昔前の木曽路もしくは東北の寒村に住んでた人よりよっぽどマシな生活なんだとはわかってる。でももういい。終わりたい。人の皮から解放されたい。終わりたい。
ファースト味噌煮込みうどん(^p^)ちゃんと出汁の味が利いてておいしかった!
名古屋城
堀の生き物豊富すぎワロタ。
やつぱ鯱さんや((o( ̄ー ̄)o))
わかりやすくおのぼりスポットサンシャイン(笑)
きっしめ~ん☆
ホント愛知めしって味濃いイメージあったんですけど、濃さの方向性が全く違って偏見が覆されました(-_-;) 中仙道でも愛知でも、食べられるものが限られてる現状が申し訳ない・・・と感じることしきりでしたが、日本の食文化の多様性と旅の楽しさ、十分に味わえた素敵な4日間でした。歴オタパラダイスな東海地方、またぜひ行ってみたいです!(o^O^o)
離れた場所、非日常の中でようやく父の死を実感できた気がした。友人のお父様に会ったり、父が亡くなったことを話したり。生前から彼の話をしてきた人たちにそれを直接打ち明けられたこと。彼のルーツのある土地で、彼の一族が信仰する宗教の方に出会えたこと。私は、自分の根がわからないことがコンプレックスだった。当たり前の、普通の日本人になりたくて知りたくて必死だった。平野ではなく、住みづらい山地に必死で田畑を作り風習と故郷を守り続ける人々の姿に『楢山節考』とか山林が国土の7割以上を占めるこの国の原風景とその生活の厳しさを思い知った。憧れていたものの正体が何だったのか。7割の山林のためにどれだけの人が犠牲になり、努力の元に「里山」や「宿場町」を守り続けてきたのか。観光地化が十分に進んでいる中仙道ですらあの有り様。藤村はよくこんな僻地まで来た(*_*; 日本人は強いと思う。凄いと思う。理不尽に従い、それが結果として地域を活かすことに繋がっている。素晴らしい木と山と水の景色。水田が広がる平野育ちのコンプレックス、「家 」の伝統的なやり方を知らないコンプレックス。宗教も思想も全く理解できないけれど、切ないまでの必死な想いはどの方面からも伝わってくる。わからないことが悔しい。知らないことが苦しい。羨ましい。大好き。どう捉えて、形容して良いかわからない。圧倒される、そこに生きてきた人々と通り抜けてきた人々の想いに。自分は何て薄っぺらなんだろう。父が生きていたら。お土産あげたかった。感じたことを伝えたかった。もう叶わないけど、その土地で父より早死にした人はいっぱいいただろう。混乱する。どう捉えて良いかわからない。でも、もういないこともお土産を渡せないことも、やたら友人たちに父の話をしてしまう自分にも気づいた。そして帰って来た母の機嫌の悪さ(^-^; 結局代わりに弟が行ってくれたから、私は私で楽しんでいるアピールのメールすらウザくて困ったと言われた。二人で楽しみにしていた集まりで、父が逝ってしまった後も性別比一緒にしてほしかったから弟と母が心置きなく参加できるように金銭と体調的に厳しくても無理やり旅行組んだのに。苦しい。何やっても空回りみたい。母は(私と合わなさすぎるから)妹の嫁ぎ先についていきたがってるし、でも向こうはお義母さんもいて絶対迷惑だろうからそんなことさせられないし、でもこのままじゃ転職活動なんかできるわけない。死にたい。やっぱそれしか考えられない。一通り会いたい人に会って巡れるだけのとこ行ったら終わりにしたい。もういい。沢山。もう無理。何をやっても上手くいかない。生まれてきたことが申し訳ない。関わって面倒見てくれた友人知人勤務先に迷惑をかけることだけが心配。存在をなかったことにしてほしい。何で存在しちゃったのか、息し続けないといけないのか本気で謎。どうすれば良いんだろう。還りたい。死にたい。無になりたい。
追記
やっと実感できた=現実として直視できたのが今だから、まだまだ全然受け入れられていないことも乗り越えられていないことも改めて学んだ。何で死んだの、ってずっと思い続けている。嘘だって泣いて叫びたい。何でこんな短期間で色々忘れかけてんの。私ただ単に逃げてただけだ。向き合うの怖かった。自分が何もかも崩れちゃって仕事にも行けなくなる。気持ち悪い。吐きそう。お腹痛い。泣きたい。死亡の連絡なんか取りたくない。近い歳の人も、彼より何十年も生きた人のも。自信がない。マトモな精神でいられるか、電話口で発作や嗚咽しちゃわないか。限界だよ、限界、限界・・・でも母は(以下略)母のせいにしてるだけなんだろうか。どうすれば良いかわからない。死にたい。一昔前の木曽路もしくは東北の寒村に住んでた人よりよっぽどマシな生活なんだとはわかってる。でももういい。終わりたい。人の皮から解放されたい。終わりたい。
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桃の花がデフォルトで紅白ピンク混ざってる。桜と藤が同時に満開(@_@;)

この岩スゲー好き。

端午の節句の展示が面白かったー((o( ̄ー ̄)o))
道々の家の戸口にある紙の鯉のぼり?も風情があって良いです。
ワンコイン荷物配送サービスもあるし、馬籠~妻籠間はまさに木曽路!ってとこ歩いてちょっと若めなら二時間もかからないくらいだからハイキング絶対オススメ(^^)b 熊とかハチとか雪とか、季節によっては注意が必要かもですが・・・。
この岩スゲー好き。
端午の節句の展示が面白かったー((o( ̄ー ̄)o))
道々の家の戸口にある紙の鯉のぼり?も風情があって良いです。
ワンコイン荷物配送サービスもあるし、馬籠~妻籠間はまさに木曽路!ってとこ歩いてちょっと若めなら二時間もかからないくらいだからハイキング絶対オススメ(^^)b 熊とかハチとか雪とか、季節によっては注意が必要かもですが・・・。
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旅行行くと大体何事も期待以上過ぎてビビる。


水力発電なんだぜ・・・(@_@;)

忘れちゃいけない名物!甘すぎなくて上品な味☆

そしてこの絶景♪ヽ(´▽`)/

最後宿の食事。残したけど、できる限り頑張った( ̄^ ̄)=3

食事後、私が生まれる前に行ったことがあるという外国人のオジサマに「仙台は津波から復興したの?」と話しかけられ、答えられなかった。英語でだけじゃなく日本語でも伝えることが難しい。100%立ち直ったとは口が裂けても言えないけど、前に進んでいこうとしている人たちの努力を無だとは表現したくない。でも遠くから気にかけてくれる人がいること自体が心からありがたい。嬉しい(ノ_・。)
水力発電なんだぜ・・・(@_@;)
忘れちゃいけない名物!甘すぎなくて上品な味☆
そしてこの絶景♪ヽ(´▽`)/
最後宿の食事。残したけど、できる限り頑張った( ̄^ ̄)=3
食事後、私が生まれる前に行ったことがあるという外国人のオジサマに「仙台は津波から復興したの?」と話しかけられ、答えられなかった。英語でだけじゃなく日本語でも伝えることが難しい。100%立ち直ったとは口が裂けても言えないけど、前に進んでいこうとしている人たちの努力を無だとは表現したくない。でも遠くから気にかけてくれる人がいること自体が心からありがたい。嬉しい(ノ_・。)
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5年くらい前までは、お揃いのもの付けてようが買おうが「お友達ですか?」「お付き合い長いんですか?」だったのに今日初めて遂に姉妹認識食らった・・・「違いますけどまぁそんなようなもんです( ´―`)」とビックリし過ぎてよくわからない返答をする結果に(笑) だって見た目全く似てないのに(^-^; 幼なじみ子連れで私が構ってたせいかな? 自分たちや親たちから何故か相手の状況やタイミング察知できたり、着こなしや使い方違うけど同じもの持ってたり、色違いで物持ったり揃えるのフツーな感覚で育ってきたので(何つーか根っこが近い)、「よくわからんし進んできた道や趣味も違うけど通じるのは元双子だったんやな」と冗談みたいに言ってることはあったけど、ここまで来るとキモい? キモいレベル赤の他人なのに?\(^o^)/ 私ホント相当依存してる。あと子供かわいすぎてしょうがない。大好き。こんなに好きなのになぁ。育てるのはホント大変だと思うし、自信もないけど「あー私には一生無理なんだな」って考えると泣きたくなる。母もその点はわかってくれたらしく、「アンタ本当子ども好きなのにね」と言われたからちょっとは気づいてくれたのかも。最近も「そう思い込んでるだけ」説得されたけどな、全然相手に落ち度のない、むしろ人として尊敬しているレベルの、普通に良い夫や父親になれそうな人を自分ごときの問題で煩わせたくないですよ。しかも友人としては何ら問題なくぜひお付き合い継続希望な相手を一生失ってしまうことになるんだから。かと言って行きずりのナンパとかもっと無理だし。(逃げた先逃げた先追っかけられてトラウマになった)うおぇ気持ち悪いやっぱ無理。あー何でこうなんだろ。子ども欲しい。愛しい。可愛い。いざとなれば家庭に逃げられるのも親に孫の顔見せられるのも羨ましい。違う、すべての子供生んで育てているマトモな人間様を尊敬する。引き取った以上は某同性カップルにも、ぜひとも育児を頑張ってほしい。男性同士なら少なくとも経済的に余裕を失う可能性はきっと少ないだろうから。羨ましい。羨ましい。マトモになりたかった。自分つー存在がやっぱ間違いだったな、申し訳ないと思う。
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