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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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人生の内で最も短く、最も長い3月が終わります。今のところ二番目は昨年の3月。手術直後の身体は全く思うように動かず、もう一生元には戻れないんじゃないか、と不安でいっぱいでした。けれど今、私は乗り物にも乗れるし買い出しの列に並ぶこともできます。だからきっと立ち直れると信じたいです。生きている限り、良いこともある。その“良いこと”を待てる喜びを噛みしめなければ、と。「頑張ろう」とか意識する前に、とにかく生きて生きて生きていかないと。それが一番がんばって、踏ん張って、乗り越えていくこととイコールになると信じたいです。

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一番失くす可能性が低いものを失くした子たちは一体どれだけのものを失ってしまったんだろう、と考えると胸が痛みます。地震が起きてから家中をひっくり返しているのですが、まだ全然足りていない場所やものがあるのだろうな、考えるとやるせない気持ち。こんなことくらいしかできないのに。でも何とかできることを探して、迷惑にならない範囲で頑張らせていただきたいと思います。

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そんなに大きくなくて地味だけど山も海も畑も田んぼもあって、食べ物は本当においしい。山側からは夜景も海も見えて凄く綺麗でした。役所の方も凄く親切で、大きなまちから越して来た時はビックリした。好きだったのはどこまでも広がる田園風景。田んぼの近くで育ったので、春は緑に、秋は黄金に色を変える鮮やかな景色が好きでした。帰省で飛行機を利用するようになってからは、空港離着陸時の海に突っ込んでいく感じも好きだったなぁ。キラキラ光る水面に小さく船が見えて、砂浜と松林と田んぼと・・・。
三陸とは違って、こちらの地域の方はまさか津波が来るとは思っていなかったと思います。平野なので、ヤバイと気づいた時にすぐ駆けあがれる高台も、流されたものが引っかかるような岩場もなかったのだと思う。なんで、なんで、が止まらない。自分のまちを地獄みたいだと例える日がくるなんて、信じられない気持ちです。

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今は非日常で普段とは全く違う状況だからみんな頑張れているけれど、これが元の日常に戻った時、そこにあるはずのものが消えている事実に耐えられるだろうか、と。
集団疎開も検討されていますが、お年寄りには相当キツイと思います。西日本に住んでおりましたが、正直言って地元とは言葉も、食べ物の味も、歩くスピードも全然違っているように感じました。若い人は順応力があるからいいけど・・・。でもここにいて壊れた町を見続けるよりはいいのかもしれない。
非日常が日常となっている今もつらいけれど、日常が日常に戻る日が怖い。

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一生分揺れたから、もうホントいいから・・・!
水道止まってる地区の給水が一回2リットルになったそうです。復旧している地域だって、水道から流れてくる水をすぐに飲めるわけではありません。関東の水が放射能でやられてミネラルウォーターが届かなくなったら一体どうしろって言うんだろうorz 人災にも程がありすぎる。燃料週末には回復するって言ってたのにガソリンはますます入れられなくなりました。介護が必要なお年寄りはもう2週間入浴ができていません。このままでは脱水や餓死で亡くなる方が出るかもしれない。
どうにもならないこともあるのに、ついここで吐き出してしまってすみませんm(__)m

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