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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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敏感なことを扱うのでそういう仕様にしましたm(_ _)m コメントありがとう。
人や地域によって受け止められる容量やスピードが違うから、色んな考えや感じ方があって、被災地の中でも分かたれて決まらないことが沢山あるよね。それを悲しいと思う気持ちと、いやそれでこそ現実だよな、と考える気持ちでモヤモヤする部分を一番ストレートに言葉にできそうな世代に託してみました。セレモニー的に振り返るんじゃなくて現在進行形の現実を考えてほしいし忘れないでほしいと思うわ。


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八万打記念。震災絡み、亡くした者とフネの話。
一部の方を不快にさせるような表現がありますのでご注意願います。

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大きな大きな鉄の塊は、日に日に茶色く錆びていく。かつてフネと呼ばれたもの、形は分かるしまだ読み取れる字も残されている。近づくことは許されないが、遠目に見ても俺の身体よりずっと大きい――恐らくは以前住まっていた家よりも、何倍も大きいのだろう。初めてアスファルトの車道の上に乗り上げたそれを見た時の衝撃も、今ではよく思い出せない。いつの間にか溶け込んでしまった。乾いたヘドロの粉塵と共に鼻をつく潮の臭いにも、寄せられただけの瓦礫の山にも。月日は過ぎて、青々とした雑草が家の跡地にも茂っているのだ。ある意味で最近話題のエコロジー、緑地化が進んだじゃないか。コンクリートに固められていた家々が流されて、また自然が本来の姿を取り戻そうと、それであれが起きたのかもしれない。厭世的な気持ちで海を眺める視線の先には、“フネ”の早期撤去を訴える垂れ幕と“遺構”に認定されたことを報せる行政の看板とが並んで掲げられていた。学校でも、皆の意見は割れている。誰もが誰かを、何かを失って。初めての経験、初めての傷、若い俺らに正しいことはわからない。
幼なじみのいのりは毎日、あのフネに花を捧げに行き、時々メディアのインタビューにも答えているようだ。色を脱いていた髪を戻して、きっちり二つに縛ったりして。制服もちゃんと着て毎日学校にやって来る。両親のいない彼女をたった一人で育ててくれたばあちゃんは、今も行方が分からない。反対に優等生だった万起也は、授業をサボりがちになった。垂れ幕と一緒に役場回りと署名集めに忙しいと噂されているのを聞いた。あのフネに潰されたかもしれない伯父さんのことを考えるといても立ってもいられないんだ、って。じゃあ、俺は――? と聞かれても、何とも思わないことは答えられない、どっちでも良いと言うしかない。俺の大事な人はあそこで死んだわけじゃないし、あれがあってもなくても、元あったものが失われたことは、戻ってこないことは同じだから。そんな俺は、冷たすぎるって言うのかな? 未来へのビジョンが無い、って批判されてしまうのかな?
忘れたいという気持ちは忘れられないからこそ生まれ、忘れたくないという気持ちは忘れかけているからこそ強まってしまうと聞いたけれど。じゃあいのりは忘れかけているのかな? 何も残っていないから、怖くて、申し訳なくて残したいと望むんだろうか? 万起也は逆に、忘れられなくて苦しんでいるのだろうか? あの日の雪も、火も、煙も、寒さも、静寂も、底知れぬ恐怖も――何も意味が無いじゃないか、あっても無くても、俺たちは傷ついて、そこに確かに痕は残る。忘れることは癒しではなく、進むことは救いなんかになり得ない。
 
「今度はBKAが来るんだって、八太知ってた?」
 
不自然にはしゃぎながら告げてくるいのりの、すっかり化粧っけのなくなった横顔を見ながら俺はため息を吐いた。
 
「何だ、次の週末もイベントかよ……ホント仮設って休みねぇな」
 
「ちょっと、ちゃんと顔出しなよ? 若い子少なくて自治会長さん困ってるんだから」
 
次々行われる復興支援のイベントは、俺らの心を摩耗させる。大体高齢化の良いだけ進んだ地域だって、ちゃんと分かって来るんだろうか? 小さい子供のいる家族は、それぞれどこか便利なところに適当なアパートを見つけているし。初めは有名人に会えることが嬉しかったりもしたけれど、『頑張って』のオンパレードは正直つらい。そんなことより船と加工場直してもらった方が、することなくてバタバタ寝込んじまってるじいちゃんたちもよっぽど持ち直すと思うんだけどな。復興特需っつっても外の人間が来るだけで、地元のやつらにできることは凄く限られてるんだよなぁ……。
 
「ヤマちゃん、BKA好きだったじゃない? だから八太が代わりにサインもらってくれたら、きっと喜ぶとおも……」
 
「うるせぇ」
 
不機嫌に呟いて俺は薄っぺらな引き戸を開け、ピシャリと閉じた。どうでも良いんじゃない、覚えている、こんなにも――忘れていない。最後に交わした会話、次のシングルを予約した話、今年の総選挙は誰に入れるだとか、街中の店に新しいカードが入ったらしいだとか。あいつホント馬鹿だ、直前まで、当たり前みたいにその先の春も夏も秋も来ると思ってた。“次”の時間が無いなんて、考えもしてなかった。一緒に、逃げろって言ったのに。携帯電話は揺れの直後、ちゃんと繋がったはずなのに。あいつ、裏手の神社に逃げたからって。学校来てたら助かったのに、遅刻してきたいのりみたいに、半狂乱になってばあちゃん助けに行くって叫んで、先生たちに羽交い絞めにされてたいのりみたいに。何であの日に限って腹なんか下すんだよ、だりぃなんて、どうせサボりだったんだろ、なぁ?
 
倉庫みたいな、体育館の空気はいつにも増して冷たくて、乾燥している冬のはずなのにどこか湿ってクサかった。あちこちからすすり泣きが漏れて、そこら辺にいる警察官の姿がドラマみたいで。特に親しくもなかったはずの女子が顔を見れないと泣いていた。じゃあ何で来たんだよ、とイライラしながら覗き込んだ顔は、思ったほど酷くなくて拍子抜け。余り時間が立っていなかったせいか? 寒いから? 長い時間、水に浸からずに済んだから――?
 
『この子ね、すぐに弔ってあげられないの』
 
おばさんが目をハンカチで押さえながら呟いた。
 
『火葬場がいっぱいだからね、一回土に埋めて、後でまた荼毘に付さないといけないのよ。だから……せめて、申し訳なくてっ』
 
わっと泣き伏したおばさんに、俺は気の利いた挨拶の一つもできず、何も言えないまま今日まで来た。あれから、近くの親類の家に移ったと聞くあいつの仏壇を、一度も拝むことができずにいる。親友だった、一番の。一生の。あいつ以上の友達なんてできないだろう――死んだからそうなった。死ななければわからなかった。どっちにしろ無かったことにはできないのだ、あの日、あの出来事、あれから先の時間は今の俺の心にとって。それなら受け止めて、一緒にもがいて苦しんで、抱きかかえて歩いていくしかないだろう? その覚悟はまだ、十分あるとは言えないけれど。“モノ”はあるも無いも同じ。“伝えること”の意味はわからず、ただひたすら、もうこんな思いはしたくない――だから言いたくなくて、でも知ってほしくて、だから捨てたくて、でも棄てたくなくて。
ゴウンゴウン、瓦礫の音、工事の音、壊す音、生まれる音。強い風は磯の香りではなく臭いを運び、それでも冬の日は美しい。凍える海の中顔を出す太陽も、朱に染まる平らな街の骸も――始まり。終わり。あの夕暮れ、帰りがけの会話。繰り返し思い出す、覚えている、こんなにも。消えない、いつか消える日が来たとしても、存在を忘れることはきっと無い。起こったことはなかったことにはできないから。
 
「ごめん!」
 
と外から叫ぶいのりに
 
「いいよ」
 
と言って戸を開けた。
 
「誰が来んの? あいつの推しメン、去年脱けたと思ったけど」
 
何てことない会話に泣きそうになる彼女に向けて苦笑すると、
 
「ワガママだよ、二人とも」
 
とこちらも小さな笑いがこぼれた。小さなことを積み重ねて、俺らは大人になり、確かに“進んで”しまうのだろう。やがてあの日から、この場所から、遠ざかる日がやって来る。それでもきっと――生きている限り、まっすぐに伸びた時間の中に彼は、彼らは、あの日は確かに刻まれて。続いていくのだ、あの日の上に、この先の日々が。
もうすぐ、三年目の春が来る。






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八万打記念にしようとして数字入れる余地もない別物になってた件。

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緑の瞳には魔が宿るのだと言う。それを教えてくれたのは、いったい誰の声音であったか――
パチリと目を見開いた赤子に手を伸ばそうとしたレスターのこめかみに、一瞬鋭い痛みが走る。
 
「何だ……?」
 
音と色と光の洪水、怒涛のように押し寄せる記憶と感情の波。
 
「あなた、どうかして?」
 
心配そうに彼の腕に触れた妻を
 
「大丈夫だ」
 
と振り返ろうとして――レスターは気づいてしまった。妻の瞳は青だ、緑ではない、彼が愛した、この赤子と同じ色を持つ瞳の主は。
 
「レスター! クレア! よく来てくれたね、嬉しいよ」
 
ドクン、ドクン、心臓が酷く脈打ち鼓動が増す。明るく笑いながらこちらへ手を差し出す男ぶりの良い青年は無二の親友、そして彼は今日その赤ん坊の誕生祝いのために屋敷を訪れたのだ。何故ならば――
 
「義兄さま、姉さま、わざわざ足をお運びいただきありがとうございます。この子も、お二人にお会いできてとても喜んでいると思いますわ」
 
緑の瞳、艶やかなブルネットの髪を流して、レスターを義兄(あに)と呼んだ彼女こそが、彼の愛する人のはずだった。本当に心から、二人は愛し合っていたはずだった――何故だ? ヴァイオラ? レスターの目に込められた必死の問いに、彼女はわずかに目を瞠り、ふと赤子に視線を逸らして息を吐いた。魔法が、解けてしまったのね――その後に向けられた苦笑のような表情(かお)に、レスターは絶望しながら黙りこまざるを得なかった。
 
クレアとヴァイオラの姉妹の実家であるメルヴィル家とレスターのリヴァーモア家はかねてより深い付き合いがあった。物心ついた時には両家の子女を結婚させようという計画があり、年の近いリヴァーモアの跡取りレスターとメルヴィルの長女クレアの婚約が暗黙の了解のごとく進んでいた。けれど人の心とはうまく行かないもので――年に幾度か互いの家を訪ね、社交界にデビューを果たして夜会で顔を合わせる内、レスターは姉のクレアではなく妹のヴァイオラの方に惹かれるようになってしまった。クレアより二つ年下のヴァイオラの反応も満更ではなく、やがて彼女はレスターの気持ちに応えるようになった。晴天の空のような美しい金の巻き毛に鮮やかな青の瞳を持つ姉とは違い、深すぎるブルネットに緑の瞳を持つ彼女のことを、暗い森の沼と揶揄する輩も周囲にはいた。思ったことをハッキリと口にし、年かさのレスターにも物怖じせずに振る舞う姉を羨んでいた彼女だからこそ、憧れの幼なじみ、姉と想い合うはずのレスターが自身を選んでくれたことに歓喜したのだ。
 
『私は分かりにくいでしょう? 目立たないし、いつも上手く自分の気持ちを伝えられないの……。大事にしようと思うほど、どの立場に立てば良いのか、どうすればお互いを傷つけずに済むか悩んでしまうのよ』
 
『それはおまえが優しいからだ、ほかの人間には無いヴァイオラのそういうところが、私は好きだ』
 
触れる唇の熱が愛しく、肩に回る柔らかな腕と甘い匂いに目もくらみそうなほど――彼らは想い合っていた、深く、確かに。
 
『ヴァイオラ、私と結婚してくれ。クレアと私の婚約は親同士の取り決めだ、おまえだってメルヴィルの娘だろう? 変更して不都合なことは無いはずだ』
 
『レスター、待って。あなたと姉さまは、幼い頃から……長い間、ずっとフィアンセとして過ごしてきたわ。時間が要ると思うの、余り急いて事を荒立てては……』
 
早期にクレアとの婚約解消とヴァイオラとの結婚を望むレスターに対し、ヴァイオラは曖昧に言葉を濁しながら、頑なに二人の仲を周囲に打ち明けることを拒み続けた。彼女は知っていた――気位の高い姉が、いつも憎まれ口ばかり叩く婚約者を本当は好ましく思っていることを。姉と似ても似つかない自分の実母が本当は当主の妹で、屋敷の下男と駆け落ちの挙句うらぶれた街で命と引き換えに産み落とした赤子が己なのだということを。家の体面のためだけに引き取られた立場のヴァイオラと、大事な取引相手であるリヴァーモア家の縁など誰も喜びはすまい。そしてまたその複雑な立場で育まれたいささか自虐的な歪んだ不信を、彼女は恋人に対しても向けてしまっていたのだ。
 
『一つ、約束をしましょう。レスター、あなたは私を好きだと言うわ。姉さまよりも愛していると。私といることが幸せだと。でもそれが本当かどうか……試してみたいの』
 
あれは彼とクレアの婚約披露の夜だった。辛抱の限界に達したレスターは人目につかない薔薇の茂みにヴァイオラを引き込み、この機会に彼女との関係と新たな婚約を公にしたいと強く恋人に訴えた。すると彼女は困ったように微笑んで人差し指をレスターの唇にあて
 
『私の目を見て、レスター。あなたは今から、私とのこと、私を愛したことも、愛されたことも全ての記憶を忘れるわ。……思い出すのは、そうね、あなたが本当に“私”を忘れてしまった時、私と過ごすのではないこの先の世界で、幸せを感じた瞬間にきっとすべてを思い出すのよ』
 
それは彼女の賭け、祈り、呪い。己のいない時間の中で彼が幸せになれるはずがない――なってほしくない。猜疑と執着の果て、ヴァイオラは深く澄んだ瞳で男を見た。
 
『何を……言っているんだヴァイオラ?』
 
『緑の瞳には魔が宿るのよ……だからこれは魔法。お願い、レスター、私の魔法にかけられて?』
 
深く暗い沼の底に突き落とされるように、レスターの記憶は沈んだ。ほどなく彼とクレアの婚約は正式に披露目され、翌年二人は結婚する。今では立派な跡取りさえ生まれているのだ、レスターは
 
「とうさま、ぼくもごあいさつ!」
 
と駆けてくる幼い子供の身体を受け止めながら震えそうになる腕を必死に止めた。
一体どこで間違ったのか――ヴァイオラに最後まで自分の気持ちを、認めさせることができなかったから? 妻が己に向ける慕情のこもった眼差しを、無視しきることが叶わなかったからだろうか? ヴァイオラ、ヴァイオラ、緑の魔女よ――おまえは何を、望んでいた?
 
 
~~~
 
 
キースがヴァイオラと初めて出会ったのは親友の婚約披露の席だった。華やかな宴のテーブルから離れた薔薇の茂みの中で、彼女は一人うつむいて涙を流しているように彼の目には見えた。
 
『どうしたの? 君、大丈夫?』
 
慌てて駆け寄ったキースに彼女は首を振って
 
『ちょっと……失恋しちゃったの』
 
と懸命に微笑んでみせた。その潤んだ緑の瞳に、彼は一目で恋に落ちた。親友レスターの婚約者、クレアの妹であるヴァイオラに。大学で知り合ったレスターは名家の出でありながら気取ったところがなく、貧しい育ちのキースとも対等に向き合ってくれた。自ら事業を起こしそれなりに豊かになった今でも、気兼ねない付き合いのできる大切な親友で尊敬する男。彼女が泣いたのが彼の婚約に対してなら、悔しいが納得できる、とキースは思った。濃い栗色の髪、理知的な瞳、整った鼻梁――どこから見ても文句のつけようがない魅力的な男だ。それも彼女の姉が相手だというのなら、幼い頃からそう見られてきた二人だというのなら余計にどうしようもないだろう。キースは彼女を慰めようと必死に手紙を書き、忙しい日程を調整してはささやかな土産を携えて彼女の家を訪ねるようになった。
 
『お優しいのね、ラムゼイさん。もう大丈夫だと言っているのに……』
 
『キースって呼んでくれよ。それにこれは、優しさなんかじゃなくて……』
 
大きく見開かれた緑の瞳に、そっと上からキスを落として。真っ赤に染まった滑らかな頬に、彼はもう一度唇で触れた。嫌がられはしなかった。そのことが、キースに大きな自信を与えた。二人の交際にヴァイオラの家族から強く反対されることは無かったし、キースは根なし草も同然、親友の恋をヴァイオラの義兄となったレスターもまた苦笑まじりに見守ってくれていたように思う。かくて二人は先年結ばれ、初めての子宝に恵まれて、祝福の中幸せの絶頂にあるはずなのだが――
 
「レスター?」
 
目の前の親友から漂う、この酷く重い、澱んだ空気は何だろう? 強い怒りを孕んだような、何かを激しく責め立てるような――混乱と慟哭、そして燃える嫉妬の眼差しが、キースと家族に向けられていた。
 
「……ご気分がお悪いのでしたら、木陰でお休みになられては?」
 
そんな空気を意に介する素振りもなくニコリと微笑む妻の顔にもどこか禍々しいものを感じ、彼の背にじわりと冷たい汗が滲んだ。まさか、自分は間違っていたというのだろうか――? レスター夫妻が初めから愛し合っていたように見えたのも、彼女の恋が片思いに終わったというのも、どうして、どうしてこの緑――穏やかな木漏れ日の影が眩い反射光へ姿を変える瞬間に、惹かれぬ者がいるだろうか。……それでももう、後戻りはできなかった。
 
「いや、レスターは薔薇の香りに酔ったんじゃないか? 返って日のあたらない家の中に入った方が良いかもしれない」
 
妻の腰を強く抱き寄せて、キースはじっとレスターを見すえる。かつて向けられたことが無いほど飢えた憎しみの眼差しでこちらを射抜く親友からは、確かに同種の想いを感じた。そしてその傍らに立つ彼の妻は、すがるように不安げな目で夫を見ている。彼女は知っていたのかもしれない、夫と妹と“魔法”のことを。それ故に恐れているのか、だからこそ縛れるのか。しがらみに囚われた彼らの魔法は、そう簡単に解けはしない。解かせはしないだろう――きっと自分が、そうはさせない。







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えー・・・結構うまく描けたと思ったのに(- ε -) 他県の子にもアレで送っちゃったよ。むすび丸は海苔部分が口みたく動くよね!仙台空港でご当地くまモンのストラップが売っててむすび丸グッズの影も形も無いのが非常に遺憾ではあるけど、クマじゃないから仕方ない(´-`)=3 でもお米は宮城のササニシキが一番だと思っているので、むすび丸がササニシキ製なら嬉しいです。今年もよろしくー。


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Summer Snow』関連作。『秋に漂う』で触れられた燐の王女の話。

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「面を上げよ」
 
初めに響いた声は通詞のそれより随分と若い。顔を上げた春椛と弟の春光は、そこで彼らより幾らか年かさに見えるはずの西の王の姿に目を見張った。背後には今や忌々しい仇と化した、隣国の女が控えている。お笑い草だ――悪趣味な“東洋趣味”に覆われた部屋の中には、彼らの国のそれよりもいささか控えめに香の匂いが漂っている。それがまた、この場の異様さを増していた。正式な謁見など認められぬ彼らが頼らざるを得なかった唯一の糸は、屈辱的なことにかの女の情けだった。環と組んだ、否、強引に巻き込まれた戦に敗れて後、燐の地には動乱が続いた。環・帝国・西の勢力の三すくみに対する見解の食い違いからただでさえ揉めていた王子たちの内、環との結び付きを積極的・肯定的に進めていた王太子・春藍は戦死。その悲しみに憔悴し斃れた王の後継を巡って第二王子・春光と未だ幼い第三王子・春寒を要する一派が争う中、突如進攻してきた北方の羅須族に燐の北部は占拠された。慌てて帝国に訴え出ようとした燐の王城に届いたものは、
 
『北燐を羅須族の領土と認め、これに従う統治者として旧燐国第三王子・春寒を任じる』
 
という都からの手酷い報復だった。帝国にとっては己を裏切った燐への制裁であり、徐々に力を増す北の蛮族への“砦”の構築をも目的としていたのだろう。だが長兄が亡くなった以上、次に燐を支配すべきは己だと信じてきた第二王子・春光はそれを許しがたい暴挙と捉えた。
 
「我が国を分断するだと!? 環のために戦に巻き込まれ……たかが“太守”の奴隷のように扱われ、その果てがこれか! 兄上は本当に何と愚かな過ちを……! だが最早こうなれば、帝国には頼れまい」
 
屈辱を飲み、彼は覚悟を決めて西の地へ赴く――かつて血で血を洗うほどの激しい戦をした敵の元へ、燐が被害を被った証としての姉を連れて。
 
「我らは環に組することも戦を起こすことも、何も望んではおりませんでした。気づけば無理に組み込まれ、虐げられて……挙句国土を奪われるとは、余りのことにございませぬか。どうか貴国の優れた正義と平等の名の元に、我が国にご助力いただきたいのです」
 
憎々しげな鋭い眼差しが、国王であるフェリクスを通り越して背後の女――雪夏へと注がれた。それを遮るように、年若い王の白く大きな手が舞う。
 
「南燐の権益は認めよう。あなた方は他のどの国からも独立した存在として我がオーデンが味方につく。自治領である環と共に、誤った慣習を続ける国々への砦として邁進してもらいたい」
 
牽制の込められた言質を受け取り、春光は嗤った。なるほど確かに“彼ら”にとって果ての地は、己が手の中に確かに掴んでおきたい玉なのだろう。だが――
 
「陛下には随分と“東”の女がお気に入りのご様子。傷があっても構わないとおっしゃるなら、ここにおります我が姉も、お役に立つかと存じますが……」
 
春椛自身が弟の揶揄に気づく前に、西の王は不愉快そうに顔を歪めて立ち上がった。
 
「……僕は別に、黄色が好きなわけじゃない」
 
初めて見せた年相応の王の表情と共に吐き捨てられた言葉の意味を解さぬまま、彼女は顔を上げた。
 
「待って!」
 
立ち去ろうとする青年の太い腕に抱かれた背中に、春椛は声を張り上げた。
 
「夏月は……あの人はどこにいるの?」
 
わずかに振り向いた黒の瞳が、みるみる内に大きく見開く。
 
「……最後まで父と共に城に在ったと、そう聞いております」
 
絞り出すようなその声に、雪夏は主の腕をそっと払い、真っ直ぐに震える女へ歩み寄った。
 
「死んだって言うの? そんなの嘘! ならば何故、骨の一つも見つからないの? 辞世の句も、遺言だって残っていやしない。許せない……許せないわ、私は言ってやりたいことが沢山あるのに」
 
すっと伸びた目じりから滴った雫が、女の衣をかすめて落ちる。幼い頃から見知った彼女の嘆きに雪夏はそっと目を細め、痛ましげに瞼を閉じた。言いたいことも、言えないことも――複雑に絡み合う感情が、二人の間を行き来する。何て変わってしまったのだろう、手を繋いで花輪を編んだ娘たちは。
 
「セッカ、もう良い。彼女には環が手厚い償いをするだろうし、僕らも助けるよ。さぁ行こう、身体に障る……」
 
身重の“妻”を慮るように優しく手を引く青年の姿を見て、春光は反吐を吐きそうな唇を懸命に噛みしめ、体を小さく震わせた。元々帝国へ反旗を翻すことに否定的だった彼の立場からすれば燐をそちら側へと追い込んだ環の所業は完全なる悪であり、実際に戦の結果は惨憺たる有様で、西の夷に頭を下げるような事態にまで陥ってしまった。全ての因果を作り出した憎い隣国の、更には夫の仇の妾に身を落とすような輩を不快に思わずにいられようか。あまつさえ彼らの価値観の何もかもを壊しておきながら、雪夏は泰然とその立場に甘んじているように見えるのだ。
一方で姉の春椛はそのような弟の苛立ちなど気にも留めず、うつむき静かにその場に佇んでいた。恥辱も打算も憤りもなく――いや恐らくはそれすら超えて、彼女はただ一人の男のことを考えていた。彼の行方を聞くためだけに、春椛ははるばる西の地へとやってきたのだから。
 
「夏月……」
 
呟きが響いた途端、弟の顔は奇妙に歪む。
 
「姉上、いい加減にいたしませぬか! オーデンの王の前でいらぬ恥をかいた!」
 
春光の怒りは当然のことだ。夏月、それは春椛の夫であった男の名。彼女が強いて縁付けられた、環の国の兵士の名。婚姻を以て環と燐の融合を図り、間に生まれた子を王にする――その約定を環が裏切った、燐にとっての屈辱の象徴。彼は太守の家筋でも貴族の血を引く訳でもない、ただの兵、ただの男だったのだ。だからこそこれほどに、春椛は執着するのだろうか。“王族”としてではない“春椛”という女ただ一人が手に入れた、たった一つのものだったから。この地の青く冷えた空は、慣れ親しんだ白い花の季節を、どこか思い起こさせる。
 
 
~~~
 
 
東の果てでは夏の日差しが段々と弱まっていき、空気が澄んで冷えていく頃が最も過ごしやすい時期とされる。普段は思うように外出もままならない春椛が久しぶりに連れ出された街の外では、無窮花が盛りと花を付けていた。この地にも故郷と同じ花が咲くのか、と思わず母国の名を口にした春椛の肩を、あの日の夫は強く引きつかんで止めた。
 
『ここは環だ、それは木槿と呼ぶ』
 
しかつめらしい顔をした彼の言葉にうつむく彼女の耳元に、夏月は
 
『申し訳ありません……けれど自分は、軍人なのです』
 
と小さく、流暢な西の言葉で囁いた。二人の傍には、常に“影”の気配があったから――
 
幼かった昔、春椛の夢は天子様の後宮に上ることだった。彼女が生を受けた燐の国は東の帝の血を引く“王”の統べる国であり、元々帝の臣として遣わされてきた“太守”や現地の民から選ばれた長が任じられる“首長”の治める近隣の国・環や練とは異なるという自負が培われてきたからだ。王家の姫だけが立つことのできる后の位に昇ることを、少女はいつも夢見てきた――例え“帝国”の権威が形だけのものになりつつある中でも、顔見知りの太守の娘が婚約し西に旅立ってしまっても。己だけは違う、燐だけは異なるのだ、最後まで天子様に忠義を尽くし、決して西に迎合などしない。そう考えてきた春椛の思いを裏切ったのはあの日の兄のたった一言。
 
『そなた、環へ嫁げ。我が国は今日より帝国から独立した環と行動を共にする』
 
寄せられた眉に、低い声音。いつになく厳しい態度だった。
 
『お待ち下さい、兄上! 我が国は天子様の血を引く由緒正しい王の血筋ではございませぬか。西に媚びへつらい、その色に染まったあのような国に、何故姉上を……!』
 
ガタリと立ち上がり声を上げた第二王子・春光をたしなめるように、今度は父王が大きく咳払いをした。
 
『環はその王の血を望んでおる。よく聞け、春椛。これはかねてより環と協議していたことなのだ。環側は我が国と統合した暁におまえの子(・・・・・・)を王に据えても良いと言うてきておる。否、むしろ“そうするため”に儂はこの案を呑んだのだ』
 
驚きにピクリと跳ねた娘の瞳を、王は真っ直ぐに覗き込んだ。
 
『環には西の知恵と技術がある……何、所詮は夷、完全に取り入ることは叶わなかったようだが、西と通じたことで帝国の反感を買い、この地で孤立した環を取りこんでおくに悪いことは無い』
 
『それのみならず、帝国は今、北の羅須にも脅かされている。北とも境を接する我が国が環と羅須、双方に責め立てられたとて……都が救いの手を差し伸べるとは思えぬ。そんな余裕があるとは、な』
 
父の言を継ぐように重ねられた兄の言葉が、その場を静まりかえらせる。世継ぎとして都に遣わされ、学問と知見を得るため三年の時を彼の地で過ごした彼の言は重く不気味に鼓膜を揺らした。
 
『ですが……ですが兄様、雪夏は、環の太守の娘はこちらに戻ってきたのではありませぬか? それは……それは』
 
環は独立の後ろ盾であったはずの西の大国と決別し、帝国だけでなく彼らまで敵に回したのでは――? 円満な結末であるならともかく、戻ってきた彼女はすぐに他国へ嫁ぎ、環は軍備の増強を急ぎつつあるとのきなくさい噂が、女たちの口端にまで上がっている。ならばその隣に位置し、帝国の中でもさほど大きいとは言えない立場の燐が環と結ぶことは、果たして得策と言えるのか。
 
『仕方あるまい……望むと望まざると、いずれこの地は戦場になる』
 
それは不吉な予言。避けられない運命だと、兄は考えていたのだろうか。誰かを――何かを責めたくなる弟の思いは嫌と言うほどわかる。けれど、今となっては……。吹きすさぶ風に紅い葉の舞う姿が視界の端に過った気がして、春椛は窓の外へ目を凝らした。かの木はこの地の土では育ちにくいものだろうに、よもや彼女が持ち込んだものだろうか。それとも”彼”が、この不自然に歪んだ空間と同じ意図で――?
瞳を閉じれば鮮やかによみがえる、紅と白の鮮やかな対比。やはり自分はあの花を思い出さずにはいられない、と彼女は目を瞬かせる。染まりゆく山際、冷えて澄みゆく風に、白い花と紅の椛。完成された世界であったように思う、決して混じり合えない、それでいて全てが共存していたあの一瞬は。どちらにしろ失われてしまったもの、後に残るのは一文字の感情のみ。憎しみと似ていて違う、ただひたすらに面影を、消えることなど、忘れることなど許さないと想う気持ち――例え何が相手でも、己自身に対してさえ。







後書き
  関連作:夏に灼かれし

 
 


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